AWS Startup Loft Tokyoの室内。
撮影:笠原一輝
アマゾンのクラウドサービス子会社のAWS(Amazon Web Services)は、コロナ前に提供してきたスタートアップ企業向けのコワーキングスペース「AWS Startup Loft Tokyo」を、11月1日より再開する。10月27日、都内のAWS東京オフィスで開いた記者会見で発表した。
会見にはAWSのほか、ベンチャーキャピタル(VC)、経済産業省、スタートアップ関係者ら、一堂に会するのは珍しい顔ぶれが登壇した。
背景には、コロナ禍からの復旧という「モメンタムの転換」を大きく打ち出そうという狙いがある。
スタートアップなら無料。AWSのコワーキングの充実度
AWS Startup Loft Tokyoが11月1日より再開する。起業家やスタートアップ関係者、VCなどが対面でコミュニケーションする拠点の価値とは?
出典:Amazon Web Services
AWSは、クラウド事業者として、グローバル市場で2位のMicrosoft Azure、3位のGoogle Cloud Platform(GCP)を引き離してシェアトップを維持している。
そもそもAWSは2018年10月から、スタートアップ支援を目的として、AWSの東京オフィスがある目黒駅近くのビルにAWS Startup Loft Tokyoを開設していた。その後コロナ流行により2020年3月から一時クローズしていたが、このほど満を持して再開するわけだ。
AWS Startup Loftは、サンフランシスコ、ニューヨークについで、東京が3番目に作られた。
AWS Startup Loft Tokyoは世界で3つめの常設Loft。
出典:Amazon Web Services
AWSによると、このAWS Startup Loft Tokyoでは、スタートアップ企業がこの場に集うということが重要なのだという。
スタートアップの関係者同士が交流し、そこから刺激を受けて、新しいイノベーションやアイデアが生まれる……そういう好循環を狙っている。
施設内にあるアマゾンの配送ロッカー。
撮影:笠原一輝
JR目黒駅に至近の好立地、さらに眺望もとてもよい環境だ。
撮影:笠原一輝
コワーキングらしい、横並びのワーキングデスク。
撮影:笠原一輝
会議室も用意されている。
撮影:笠原一輝
キャッシュレス決済によるお菓子やドリンクの提供もある。
撮影:笠原一輝
電源やワーキングデスクといったコワーキングスペースとして当然の基本設備のほか、アマゾンの配送ロッカーやスマホ決済で利用できるお菓子やジュースといった設備も用意されている。
Ask An ExpertのコーナーではAWSのエンジニアに質問ができる。
撮影:笠原一輝
各種イベントも開催される計画。
出典:Amazon Web Services
大企業のスタートアップ支援施設としてユニークなのは、スタートアップの資金調達や従業員の雇用の課題などの相談にも乗れるよう、VCの関係者による面談やイベントなどもプログラムされていることだ。
また、AWSの技術者がコワーキングスペースにやってきて、スタートアップを技術支援する取り組みも用意している。
これだけの施設や、スタートアップが集うという「雰囲気」を有した空間は 無料で提供される。
登録などは必要だが、AWSユーザーでスタートアップの関係者であれば無料で利用できる。
出典:Amazon Web Services
コワーキング施設を「無料」で提供するAWSの狙い
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 スタートアップ事業開発部 本部長 畑浩史氏。
撮影:笠原一輝
こうした設備と支援計画を作り、コストをかけた施設を「無料」で提供するAWS側の狙いは?
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社、スタートアップ事業開発部の畑浩史本部長は、次のように説明する。
「AWS自体が元々スタートアップとして始まった初心を忘れてはいけないと考えて、スタートアップ支援の活動を行なっている。実際、AWSはスタートアップと共に発展してきた歴史があり、その代表例としてはAirbnb、(今はセールスフォース傘下になった)Slack、日本ではゲーム会社などがある。
スタートアップの多くはITのインフラとしてクラウドをご活用していただくことが多く、ほとんどのスタートアップがクラウド・ネイティブになっている」(畑氏)
つまり、クラウドサービス最大手のAWSとしては短期的な収益性は考えていないのだろう。
スタートアップがAWSのクラウドを利用してくれて、上場するような規模に成長してくれれば十分に元が取れる。もしかしたら、そのうち何社かが、将来のAirbnbやSlackになる可能性すらある……そう考えているはずだ。
経産省がスタートアップ支援としての「政府調達」に言及
左からAWSジャパン合同会社 スタートアップ事業開発部 本部長 畑浩史氏、経済産業省 新規事業創造推進室 室長補佐 岡本英樹氏、インキュベイトファンド代表パートナー兼一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)企画部長 村田祐介氏、TURING創業者山本一成氏。
撮影:笠原一輝
会見では、AWSの関係者のほかにも、国内スタートアップの成長支援を所管する経済産業省、ベンチャーキャピタル、さらにはスタートアップの経営者も参加し、パネルディスカッションが開かれた。
AWS Startup Loft Tokyoという場を提供する形でのスタートアップ支援が広がっている背景には、日本政府のスタートアップ支援政策の推進、そしてコロナ禍からの復興で、リモートから対面への転換という2つのモメンタムが影響していると関係者は語った。
経済産業省の新規事業創造推進室 室長補佐の岡本英樹氏は、
「岸田政権になって、スタートアップ振興に力を入れている。従来との最大の違いは政府調達にスタートアップ支援を絡めているところだ。“政府が積極的にスタートアップや中小企業の製品を購入する”という取り組みは世界各国で行なわれており、今後は日本でもそうした形の支援に力を入れていく。
しかしスタートアップの中には自治体とのネットワークがないなど大企業とは違った課題を抱えており、そうしたギャップを埋める存在としてこうした取り組みが仲介役になっていただけることに期待している」
と期待感を表明した。
実際、日本政府は2022年をスタートアップ創出元年と位置づけており、首相官邸が公開している政府の主要政策の1つにスタートアップ・エコシステムの構築を掲げている。
スタートアップを支援する側のVCもそうした政府の動きには期待感を表明している。
インキュベイトファンド代表パートナー 兼 一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会(JVCA)企画部長の村田祐介氏は、「日本の政府調達は全部合わせると10兆円近くになる」とその規模の大きさを指摘する。「その何パーセントでもスタートアップにとっては大きな成長につながる。大事なことはスタートアップをいい意味で“えこひいき”してもらうことだ」(村田氏)
政府支援が世界的な有名企業を生んだ例はいくつもある。例えばアメリカでは、宇宙ベンチャーのスペースXが、事業の立ち上げ期に米政府(NASA)のプロジェクトに選定され、何百億円もの開発資金を受け取っていたことは有名な話だ。
村田氏は、日本政府の目線がスタートアップに向いている事実は、起業家にとって大きなチャンスだと強調した。
「コロナからの回復」軸にAWS、スタートアップ、政府の目線が合う
海外との往来も従来並みに戻していこうという世界的な潮流の中で、スタートアップ支援の形も少なくとも2019年レベル以上の水準にすることは、次の時代の産業育成には欠かせない。
AWSの未来の企業への投資としての側面、日本政府のスタートアップ支援政策、そしてスタートアップ側のコロナ禍からの復興としてリモートから対面への転換促進という、いくつかの側面が1つの方向を向いていることを象徴するのが、AWS Startup Loft Tokyoの再開ということになる。
(文・笠原一輝)