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10月で日本の水際対策が大幅緩和になったこともあり、日本からアメリカに出張や旅行でやってくる知人・友人も少しずつ増えてきた。
その誰もが、アメリカの物価に衝撃を受けている。たしかに、このインフレと円安の中、すべてのモノを日本円で換算すると、異次元の値段になってしまう。
例えばニューヨークでは今、ホテルの値段が以前にも増して高くなっており、ちょっといいホテルだと平気で一泊300〜400ドル(4万5000~6万円)近くとる。高級ホテルだと600ドル(9万円)などというところも珍しくない。これに税金などを足すので、実際の出費はもっと高くなる。
レストランのメニューの値段も、明らかに上昇している。これは、インフレで食材やエネルギーが高騰していること、それに人件費が上がっていることが大きい。コロナ危機が一段落して生活が正常化し始めたころ、アメリカはどこも人手不足だった。パンデミックのピーク時に飲食店がスタッフを大量解雇してしまったこと、また「Great Resignation(大退職時代)」と言われる現象で、多くの人がそれまでやっていた仕事を自分から辞めてしまった(キャリアを変えたり、住むところを変えたり)ことが、労働市場の逼迫を引き起こした。
人手不足の中では、従業員側のほうが有利な立場で交渉できる。よって店側は給与を上げなくてはならない。これがメニューにも転嫁されてくる。高級店でなくてもそうだ。例えば先日、お昼に蕎麦+ミニ天丼というごく普通の定食を食べたら、27ドル(4050円)だった。これに15~20%のチップと税金を足したら、36ドルくらいになる(5400円)。
レストランがあまりにも高いことと、パンデミック中に自炊する習慣がすっかり浸透したこともあって、私の周りでも外食を控え自炊を増やす人たちが増えている。友達と会うのも、バーやレストランではなく、家でいろいろ持ち寄ってということが増えた。
だが、自炊するにしても高いのだ。スーパーに行くたび、野菜も肉も、さりげなく(あるいは激しく)値上がりしている。シリアル一箱が6.49(974円)、アスパラガスが一束6.99ドル(1049円)、オーガニックの鶏もも肉が1ポンド(454グラム。約半キロ)で4.49ドル(674円)。先日、オーガニックの卵1ダースが9.99ドル(1500円)というのを見たときは、もはや笑ってしまった。
高級食材店ではないのにこの値段。ちなみにオーガニックではない卵は現在1ダース5〜6ドルほど。かつてなら3ドル台が普通だった。
撮影:渡邊裕子
日本でも9月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比3.0%のプラスで、消費増税の影響を除くと1991年8月(3.0%)以来31年1カ月ぶりの上昇率と大きく報じられたが、欧米諸国の物価上昇率に比べると3%はかわいい数字だ。
米労働省が13日に発表した9月のCPIは前年同月より8.2%上昇。9月のユーロ圏消費者物価指数(HICP)速報値は前年同月比上昇率が10.0%と、前月の9.1%から加速し、過去最高を更新している。
私自身、8月9月と日本に行ってみて、つくづく日米の物価の差を感じた。例えば、私が羽田で泊まったホテルは一泊7000円(46ドル)だったが、前述のとおり、ニューヨークのホテル相場は以前にも増して高騰しており、一泊200ドル(3万円)以下のdecent(そこそこ)なホテルを探すのはもはや難しい。東京の真ん中で、たった50ドルでまともなホテルに泊まれるというのは驚きだ。
お昼に食べた定食は、1300円(8.67ドル)だった。日本の場合は、アメリカと違ってチップも足さなくていいので、余計にお得感がある。しかも、私がニューヨークで食べた5400円相当の蕎麦・ミニ天丼定食よりもよほどおいしい。
こう考えてみると、東京からニューヨークに来た人たちからすると、実際の感覚としては、値段の格差は倍どころではなく、3〜4倍くらいに感じられるのではないだろうか。
今起きている国内外の激しい物価格差は、いくつかの異なる要因が背景となっている。歴史的インフレ、歴史的円安・ドル高、そして過去30年間の日本のデフレ体質だ。
コロナの緊急経済対策が招いたインフレ
アメリカにとって40年ぶりと言われるこの激しいインフレは、コロナ下での景気刺激策が原因だ。
コロナ危機が本格化した時、アメリカ政府は不況を恐れて、日本円で230兆円を超える財政措置をとった。家計に対する大量の現金提供、中小企業が従業員の給与を支払えるようにする措置、航空・ホテル業界への資金支援などだ。解雇された労働者には、手厚い給付金や失業保険の上乗せ金が配られた。失業者への手当については、支給額を1週間あたり600ドル増やすほどの大盤振る舞いだった。働いていた頃よりもむしろ収入が増えたという人たちもいた。
