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我々が知っていた中国はもう存在しない。
急成長しながら徐々に社会を開放しつつあった中国はもはやなくなった。それに取って代わるのは、萎みゆく経済、そして習近平国家主席という一人の人物の支配で独裁化していく政府だ。
この新たな中国は、以前の中国よりも危険だ。揺らぐ不動産業界と社会の高齢化が、世界経済全体の足を引っ張るおそれがある。産業界を攻撃して外資からの投資を遮断することをも厭わない習氏の姿勢は、世界金融の安定を脅かす。そして軍事力の強化と台湾統一への野望が、地政学的な安定の脅威となっている。
弱体化する中国経済
かつては、政府の監視や越権行為から知的財産の窃盗まで、あらゆることを欧米の企業や政府が見逃してもいいと思えるほど中国市場が有望な時代もあった。しかしそうした時代は終わった。欧米諸国の政府や経営陣の間にも、いよいよ中国政府の変化に対する恐怖が広がり、中国経済のこの先の魅力が薄れつつあるようだ。
世界舞台における中国のソフトパワーが弱体化すればするほど、ハードパワーを使って対立を解決する誘惑に駆られることになる。奇跡を起こしてきた中国経済の仕組みは活力を失っているが、一方でその野心はいまだ健在だ。それはつまり、我々にとって中国がかつてないほど危険な存在になっていることを意味する。
中国経済がどれほど衰退したか、その手がかりが欲しければ、中国政府が国家成長に関する情報を隠蔽しようとする様を見ればいい。
先ごろ開催された共産党大会(5年に1度の集会で、ここで中国共産党の指導部が入れ替わる)では、国のGDP報告をはじめとする経済指標の公表が延期された。
大会後に何の前触れもなく発表されたが、その数値は芳しくなかった。政策当局が5.5%と見込んでいた2022年のGDP成長率はわずか3.9%だった。しかしそれよりも憂慮すべきは、中国政府が公表する経済関連データの量を徐々に減らしていることだ。不透明化は止まるところを知らない。
現在中国に投資している人々や投資を検討している人々にとっては、中国で何が起きているのかますます見えづらくなっている。いま言えるのは、内需が崩壊し、若年層の失業率が18%前後を推移し、輸出のみで経済を支えているいうことだ。
ここ数カ月、習氏のゼロコロナ政策で都市封鎖のたびたび起こり、多くの企業が機能不全に陥っている。投資家たちは、党大会で習氏がゼロコロナ政策の段階的解除計画を発表するのではと期待していたが、当ては外れた。
不動産業界という爆弾
中国の各地で建設途中のマンション棟が立ち並ぶ(2021年1月、北京で撮影)。
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短期的な問題の兆候の先にあるのは、中国経済の苦境を暗示するもっと永続的な兆候である。その最たるものが、ゆっくりと内から崩壊しつつある中国国内の不動産市場だ。
CNBCが報じたムーディーズの推定によると、中国の富の70〜80%が不動産に投資されており、不動産部門はGDPの約30%を占める。これまで中央政府も地方政府も、経済が苦境に陥ると、需要がどうであれ成長を促進するために不動産に依存してきた。その結果、国内の住宅の約20%に相当する約6500万戸が空き家となり、不動産開発業者は首が回らなくなっている。しかし建設を止めれば、それは経済的大惨事につながる。
「(中国では都市の階級が6段階に分かれており)中国のほとんどの都市は、建設の職を生み出すために不動産開発に依存する『三線都市』や『四線都市』です」
そう話すのは、カリフォルニア大学サンディエゴ校のビクター・シー教授だ。これらの都市の大半が、明日にでも建設を中止すれば「成長は深刻なマイナスに落ち込むことになる」教授は言う。
オートノマス・リサーチの債務アナリストであるシャーリーン・チュウによると、2022年に入って40社以上の不動産会社が倒産しているが、政府はその損失を全国の地方政府や銀行のバランスシートに分散させることで混乱を封じ込めようとしているという。
「正しい方法で不動産を償却していれば、必ずしも壊滅的な事態になるというものではありません」(チュウ)
「正しい方法」という仮定が現実になる可能性は低く、仮に中国政府がそれに成功したとしても、ゆっくりと移動していく債務の塊がこの先何年も経済成長を妨げることになる。急速に進む高齢化や、受け皿となる社会的セーフティーネットの欠落がそこに加われば、この先何十年にもわたって経済の混乱が続きかねない。
オーストラリアのケビン・ラッド元首相は『フォーリン・アフェアーズ』への寄稿の中で、かつては中国国家の強さの源であった経済を、今では「アキレス腱」と呼んでいる。
