Tyler Le
職場での「燃え尽き症候群(バーンアウト)」は悪化の一途をたどっているように思える。
確証を得にくい主張ではあるが、バズったツイートやマスコミ報道の急増に照らしてみても、バーンアウトという負担に関する意識は高まっている。そして確かに、労働者の疲労が増しているという考えを裏付ける根拠が山ほどある。
求人サイトのインディード(Indeed)が公開した調査では、労働者の燃え尽きレベルが「恐ろしく高い」レベルにあることが判明した。マッキンゼーによる報告書では、労働者のバーンアウトは「遍在的かつ憂慮すべき」と評され、ギャラップの世論調査では、労働者のやる気は2021年に10年ぶりに複数の業種で落ち込んだことが判明した。アメリカ心理学会は2022年1月、バーンアウトとストレスは「生活のほぼすべての領域」において、過去2年間にわたり増加したと報告している。
このようなバーンアウトの増加傾向は、労働者の間にさまざまな反応となって現れている。離職もそのひとつだ。2021年にはアメリカ人の33%が退職し、2022年も労働人口の20%が離職すると予測されている。離職を選べない場合は、週休2日制など労働日を減らすことでバーンアウトに対処している(逆に1日の仕事量は増えているのだが)。
こうした危機に対する各社の反応はさまざまだ。単に従業員が働きたくないだけだと考えて問題を無視しようとするCEOもいれば、Zoom会議を減らし有給休暇を増やすことで問題に対処しようというCEOもいる。
このように試行錯誤が続くなか、多くの企業が注目するようになったものがある。それは「最高パーパス責任者(CPO:Chief Purpose Officer)」、つまり、会社と従業員の業務の目的とを結びつけるというミッションを担う、新たな役員である。
会社レベルでは、パーパスとは「なぜ」という問いに答えを出し、世界に対して我が社はどんな貢献ができるのかを明らかにすることだ。チームレベル、個人レベルでは、パーパスを定義することで個々の業務をより大きなミッションと結びつけ、従業員が自身の仕事に意義を感じられるようにする。
現在、会社の44%が専任のCPOまたはそれに相当する役職である最高インパクト責任者を置いており、2023年にはより多くの企業がこの役職を新設すると予測されている。
しかし、パーパス専任の役員に問題を丸投げするのは一見よさそうではあるものの、それで歴史的な水準のやる気のなさを解決できるとは考えにくい。場合によっては、従業員の扱いがいかにひどいかを隠す煙幕として作用するおそれもある。
「意義を見出せない仕事は辞める」
従業員にパーパスを与えることが「人的エネルギー危機」への処方箋になる——マイクロソフトの人事担当部長、キャスリーン・ホーガン(Kathleen Hogan)はリンクトイン(LinkedIn)にそう投稿した。「すべての従業員が自身の仕事を有意義なものと考え、自身を組織のミッションに不可欠な構成要素と考えることができるように」、自社のパーパスに結びつけるカルチャーを醸成する必要がある、とホーガンは書いている。
ホーガンの発言が必ずしも的外れではないことは調査も示唆している。従業員の満足度で会社のランク付けを行っている「働きがいのある会社研究所」(Great Place to Work)による調査では、さまざまな産業においてパーパスが従業員を引き留め、満足度を高めるうえで重要な要素であることが分かっている。特に建築や小売など離職率の高い産業においてはその傾向が顕著に見られた。
調査の対象となったミレニアル世代および女性は、「単なる仕事以上のもの」であると考えた仕事は続ける可能性が3倍はあると語っており、Z世代は、意義を見出せない仕事は辞めると答えている。働きがいのある会社研究所が発表する「働きがいのある会社ランキング」にランクインしている米国企業は、CPOという役職を据えているか、企業のミッションや目標に応じたパーパスを掲げている。
働きがいのある会社ランキングの常連であるコンサルティング会社のデロイト(Deloitte)を例に挙げよう。2020年に同社のCPOに就任したクワシ・ミッチェル(Kwasi Mitchell)は、パーパスを確立することが人材の引き留めに強力に作用すると語る。
「私たちチームのパーパスは、オープンな環境作りに重きを置いています。個人レベルのパーパスについても話していますよ。個々人が持つ技術と才能を、彼らが担うミッションに一致させるということです」(ミッチェル)
パーパスを求めるのは若い従業員に限った話ではない、とミッチェルは言う。
「社会人5年以内の若手とも、5年以内に定年を迎えるベテランとも話しましたが、駆け出しの従業員はレガシーを作りたいと思っており、定年を控えた従業員はキャリアの最後にレガシーを残したいと思っているんです」(ミッチェル)
全社的な視点に立てば、パーパスは最終利益にもプラスの効果がある。ESG(環境・社会・ガバナンス)において高い評価を受けている企業は現在、投資家に人気の投資信託のポートフォリオに組み込まれている(たとえ業績が冴えなくても)。
とはいえ、パーパスの意識を根づかせたりパーパスを語ったりする経営幹部を雇えば職場の問題は万事解決かというと、そんなことはない。従業員の暮らしをよくするような基本的な改善努力は、どのみちやらなければならないのだ。
パーパスだけでは意味をなさない
パーパスだけで従業員のやる気を保てるのなら、パーパスこそが重要な動機付けになっているNPO(非営利組織)の職員満足度は最高レベルのはずだ。しかしNPOのスタッフの30%がバーンアウトを経験しており、高い離職率を招いているという報告もある。
