ビジネスにおいて欠かせない情報収集では、Webニュースを見て回ったり、ビジネス書や著名なビジネスパーソンの自伝を読んだりと、「視覚」を活用することが多い。視覚による情報収集は非常に効率的ではある半面、他のことが同時にできず、時間を独占してしまうというデメリットもある。
そこで近年注目を集めているのが「聴覚」を使った情報のインプットだ。これなら家事をしている時間や、あまり思考を必要としない事務作業や移動中の時間を活用できる。
そして「聴く」インプットとして使えるのがAmazonオーディブル(以下、Audible)だ。現在、Audibleの日本向けサービスでは、定額月額1500円で12万以上の対象オーディオブックやポッドキャストなどの音声コンテンツを聴き放題で楽しめる。また、聴き放題対象外のオーディオブックも、会員になれば非会員価格の30%OFFで単品購入が可能となっている。
音声コンテンツの中にはビジネスパーソンに有用なオーディオブックも数多く収録。ビジネス書や文学、洋書などをプロの声優や俳優、朗読者が読み上げており、さまざまな書籍を「聴く」ことができる。
このAudibleをビジネスのインプットに活用しているのが「聴き合う組織をつくる」ためのサービスを展開しているスタートアップ企業エールの取締役である篠田真貴子さんだ。篠田さんは日本向けのサービスが始まる前からAudibleを活用していたという経歴の持ち主。そこでビジネスにおける「聴く」ことの大切さと、Audibleの活用方法についてお話を伺った。
仕事と子育ての両立のためにAudibleを活用するように
篠田真貴子(しのだ・まきこ)氏/エール取締役。慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年10月にほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)に入社。同年 12 月から 2018 年 11 月まで同社取締役CFO。1年間のジョブレス期間を経てエール株式会社の取締役に就任。『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』『ALLIANCE アライアンス —— 人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』監訳。
篠田さんがAudibleを使うきっかけになったのは、子どもを育てながら外資系企業で働いていたときだった。当時は激務をこなしながら、日々、子どもの用事や家事に追われていた。
「今思い出してもかなり修羅場でした。とにかく時間がないのですが、それでも自分の知的好奇心を満たしたいし、アップデートしたいと考えていました。小さいノートパソコンに通信カードを差して通勤電車でWebサイトを見る、といったこともしていましたが、通勤時間って実は乗り換えや、歩いている時間が多くて意外と画面を見られる時間は少ない。でも耳なら空いていると気づきました。そんなときにAudibleを知り、すぐに登録しました。それが2007年のことですから、約15年前ですね」 (篠田氏)
当時、聴いていたのはオピニオン誌「ザ・ニューヨーカー」の特集や良質なコラムを読み上げたポッドキャスト。通勤時間に聴くことで、アメリカの最新事情に触れていたそうだ。
音声なら歩きながらでも聴ける。子どもを保育園に迎えに行く道すがらオーディオブックを聴き、キリのいいところまで聴くために、保育園に着く直前で立ち止まって聴いていた、なんてこともあった。それくらい、篠田さんの当時の生活にAudibleはぴったりだった。
Audibleならではの使い方
現在は子育ても落ち着き、外資系企業で働いていたときのような激務からは解放された篠田さんだが、Audibleの音声コンテンツは、ずっと聴き続けている。変わったのは聴くコンテンツの種類だ。日々のニュースはスマートフォンで読めるようになったこともあり、トレンドを追うのではなく、しっかりしたノンフィクション作品をゆっくり楽しむようになった。
近年、オーディオブックで気に入っているのが、著者自らが読み上げる自伝やノンフィクション作品だという。中でも「最高だった」と語るのが、トレバー・ノアの『Born a Crime: Stories from a South African Childhood』(邦題『トレバー・ノア 生まれたことが犯罪! ?』)(※Audible聴き放題対象外タイトル、日本語版未配信)だ。
「著者のトレバー・ノアはアパルトヘイト下の南アフリカで生まれたコメディアンで、いわば落語のように声色を使い分けて喋るのが本当に面白いんです。内容の面白さもそうですが、いきなり訛が変わったり、南アフリカのさまざまな部族の言葉を混ぜたりして、本を読むだけでは分からない体験が音声だからできるんです」 (篠田氏)