孤立を強める中国
もちろん、習氏は長期的な問題を見失ってはいない。中国経済を米国経済の様相に近づけたいと思っているのだ。債務が動力となってしまっている巨大なインフラプロジェクトや輸出に頼るのではなく、国内の個人消費で成り立つ経済へ。鉄の加工やスマホ画面の製造ではなく、半導体の製造やソフトウェアの設計で成り立つ経済へ。
「(中国は)より多くモノを作るか、高付加価値なモノを多く作るしかないのですが、どちらもかなり困難なことです」(シー教授)
そこに近づくには、単に中国から製品を購入してもらうだけでなく、中国経済をレベルアップさせる専門知識やテクノロジーを提供してくれる他国からの協力が必要だ。
しかし習氏にとって残念なことに、もはや欧米諸国からの協力は望めない。自立した技術大国になろうとする中国政府の動きを米国とその同盟国はあらゆる手段を使って阻止しているからだ。いまや欧米企業は半導体技術を中国企業と共有することを禁じられているし、中国の準国有企業が欧米諸国でビジネスを行うことも禁じられている。
何か劇的なことでも起きない限り、中国の奇跡的な成長期は終わったのだ。経済再生のための明確なプランを習氏が持ち合わせているようにも見えない。
かつては中国の国家再生のシンボルであり、影響力を行使するツールであったものが、機能しなくなろうとしている。それは単に世界経済の足を引っ張るだけでなく、中国政府が影響力を行使するために使える暴力以外の選択肢が、ほぼなくなることを意味する。
中国から資金を引き揚げる投資家たち
インフレやウクライナ戦争といった懸案事項に気を取られていた投資家たちは、独裁的な超大国が「世界の工場」であることの意味に気づきつつある。そこへ投入した資金がかつてのようなリターンを生み出すことはないと確信しているのは明らかであり、投資家たちは記録的な速さで中国から資金を引き揚げている。
「中国が他国より何倍も勝っていた時代は終わった」とチュウは言う。彼女によれば、かつては投資家たちがその成長の伸びしろを見て、中国特有の腐敗に目を瞑るようなこともあった。
「しかし今は成長率も鈍化し、他の経済大国と同様の状態へと回帰しつつあります。だとすれば、さらなるリスクを負うだけの価値はあるのか、自問しなければなりません」(チュウ)
習氏はすでに、中国のいわゆる民間部門に、過去何十年間も中国ではついぞ見られなかった方法で国家介入するのも厭わない構えだ。
2021年には、急成長する自国の消費者向けテクノロジー業界に規制をかけてその活動を制限し、世界に衝撃を与えた。また、「共同富裕」なる構想を打ち出し、富裕層にその財産が危ういことを知らしめた。ウォール街は、こうした政策表明は一時的な脅しだろうと見ていたが、希望的観測にすぎなかったと悟った。
教育から公衆衛生にいたるまで、習氏は中国の経済や政治の掌握を強めてきている。
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先の共産党大会を経て習氏が側近として登用した党幹部は、皆イエスマンばかりだ。習氏は何を差し置いても自分のため、そして国家のための権力を蓄えることに腐心している。習氏の毛沢東思想は、教育から公衆衛生まで中国のあらゆる面に影響を及ぼしているが、次の任期(それは彼の寿命が尽きるまで続くかもしれない)ではそれが経済におけるあらゆる意思決定にも及ぶことになる。
「我々は合法的な所得を守り、過剰な所得を調整し、違法な所得を差し止める」と習近平は先の共産党大会で述べている。冒頭演説では「共同富裕」という言葉を4度口にした。
他にも演説の中で繰り返したのが「安全」という言葉で、習氏は「国家的」安全、「技術的」安全、「文化的」安全などについて言及している。つまりは、社会生活のこうした側面のすべてが今や脅威に晒されており、公共利益のために国家統制が必要だと言いたいのだ。
中国政府は大手銀行に対して、中国の経済や行動について否定的なことを投資家や一般大衆に言ってはならないと明言している。そのためアメリカの金融業界も、リサーチノートやマーケティング資料の上では表立って批判的なことは書いていない。
しかしウォール街で交わされている発言に注意深く耳をそば立てれば、中国とその市場に対するウォール街の信用がいかに揺らいでいるかがよく分かる。
2022年9月にCNBC放送局が主催したカンファレンスで、TIAAの元CEOであるロジャー・ファーガソンは、「無視するには巨大過ぎる」中国を「投資不可能」とは言わないが、「管理が間違っている」と述べた。PIMCOの最高投資責任者を務めるダニエル・アイバシンも、中国を「投資不可能」とはしないが、「再建に関して検証済みでない市場や経済に投資するのは難しい」と述べている。試練は訪れつつあるが、中国政府がそれに備えているかは不明だ。
