2020年4月にOpenWork社長に就いた大澤陽樹氏に、「社員口コミ」のこれからを聞いた。
横山耕太郎撮影(右)、OpenWork提供(左)
今や転職や就活において、欠かすことのできない存在になりつつある「社員口コミ」。
最大手・OpenWork(オープンワーク)は、2007年にVorkers(ヴォーカーズ)としてサービスを開始。じわりじわりと利用者を増やし続け、2022年7月には登録者数が500万人を突破した(2022年9月現在は約510万人)。
そんなオープンワークが挑んでいるのが、「社員口コミ」と「採用情報」をつなげ、企業側から収益を得るビジネスモデルの強化だ。
ただ、企業側から利益を得るモデルは、ややもすると「企業が採用に有利になるように口コミを操作しているのでは?」と、プラットフォームの信頼性が問われるリスクにも直結する。
口コミの信頼性を高めつつ、どう収益化を進めていくのか。その難しい舵取りを担うのが、2020年4月に新社長に就任した大澤陽樹氏(37)だ。
オープンワークは2020年、人材コンサル大手・リンクアンドモチベーションの連結子会社となったが、大澤氏はもともとリンクアンドモチベーションの出身でもある。
まさに大変革期を迎えつつあるオープンワークは、口コミビジネスの未来をどう考えているのか?
「トイレの落書き」と言われた過去
社員口コミは当初、「誰かが書いたかわからないもの」として企業に無視されていたという(写真はイメージです)。
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「社員口コミは『誰が書いたか分からないトイレの落書き』として見られ、企業の人事からは無視されてきました。それがサービス開始の7年後、2016年頃から利用者が増えたことで、今度は人事にとって『煩わしい存在』『嫌いな会社ナンバー1位』になっていきました」
大澤氏は東大大学院卒業後、2009年にリンクアンドモチベーションに入社した。当時、大澤氏はリンクアンドモチベーションの社員としてクライアント企業と関わっていたが、クライアント企業にとってOpenWork(当時はVorkers)というサービスは「煩わしい存在」に成長しつつあったと振り返る。
「コンサルを担当するクラアントから『口コミで人事制度をボロボロに書かれた。内定辞退も起きており、なんとかしてほしい』と相談されるなど、口コミが話題に上がることが増えてきた」
社員口コミが脅威になっていった理由は、口コミの件数が増え、検索でも存在感が増えてきたからだ。「社名」と「年収」を合わせて検索すると、口コミサービスが上位に表示されるようになり、社員口コミの認知は一気に広まっていった。
「転職や就職というプロセスの中に、『口コミを見る』というプロセスが気づいたら入ってきていていた」
会社の発信よりも「SNS」の時代に
OpenWorkはじわりじわりとユーザー数を増やしてきた。
出典:OpenWorkプレスリリース
口コミの影響力が次第に強まっていた2018年、オープンワーク(当時はヴォーカーズ)は大きな転換点を迎える。
リンクアンドモチベーションが22億5000万で20%の株を取得、資本業務提携を結んだ。大澤氏は同じタイミングで、リンクアンドモチベーションから出向した。
「よく分からない存在として捉えられることが多かったVorkersですが、リンクアンドモチベーションの出資を受けて、ちゃんとしたサービスなんだと思ってもらえるようになった」
その頃から、社員口コミの受け止めにも変化が出てきたという。
「私の感覚ですが、意識の高い経営者は口コミを無視するのではなく、口コミと向き合って会社を変えていかないと人材を獲得できないと考えるようになってきた」
社員口コミが受け入れられるようになってきた背景には、社会の変化も大きいという。
撮影:今村拓馬
また転職者側にも変化が起き始めた。
社会的に「会社が発する情報より、第3者が発信する情報を重視する傾向が出てきた」という。
「Instagramで誰かがオススメするお店を選んだり、持論を述べるマツコ・デラックスさんが好かれたりするのと同じだと感じています」
もう一つ、転職者側の変化として「ビズリーチの存在も大きい」とも分析する。
「ビズリーチは自分で履歴書を登録してスカウトをもらうというモデルを普及させた。転職エージェントに全部任せるのではなく、自分で良い会社を見つけ出す文化ができてきた」
さらに社長就任直前に日本を襲ったコロナ禍も、社員口コミにとっては追い風になった。
「転職市場は冷え込んだが、オンラインで選考が完結することはいまだに続いています。オンラインでは会社の雰囲気は伝わりにくい。コロナ禍は口コミサービスが重宝されるようになった期間でもあった」
