10月22日、中国共産党第20回党大会に出席した習近平総書記(国家主席)。台湾統一への強い意気込みを語った。
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中国共産党の第20回党大会(10月16〜22日)は、習近平総書記の3期目続投を決め、「習一強体制」を強化した。
台湾問題について、習氏は「祖国の完全な統一は必ず実現せねばならず、必ず実現できる」と述べ、統一攻勢を強める構えだ。
一方の台湾側は、「台湾人アイデンティティ」の高まりを武器に統一攻勢をかわそうとする。
だが「一つの中国」を前提につくられた「中華民国」の法的枠組みを台湾側から崩すのは難しい。民意に代表される民主は、統一阻止の武器にはなっても、「鬼に金棒」にはならない。
将来決めるのは中国人? 台湾人?
習氏は党大会初日の党活動報告で、台湾問題について大枠以下のように語った。
- 台湾問題の解決は中国人自身が決める
- 最大の誠意と最大の努力を尽くし、平和的統一の未来を勝ち取る
- 外部勢力の干渉と、ごく少数の“台独”分裂勢力に対しては、武力行使の放棄を約束しない
この習報告に対し、台湾の蘇貞昌行政院長(首相に相当)は1を取り上げ、「台湾の主人は台湾人自身であり、その将来は台湾人自身が決定する」と反論した。
台湾総統府も「民主主義と自由は台湾人の信念。台湾の主流の民意は『一国二制度』を拒んでいる」との声明を発表した。
統一攻勢を強める中国に対し、台湾は米日との安保協力強化と台湾の民意を盾にかわそうとしているのが分かる。
中国側は「主権は中国にある」
台湾問題を解決するのは14億人の中国人か、それとも2400万人の台湾人なのか。
この問いこそ、台湾問題の本質を突くテーマの一つだ。政治的現実と法的枠組みが矛盾しつつ複雑に絡み合うややこしいテーマだが、ここは少し我慢して付き合っていただきたい。
まず中国側の現状認識から。
中国政府が8月10日に発表した「台湾白書」は、1949年10月1日の中華人民共和国成立を「国際法上の主体が変わらない中国の政権交代」と位置づけ、「中華人民共和国政府が台湾を含む中国の主権を完全に享受、行使するのは当然」と書いた。
端的に言えば、台湾の主権はすでに中国(中華人民共和国)に移ったという立場だ。
台湾側は「中華民国台湾」を主張
一方の台湾側はどうか。
台湾の法的根拠である「中華民国憲法」は、蒋介石率いる国民党が中国大陸を支配・統治していた時代の1947年に成立。しかし、2年後の1949年、国民党は共産党との内戦に敗れ、台湾に逃れた。
その後、1988年に就任した李登輝総統の下で、台湾地域のみを統治する現実に即して、「中華民国憲法」は何度かの修正が行われた。しかし、「一つの中国」を前提とする内容であることに変わりはない。
さて、蔡英文総統は2019年10月の建国記念日に演説し、従来の「中華民国」ではなく、新たに「中華民国台湾」の名称を使うと提唱した。
これは法律に基づく名称変更ではない。台湾外交部はこの変更について「中華民国台湾は主権を有する独立した民主国家であり、主権は2350万人の台湾人民に属する」という解釈を提示している。
簡単に言えば、「中華民国台湾」は「一つの中国」を代表する「中華民国」とは異なり、台湾地域のみを統治している現状を反映した「国家」という主張だ。
蔡総統はたびたび、「我々はすでに独立国家であり、独立を宣言する必要はない」と繰り返してきた。
中国はそのような台湾側の認識こそ、「一つの中国」原則を否定する「独立へのたくらみ」と非難する。
「台湾人」意識の高まり
習氏の演説の直後、ある中国研究者がソーシャルメディアにこんなことを書き込んだ。
「習近平氏は『中国人が決める』と演説したが、台湾側の『(我々は)中国人ではない、台湾人だ』というアイデンティティの変容を踏まえると、中国人が決めるという方針の実効性は怪しくなりはしないか?」
分断統治から73年を経て、台湾では「中国人ではなく台湾人」と自らを認識する「台湾人アイデンティティ(台湾人意識)」が高まっており、それが台湾統一の障害になるというのが、この中国研究者の問題提起だ。
台湾政治大学が1992年に開始した台湾人・中国アイデンティティ調査を見ると、台湾における意識変化は一目瞭然だ【図表1】。
【図表1】台湾における「台湾人/中国人」アイデンティティの変化(1992〜2022年)。緑は「台湾人」、赤は「台湾人でも中国人でもある」、青は「中国人」、黒は「無回答」。
出所:台湾政治大学選挙研究センター
李登輝時代の1992年は、「台湾人でも中国人でもある」が46.6%でトップ。次いで「中国人」が25.5%、「台湾人」は17.6%だった。台湾で政治・社会の民主化が進むと同時に、経済・貿易・文化など多方面で中国との交流が始まった時期に当たる。