この他、全世界で1000万部の大ヒットとなったミシェル・オバマ自伝『Becoming』(邦題:『マイ・ストーリー』)(※Audible聴き放題対象外タイトル、日本語版未配信)も篠田さんのおすすめだ。これも本人が読み上げたオーディオブックで、約19時間、耳元で語りかけてくれる。すっかり、ミシェルさんと友達になったような気持ちになれるという。
日本語のオーディオブックで気に入っているのが『茨木のり子詩集』(谷川俊太郎選)だ。 これはAudibleで偶然出合った作品だという。
「谷川俊太郎さんが選んだ詩をいろいろな方が読んでいる作品なのですが、文字で読む詩と音声で聴く詩って全然違う体験で、詩って音声で聴いたほうがいいって思うようになりました」(篠田氏)
現在は通勤時間に聴くことは減り、キッチンでの料理中にスピーカーから流しているほか、コロナ禍で在宅勤務が増えたときは運動がてら近所を散歩するときや、ちょっと先のスターバックスまでコーヒーを買いに行くときにAudibleを聴いているそうだ。
「知人に夕食後の洗い物を担当している男性がいるのですが、彼はその洗い物の時間をAudibleを聴く時間として大切にしているそうです。だから『今日洗い物代わろうか』なんて家族に言われても代わらないそうですよ(笑)」(篠田氏)
「読む本」と「聴く本」の選び方
篠田さんはAudibleだけでなく、Kindleも愛用。比較的自由な時間が増えた現在は、聴くだけでなく読む時間も取れているそうだ。そうなると気になるのがコンテンツの選び方だ。
「個人的には、Audibleでは自伝やルポなどのノンフィクションを聴くことが多いです。もともと小説などのフィクションをあまり読みません」という篠田さんは、気になったコンテンツがあったら最初にKindleのサンプルを読んで内容をチェックする。そこで内容が気になったら、次にAudibleでオーディオサンプルを探してみるという。その結果、Kindleの電子書籍とオーディオブックの両方を買ったり、更には、紙の本も含めて全部買ったりすることもあるそうだ。
「電子書籍や紙の本はメモや書き込みができます。Audibleで聴いて、気になったところを紙の方でメモしたりもします。また、同じコンテンツでも読むのと聴くのでは受け取り方が違います。また、同じインプットでも読むほうが入りやすい人、聴くほうが入りやすい人がいると思います」 (篠田氏)
Audibleのアプリでも気になった場所にブックマークを付けることができる。また、コンテンツや聴き手の状況に合わせて再生速度も0.5倍から3.5倍まで0.1倍単位で細かく調整が可能だ。さらに聴き逃しても巻き戻す機能(10秒から90秒まで設定可能)もある。
紙の本、Kindleの電子書籍、そしてAudibleのオーディオブック、それぞれに利点があるため、篠田さんはそれを使い分けているという。
「聴く」意味と、エールで篠田さんが目指す道
15年前にAudibleに出合い、忙しい毎日の中で「聴く」ことを活用するようになった篠田さん。その後、知人から『こころの対話 25のルール』(伊藤 守・著/講談社+α文庫)という本をすすめられて、改めて「聴くこと」の大切さに気づくことがあったそうだ。そして、外資系企業のあとに勤めた「ほぼ日」を退職後の“ジョブレス(休職)”期間中に、友人たちにこの先何がしたいかを話す機会が何度かあったという。
「はじめは自分でも考えがまとまっておらず、分かっていませんでした。でも話していくうちにだんだんやりたいことがクリアになっていくのを感じました。これが本当に得難い経験でした。加えて、そういう話をしていると、友人たちも過去の貴重な経験を話してくれて、より深く分かりあえるようになっていく。『聴く』って大切だなって思いました」 (篠田氏)
そして今、篠田さんは「聴き合う」ことで組織改革の手助けを行うエールで多くの企業をサポートしている。エールに登録している3000人以上のサポーターにじっくり話を「聴かれる」ことで、今まで言葉にしたことがなかった思いや感情を整理できる。さらに「聴くトレーニング」によって周囲の誰かの話を聴き、組織のレジリエンスを高める支援もしているのだ。
互いに聴くこと、聴かれることによってより思考を深められる。自分でも気づいていなかった動機や、大切にしたい価値観に気づけたりもする。そんな「聴く力」が身につけば、ビジネススキルや組織との関係性もより高められるはずだ。
篠田さんはAudibleを「知的好奇心のある人にぜひ一度、試してみてほしい」と語る。まずは、移動の際など、音楽の代わりにAudibleで気になるコンテンツを流してみてはいかがだろうか。耳から入ってくる新しい体験が待っているかもしれない。