パートナーシップ制度の受付け開始に合わせてライトアップされた都庁、2022年10月撮影(左)。インタビューに応じる北丸雄二氏(右)
撮影:横山耕太郎
東京都は11月1日から、性的マイノリティのカップルなどを対象にした「東京都パートナーシップ宣誓制度」を開始した。 東京都では10月11日から受付けを始めており、10月31日午前の時点で計166組から届け出があったという。
パートナーシップ制度を利用することで、病院で家族だけが認められている場合でも面会ができたり、生命保険の受取人になったりできるケースがある。
日本におけるパートナーシップ制度は、2015年に渋谷区・世田谷区が初めて導入したことを皮切りに、全国の自治体に拡大。2022年7月時点で全国223の自治体が導入している(同性婚の実現を目指す団体・Marrige For ALL Japan調査)。
一方で、パートナーシップ条例は法律で定められている結婚とは違うため、結婚で認められる「夫婦」が得られる多くの権利を得ることはできない。
欧米をはじめ、世界では同性婚を認める流れがある中で、いま東京都がパートナーシップ制度を設けたことはどんな意味があるのか?
ジャーナリストの北丸雄二氏に聞いた。
北丸雄二:毎日新聞、東京新聞(中日新聞東京本社)社会部記者、1993年からニューヨーク支局長。1996年に独立。近刊『愛と差別と友情とLGBTQ+』(人々舎)で「紀伊國屋じんぶん大賞2022」2位。オープンリー・ゲイとしてジャーナリズムのほか評論、英米文学翻訳なども手がける。
都が制定「象徴的なメルクマール」
東京都のパートナーシップ制度の届出用紙。申し込みや「受理証明書」の受け取りは、原則オンラインで行う。
撮影:横山耕太郎
「東京がパートナーシップ制度を作ることは象徴的なメルクマール(指標)となる。パートナーシップ制度のある自治体の人口カバー率は、全日本の6割を超え、数百万の性的マイノリティーにも影響するという意味でも価値があります」
北丸さんは、今回の東京のパートナーシップについての評価をそう話す。
一方で、「パートナーシップ制度はあくまで、結婚の平等に至るまでの通過点。ここで終わらせてはいけない」とも強調する。
北丸さんは東京新聞ニューヨーク支局長として1993年に渡米。2018年に帰国するまで25年に渡り、アメリカ政治と性的マイノリティの権利についても取材を続けてきた。
「全米で同性婚が認められる前に、まずは足元で、企業や自治体レベルで同性パートナーを認める動きが始まっていた」
アメリカでは1990年代からすでに、企業が同性カップルに対して、結婚した夫婦と同じ福利厚生を認める大企業が出始めたという。
「当時はすでに人種的マイノリティーや女性への差別に対し、企業が対応を迫られるようになっていました。大企業はさらに『性的マイノリティーの社員を大切にする企業』と打ち出すことで、人種的マイノリティーや女性にとっても働きやすい企業であることをアピールし、優秀な人材を確保することを狙っていた」
パートナーシップ制度の広まり
2003年、ニューヨークで行なわれたプライドパレード。
REUTERS/Jeff Christensen JC
企業から始まったアメリカでの同性カップルの権利の保証は、やがて自治体が職員に対して同性カップルの権利を守ることに繋がり、それが自治体の住民のためのパートナーシップ制度へと拡大していった。
「新聞記者だった私が1996年に企画していた連載は『家族の肖像』というタイトル。同性カップルや異人種間の結婚、養子縁組、孤児たちを育てる夫婦など、かつては『伝統的な家族』としては認められてこなかった人たちが、家族になろうとする意志のもとで家族になるという大きな流れを紹介したかったのです」
今から約25年前、アメリカでは自治体によるパートナーシップ制度が次々とできた時代だった。
「ニューヨークで取材した医師と弁護士の若いレズビアンのカップルは、アパートのマントルピースの上に飾った市からのパートナーシップ証明書を嬉しそうに見せてくれたことをよく覚えています。その記事を掲載する前に、新聞社を辞めてしまったので記事になることはなかったのですが……」
「なぜ同性婚が必要か」議論されない日本
アメリカではオバマ政権下だった2015年、連邦最高裁が同性婚を認める判断を下した。
REUTERS/Kevin Lamarque
ただ、パートナーシップ制度が早くに広まっていたアメリカであっても、すぐに同性婚が認められたわけではない。
1996年には、クリントン政権下で結婚は男女によるものとした結婚防衛法(DOMA)が成立するなど、同性婚に反対する「揺り戻し」の動きも活発化した。
結局、同性婚が憲法上の権利として認められるのは、オバマ政権下の2015年まで待つことになる。
「アメリカ社会はキリスト教の影響が強く、宗教上の理由から侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論が繰り返されてきました。いまだにキリスト教原理主義者ら宗教右派の影響力は強く、トランプ前大統領の基盤にもなってきました」
一方で日本では、同性婚についての議論が「表立ってはされて来なかった」と日米の差を指摘する。
「なぜ同性婚が必要なのか、そしてなぜ同性婚に反対するのか。日本ではそうした議論はほとんど表面化しませんでした。議論しないこと、言葉にすらあげないこと、つまりは考えもしてこなかったということです。それがG7で唯一、日本だけが同性婚を合法化できていない理由です。
日本ではLGBTQ+という性的少数者の存在が、公(おおやけ)には長く無視されてきました」
「少子化を加速する」の誤り
東京都がパートナーシップ制度について募集したパブリックコメントには反対意見も寄せられている。
撮影:横山耕太郎
「性の多様性を認めることは、伝統的な家族制度の崩壊につながる」
少子化の加速や日本の衰退につながるおそれがある」
東京都がウェブサイトで公開しているパブリックコメントには、上記のような意見も書かれていた。
都がパートナーシップ制度について、2022年2月〜4月にパブリックコメントを募集したところ、8300を超える意見が寄せられた。
「性的マイノリティーの存在について考えてこなかったことが、上記のようなパートナーシップ制度反対論の典型パターンの奔出(ほんしゅつ)に繋がっています。
同性婚を認めているオランダやフランス、デンマークでは逆に出生率は伸びている。同性婚と少子化がリンクしているという議論は破綻しているのに、正確な情報のアップデートがなく思い込みだけで反対している」
そもそもなぜ同性婚を認めることで、出生率が上がるのか?