しかし、パンデミックの間は外に出かけることもできない日々が続いたので、需要には結びつかず、これらのお金の多くは貯蓄や投資に回された。それが現在の強い需要の原動力になっている。さらに、コロナ危機が一段落すると人手不足が深刻になり、前述のとおり人件費が上昇した。
それに加えて、資源エネルギー価格も高騰した。この高騰を引き起こしている一大要因はロシアによるヨーロッパへの石油・ガスの供給停止だが、この問題に終わりは見えていない。
このインフレを抑え込もうと、米連邦準備理事会(FRB)が取り組んでいるのが大幅利上げ(政策金利引き上げ)だ。連銀が利上げするときの刻みは、通常ならば0.25%ずつだが、5月には、0.5%、6月以降は3回連続で0.75%という異例の大幅利上げを続けている。次回11月の会合で、連銀が再び(4会合連続となる)0.75%の利上げを決めるだろうと予測するアナリストたちも多い。
米ドルの金利が上がれば、投資家は他の通貨から米ドルに資金をシフトさせる。これが、現在進行中の劇的なドル高・円安をドライブしている最大の要因だ。
現在ドルに対して下落しているのは日本円だけではなく、ユーロもポンドも同様だ。ただ、日銀は景気刺激のために金融緩和を続けており、そのせいもあって日本円は特にドルに対する下落幅が大きくなっている。
10月21日には円がニューヨーク市場で一時1ドル=151円90銭程度まで下落。1ドル=150円の節目を1990年8月以来32年ぶりに下回った。日本時間10月22日未明にかけ一時1ドル=144円台まで急騰したが、前月9月22日に日本政府が大規模な「円買い・ドル売り」の為替介入を実施した際も、効果的な歯止めにはならなかった。
今となっては別世界に思えるが、今年1月21日には1ドル=113円だった。今年に入ってから10月21日までで円はドルに対して23%以上の大幅な値下がりをしたことになる。
数値は終値ベース。
(出所)Yahoo!ファイナンスの情報をもとに編集部作成。
バイデン大統領は10月15日、「ドル高については懸念していない」と容認する内容の発言をし、あくまで国内のインフレ対策を優先する考えを示した。インフレに苦しむアメリカにとって、ドルが対外的価値を強め、輸入品、特にエネルギーや食料を安く購入できる状態は好ましい。11月8日の中間選挙を前に、少しでも消費者の経済不安を取り除きたい大統領の立場を考えると、ドル高容認は理解できる。
アメリカでは利上げのペースがそろそろ落ち着くのではという見方もあれば、このインフレはことのほかしつこいので、まだしばらく利上げを続けざるを得ないという見方もある。ただ、アメリカでも欧州でも、景気後退のリスクが身近にあり、経済について弱気な雰囲気が強まっている。
目下、パウエル議長は、インフレとの戦いを第一優先とする姿勢を貫いているが、中央銀行としても、引き締めをやりすぎて大不況、大失業を招くことは避けたい。景気を大幅に後退させることなく、どうやってインフレを抑制するか……という微妙な舵とりが求められている。
その安さは搾取の上に成り立っているのでは?
上記のようなインフレ、円安は、過去30年間賃金も物価も上がらないことに慣れてきた日本にさまざまなチャレンジをもたらす。場合によってはこれが、30年間停滞してきた日本に対するショックセラピーのようなものになるかもしれない……という期待もなくはないが、どうだろうか。
アメリカのインフレのドライバーの一つは、賃金が上がっていることだ。コロナ禍が始まってすぐに、アメリカでは大量の失業者が発生したが、現在、失業率は3%台と低く、雇用は堅調、賃上げも行われている。ここが日本と構造的に違う。
日本では、賃金が上がらないがために、需要が弱い。値上げに対する抵抗感(消費者も、企業側も)が強く、企業側も、モノやサービスの安さを競うことが深く習慣化している。
「日本はなんでも安くておいしい」というのは、外国人も日本人も口をそろえて言うことだ。たしかに、コンビニでお弁当を買っても、駅の立ち食い蕎麦でも、安くてもまあまあおいしい。それ自体は素晴らしいことだ。
でも私は、日本であまりにも安くておいしいものに出会うたび、「これは誰かの搾取の上に成り立っているのではないか」「誰かに対して正当な報酬が支払われていないがために、こんな価格が可能なのではないか」と考えてしまう。
つまり、日本のモノやサービスの安さと、安いわりに高いクオリティは、企業や労働者の「無理」の上に成り立っているのではないかということだ。
このクオリティの定食を1500円以内で提供するために、誰がコストを負担しているのだろう?
