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シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日も読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
こんにちは。いつもコラムを楽しく拝見しております。私はもうすぐ30代になる地方公務員です。仕事や私生活、人間関係に特に大きな問題や不満もなく過ごせていますが、不意に自分が過去に起こした失敗や恥ずかしい思いをした体験がフラッシュバックし、自己嫌悪に陥ることが何度もあります。その度に自分のことが嫌になり、自己肯定感が低くなっていくように感じます。
結局、自分の過去の出来事を消し去ることは出来ないので、過去の自分と上手く向き合わなければならないのだと思いますが、この場合、どのような心持ちで過去の自分と向き合っていけばよろしいでしょうか。何かいい方法がございましたらお教えください。
(ファルーカ、20代後半、公務員、男性)
「縁起」を知れば未来は変えられる?
シマオ:ファルーカさん、お便りありがとうございます! 過去の失敗によるトラウマ、分かります……。僕も去年やらかした仕事上の大失敗について、未だにお風呂に入っている時に思い出してウワー!ってなってしまうことがあります。佐藤さん、こういう過去の失敗を、僕たちはどうやって乗り越えればいいんでしょうか?
佐藤さん:大前提として、過去の自分と真正面から向き合う必要はないと思いますよ。過去のことにエネルギーを取られてしまうと、将来に向けて自分の人生を充実させたり、挑戦したりすることができなくなってしまいますから。
シマオ:それはそうなんですけど……。どうしても気になってしまうことってあるじゃないですか。
佐藤さん:それを避けるためには、いくつかの考え方を知っておくとよいでしょう。一つ目は、「縁起」という考え方です。
シマオ:「縁起がいい・悪い」の縁起ですか?
佐藤さん:はい。元々は仏教用語で、この世界のすべての物事は「因縁」によって成り立っているという意味です。もう少し分かりやすく言えば、何事も原因があるから結果があるということです。
シマオ:つまり、因果関係ってことでしょうか?
佐藤さん:そうです。そして、このことが示すのは、過去は変えられないのだから、今起きていることを憂いても仕方がないということです。
シマオ:「もうどうしようもない」とあきらめるってことでしょうか? でも、それが難しいということなんですが……。
佐藤さん:いえ、単にあきらめるのではなく、視点を変えるのです。すべては縁起なのだから、過去は変えることができなくとも、未来は変えることができる。そちらに着目するわけです。原因があって結果が決まるなら、今起きていることが新たな原因となる。だから、それをいい方向に持っていけば未来もよくなる、ということです。
シマオ:あ、なるほど……! だから、過去にエネルギーを取られるのはよくないってことか。
佐藤さん:その通りです。もちろん、現在の状況が過去に起因すると認識して、その理由を分析したり、反省したりすることは非常に重要です。単に「失敗しちゃったな」で終わらせるのではなく、具体的かつ、客観的な原因を明らかにするのです。
シマオ:原因が言語化できれば、「あんな失敗をした自分は、これからもきっとダメなんだ」といった漠然とした不安からは解放されますものね。
佐藤さん:そうです。終わったことは悔いるためではなく、未来に向けて同じ過ちを繰り返さないために使うべきです。
シマオ:仏教には昔からこんな生きる知恵があるんですね。
佐藤さん:ちなみに、仏教の縁起はそれだけの話ではなく、私たち人間を含めすべてのものは単独で存在しているのではなく、周囲との関係の中で存在しているということを示すものです。このあたりに興味があるなら、『仏教の思想2 存在の分析〈アビダルマ〉』を読んでみるとよいでしょう。
自己肯定感を高めるための「目的論」
シマオ:過去の自分と向き合う上では、縁起の考え方が役に立つということでしたが、今の自分の自己肯定感を高めたり、未来の自分と向き合ったりするための方法もあるのでしょうか?
佐藤さん:それについては、目的論的に物事を捉えてみることです。
シマオ:目的論?
佐藤さん:これがファルーカさんに知っておいていただきたい、二つ目の考え方です。最初に紹介した縁起の考え方は、原因があったから結果があるという考え方でした。目的論はそれとは逆です。すなわち、「現在起こっていることは、常に何らかの目的のためだ」というふうに考えるんです。
シマオ:ちょっと難しくてなってきました……。例えばどういうことでしょうか?
