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コロナ禍で深刻な影響を受けた業界の一つが飲食業ですが、そんな逆境にあっても市場規模を広げている業態があります。外出自粛や外食制限を逆手にとって台頭してきたフードデリバリーサービスです。
「自宅でもあの店の料理を楽しみたい」「家で料理するのが面倒」といった理由から、コロナをきっかけにフードデリバリーを使う機会が増えたという人も多いのではないでしょうか。
実際、コロナ前の2019年と比較すると、2021年までの2年間でフードデリバリー市場は91%も成長しています。
このように拡大しているフードデリバリー市場の中でも、とりわけ成長著しいのが株式会社出前館(以下、出前館)です。
デイリーアクティブユーザー(DAU:1日あたりの利用者数)のシェアで見ると、出前館は2020年8月期の27%から2022年8月期には48%にまでに増やしています。
(注)DAU(Daily Active Users):1⽇のうちアプリをアクティブに利⽤しているユーザーの数。
(出所)出前館 2022年8月期 決算説明資料より抜粋。
残りのシェア52%の中にUber Eats、Wolt、menuといったフードデリバリーの競合他社が含まれているわけですから、出前館がこの2年間でいかにシェアを伸ばしたか分かります。
実際、出前館のKPIを見ても、この3年で大きく成長しています(図表3)。
(注)GMV(流通取引総額):品代⾦+配達料(値引き前)+その他ユーザー⼿数料。アクティブユーザー数:1年以内に1回以上購⼊したユーザー数(購⼊ユニークユーザー数)。アクティブユーザー数は末⽇時点。
(出所)出前館 2022年8月期 決算説明資料をもとに編集部作成。
「GMV」とは出前館を通じてオーダーされた総額のことです。2022年8月期はGMVが2201億円、オーダー数が8603万件ということは、1件あたりの平均オーダー金額は2558円となります。
こうして見てくると出前館の勢いには目を見張るばかりですが、同社の売上高と営業利益に目を転じると、また違った景色が見えてきます(図表4)。
(出所)出前館 有価証券報告書および決算短信より筆者作成。
いかがでしょうか。GMVの増加とともに売上高も確かに増えていますが、同時に赤字の幅も拡大していますね。直近の2022年8月期にいたっては、前期の売上高より大きな営業赤字を計上しています。図表4から湧いてくる疑問を整理すると、ざっと次の3点でしょうか。
- 直近でなぜこれほど赤字が増えているのか
- 黒字から赤字に転じた背景には何があったのか
- こんなに赤字を出し続けていて、資金繰りや倒産リスクは大丈夫か
そこで今回は前後編の2回にわたり、この3つの問いに答えを出すべく会計とファイナンスの視点から出前館のビジネスモデルを考察していくことにしましょう。
粗利の時点で19億円の赤字
まずは1つ目の疑問「直近でなぜこれほど赤字が増えているのか」を考えていきましょう。
図表5は、2022年8月期の出前館のP/L(損益計算書)の内訳を滝チャートで示したものです。
(出所)出前館 2022年8月期決算短信より筆者作成。
ここで注目すべきはなんといっても、粗利(売上総利益=売上〔473億円〕−原価〔492億円〕)の時点ですでに19億円の赤字という点です。
赤字を計上している企業は、この連載でも過去に何社か取り上げてきました。メルカリ、Sansan、Slack、freee、BASEなどがそうですね。これら成長著しいスタートアップ企業はみな、広告宣伝費(販管費)をガンガンかけて新規顧客を獲りにいっているために、粗利は黒字でも営業利益は赤字になっていました。裏を返せば、仮に広告宣伝費を減らせば営業黒字は達成できる状況でした。
ですが出前館は事情が違います。広告宣伝費もそれなりにかけてはいますが、直近の決算では仮に広告宣伝費をゼロにしようが、そもそも粗利の時点で赤字なのです。
粗利の時点で赤字ということは、売上よりも仕入れ値のほうが高い状況です。いったい何にそんなに原価をかけているのでしょうか?
そこで今度は売上構成を見てみましょう。出前館では、売上は大きく2つの収入で成り立っています。「配達代行手数料」と「出前館サービス利用料」です(図表6)。
(出所)出前館 2022年8月期決算短信より筆者作成。
1つ目の「配達代行手数料」とは、出前館のサイト経由で顧客から入った注文を、出前館が飲食店からピックアップして顧客に届けた際に徴収する手数料です。自前の配達機能を持たない飲食店も、出前館のこの仕組みを使えば注文を顧客のもとへ届けることができます。
2つ目の収入源である「出前館サービス利用料」とは、出前館のサイトに飲食店がメニューを表示させる際に発生するものです。
仮に宅配ピザのように注文用サイトを自前で持っていたとしても、多くのアクセスが集まるポータルサイトとしての出前館に魅力を感じて掲載を依頼することはあります。このように、出前館のサイトに掲載してもらう際に飲食店が支払うのが出前館サービス手数料です。
なぜ粗利の時点で赤字なのか?