「採用サービス」という諸刃の剣
OpenWorkのサイトを見ると、上部には「求人検索」「Pick UP求人」と求人情報が並ぶ。画面は筆者がサイトを開いた場合を撮影したもので、特定の企業について紹介する意図はありません。
撮影:横山耕太郎
「トイレの落書き」と言われた社員口コミが、やがて企業にとって無視できない存在になった現在。
オープンワークが事業成長のために期待を寄せるのが「採用機能」だ。
現状ではオープンワークの大きな収益は主に2つある。1つは口コミを見るためのユーザーの有料課金、そしてもう一つが企業の求人と人材をマッチングさせて企業から収益を得る「リクルート事業」だ。
有料課金の収益はほぼ横ばいで推移しているが、リクルート事業は「年々の数倍」の規模に伸びているという。
「リクルート事業」では、OpenWorkの口コミページに求人を無料で掲載し、採用が決まった場合に企業から「一律80万円」の報酬を得るビジネスモデルだ。
採用情報の掲載は2016年頃に実装されていたが、2018年頃から本格的に稼働させた。
ただ「口コミ」と「採用サービス」は、相性が必ずしもいいというわけではない。企業の採用を有利にするために、企業を褒めるステマ(ステルスマーケティング)行為を許したり、悪い評価を削除したりする懸念を持たれるからだ。
「求人サイトと口コミサービスは矛盾する部分があります。それもあって創業後10年以上は求人サービスでやらずにきました。口コミを操作していると思われたサービスはすぐに淘汰される。その部分は徹底して口コミの質を担保したい」
OpenWorkでは、投稿された口コミを機械で審査することに加え、目視でも審査している。審査の詳細は公開していないが、社員、業務委託を含めてトレーニングを積んだ人材が担当しているという。
「年間では何十万件も投稿があるので、正直コストはだいぶかかっている。しかし、口コミの信頼性が当社とっては生命線だ」
現在は投稿された内容の約7%が不適切と判断されているという。
「宗教みたい」と書かれる会社でも…
オフィスがあるWeWorkで取材に応じた大澤氏。
撮影:横山耕太郎
「口コミへの信頼」と「企業の求人支援」は両立が難しいものの、大澤氏は「口コミに加えて、企業の見解も知ることはユーザーにとってもメリットがある」と強調する。
「企業を理解するためには、複数の視点で立体的に捉えないといけないと思っています。社員口コミだけでなく、企業が正式に発信している情報も大事ですし、ビジネスの結果として表れた数字も大事」
社員口コミは、その会社からの転職者希望が書き込むことが多いため、ネガティブな意見に偏りがちになる。
「例えば口コミで『宗教みたい』と書かれた企業でも、企業側は『みんなミッションに燃えている』と発信しているケースもある。この場合『遠心力の経営というよりも、求心力が強いタイプの会社だな』と把握でき、ミスマッチを減らせる可能性がある。
社員口コミと会社の見解、両面あってはじめて意味が出てくると思っています」
また新事業として、「口コミ」の加工データを提供する事業にも着手した。海外ではESGs投資の対象企業を選ぶヘッジファンドに対し、社員のエンゲージメントなどを示すデータを提供する事業が拡大しているという。
オープンワークでも「口コミ」を基に企業の「働きがい」を数値化する技術を開発しており、これらの数値が株価との相関性も見えたという。
今こそ必要とされる「社員の声」
企業によって口コミ件数も、投稿される採用も大きな差がある。この企業の場合は2万件を超える口コミがある。画面の一部を加工しています。
撮影:横山耕太郎
社員口コミを集めて成長を続けてきたOpenWorkは、これまで「育ててきた果実」を迎えつつあると言える。
IPOに関してはコメントを得られなかったものの、大澤氏は「まだまだ口コミ情報が足りていない。将来的に得られる果実はもっと大きい」と話す。
「現状では投稿される口コミは大手企業に偏っており、スタートアップの情報は不足しています。また例えばデータサイエンティストなど、新しい職種についても情報は少ない」
岸田政権もジョブ型雇用への移行を進めるとし、経済政策として「雇用の流動化」を掲げる。しかし日本では、メンバーシップ型雇用や年功序列が根強く残っている企業も多いのが実態であり、社内の現状を知ることが難しい現状もある。
「どこで働けばスキルが得られるのか。どのくらいの求人があり、収入はどのくらいで、そもそも自分に向いているのか。働く側と会社をつなぐ情報が足りていないんです。
今まさに、自分のキャリアを自分で決める新時代が来ている。私たち『口コミのインフラ』が果たすべき役割は、これからさらに増していくと思っています」
(文・横山耕太郎)