「直接的な理由というより、同性婚を認めることは社会の寛容性を象徴するからです。性的マイノリティーの若者の自殺率も減ります。多様性を肯定する社会には余裕が生まれます。排除する社会より、包摂する社会の方が子供を産みやすいのは当然ではないでしょうか」
議員から相次ぐ差別発言
一方で日本では、自民党の国会議員や地方議員から、同性愛に対して差別的な発言が止まらない事態が続いている。
「同性愛は後天的なものだとか、治せるものだとか、彼らが懸命に論拠とする論文は全て科学的、医学的な本流からはすでに否定されているものです。
そうした文献を引いて『伝統的な家族観』を守ろうとしていますが、安倍元首相の銃撃事件以降には、それが旧統一教会や神社本庁、日本会議などの主張と一致していることが知られるようになりました」
「『伝統的な家族』とは家父長制の復活であり男性優位の家族観という側面がある。そして、それ以外の家族、それ以外の愛を認めない面があります。その価値観は日本を幸せにできるのでしょうか。彼らはこの根本的な問いに答えなくてはなりません」
「同性婚訴訟」が持つ意味
サンフランシスコでのプライド・パレード。アップルの社員がレインボーブラックを掲げている。2016年6月撮影。
REUTERS/Elijah Nouvelage
ただ日本でも、性的マイノリティーの当事者が声を上げ、公の場で議論することも増えてきている。
2021年3月には、「同性の結婚を認めないことは婚姻の自由を侵害している」として、同性カップルが国に損害賠償を求めた札幌地裁の判決では、訴えを退けたものの「法のもとの平等を定めた憲法に違反する」という判断を示した。
一方で大阪地裁は2022年5月、逆に「同性婚を認めない民法は合憲」とする判決を下している。
「大阪地裁の判決はよく読むと論理がブツ切れになっています。ただ、こうした裁判でこれまで私的な領域に閉じ込められてきた同性愛の問題が、やっと公的な領域で戦われるようになりました。
これまで孤立していた性的マイノリティーたちが、自分は1人じゃないと感じられるようになった。公の場で議論する機運がやっと醸成されてきました」
同性婚という選択肢こそが「平等」
東京都パートナーシップ宣誓制度の受付け開始に合わせ、虹色にライトアップされた都庁。2022年10月撮影。
撮影:横山耕太郎
その上で、「パートナーシップ制度があるからそれでいいじゃん」という考え方に抵抗していかないとならないとも強調する。
「異性愛者で結婚を享受している人たちは、『あえて結婚しなくてもいい』という選択肢がある。でも同性カップルにはまず、『結婚する』というスタート地点での選択肢が与えられていない」
北丸さんは「同じように仕事をして税金を納めたり、同じように生活したりしているのに、同じ選択肢がないのは法の下での平等に反する」という。
「性的少数者は犯罪者でも性的倒錯者でもない。『結婚と同じようなパートナーシップがあるならいいじゃん』と言われたら、『なら結婚でもいいじゃないか』と言い返す必要があります」
日本における同性婚の議論は、先進国では後れをとっているものの、「これまでの世代とは違う価値観をもつ、新しい世代」には希望も感じているという。
「若い世代はSNSでカミングアウトするなど、さまざまな性的少数者の存在を当たり前に受け入れ始めています。
私たちができることは、絶えず科学的に正しい情報を発信し、それらをきちんと見える形で議論していくこと。そんな環境に生きていれば、新しい世代はそれを見て勝手に健やかに育っていくと信じています」
(文・横山耕太郎)