それからちょうど30年を経た現在、「台湾人」は63.7%とトップになり、「台湾人でも中国人でもある」は30.4%、「中国人」に至っては2.4%まで低下した。
これが先の中国研究者の言う「アイデンティティの変容」だ。
「法統」否定できないアメリカ
台湾人意識の高まりは、先の【図表1】で示されたように、紛れもない事実だ。
しかし、それが中国の統一攻勢を跳ね返す一つの力になることは間違いないとしても、統一を阻止する「(鬼に)金棒」には簡単にはならない。
台湾独立を妨げる第一の要因は、米中間の「一つの中国」の法的枠組み(「法統」)にあり、第二には、台湾自身の「法統」にある。
米中間の「法統」について、バイデン米大統領は最近「私は独立を推奨しないが、台湾が独立するかどうかは、台湾人自身が決定する」と、事実上の「独立容認論」を公言した。
一方、バイデン政権が10月に発表した「国家安全保障戦略」は、対中政策の基本として、台湾関係法などとともに「米中間の三つの共同コミュニケ」を挙げた。
第一のコミュニケである1972年の「上海コミュニケ」は、「アメリカは台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している。アメリカ政府はこの立場に異論を唱えない」と書く。
それから半世紀が経ち、「両岸のすべての中国人」のうち、台湾側の自己認識は大きく変わって「台湾は中国の一部分」とはもはや見なさないようになった。
それでも、バイデン政権はコミュニケを否定できない。それが米中関係の政治的基礎としての正統な法的枠組み、すなわち「法統」だからだ。
それは現実を超える力を持つ「虚構」かもしれないが、否定すれば米中関係の基礎を崩壊させることになる。
独立支持の民意は増えていない
前述したように、米中間の「一つの中国」の法的枠組みに続いて独立の妨げになっているのは、台湾自身が抱える「中華民国」という法的枠組みだ。
現状を否定して「台湾共和国」を建国する形での独立は、現在の国際政治の枠組みの下ではほぼ不可能だ。「法統」の拘束力を「民意」によって乗り越えられるという考え方は、理想論に過ぎない。
付け加えるなら、民意そのものがうつろいやすい性格であり、「台湾人」としての意識が高まったからといって、それがストレートに独立支持の民意につながるわけではない。
下の【図表2】は前出の台湾政治大学による別の調査結果だ。
【図表2】台湾における独立と統一に関するスタンスの変化(1994〜2022年)。
出所:台湾政治大学選挙研究センター
現在の民意は「永遠に現状維持」がトップで28.6%。「現状維持し、将来再判断」が28.3%、「現状維持し、独立を目指す」が25.2%で続く。「いますぐ独立」は5.1%、「いますぐ統一」は1.3%にとどまっている。
台湾人意識を持つ多くの人は、米中関係など国際政治をはじめ、中国との力関係、経済的利益などさまざまな変数を含む複雑な「方程式」から、その解を求めようとしている。
国民党独裁時代を否定できない現実
観念的な議論が続き、分かりにくいと感じた読者も多いかもしれない。そこで最後に、台湾自身を縛る「法統」の具体例を挙げたい。
蔡英文氏は2016年5月の総統就任式に臨んだ際、声を上げて「中華民国国歌」を唱和した。
「三民主義を我が党の宗とする」というその歌詞は、元々は国民党歌だった。「三民主義」は、国民党を創設した孫文が主唱した社会主義的スローガンだ。だから、(台湾の二大政党として国民党と対峙する)民主進歩党員の多くは斉唱を拒否してきた。
総統府で行われる就任式では、孫文の肖像画に向かって宣誓する必要があるが、蔡氏はこれも行った。
また、中華民国国旗の左上には太陽に似た紋章が掲げられているが、これも元々は国民党の党章だ。
これらの事実は何を物語るのか。
中華民国は、国民党一党独裁下の「法統」に基づくシステムを採用している。1980年代末から90年代にかけての李登輝時代に「民主化し、台湾化した」ものの、それから30年以上経たいまもなお、「一つの中国」を前提にした憲法と、国民党一党独裁時代の「法統」は生き続けているのだ。
民意と相容れない「法統」を拒否できない台湾の現状は知っておくべきだろう。
また、そのような現状を知れば、中国側が主張する統一の論理を「非現実的」と、はなから排除することはできなくなる。
(文・岡田充)
岡田充(おかだ・たかし):1972年共同通信社に入社。香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て、2008年から22年まで共同通信客員論説委員。著書に『中国と台湾対立と共存の両岸関係』『米中新冷戦の落とし穴』など。「21世紀中国総研」で『海峡両岸論』を連載中。