2022年7-9月は市場予測を下回る決算となったテスラが、中国で初めて値下げに踏み切った。
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市場予想を下回る四半期決算を発表したテスラが10月24日、中国本土でモデル3とモデルY の値下げを実施した。テスラのEVの3分の1は中国で買われており、年間販売目標達成に向けたテコ入れ策と見られるが、BYDなど中国メーカーはシェアを奪われる可能性が高く、自動車業界に激震が走っている。
小刻みな値上げから一転、最大75万円の値下げ
テスラは24日、中国で販売するモデル3とモデルYを1万4000~3万7000元(約29万~75万円)、平均9%値下げすると発表した。最も値下げ額が大きいのは中型スポーツタイプ多目的車(SUV)モデルYの「パフォーマンス」(上級4WD)で、39万4900元(約800万円)から35万7900元(約730万円)に引き下げた。
テスラは2019年12月に上海ギガファクトリーを稼働し、中国産モデル3の供給を開始、2021年にはモデルYの生産も始めた。以降インフレを背景に小刻みに値上げを繰り返してきたが、値下げは初めてだ。
決断の背景には、テスラが直面する「需要の不振」「競合の台頭」という2つの問題があると見られている。
同社が19日に発表した2022年7~9月決算は、売上高が前年同期比56%増の214億5400万ドル(約3兆2000億円、1ドル=148円換算)と四半期ベースで過去最高を更新した。原材料費の高騰を受け、世界各地で値上げを繰り返した結果、モデルYの最廉価グレード「RWD」の米国内価格は1年半で約3割上昇した。それでも人気が衰えることはなく、モデルYは22年1~9月に米国だけでなく欧州で最も売れたEVとなった。
好調に見えるテスラの決算だが、売上高、納車台数ともに市場の予測を下回ったことで、翌日の株価は下落した。7~9月の納車台数は市場予測の35万8000台に対して34万3000台にとどまった。テスラは年初に今年の納車台数の目標を140万台に設定したが、1~9月の実績は約90万台で、目標達成には残り3カ月で50万台の上積みが必要だ。実現は非常に困難で、ザック・カークホーンCFOも目標未達の可能性を否定しなかった。
米国市場には存在しない本当のライバル
テスラは9月に上海ギガファクトリーの設備改修を完了し、生産能力を増強した。
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テスラは納車台数が振るわない原因を、需要ではなく物流上の問題と説明した。だが、世界最大の自動車市場で、テスラ車の3分の1が買われる中国でのテスラの最近の動きを見ると、公での発言ほど強気ではないことも感じ取れる。
モデル3の最廉価グレード「RWD」を比較すると、米国では過去1年半で24%値上げしたのに対し、中国での値上げ幅は12%に抑えている。その結果、両国の価格差は日本円にして100万円を超えた。
中国はゼロコロナ政策の影響で、経済が大きく減速している。2022年のGDP成長率は2%後半から3%台との予測が多い。加えて、テスラの一人勝ちが続く米国と違って、EVを生産する中国メーカーが台頭している。
全国乗用車市場信息聯席会によると2022年1~9月の中国の乗用車販売台数は1487万5000台で、うちEV、PHVなど新エネルギー車が387万7000台と26.1%を占めた。9月単月で見ると、乗用車販売台数192万2000台に対し、新エネ車が占める比率は31.8%(61万1000台)まで上がった。
中国メディアがまとめた9月のメーカー別新エネ車販売台数は、テスラが前年同期比48.8%増の7万7613台、BYDが同173.9%増の19万1237台、そして販売台数はテスラに及ばないが、吉利汽車は同331%増、広州汽車が同121%増、長安汽車が同187%増となっている。中国では補助金効果もあり新エネ車が急速に普及しているが、最近は中国メーカーの方がテスラに比べてその恩恵を受けていることが分かる。
特にBYDは今年に入って販売台数を急激に伸ばし、海外市場に進出する際に「テスラのライバル」「中国のテスラ」と紹介されることも増えた。BYDは今年3月でガソリン車の生産を終了しており、EV市場で唯一無二の存在だったテスラにとって、初めての本当の意味での「挑戦者」になる可能性もある。
中国メーカーは淘汰開始か
業績を急拡大しているBYDも影響を受けそうだ。
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テスラは9月末、購入者に対し保険料8000元(約16万円)を補助するキャンペーンを導入し、実質的な値下げと話題になった。その時から、テスラの方針変更を指摘する声も増えていた。
モデルYの最廉価版は今回の値下げで30万元(約600万円)を切り、政府の補助金の対象になる。補助金が適用されることによってさらに割安になり、販売加速が期待できる。また、上海工場は最近、生産能力を向上させる設備拡充を行っている。モデルYの納車にかかる期間は現在1~4週間だがさらに短縮が可能になる。
補助金のあるうちに値下げして需要を喚起し、需要増に備えて工場の生産を増強する。10~12月の四半期で年間納車目標をクリアすることは困難でも、可能な限り追い上げようとするテスラの意志が見える。
一方、中国メーカーはテスラの値下げに動揺している。
中型SUVのEVで比較すると、モデルY最廉価版は今回の値下げによって小鵬汽車の「小鵬G9」の価格を下回り、ファーウェイが技術提携している自動車ブランドAITOの「問界5」、BYDの「唐」と同程度になる。30万元台後半で販売している理想汽車の6人乗りレンジエクステンダーEV「L8」、蔚山汽車(NIO)の中型SUV「ES6」とは、価格差がさらに大きくなる。
イーロン・マスクCEOは7~9月の決算発表の場で、大幅にコストを抑えたモデルXとモデルSの新型車を2023年末までに発売する計画も明かした。これらの価格が10~20万元に収まれば、多くの中国EVメーカーの市場と正面からぶつかることになる。
利益率が高いテスラは値下げする体力があるが、中国メーカーはシェア拡大を優先して利益は二の次になっている。「テスラのライバル」であるBYDは最近の販売増によってようやく利益が追いつき、より利幅の取れる高級車へのシフトを試みているため、簡単には値下げできない。テスラだけが値下げすれば、多くの中国メーカーがブランド力のあるモデル3、モデルYに市場を奪われることになる。
株主の圧力と中国メーカーの突き上げを受け、テスラが値下げに動いたことで、10~12月と2023年の中国のEV産業は、淘汰の時代に入るとの見方も大きくなっている。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。