2022年10月2日、フランスで開催されたパリファッションウィークに登場したイェ。
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- 反ユダヤ主義的な言動により、多くのビジネスパートナーがイェ(Ye、カニエ・ウェストから改名)との契約を解除した。
- 多くのセレブがブランドのパブリックイメージになっており、ラッパー兼デザイナーであるイェもその1人だった。
- 企業は、セレブとエンドースメント契約を結ぶ前に、そのメリットとデメリットを見極める必要がある。
ブランドにとって、熱量の高いエンドースメント(企業が広告のためにセレブと契約を結ぶこと)が持つパワーは否定できない。それだけにその契約が破綻したときの痛みも大きい。
アディダス(Adidas)もその痛手を受けた企業の1つだ。同社は、デザイナーを務めていたイェ(Ye、カニエ・ウェストから改名)とのパートナーシップを解消するという決定を下した。これは、コントロール不可能なセレブに権限を委譲したときに企業が直面する可能性のあるリスクを示している。
アディダスにとって後悔することの多いこの契約によって、2億4600万ドル(約360億円)の売上損失が生じると予測されている。同社は2022年10月25日、他のブランドに引き続き、反ユダヤ的な暴言を吐いたイェと手を切った。イェは、ツイッター(Twitter)のアカウントがロックされる前に「ユダヤ人にデスコン3を仕掛けてやる」とツイートした(デス「death(死)」とデフコン「DEFCON(米軍の防衛態勢レベルを示すコード)」を掛け合わせたものと思われる)。イェの発言をきっかけに、反ユダヤ主義者はロサンゼルスの高速道路に「カニエがユダヤ人について言っていることは正しい(Kanye is right about the Jews)」と書いた看板を掲げた。また、イェは10月初めに「White Lives Matter(白人の命は大切)」と書かれたシャツを着て、物議を醸した。
PR会社Codeword Agencyの共同創業者カイル・モンソン(Kyle Monson)によると、ブランドパートナーシップはセレブのファンを企業に引き寄せるために行うもので、逆になる場合もあると述べている。そして、この種のパートナーシップ、特にインフルエンサーマーケティング業界は成長しているが、企業にとってはリスクが大きいという。
イェとアディダスのパートナーシップのように、契約による収益が最終的にコストを上回らない場合もある。
「我々はアスリート、俳優、コメディアン、アーティストなど、普通の人よりも少し気まぐれな人々を相手に仕事をしており、彼らに対する監視をして新たなレベルに引き上げなくてはならない状況に直面している」とモンソンは言う。
「企業は何億ドルものマーケティング費用を投じてブランドを築き上げても、セレブとのパートナーシップが悪化することによって、そのすべてが台無しになる可能性がある」
イェとの契約解消で注目されたのはアディダスが最初ではない。ここ1カ月で、タレント事務所のCAA、ファッションブランドのバレンシアガ(Balenciaga)、そしてオートクチュールのバイブルであるヴォーグ(Vogue)がイェとの関係を断ち切ったのだ。
ギャップ(Gap)は9月、10年続くはずだったイェとのパートナーシップ契約を解消するが、コラボライン「Yeezy Gap」の既存商品については販売を継続すると述べていた。だが、イェの最近の言動を受け、同社の幹部は10月25日、Yeezy Gapの商品を棚から撤去し、公式サイトのYeezyGap.comも閉鎖すると発表した。2020年にこの契約を発表したとき、ギャップはこのコラボレーションが年間10億ドル以上の売上を生み出す可能性があると述べていた。
時には賭けに出ることが、企業にとって必要なこともある
セレブやインフルエンサーとブランドとのパートナーシップは、それぞれに違うものだとモンソンは言う。そして、大きな成果を得るには、企業がリスクを負わねばならない場合もある。
例えば、イェは常に「ワイルドカード(予測不能な要素)」だったが、アディダスが彼とのパートナーシップを開始するとYeezyブランドの年間売上が推定10億ドルから20億ドルに達するなど、大きな利益をもたらしたとABC Newsが報じている。
「Yeezyの契約が結ばれたとき、イェに対する世界の見方は、今とはずいぶん違っていた」とモンソンは言う。
「彼は当時、最も成功し、尊敬されていたヒップホップアーティストの1人だった。極めて多才で、プロデューサー、ラッパー、ファッションデザイナーでもあった。何でもこなすが(一緒に仕事をする相手として)安全な選択だったのだろうか。答えはノーだ。しかし、彼はその魅力と危うさをYeezyブランドに注ぎ込んだのだ」
Provenance Hill Consultingの社長でThe Family Business Consulting Groupのコンサルタントでもあるマーサ・サリバン(Martha Sullivan)は、価値観を共有するセレブと出会ったブランドは、より広く知られるようになり、ビジネスの成功につながるとInsiderに語っている。
「セレブや知名度の高いインフルエンサーと仕事をすることで、彼らのチャンネルやオーディエンス、フォロワー、彼らが持つ雰囲気を取り込めるようになる」とサリバンは言う。
「そしてそれは、ブランドのクライアントや顧客基盤を成長させる機会を与えてくれる」
しかし、しっかりとした契約書があったとしても関係を断つには時間がかかる
企業は、セレブやインフルエンサーとパートナーシップを結ぶのであれば、優秀な法律顧問と綿密な契約書を用意する必要があるとサリバンは述べている。しっかりとした契約書には、パートナーが公的に「ブランドと矛盾する」発言をするようになった場合にパートナーシップの解消を可能にする条項が用意されているという。
しかしモンソンによると、たとえ綿密に練られた契約書であっても、Yeezyがアディダスにとってそうであったように、そのパートナーシップがブランドの製品と関連しており、ビジネスの大部分を占める場合、関係を絶つことは容易ではない。
イェの元義妹ケンダル・ジェンナー(Kendall Jenner)がペプシ(Pepsi)の広告をめぐって論争に巻き込まれたとき、ペプシがその広告を取り下げるのは簡単だったとモンソンは言う。
「(コラボ製品の)生産ラインがあるとそうはいかない。すでに工場や契約、小売店があるのだから」
弁護士で多様性・公平性・包括性問題の専門家であるアンジェラ・J・レッドドック-ライト(Angela J. Reddock-Wright)は、以前Insiderに次のように語っている。
「企業は、自社の利益に影響を与える可能性のある意思決定をする際、正しいことを行うという決意とどうバランスを取るのかという課題を抱えている」
[原文:Ye's antisemitic comments show the risks companies face when they hook up with big-name celebs ]
(翻訳:仲田文子、編集:Toshihiko Inoue)