撮影:千倉志野
周囲の意見に惑わされず、自分が信じる道をいく人たち。しかし、迷いなく見えるその人にも、人生やキャリアに悩んだ瞬間はきっとあるはずだ。そんな時、道しるべになった本とは何なのか。
連載「あの人が死ぬまで手放さない一冊」では、当時を振り返ってもらいながら、その本から影響を受けたポイントや考え方の変化、読みどころなどを紹介する。
第2回は、社会活動家としてシェアリングエコノミーの普及や若い世代のシンクタンクの運営、新しい家族の形「拡張家族」の普及、テレビコメンテーターなど幅広く活躍する石山アンジュさん。
石山さんが「死ぬまで手放さない一冊」として選んだのは、インドの政治指導者マハトマ・ガンディーの著書『非暴力と精神の対話』(森本達雄訳、第三文明社)だ。
石山さんが大切にしているこの本は、何度も読み返したせいでカバーが破れていた。
撮影:千倉志野
ガンディーは、第二次世界大戦後、インドがイギリスから独立する際の象徴であり、非暴力・不服従の抵抗運動で知られる。石山さんがシェアという概念に行き着いた理由、シェアの思想を広めようという行動を貫く勇気の背景にはガンディーの思想があったという。
「シェアを広めようと活動をしていると、『そんなのは理想論だ。頭の中がお花畑なのか』と揶揄されることもあります。そういう時、私はガンディーに勇気をもらうんです」
そう語る石山さんとガンディーの思想との出合いは、対極とも言えるヒトラーの存在が入口だった。
12歳の時に両親が離婚。世界平和に関心
撮影:千倉志野
「私は小学生の頃から、戦争の映画や写真集などをよく見ている子どもでした。周りからは不思議がられましたが、戦闘や悲惨な場面が好きだったという訳ではなく、生と死の狭間に見える人間の感情に興味を持ったのだと思います」
学校の図書室では友達から隠れてホロコーストの写真集を眺めていたこともあったという。高校生の時には、ヒトラーの『わが闘争』を読み、アウシュビッツをその目で見るため、英語も話せないまま一人で旅に出た。
もちろん、ナチスの思想に惹かれた訳ではない。一人の人間がこれだけの悪をなしたのなら、自分はその逆、世界に平和を実現する役割を果たさなければいけない。そう思ったのだ。
ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の象徴にもなっているアウシュビッツ強制収容所跡。正門には「Arbeit Macht Frei」(働けば自由になる)という一文が掲げられている。
REUTERS/KACPER PEMPEL
「12歳の時に両親が離婚したことも大きかったです。両親が愛し合って私が生まれたはずなのに、それが崩れてしまった。自分がここにいる根拠が失われたような気がして、一種のアイデンティティ・クライシスに陥っていたのかもしれません。その時に見つけたのが『世界平和』というキーワードだったんです。今となっては単純だったと思いますが」
石山さんは平和について学ぶためICU(国際基督教大学)に進学したものの、壁にぶつかった。世界平和を実現する手段を学べると期待した大学の国際政治や国際開発の授業は、期待とは異なるものだったからだ。
「政治や経済の考え方は、突き詰めると『数の論理』になってしまいます。それでは、誰一人取り残さないという意味での平和は実現できないという結論に至ったんです」
落胆した石山さんは、自分なりに平和を実現する手段はないかと模索。「ボイスユアビジョン」という団体を立ち上げ、いろいろな国の街角で「あなたにとって世界平和とは何か?」という質問をし、答えをスケッチブックに書いてもらうというプロジェクトを行った。
「世界中で『平和とは何か』と尋ねると、家族や愛と書く方が非常に多いんです。それと同時期に、人にもともと備わっている良心を大切にするというガンディーの考え方に出合ったことが、私のその後の人生において大きな転機となりました。
ガンディーは、『良心の問題に関しては、 多数決の法則は適用されない』と述べています。もしかしたら、この人類に備わった良心こそが政治やイデオロギーの対立を超える鍵になるかもしれないと思ったんです。そこに共感して、ガンディーについて勉強するようになりました」
「拡張家族」提唱の支えに
今回の取材は、石山さんが代表理事を務めるシェアハウス「Cift」で行われた。
撮影:千倉志野
