メリーランド州の高校で開催された民主党全国委員会の集会で登壇するバイデン大統領(2022年8月撮影)。
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中間選挙が近づいてきている。
歴史的に、中間選挙は現政権を持つ党に不利な結果が出ることが多い。現政権の政策への審判という色合いが強いし、4年に一度の大統領選挙とともに行われる選挙に比べて、現政権を持つ党より野党勢力のほうがエンゲージメントが高い。上院・下院で過半数議席を持ち、バイデン大統領が率いる民主党には不利な展開になると最初から思われていた。
ところが今回の選挙には、ワイルドカードが多い。その最たるものが、今年6月に保守派判事が過半数を占める最高裁が、1973年の「ロー対ウェイド」判決で女性に保障されたはずの中絶の権利を、各州が決めるべきこととした「ドブス判決」である。
最高裁が「ロー対ウェイド」を葬り去ることを見越してあらかじめ「トリガー法」を通過させていた保守州では中絶が禁止になり、流産の処置ができずに母体が危険に晒されるケースが相次いだ。こうした中絶の問題が女性有権者たちのモチベーションを上げただけでなく、最高裁が同性結婚や避妊の権利すら俎上に載せる意向を示したことで、若者のエンゲージメントも高まった。
この動きを受けて、世論は不利だと思われた民主党に一気に傾いたかのように見えた。しかしその後、移民政策やガソリン価格高騰をはじめとするインフレ、コロナ禍が原因と見られる犯罪率の増加といった社会課題が争点として再注目されたことで、またも様相は混沌としてきた。
米政治は「カルチャー・ウォー」
今回の中間選挙で争われるのは、下院の全435議席と、上院100議席のうち35席、そして35州の知事職である。
最大の注目点は、前回2020年の大統領選挙の際に上下両院の過半数議席を獲得した民主党が、それぞれの過半数を守れるか、である。
2020年の大統領選挙では、抜本的な気候変動対策や格差の解消、学生ローンの帳消しなどを公約に掲げて若者や労働者、プログレッシブ層の幅広い連合を築いたことでバイデン氏が選挙に勝った。だが上院では、経済界に近いアリゾナ州のクリステン・シエナ議員、ウエストバージニア州のジョー・マンチン議員に足を取られ、党内の極左や若者層が求めるだけの成果を上げられず、支持率の低迷に悩まされてきた。
一方、共和党は予備選で、2020年の大統領選挙の結果は不当だとするトランプ派のMAGA(「アメリカを再び偉大な国に〔Make America Great Again〕」の意)候補と、党のエスタブリッシュメントを代表する候補や伝統的な保守主義候補の間で苛烈な党内争いが起きた。
今、バイデン大統領率いる民主党は、仮に上下院の過半数を守り議席を増やすことに成功した場合、中絶の権利や同性結婚を議会で条文化する意向を示している。対してマイク・ペンス元副大統領をはじめとする共和党のトップ層は、過半数を奪回してプロライフ(反中絶)路線をさらに追求したい姿勢を見せている。
中絶問題は今回の選挙の重要な争点の一つだ(写真は2020年3月、米連邦議会前でデモをするプロライフ派とプロチョイス派)。
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上下院選の行方もさることながら、各州で行われる州議会の選挙や知事選も軽視できない。選挙を管理し、選挙区の線引きを決める州政府の権力構成が、2024年の大統領選挙に大きく作用する可能性が高いからだ。
最近、アメリカの政治的現状が語られる際に「カルチャー・ウォー」という言葉を耳にすることが増えた。
私自身、リベラルな価値観が圧倒的に強いニューヨーク市と、共和党が強い保守地域を行ったり来たりして生きているわけだが、それぞれの場所の文化には頭を抱えるほどの差がある。
キリスト教的価値観が色濃い共和党支持基盤では、中絶は殺人であり、銃を持つ権利は自衛権として必要だと信じられており、また民主党やリベラルがアメリカの伝統的価値観を攻撃していると喧伝されている。一方、都市部では、女性の自己決定権やLGBTQの平等な権利は重要な争点だし、住宅不足や貧困は喫緊の社会課題である。
こう解説すると、アメリカは、赤い地域(共和党支持基盤)と青い地域(民主党支持基盤)にくっきり分かれているような誤解を与えかねないが、現実にはもっとグラデーションがあって、多くの場所は、赤に近い、または青に近いパープルであるということは付け加えておきたい。
現状が赤い地域vs.青い地域の文化戦争であるという見立てには多少うなずける部分もあるとはいえ、今、私の目により明確に見える「争い」は、世代間の衝突である。
選挙のカギ握るZ世代
気候変動問題への取り組みを強化するよう訴える若者たち。この層がどれだけ投票所に足を運ぶかがひとつのカギだ(2021年6月撮影)。
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今、政治的に最もアクティブだと言われるのは、1995年以降に生まれたZ世代だ。
旧世代よりも、地球の未来や気候変動に対する危機感が強く、性のアイデンティティはこれまでになく流動的で、学費の高騰や賃金格差に圧迫されており、資本主義の恩恵を享受していない一方で、社会主義や共産主義への偏見が弱い。また学校における銃乱射事件をリアルタイムで経験してきたことから「マスシューティング世代」とも呼ばれており、銃規制運動の大きな一翼を担ってきた。
過去の選挙のデータを見ると、常に一番若い世代のエンゲージメントが最も低いという定説があったけれど、今回の選挙の行方を左右するひとつのカギは、Z世代の若者たちがどれだけ投票に出かけるかにあると言われている。
今回の選挙で初めて投票年齢に達した有権者の数は、およそ800万人。ドブス判決の直後は、女性や若者の新規有権者登録の数が急上昇したが、一方で、共和党支持者の新規有権者登録が圧倒的に多いフロリダのような州もある。
ひとつのヒントを提供してくれるのは、9月から徐々に始まっている期日前投票と郵便票だ。10月末時点で投じられた票の数は2200万票以上で、2018年を超えるペースで増え続けている。このうち46%が民主党支持者で、36%が共和党支持者だが、世代別で見ると53%以上が65歳以上のシニア世代だ。18〜29歳の若年層が占める割合はわずか5%に過ぎない。
日々、さまざまな調査団体や研究機関が発表する世論調査の結果にも大きなブレがあり、データを見つめても一貫した答えは出ない。過去数回の選挙では、世論調査の限界や方法論の問題が指摘されており、データとしての信頼性も決して高いとはいえない。
すでにアリゾナなど一部の州では、投票を阻止しようとする威嚇行為が報告されている。投票所では衝突や暴力に備えた訓練や対策が施されているが、選挙が公正かつ安全に行われるのか懸念も高まっている。
アメリカの未来を大きく変えうる中間選挙まであと約1週間、Z世代はどれだけの影響を及ぼすのだろうか。
(文・佐久間裕美子、連載ロゴデザイン・星野美緒)
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や『SakumagZine』の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。