撮影:渡邊裕子
日本の安い物価やサービスに慣れてしまった消費者たちが海外に行くと、「ラーメンが20ドル(3000円)もする!」「クロワッサンが5ドル?(750円)」と驚く。でも、逆になぜ日本では、人が手をかけて出汁をとり、作ったおいしいラーメンが900円(6ドル)で売れてしまうのか? これは正当な値段と言えるのか?と考えるべきではないだろうか。
さまざまな材料で作られたこぎれいな定食のセットが1280円(8.5ドル)などというのを見ると、これで材料費、人件費をカバーできているのか、利益はどの程度出ているのかとこちらが心配になってしまう。約束の時刻に家まで宅配便のドライバーがスーツケースを取りにきてくれ、空港まで運んでくれても、2500円もかからない。チップも必要ない。私は、これだけクオリティの高い、人の労力を使うサービスであれば、もっととって、彼らの報酬を上げてもいいと思う。
雇用を守りすぎて新陳代謝が起きない
日本がこの30年間、低成長に甘んじてきた理由の一つは、雇用の安定を(良くも悪くも)最重要視しているということだろう。コロナ危機が始まって1カ月で、雇用者数の約1割(2000万人)もの職が失われたアメリカと違って、日本ではコロナ禍でも失業率は低く抑えられた。よって、アメリカのように大量の現金給付や企業支援といった大型財政政策もとらずに済んだ。それ自体はいいことだ。
その一方で、現在失業率が3%台まで戻り、賃金も上がっているアメリカを見ていると、コロナ禍での解雇の嵐も、必ずしも悪いことばかりではなかったのかもしれないとも思える。
あの危機の中で否応なしに行ったリストラで、身軽になり、財務状態が改善した企業も少なくなかっただろう。パンデミックを機に人生を考え直し、職業やライフスタイルを根本的に変えた労働者も多い(だから未だにある種の職業には人手不足が続いているわけだが)。つまり、労働市場での大規模な新陳代謝が起きた。
アメリカで生活してきて常日頃感じていることなのだが、この国では、何か危機が起こると、国であれ企業であれ、外科手術的に、ドラスティックな手段をとる。人をバサッと解雇し、儲からない事業を潰し、機能していないものはいったん切り捨てる。
判断のスピードが早い分、回復も早い。解雇ひとつとっても、「その人の能力と合わない職場なら、さっさと離れて、もっと合うところに移った方が企業にとっても労働者にとってもいいはずだ」「ワークしていないものをズルズル続けるのはお互いのためにならない」というのがアメリカ的な考え方だ。
かたや、基本的に人を解雇できない日本においては、生産性が低くても、働かなくてもクビにならない。おかげで失業率は低く抑えられるかもしれないが、その反面、競争がゆるくなり、企業の新陳代謝が停滞し、ダイナミズムが失われる。危機に際して日本がとる方策は、国であれ企業であれ、決して外科手術的ではなく、漢方薬的だと思う。血を流すことは避け、「お薬を飲んで時間をかけてゆっくり様子を見ましょう」というような。
アメリカのように解雇が日常茶飯事であるシステムが万人にとっていいとは思わないが、日本のように解雇が事実上できないというシステムが、「雇用の安定」の一方で犠牲にしてきたものもまた大きいと思う。
円安では人材獲得競争に勝てなくなる
このまま円安が続けば、アジアから出稼ぎにやってくる労働者にとっても日本を選ぶメリットは薄れる(写真はイメージ)。
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この円安が長引く場合、日本企業にとってはさまざまな課題が出てくると思う。中でも人材問題だ。
パンデミックの間に、世界中で、人も企業も働き方についての考え方をアップデートしてきた。働く場所や時間帯を揃えることは以前ほど重要でなくなり、世界どこにいても、時差さえうまく乗り越えれば一緒に働けるし、毎週5日間オフィスに来なくても生産性は保てる(職業にもよるが)のだ、ということが分かってきた。
その結果、雇用する側からすると、ポテンシャルな人材のプールが格段に広がった。違う州や違う国にいる人でも、条件さえ合えば雇用の対象となりうる。これは、グローバルな人材獲得競争を従来よりも激しくする。