石山さんはシェアリングエコノミーを広める活動と同時に、「拡張家族」という概念を提唱し、実践している。拡張家族とは、「血縁や制度に囚われず、お互いを家族だと思ってみることを通じて共に暮らし、共に生きていく」社会実験だ。
運営するシェアハウス「Cift」には、渋谷と京都の2つの拠点に、子どもから60歳を超える人まで年代も職種もバラバラの人たちが共に暮らしている。通常のシェアハウスと異なるのは、一緒に住むこと自体が目的ではなく、「家族になること」への合意をした人たちが集まっていることだ。シェアハウスには住んでいないがコミュニティに属している人たちもいる。
月に一度は「家族会議」があり、食材や備品を買ったり、体調が悪い時や、子育て、仕事、恋愛の悩みなど生活の負担から、心のケアまで、お互いが家族として接する中で、支え合って生きている。
「この拡張家族という考え方を、世界の端から端まで広げることができれば、それは世界平和につながるのかもしれないと思って活動しています。世の中で起きている対立や分断を、相手を家族だと思ってみる思想が広がることによって溶かしていくことができるかもしれない。
Ciftに所属する人は5年前に38人から始まって、現在110人程度になりました。この先、さらに1000人、1万人と広がっていけたらいいですがそれは大きな挑戦であり、ある種の社会実験だと思っています。
というのも、少人数であれば長い時間共に生活することでお互いを知ることができますが、100人を超えてくると必ずしもそうではなくなります。つながり方も、価値観も、生き方も、より多様なコミュニティになっていく。ある種、社会の縮図のようになっていくんですね。
一緒に暮らしていなくても『家族』という意識を持つことはできるか。そう考えた時に、ガンディーのこの言葉が参考になりました」
“訓示によって人々を鍛錬することはできません。非暴力はお説教のできるものではありません。それはつねに実践されなければなりません。(51ページ)”
暴力は、例えば武器の扱い方を教えることによって具体的な方法で伝えることができる。だが、非暴力の精神はそうした「形ある」やり方で伝えることはできない。それでも自らの行動でその意識を伝えていくしかないと、ガンディーは語る。
「一緒の家に暮らしているわけでもないのに『家族』であるという拡張家族の考え方は、はたから見れば分かりにくいものかもしれません。関係性は目に見えませんから。
でも、そういう意識や精神を伝えることの難しさは、あのガンディーですら感じていたわけです。だから、私もその困難を乗り越えていきたいと思います」
シェアとガンディーの意外な共通点
ガンディーの写真を見つめるインドの子どもたち。
REUTERS
加えて、ガンディーは、20世紀の半ばですでに「シェア」と同様の思想を持っていたと石山さんは考えている。
西洋的な資本主義によって、格差や分断が生まれてしまうことが明らかになったのが現代だ。だがガンディーは資本主義の限界を見抜き、今でいうコモンズのような共同体における自足した暮らしの大切さを主張していた。そうした生活こそが、平和へとつながる道だとも。
ガンディーは、イギリスで学問を修めながらも、人と人、さらには万物はつながっているという東洋思想の意義を唱えた。そこから学べることは大きいと石山さんは感じている。
「ガンディーの考え方は、シェアリングエコノミーを考える上でも非常に参考になります。ただ、シェアの思想は人とのつながりと信頼の上にしか成り立たないことも事実です。最終的に人の良心を信じるという点で、シェアとガンディーは私の中で強く結びついています」
拡張家族の中では誰もが平等であり、コミュニティの運営に関する意見の違いがあっても、多数決を採らず、互いに対話を諦めない関係を築くことを目指している。そのために、基本的にはリーダーやルールを決めることはしていない。
だが、単に「みなさんは平等です」と言ったところで、本当に平等が実現されるわけではない。「その難しさは、ガンディーも社会主義を例に挙げて次のように述べています」と言って、石山さんはガンディーのこんな記述を紹介してくれた。
撮影:千倉志野
“社会主義は水晶のように純粋である。したがって、それを成就するには水晶のように透明な手段が必要である。不純な手段は不純な結果に終わる。それゆえに、藩王の首を刎ねたところで藩王と農民が平等になれるものではないし、また同じ方法で雇用主と使用人が平等になれるものでもない。[…]わたしの知るかぎりでは、この世界にはほんとうに社会主義と言える国家は一つも存在しない。(120〜121ページ)”