佐藤さん:まず、ファルーカさんが地方公務員としてどのようなことを成し遂げたいのかという大きな「目的」を考える。そして、その過程で起きた失敗は、目的を達成するためにはどうしても必要なことだったと考えるのです。
シマオ:つまり、目的や終わりから逆算して考えるってことですか?
佐藤さん:そうです。もちろん、大きな目的を掲げるだけでは、今の自分との差異が大きすぎて、なかなか自己肯定感を維持することはできません。なので、その過程に小さな目的を挟んでいくことが大切です。例えば、公務員でも日商簿記2級を持っていれば、かなり仕事の幅が広がります。そうした具体的な目標を設定して、一つひとつクリアしていくことで、肯定感は高まっていくでしょう。
シマオ:なるほど。ちなみに、縁起的・因果論的な考え方と、目的論的な考え方は逆ということですが、両立できるのでしょうか?
佐藤さん:因果論的な考え方は過去と向き合う上で有効ですが、同時に過去にばかり目を向けることになってしまいがちです。だから、未来を考える時は目的論的な考え方を取るのです。自分が今置かれている状況は、その目的の途上にあるのだと考えれば、多少の失敗にくじけない強さが得られるはずです。
シマオ:なるほど。過去と未来で考え方を使い分けるといいということですね! むしろセットにする方がいい気がしてきました。
「公務員三原則」という生き方
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シマオ:ファルーカさんのように公務員の場合、後悔しないような働き方はありますか?
佐藤さん:人生において、必ず成功するという保証のあることはほとんどありません。ですが、後悔というものは2種類しかない。やって後悔するか、やらないで後悔するかです。それを見極めて、行動するかしないかを決めればいいのです。
シマオ:最近はリスクをとって挑戦しないと、って風潮ですよね。やっぱり成長のためには挑戦をしたほうがいいんですか?
佐藤さん:私は必ずしもそうとは限らないと考えています。例えば、素手で虎と戦うような真似をしてみても、勝ち目はなく、後悔することは目に見えています。
シマオ:無謀な挑戦をする必要はないということですね。
佐藤さん:それとファルーカさんの場合は、「公務員三原則」を守るとよいでしょう。
シマオ:何ですか、それ?
佐藤さん:公務員三原則とは「休まず、遅れず、働きすぎず」です。
シマオ:「休まず、遅れず」はその通りとして、「働きすぎず」というのは頑張ってはいけないということですか?
佐藤さん:もちろん、仕事において手を抜けということではありませんよ。公務員の仕事というのは、例えば福祉や公衆衛生、教育などを考えてみれば分かりますが、「ここまでやればいい」というラインがありません。やろうと思えば、際限なくやれてしまうわけです。
シマオ:つまり、あまり真面目にやろうとすると、公務員は働きすぎの状態に陥りやすいということか。
佐藤さん:そうです。そして、燃え尽きてしまって、結局仕事の効率も悪くなり、周囲に迷惑がかかってしまうことが多い。だから、自分の限界以上まで働きすぎないよう注意することが、公務員にとっては実は重要なことなのです。私が外務省の先輩に言われたことでよく覚えている言葉があります。
シマオ:何ですか?
佐藤さん:よく「苦労は買ってでもしろ。それは必ず仕事の肥やしになるから」と言われますよね。
シマオ:あぁ、よく上の人が言いますよね。
佐藤さん:でも、その先があります。ほとんどの場合、それは他人の肥やしになるだけだ、と。
シマオ:なるほど……。思い当たる節がありますね。
佐藤さん:たしかに仕事に苦労はつきものです。ただ大切なのは、「その苦労は誰のためのものなのか?」ということをちゃんと考えてみることです。ストレスやプレッシャーに強い人というのは、生まれ持った性格もありますが、自分のキャパシティを超えそうであればそれを察知して身を引く能力を身に付けているとも言えます。
シマオ:自分が無理だと感じたら、逃げてもいいのですね。
佐藤さん:はい。マルクスは『資本論』において、会社(資本家)は、集団の中で競争をさせることで労働者に競争心を芽生えさせ、より効率的に働かせようとすると分析しています。組織とはそういうものだということを前提にして、自分の働き方を冷静に見ておくとよいでしょう。
シマオ:縁起や目的論で自分と向き合いつつ、組織に使われないようにすることが大切ということですね。ファルーカさん、参考になりましたでしょうか。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は11月9日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)