史上最も成功したテック企業の一つであるアマゾンは、起業家の養成場にもなっている。こうした起業家たちは、独立後も自社にアマゾン独自の社風を取り入れることが多い。
ラケシュ・メイサーは、1998年に立ち上げた検索エンジンスタートアップ「ジャングリー(Junglee)」をアマゾンが買収したことで、同社のバイスプレジデントに就任した。メイサーはその後、メッセージングプラットフォームのガップシャップ(Gupshup)、アナリティクス企業のパーシピエント.AI(Percipient.AI)、匿名型ソーシャルアプリのフィズ(Fizz)など、5社のスタートアップを創業している。
メイサーは、アマゾンで過ごした1年こそがその後の起業家人生を形づくったと振り返る。「僕が今でも起業家でいられるのは、アマゾンでの充実した日々のお陰だと思っています」と、メイサーは笑いながら語る。
クランチベース(Crunchbase)が2022年に発表したデータによると、創業者にアマゾン出身者が1人以上いるスタートアップは600社を超すという。
この巨大テック企業におけるリーダーシップの手法は、社内では「メカニズム」とも呼ばれており、予算の立て方から会議の進め方まで、あらゆる内容を網羅している。
しかし、アマゾンの社風は大きな成功をもたらしうる半面、従業員との軋轢を生み出すこともある。従業員の中には、同社の社風を超競争的で執拗なまでの倹約志向であると評し、燃え尽き症候群になりかねない、と指摘する者もいる。
そこでInsiderは、活躍中のアマゾン出身の創業者5人に話を聞き、アマゾンの社風のどの部分を自身のスタートアップに取り入れ、どの部分を排除したかについて聞いた。
「顧客第一主義」は全員が高評価
5人の創業者全員が、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスが打ち立てた16のリーダーシップ・プリンシプルの一つ目にあたる「Customer Obsession(顧客第一主義)」を高く評価している。彼らは、それが創業間もない時期における成功の鍵になったと話す。
「ユーザーの暮らしを絶対により良いものにするんだっていう執念がなければ、飛び抜けて優れた仕事なんてできませんよ」と、バンブー・ラーニング(Bamboo Learning)の創業者、イアン・フリードは語る。
フリードは、12年間のアマゾン在職中に幅広いキャリアを積み、当時CEOだったベゾスのテクノロジーアシスタントから、キンドル(Kindle)やアレクサ(Alexa)の開発、さらにはバイスプレジデントも経験した。
彼は、子どもと保護者の双方に配慮した対話型読解力トレーニングソフトウェアを開発する自社にも顧客第一主義を取り入れている。
「ユーザーからは、お子さんが当社のアプリをとても気に入ってくださっているという声が寄せられます。こうした声は保護者の方々にも満足いただけるサービスを作って初めて得られるものだと思うんです」とフリードは語る。
「保護者の皆さんには、当社の製品を使うことで『我が子に素晴らしい教育体験を与えられている』と感じていただきたいですね」
指標至上主義には「ノー」
アマゾンは指標を重視することで知られている。指標は商品から従業員の業績まで、あらゆる意思決定の指針になっている、と元従業員は話す。
アマゾンの物流部門エンジニアを経て、現在はランチデリバリーのスタートアップ、ピーチ(Peach)を経営するニシャント・シン(Nishant Singh)によると、アマゾン在職中に彼が携わったプロジェクトはどれも指標が中心的な役割を担っていたという。
「アマゾンは数字をとても重視しています。結果が出ない商品は、すぐに販売を打ち切ります」
しかしシンは、指標が企業の業績を示す最も大切な要素だとは考えていない。自社のエンジニアには、たとえ短期的には成果として現れなくても、長期的な視点で将来性のある製品に取り組むよう指示している。
「失敗する可能性があってもいいんです。だって、成功する可能性もあるんですから。良いものを作り出すには時間がかかるもの。じっくりやることが大事です」
2000年代半ばにアマゾンに在籍し、その後フィンテック・スタートアップのシグフィグ(SigFig)を創業したマイク・シャーも、指標についてバランスの取れた見方をしている。
指標は従業員を評価するツールとしてではなく、リーダーが意思決定する上で必要なものだというのがシャーの考えだ。
「指標は、従業員をもっと働かせるために使うものじゃない。あくまで、リーダーが日々の意思決定の指針として活用すべきものだと思っています」(シャー)