なぜ出前館は粗利の時点で赤字になってしまうのかを、もう少し掘り下げて調べていきましょう。
宅配ピザのように自社でデリバリー機能を持っている飲食店に対しては、出前館はポータルサイトを提供するのみになります(=出前館の収入は「出前館サービス利用料」のみ)。一方、デリバリー機能を持たない飲食店については、ポータルサイトの提供だけでなく配達も請け負います(=出前館の収入は「出前館サービス利用料」と「配達代行手数料」)。
(出所)出前館 2022年8月期 決算説明資料より抜粋。
結論を先に書いてしまうと、実はこの配達コストがかさんで原価が膨らんでいるせいで、出前館の粗利がマイナスになっているのです。
その証拠に図表9をご覧いただくとお分かりのとおり、近年の出前館の成長を支えているのは配達代行手数料です。3年前の2019年8月期には3億円しかなかったのが、直近では296億円と100倍にも成長しています。新型コロナウイルスが蔓延しだしてステイホームが増えた2020年8月期(23億円)と比較しても、この2年で10倍以上も成長しています。
(出所)出前館 有価証券報告書および決算短信より筆者作成。
また2022年8月期の決算説明資料にも、2020年8月期からの2年の間に配達員数は年率319%のペースで急増したことが示されています。
(注)配達員数は末⽇時点。なお、CAGRは年平均成長率のこと。1×(1+319%)×(1+319%)=約17.5倍となり、2年間で配達員数が17.5倍に増えていることになる。
(出所)出前館 2022年8月期 決算説明資料より抜粋。
この売上構成の変化と売上増加に伴って、原価の内訳も大きく変化しました。残念ながら2022年8月期の決算短信では原価の内訳が開示されていませんが、参考値としてそれ以前の期を見ると、原価に占める外注費は135億円と原価全体の実に80%、その前の期(2億円)と比較すると70倍近くの増加です(図表11)。
(注)2022年8月期の売上原価の内訳は本校執筆時点で開示なし。
(出所)出前館 有価証券報告書および決算短信より筆者作成。
そこからさらに外注費が膨らみ、2022年8月期にはついに原価が売上高を超えてしまった——過去の原価構成から推測すると、そのような仮説が立てられます。
実際この2年間で、出前館の配達員の割合は内部で雇ったアルバイト(インハウス)中心から外注先への業務委託(アウトソース)中心へと大きく変わってきました。その狙いを、出前館は決算説明資料の中で、インハウスにかかる人件費よりも業務委託にアウトソースをしたほうがコスト削減できるため、としています。
しかし決算書をつぶさに読むと、インハウス配達員のアルバイトは雑給として販管費に計上をされる一方、アウトソース販売員への支払いは原価に計上されていることが分かります。つまり、インハウス中心のときは販管費に計上されていた人件費が、アウトソース配達員を大きく増やしたことでいっそう原価を膨れさせることになったのです。
どうやら出前館は、この2年間でアウトソースさせた配達代行を通じて一気に売上を拡大させた反動で、原価に配達の外注費が重くのしかかってきているようです。
2020年を境に粗利が激減
配達を外注するようになったことの影響は、売上総利益(粗利)にも顕著に現れています。
粗利率は「1−原価率」で求められます。出前館の粗利率を時系列で見ていくと、もともと60%以上あったものが、2021年8月期には41%にまで下がり、直近の2022年8月期ではマイナス4%に落ち込んでいます。
(出所)出前館 有価証券報告書および決算短信より筆者作成。
もう少し解像度を上げて、過去2年間を四半期ごとに示したのが図表13です。2021年8月期までは粗利率35%以上を安定的にキープしていましたが、2022年8月期に入ると突如として粗利率が悪化します。第2四半期にいたっては大幅なマイナスです。
(出所)出前館 決算説明資料より筆者作成。
これを見る限り、出前館がデリバリーの多くを外注するようになったのは、おそらく2021年に入ったあたりからだろうと推測できます。
実際、2020年8月期と2021年8月期の原価に占める外注費を比べると、2021年8月期から急激に増えていることが見て取れます。
(出所)出前館 2021年8月期 有価証券報告書より抜粋。
加えて、出前館の2022年8月の決算説明資料を見ると、同社のデリバリー売上(GMV対比)のうち、アウトソース(=外注)の配達員に対してGMVの30〜45%もの支払いをしていることが分かります(図表15)。
(出所)出前館「2022年8月期 決算説明資料」より抜粋。
もちろん、アウトソース配達員を増やしたからこそデリバリー市場におけるシェアも拡大できたわけですが、その副作用として粗利が大幅に削られてしまったのです。
本連載でこれまでに取り上げてきたテック系企業は、成長のために広告宣伝費を大量に投入して毎年赤字を出してはいても、広告宣伝費以外のP/Lの構成にそれほど大きな変動はありませんでした。
しかし出前館の場合は、広告宣伝費を投下してGMVを増やしていく過程で「配達代行事業を拡大させる」という事業戦略の変更にまで手をつけたため、P/Lの構成まで大きく変わってしまったのです。
これで1つ目の疑問「直近でなぜこれほど赤字が増えているのか」の答えが出ました。配達代行の売上を伸ばすために、配達の外注を増やした、というのがその答えです。
なお出前館の決算説明資料によると、同社は2023年8月期の粗利率目標を「20%以上」としています。2022年8月期の粗利率がマイナス4%ですから、1年でこれを20%以上へと改善するためには、
- 手数料を引き上げる
- 注文の単価を上げる
- 外注のコストを下げる
のいずれか、もしくはすべてが必要になりますが、顧客、飲食店、配達外注先というステークホルダーとの関係性を考えるとそれほど簡単なことではないでしょう。
また、出前館の決算短信によると、2023年8月期の売上高見通しは580億〜620億円です。仮に粗利率20%を実現できれば、粗利は116億〜132億円。これに2022年8月期と同程度の販管費(345億円)が発生すると、営業利益ベースでは来期もまだ赤字です(※1)。さらにここから広告宣伝費を使うとなると……黒字化までの道のりは遠そうです。
続く後編では、第2の疑問(黒字から赤字に転じた背景には何があったのか)、第3の疑問(こんなに赤字を出し続けていて、資金繰りや倒産リスクは大丈夫か)について詳しく分析を進めていくことにします。
※後編はこちら
※1 出前館の決算短信では2023年8月期の営業利益見通しを190億〜210億円の営業損失と予想しています。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。