対立を際立たせるだけでは分断が深まるだけ
石山さんが持っているガンディーの関連書籍。この中から、石山さんは「死ぬまで手放さない一冊」として、『非暴力の精神と対話』を選んだ。
撮影:千倉志野
ガンディーは、独立を目指すインド人に対して徹底した非暴力を説いたが、その矛先は西洋諸国にも向けられていた。第二次大戦中、彼はイギリスやドイツ、そして日本に対しても戦争という手段をとることの過ちを強く非難している。
“わたしはすべてのイギリス人[…]に、[…]戦争という手段ではなく、非暴力の手段を採るよう訴えます。貴国の政治家たちは、このたびの戦争は民主主義のための戦いだと言明しました。[…]しかし戦争がどのような結果で終わろうとも、民主主義と言えるような民主主義は残らないだろうと、わたしは言っておきましょう。(102〜103ページ)”
正義の名の下に行われる暴力を誰よりも危惧したのがガンディーだった。しかし、今私たちはそうした過去を忘れて、再び対立と分断を助長してしまっているのかもしれない。
撮影:千倉志野
「この1年で、いくつかのテレビ番組のコメンテーターをやらせてもらうようになりました。情報番組では戦争から事件、経済状況まであらゆるニュースを扱いますが、興味を持って見てもらおうとするあまり、どうしても対立構造を強調してしまうことが多いと感じます。
ただ、やはり対立を際立たせるだけでは、分断が深まるだけで解決にはつながりません。私自身は、単に問題を非難するだけでなく、さまざまな立場を想像して、寄り添う気持ちを忘れずに人類の良心を諦めないという信念を持ちながらコメントをするということを心がけていますし、それが自分のできる役割だと考えています」
「シェア」や「拡張家族」といった新しい概念は、共感してくれる人がいる一方で、他者の良心を信じる、ということの難しさゆえに受け入れられないこともしばしばだ。
「シェアを広めようと活動をしていると、『そんな簡単に人を信じられるわけがない』『頭の中がお花畑なのか』と言われることもまだまだあります。実際、ニュースのコメンテーターをしていると人が信じられなくなるような出来事も多いですし、そもそも自分の力不足かもしれない。
でも、そうやって挫けそうになる時には、ガンディーのことを思い出すと勇気づけられます。自分や自分に賛同してくれた人が命の危険にさらされる中で、非暴力を説き続けたことの勇気と信じる力に救われるんです」
メディアに出る人の宿命というべきか、実際に石山さんのもとには直接的な嫌がらせや批判が届くことがあったそうだ。警察に相談したこともあるという。
「でも、そうした出来事があって逆に気づいたんです。たとえ誰かが私に対して反感を抱いていたとしても、私は人間の本質は善であると信じたいと思っています。そういう意味で、私は根っからの『シェアガール』なんです」
困難に立ち向かってでも、シェアの思想を世に広めようという決意を支えるガンディーの言葉がある。
“わたしは、自分がこれまでいくたびも口にしてきたことを、[…]いまここに繰り返しのべていることは承知している。[…]それ自体、なんら新しいことではなかったのだ。[…]ただわたしは、陳腐な格言を口先だけで復唱したのではなく、自分が骨の髄まで固く信じていることを、はっきりと公言してきたのである。[…]信じない人がいるあいだは、真理は繰り返される必要があることを、わたしは確信しているのである。(82〜83ページ)”
石山さんはこれからも「世界平和」に向けて、自分の信じる言葉を伝えていく。
撮影:千倉志野
(聞き手・構成、高田秀樹、撮影・千倉志野、編集・野田翔)
石山アンジュ:一般社団法人Public Meets Innovation代表/一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事/一般社団法人Cift代表理事。1989年生まれ。テレビコメンテーターとして「羽鳥慎一モーニングショー」木曜レギュラー、「真相報道バンキシャ!」「アサデス!」「報道ランナー」にも定期出演。著書に「シェアライフ-新しい社会の新しい生き方」がある。2012年国際基督教大学(ICU)卒。新卒で(株)リクルート入社、その後(株)クラウドワークス経営企画室を経て現職。