「ニンジンがなくなれば、残るは鞭だけ」
2022年8月、中国の人民解放軍は台湾島周辺の海域で軍事演習を開始した(香港で撮影)。
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習氏の指揮下で中国のソフトパワーは衰退した。経済への攻撃的な介入が投資家を怯えさせ、企業は製品を他国で生産するようになった。習近平体制の強引な外交やロシア支持の姿勢は、欧州の政府や市民を嫌悪させている。
これらすべてが中国をさらに孤立させ、世界舞台における影響力を維持するために中国がハードパワーへの依存度を高める結果となっている。
アメリカの情報機関は、中国が国内および世界中で影響力の行使を強化していると警告している。米海軍とCIAのトップは、回避できない帰結として近い将来、中国は台湾へ侵攻するとしている。
中国は、1937年の国共内戦後に政敵がその地へ逃れたことから、南シナ海に浮かぶ台湾を自国の領土であると主張している。しかし現在そのような攻撃を実行すれば、そのダメージは極めて大きい。
中国は基本的に食糧とエネルギーを輸入に頼っており、ブルッキングス研究所の上級研究員であるライアン・ハスによれば、アメリカにはまだ海路を封鎖することで中国に大きな打撃を与える力があるという。
「中国が敵対行為を止めるまで、米海軍が中国に向かう石油船舶を中立国の港で拘留するというシナリオも想定できる」とハスは言い、アメリカが中国に対して金融市場へのアクセスを制限する可能性も示唆する。
中国政府は、こうしたハードルを乗り越える手立てを見つけようと絶えず取り組んでいる。習氏は共産党大会で経済改革については語らなかったが、人民解放軍の近代化についてはかなりの時間を割いた。
海軍分析センター(CAN)のデビッド・フィンケルスタイン副所長は、党大会で習氏が行った報告の中に、中国共産党にとって重要な2つのフレーズが含まれていなかったという事実に注目している。中国は「平和と機会の戦略的時代」にあること、「世界は平和と発展の時代」にあることだ。
これらは過去数十年にわたって党大会の報告演説で言及されてきたが、今回この2つのフレーズを削除したことで、習氏が世界における中国の立ち位置への懸念を募らせていることが明白となった。
人民解放軍の参謀部は、近隣諸国を見て神経を尖らせていることだろうとフィンケルスタインは見ている。中国は過去60年の間にインドやベトナムと戦ってきた。日本は軍事力の増強を図っている。そして太平洋の向こう側には、戦闘態勢の整った、いまだ世界最強の軍事力を持つアメリカが控えている。
「軍事戦略家の立場なら、非常に嫌な地域で暮らしていることになります」(フィンケルスタイン)
しかしこれは、人民解放軍が台湾侵攻のような本格的軍事行動を決行する覚悟ができていることを意味するわけではない。むしろ「近代化への道を急かされている」と言ったほうがいいだろう。
アメリカにしてみれば、東アジアの平和を維持するために、中国が武力行使に踏み切らないようより永続的な抑止力を見出す必要がある。
いまや台湾の先進的な半導体工場は世界経済に欠かせないため、台湾には「半導体の盾」がある。だが台湾統一を目論む中国政府は、半導体工場へのダメージもすでに織り込み済みだろうとシー教授は見ている。かつては「アメリカは台湾を独立国と認めない、台湾は独立を宣言しない、中国は台湾に侵攻しない」と約束することで平和が保たれていたが、その取り決めがもはや機能しなくなったのだ。
中国の攻撃的な野心を阻止するには、複数の国家がアメリカと協力して取り組むことが必要だ。しかしアメリカの外交は近年まとまりを失い、資源も不足し、出し抜かれるようになったと、右派系メディア『ポリティコ』のナハル・トゥーシ記者は書いている 。
その一因は、非常に強引な中国外交だ。中国政府は国有企業や準国有企業に対して、投資すべき地域を命じることができる。この「商業的外交」により、中国は世界中、特にラテンアメリカやアフリカの一部で優位に立ってきた。
しかし経済が衰退しつつあるなかでは、中国はこれまでのように経済力を使って他国にゴリ押ししたり強要したりすることがしにくくなる。そうなれば、中国はいっそう強引な行為に出るようになるかもしれない。例えば、より近代化して能力を高めた軍事力を行使する、というように。ニンジンがなくなれば、あとに残されるのは鞭だけだ。
[原文: China is blowing up its own economy — and it could take the rest of world down with it]
(編集・常盤亜由子)