アマゾン(Amazon)が専従の社内研究機関を創設してまで取り組んできた「破壊的イノベーション」創出プロジェクトを相次いで終了させている。
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アマゾン(Amazon)社内の研究機関「グランドチャレンジ」は最近、極秘プロジェクト3件の打ち切りを決定した。
最近相次いで明らかになっているコスト削減策の一環とみられるこの経営判断は、リスクの高い研究開発を通じて破壊的イノベーションの創出に取り組んできたこの研究機関のスタッフに、衝撃と失望をもって受けとめられた。
内情に詳しい複数の関係者によれば、撤退が決まったプロジェクト3件の内訳は、ビジネス会議用の拡張現実(AR)ヘッドセット、空気から水をつくる大気水生成装置(AWG)、革新的な再生可能ジェット燃料技術。
うち複数のプロジェクトは10月初頭に突如打ち切りになった模様だ。
社外秘の案件ゆえ、本記事では情報提供してくれた関係者を匿名としたが、Insiderは身元を確認している。
なお、ヘルスケア関連のプロジェクト2件は、整理対象とならず研究開発の継続が決まった。前出の関係者によれば、不妊治療向けの家庭用妊性モニタリング機器、抗微生物薬耐性(AMR)への対抗手段となる治療法が「生き残った」模様だ(詳細は後述)。
不妊治療機器は発売間近だが、AMR治療法はより長期的なプロジェクトが想定されているという。
アマゾンは成長鈍化と経済見通しの不確実性に直面する中、経営体制や事業の調整に取り組んでいる。
同社はこの数カ月間、リテール(小売り)部門の採用凍結を実施、倉庫の拡張計画を撤回し、従業員には「さらに倹約を徹底」するよう促してきた。
直近の数週間だけにしぼっても、倉庫向け自動運転技術の「キャンバス(Canvas)」や、小型配送ロボット「スカウト(Scout)」など、ロボティクス事業でいくつかの事業終了を決めている。
ヘルスケア関連のプロジェクト2件を残した判断には、この分野に対するアンディ・ジャシー最高経営責任者(CEO)の並々ならぬ意欲が反映されていると言えるだろう。
10月中旬に開催されたアマゾン社内の機械学習カンファレンス(AMLC 2022)は医療・製薬などヘルスケア分野に重点が置かれ、Insiderが入手した同カンファレンスの関連文書からは、人工知能(AI)を活用した科学研究のパイオニアとして知られるグーグルの兄弟会社ディープマインド(DeepMind)に挑む野心的な姿勢が読み取れる。
今回の事業整理について、アマゾンの広報担当にコメントを求めたところ、以下のような回答があった。
「当社はお客様に喜んでいただくため、大きな構想を練り、実験し、新たなアイデアに投資を続けています。また、お客様に価値を提供するため、製品の進歩や可能性について継続的に評価を行っており、その結果に基づいて定期的な調整も行っています」
突如終了したプロジェクトの中身は…
冒頭でも触れたように、社内研究機関「グランドチャレンジ」に所属するスタッフにとって、今回の決定は大きな驚きと失望をもって受けとめられたようだ。
同機関では最近、事実上の創設者でバイスプレジデントとしてチームをけん引してきたババク・パルヴィズの退任を経て、組織が大幅に縮小された。Insiderは以前の記事(9月29日付)で、組織解散の選択肢も含めて検討が行われていたことを報じている。
アマゾンが10月初めに販売終了を発表したビデオ通話端末「グロー(Glow)」も、グランドチャレンジから生まれた製品だった。2021年9月のデビューからわずか1年での撤退となった。
今回終了が決まった開発プロジェクト3件の詳細を以下で紹介しよう。
コードネーム「プロジェクト・ビーム(Project Beam)」は、ビジネスミーティング用途のARヘッドセット。
開発チームを率いたのは、グーグルのAR端末「グーグルグラス(Google Glass)」やビデオ会議用webカメラ「ミーティングオウル(Meeting Owl)」の開発に携わったシャオユー・ミャオだった。
業務用通信サービス「チャイム(Chime)」や、10月末のサービス終了が判明した仮想ツアーサービス「エクスプロア(Explore)」など、アマゾンが自社開発した製品に使われた技術をベースに開発が進められていた。
開発チームに近いある人物によれば、「プロジェクト・ビーム」ベータ版の社内テストに参加した複数のアマゾン従業員が「吐き気がするほどひどいシロモノ」との感想を口にしていたという。
また、同じく突然の終了が決まった大気水生成装置(AWG)は、空気に含まれる水分から飲料水を生成するもので、社内ではコードネーム「オアシス(Oasis)」の名で呼ばれていた。
開発チームを率いたのは、6月にアマゾンに入社した米ノースウェスタン大学在籍14年の研究者(化学)、エミリー・ワイスだった。プロジェクトの進捗はまだごく初期段階で、ビジネスモデルも確立されていなかった模様だ。
開発終了が決まったもう1件のプロジェクトは、社内コードネーム「インフィニット・ループ(Infinite Loop)」の名で呼ばれていた。前出のミャオと同じくグーグルグラスの開発に携わったエンジニア、イーサン・サイーディがチームを率いた。
二酸化炭素からジェット燃料を生成する技術、言い換えれば再生可能ジェット燃料の開発に取り組んでいた。理論上、排ガスなど汚染物質が発生しないため、アマゾンが取り組む気候変動対策に寄与すると同時に、リテール部門で使う貨物航空の燃料費節約にもつながるとの見立てだった。
最後に、事業継続が決まったヘルスケア関連のプロジェクト2件にも簡単に触れておこう。
社内コードネーム「プロジェクト・ティベリウス(Project Tiberius)」の名で呼ばれる不妊治療向けのモニタリング機器は、アマゾンが買収した妊性テスト機器開発スタートアップ、ブルダイアグノスティクス(BluDiagnostics)共同創業者のケイティ・ブレナーが開発チームを率いる。
抗微生物薬耐性(AMR)に対抗する治療法のほうは、社内コードネーム「トロイ(Troi)」と呼ばれ、退任したババク・パルヴィズに代わってグランドチャレンジの責任者を務めるダグラス・ワイベルが自ら率いる。
ワイベルはウィスコンシン・マディソン大学の教授を16年以上務め、2014年にアマゾンにジョインした研究者。前出のブルダイアグノスティクスの共同創業者でもある。
(翻訳・編集・情報補足:川村力)