NPOスタッフが離職する理由としては、より好条件の求人、キャリアアップ、やる気、より高い給料、などが上位に並ぶ。NPO1000団体を対象とした調査では、4分の1以上の組織が、解雇、離職、および他と遜色ない給与水準を提示できないために求人の20%以上が埋まっていないと答えている。
その理由を、NPOでの勤務経験があり現在はNPOの業務改善コンサルタントをしているキア・ジャーモン(Kia Jarmon)はこう分析する。仕事にパーパスがあったとしても、それで仕事以外のパーパスの欠如を埋めることにはならない、と。
「私たちはついみんなに自分の仕事を愛してほしいと思ってしまうんですが、仕事におけるパーパスだけで制度上の締め付けを説明できるわけではありません。仕事にパーパスがあったとしても、環境的なレイシズムや制度的なレイシズムは解決しませんし、生活費も医療制度も、賃金格差も改善しません」(ジャーモン)
ジャーモンの目標は、労働者が「仕事こそ人生の最重要事項」と考えるのをやめ、仕事以外のパーパスで人生を満たし、結果として仕事へのやる気を高められるよう手助けすることだ。
これはNPOに限らず、仕事と距離を置いて回復する時間を今すぐ必要としているすべての労働者に当てはまることだとジャーモンは語る。
企業も従業員を支援する必要がある。従業員が仕事以外の時間を持てるようにし、社会人としての生活をうまく舵取りできるような基本的な手段(柔軟な働き方、十分な報酬、対人関係など)を整えてやるのだ。世の中の役に立つ仕事があるというだけでは、職場のストレスと問題を解決することはできないのだ。
燃え尽き症候群に関する著作もある社会心理学者のクリスティーナ・マスラック(Christina Maslach)は、「マスラック・バーンアウト・インベントリー」なる評価ツールを開発した。これは仕事上のバーンアウトを予測するツールとして、今では広く用いられている。
マスラックによれば、仕事と労働者のミスマッチには6つの領域があり、これがバーンアウトを引き起こすという。その6領域とは、価値観と意義、労働過負荷、制御の欠如、不十分な報酬、コミュニティの欠如、公正さの欠如である。
「バーンアウトは、慢性的な仕事のストレスにうまく対処できないことからくる反応です」(マスラック)
バーンアウトは単なる疲労ではない、とマスラックは言う。たとえ疲労困憊でも、自身が取り組んでいることが心底好き、というのはあるものだ。
マスラックはバーンアウトを3つの基準で定義している。1つ目が疲労を感じている段階、2つ目が仕事から距離を置いて必要最低限のことだけを行う段階、そして3つ目が、自分自身に対して否定的、シニカル、または敵対的な態度を向ける段階だ。自分は仕事をうまくこなせているだろうか、問題は自分自身にあるのではないかという自問が不安や抑うつにつながるおそれがある、とマスラックは言う。
パーパスはバーンアウトへの切り札となり得るか、という筆者の問いに対し、マスラックは「価値観と意義」の領域のバーンアウトにしかパーパスは作用しないと答えた。複数のミスマッチが組み合わさって燃え尽きてしまうことも多いのだ。
「万能の解決策なんてものはないんです。カスタマイズして、何を解決しようとしているのかをはっきりさせる必要があります」(マスラック)
経営幹部レベルの役職は手っ取り早い解決策ではない
従業員は、自分のためにパーパスを定めてくれる新たな肩書きの役員を求めているわけではない。バーンアウトの危機を解決することは、そんな単純なものではない。
しかしだからといって、パーパス志向の取り組みが無意味というわけでもない。バーンアウトに対処すべく専任の経営幹部を雇えば、この問題の解決にトップがコミットしているのだと示すことにはなるからだ。
だが問題は、この類のポジションは、いざ変革を起こす際に必要な支援が得られない可能性が往々にしてあるということだ。
「2020年には『最高多様性責任者』が注目されました。(BLM運動のきっかけとなった)ジョージ・フロイド事件などを受けて、企業はこぞってこの役職を置くようになったんです」(ジャーモン)
しかしその後、大半はその役職を辞した。何も変わらないことが分かったからだ。
経営コンサルティング会社コーン・フェリー(Korn Ferry)による最近の研究では、S&P500社に雇われていた最高多様性責任者の60%が、変革を行う上でのリソース不足、または役職との不適合を理由に2年以内に辞任していたことが分かった。
最高パーパス責任者にしても同様だ。企業が問題に真剣に取り組まないかぎり、高給を積んで押し出しのいい人物をCPOに据えたところで問題は解決しない。せいぜい、従業員が会社のカルチャーについて問題を指摘した際に、企業が「いや我々だって問題を重く受けとめている」と言って煙に巻くために利用されるのが関の山だ。
これではバーンアウト問題は解決されず、専任の経営幹部を置いただけでうやむやになる。経営者はすべてが順調だと思い込み、職場の腐敗をいっそう根深くする。
バーンアウトの原因を解決するには、それを生んでいる特定の条件に作用する必要がある。CPOがその根本原因の解決に当たるうえでサポートが得られないなら(あるいは、彼らがパーパスのみに注力するようであれば)、バーンアウトの危機を解決することなどまず望めないだろう。CPOが問題を解決してくれていると会社が思っているのだとしたら、事態を悪化させることになるかもしれない。
(編集・常盤亜由子)
トレイシー・ムーア(Tracy Moore):ロサンゼルス在住のライター。ワシントン・ポスト、ヴァニティ・フェアへも多数寄稿。