そんな中で円が極端に安い状態が続けば、まず、海外からの優秀な人材が、日本で働くことにメリットを感じなくなってしまうリスクがある。出稼ぎの労働者や移民にしても、日本に来る魅力が減る。例えばアジア太平洋地域でも、より割良く稼げ、英語の通じる国々(オーストラリアなど)に流れていってしまう可能性がある。
また、日本企業が海外で雇用しようとするとき、仮にこれまでと同じレベルの報酬を保つとしても、より多くの円を積まなくてはならなくなる。人件費の内外格差問題は以前からある。例えばアメリカと日本とでは、同じ職業同士で比べても給与の水準が大きく違う。賃金が上がらなくても人が辞めない日本では、雇用主側に賃金を上げるインセンティブがない。かたやアメリカでは、お金を積まないと優秀な人材は来ないし、残らない。彼らはよりいい条件を求めて転職し続けるからだ。
日本企業がアメリカで優秀な人材を採りたいと思い、その相場に合った報酬を支払おうとすれば、日本で雇用している従業員たちとは全く違う水準にせざるをえない。それに円安・ドル高というファクターが加わった時、一つの企業内でも、内外格差がこれまで以上に大きくなる。この差が、日本で働く人たちに納得してもらえず、不公平感を生む可能性は無視できないだろう。その折り合いをどうつけていくかは、なかなか難しい問題だと思う。
また、円安・ドル高が続けば、日本企業にとっては人件費のみならず、アメリカへの投資が相対的に高くつくことになる。たとえ現状維持だとしても、より多くの円を突っ込まなくてはならない。
拡大したいのならなおさらだ。縮小する国内の需要を見越して、海外で稼げるようになりたいと希望する企業は多いが、そのためにどれだけ投資する覚悟があるのか、日本円以外の通貨で稼ぐ額をどう増やしていくか、という問題は、今、急激に重要さを増している。
もう一つ。円安が続くと、日本企業にとって、ドル建てで提供されるサービスが高くなりすぎる可能性が出てくる。例えば10万ドルのサービスなら、かつては1000万円ちょっとで買えたが、いまや1500万円だ。円安で予算が縮小し、既存の契約を縮小したり値切るようになったりすると、それらの日本企業を顧客とするアメリカ企業にとって、彼らの顧客としての価値、重要度が下がりかねない。
「でも、円安にはプラスの面もある」は本当か
ひとたび海外から日本に来てしまえば物価の安さを実感できるものの、そもそも訪日するための航空券代が高い。
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日銀の黒田東彦総裁は、円安は日本の輸出を押し上げるので「純便益」であるという考えを示しているが、かつてほど円安で輸出は伸びなくなったということは日銀も認めている。多くの日本企業が製造拠点を海外に移し、円安のメリットが減っているうえ、むしろ資源高で輸入コストが増大している。
それでも、「円安にもメリットがある」と指摘する人々もいる。10月20日、日本経済新聞の「大機小機」では、円安のメリットとして、日本への需要のシフト、水際対策緩和によるインバウンド経済効果、消費者物価が上昇し実質金利が下がることなどが挙げられていた。このどれも、ある程度は期待できることだろう。ただ、日本人が期待するほどのインパクトがあるかどうかはまだ分からないとも思う。
例えば、インバウンド効果だ。先月の記事で、インバウンドの経済効果は日本側が期待しているほどには望めないのではないかという見方を書いた。
一つの大きな理由は、中国だ。2019年、3000万人の訪日外国人客のうち、900万人が中国人だった。ほぼ3人に1人という多さだ。これだけの中国人が近い将来日本に戻ってくる可能性は非常に低い。
10月に開かれた共産党大会でも、中国政府は「ダイナミック・ゼロコロナ政策」キャンペーンを維持するということを強調している。少なくともあと1回のワクチン接種キャンペーンを経ない限り、現政策を転換することはないだろうし、それは数カ月以内に起きることではない。では、中国人の穴を他の国からの訪日観光客が埋められるか?と考えると、答えはノーだろう。
もう一つは、航空運賃の高騰だ。私が10月の水際対策緩和後に日本から発った時、空港はまだガラガラで、免税店も4割くらいが閉まっているような印象だった。ニューヨークへ向かう飛行機(日系航空会社)は、ビジネスもエコノミーも半分も埋まっていない状態だった。日本企業に働く友人たちによると、現在、北米への出張はあまりにも高くつくので絞っているところが多いという。