ではシャーは指標をどう活用しているのか? 彼の場合、目標に対する達成度を測るのではなく、「何が成功しているのか、いないのか」「何が人々を喜ばせているのか、いないのか」「何が顧客の購買意欲を高めているのか、いないのか」といった、業績の原動力となるものを数値的に評価しているという。
前出のフリードもまた、指標は顧客を理解するために使うのが最も効果的だと説明する。彼は、子どもがどのセッションをどのくらい続けているかを確認することで、子ども一人ひとりがプロダクトにどのような反応を示しているかを理解するのに役立てている。
「ウチが扱うような音声対話型のプロダクトではこの点はすごく重要なんです。子どもたちは一度心が離れてしまうと、また興味を引くのは至難の業ですから」(フリード)
バンブー・ラーニングでは、顧客総数、新規登録数、顧客解約数についても週次、月次で把握しているという。これらはアマゾンも注視している指標だ。
文書ベースの会議は時間短縮になる
アマゾンがスライドショーを使った会議を禁止し、文書ベースの会議を採用しているのは有名な話だ。アマゾンでは会議の冒頭30分間、参加者たちは課題がまとめられた6ページの文書を黙々と熟読する。
アマゾンで立ち上げから間もないころのKindleチームを率いたのち、育児支援系スタートアップのブライトホイール(Brightwheel)を創業したデイブ・ヴァーセンは、アマゾン時代とほぼ変わらず、大規模な社内会議を毎週、毎月のように実施しているという。
「文書を用意してもらって、チームで黙読したあと、経営幹部が的確な質問をしながら議論を誘導するんです。全社でこれをやるので、インプット量は膨大ですよ」
425人の正社員を抱えるブライトホイールだが、一連の作業は1時間半程度で終わるので無駄な時間を削減できるという。
前出のメイサーがアマゾンに在籍していた当時はこうした会議文書はなかったが、その前身ともいうべき議題の文書化は存在していたそうだ。
「一人がホワイトボードに向かって、本日のコース、前菜、メインディッシュ、デザートって書くんですよ」と言ってメイサーは笑う。
「そのあと冒頭5分くらいで、さて今日の前菜は何だろう? メインは? デザートは? っていう議論を全員でやってましたね」
愚かな倹約志向には「ノー」
アマゾンの倹約志向もつとに有名で、創業当初はドアをテーブル代わりに利用して経費削減を図っていたほどだ。しかし今回Insiderの取材に応じた創業者たちは、このようなやり方は真似したくないと考えている。
「あそこまで執念深い倹約は、かえってバカげた意思決定につながることもありますから。チームのメンバーだって、自分たちは大切にされてないと感じてしまうでしょう」(シャー)
アマゾン従業員の中には、このような傾向を、「倹約(frugality)」と「愚かさ(stupidity)」を掛け合わせた「Frupidity(愚かな倹約志向)」という造語で表現する者もいる。
「ウチでは、アマゾンレベルの倹約志向は見直しつつ、無駄遣いは抑えるようにしています。でもアマゾン出身の人間からすれば、この2つは全く違います」(シャー)
シンによると、ピーチではアマゾンと真逆の人員体制をとっているという。配送ドライバーであっても、アマゾンでよく見られる委託業者ではなく、非正規社員として雇用している。
「当社では、ドライバーにも病気休暇を与えています。有給休暇も設けており、充実した生活を送れるようにしています」(シン)
こうすることで、ドライバーが少しでも自分は大切にされていると実感できるようにしたいという。
「ピザ2枚ルール」は採用
アマゾンの「ピザ2枚ルール」とは、チームの規模はピザ2枚で足りる程度の人数にとどめるべき、というものだ。このルールは、企業が成長してもフットワークの軽さを維持するのに非常に効果的だとシャーは言う。
「ウチのオフィスには設置型のミーティングルームがいくつかあるんですが、ピザ2枚ルールに従って、一部屋あたり8〜10人程度までしか入れない仕様になってます」(シャー)
リーダーシップ・プリンシプルの導入は賛成
ブライトホイールのヴァーセンは、アマゾンで学んだリーダーシップ・プリンシプルの一部を自社にも持ち込んでいる。
具体的には、「Dive Deep」(リーダーはすべての業務に気を配る)、「Ownership」(リーダーは「それは私の仕事ではありません」とは決して口にしてはならない)、「Deliver Results」(リーダーは決して妥協せず、優れた成果を上げる)などの原則を周知したほか、共通の理念に基づいてリーダーを育成するというコンセプトも導入した。
「チームの大半がアマゾン出身者でなくても、リーダーにはアマゾン流の原則の威力のほどを理解してもらいたかったんですよ。あれは本当に考え抜かれたものですから」
(編集:野田翔)