たしかに、最近では、北米・東京便の飛行機は、エコノミークラスでも2000ドル(30万円)が珍しくなくなったし、どのクラスも、パンデミック前の相場の倍に近づいているような感じだ。特典航空券をとった場合でも、燃料費だけで8月には800ドル、10月には900ドルだった。これだけの金額を払って日本に行きたいと思う人は、かなり限られてくるのではないか。いくら円安でも、行くまでにかかる金額が大きすぎるからだ。
「日本はCheapなのか、Poorなのか」
投資関係の友人が、アメリカの知人から「日本はCheapなのか、Poorなのか?」と聞かれたという。つまり、今「安いから」と投資したとして、それが将来成長し、儲かるのか? それとも日本はただ貧しくなっているのか?という意味だろう。
日本経済新聞に掲載されていた10月10日付のフィナンシャル・タイムズの記事「円安でも買われない企業 リスク取らぬ日本に魅力なし」は、この問題について鋭く指摘していた。
「今回、コロナ禍を経て海外の投資家が訪日しても日本企業に思ったほど投資しないと思われる第4の理由は、今後さらに3年待ってみても、日本が大きく変わると期待できる要素が全く見当たらないことだ」
「こうした『雨の日』に備え、晴れた日が何年続こうとも内部留保をせっせとためてきた。企業としての野心より存続を優先するやり方を貫いてきたわけだが、海外投資家はそんな企業は求めていない」
変化を拒む日本の企業は、いくら相対的に安くなっても投資先として魅力的でないという指摘だ。「日本が大きく変わると期待できる要素が全く見当たらない」という言葉はキツいが、そういわれて「まあ、そうだよね」と思う日本人も多いのではないだろうか。
日本人にとって海外が遠くなる、という影響もある。今、日本からアメリカ、欧州はもちろん、シンガポール、オーストラリアなどに旅行に行っても、物価がおそらく3〜4倍に感じられる。そんな状態で旅行に行っても、何を買うにも円で換算してしまって、ちっとも楽しくないだろう。
円安の影響は留学を考えている学生にもダイレクトに影響する(写真はプリンストン大学)。
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旅行よりもさらに深刻な問題が留学だ。アメリカの大学(特に私立)は、1年間の授業料と寮の費用など諸々込みで5万〜7万ドル(750万〜1050万円)かかる。これはアメリカの家庭にとっても大金だ。最近、プリンストン大学が、年収10万ドル(1500万円)以下の家庭出身の学生には学費と寮費を学校側が全面的にサポートすると発表し、ニュースになった(これまで基準額は「年収6万5000ドル以下の家庭」だったのだが、それが引き上げられた)。
日本の感覚からすると、「年収1500万円なら、そこそこ裕福では?」と思われるかもしれないが、この話が示しているのは、今日のアメリカでは、年収10万ドル以下の家庭から子どもを私立大学に行かせるのは「しんどいこと」だと認識されている、ということだろう。
日本からアメリカに留学しようとする場合、この学費の高さは、特にこの円安・ドル高の環境においては高いハードルになるだろう。それによって留学できる人のプールが今以上に狭まってしまうのではないだろうか。
ただでさえ若者の内向き傾向が強まっていると言われるなか、円が弱くなってしまうと、彼らがますます海外に出ることを躊躇するようになってしまうのではと懸念している。
「円の弱さは日本の国力の衰退を示すものではない」と主張する人々もいるが、購買力が弱まれば、必然的にできることは限られてくる。そして、仮に国が対外的に弱くなっていくのであればなおさら、日本人は外に出ていかなくてはならないと思うし、若い人には特にそうであってほしい。
「貧すれば鈍する」となる可能性はある。そうならないためにこれから日本は、日本企業は、日本人はどう変わっていかなくてはならならないのか、考えるべきときに来ているのではないだろうか。
(文・渡邊裕子)
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパンを設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。株式会社サイボウズ社外取締役。Twitterは YukoWatanabe @ywny