写真はイメージです。
Shutterstock/Sandu Herta
「自分自身の病気を防ぐことにもつながるし、それが女性の子宮頸がんをなくすという大きな目標につながると知った時に、自分の中で一気に印象が変わりました」
そう話すのは、HPVワクチン※の「男性への接種」の無料化に向けたウェブ署名活動「HPVワクチン男性にも無料接種を!」の立ち上げ人の一人、国際基督教大学(ICU)の服部翼さん(20)だ。
※HPVワクチン:女性の子宮頸がんのほぼすべての原因だとされているHPV(ヒトパピローマウイルス)への感染を予防できるワクチン
服部さんは、2021年11月から、同じくICUに所属している川上詩子さん(21)とともに、インターネット上の署名サイトChange.orgで署名活動をスタート。2022年11月1日には、署名数が1万人に到達した。
11月中には集まった署名を厚生労働大臣に提出する予定だ。なぜ、服部さんや川上さんは、男性への無料接種を求め活動しているのか、話を聞いた。
ワクチン接種は重要…でも、接種を妨げる金銭的負担
服部翼さん。2021年から2022年にかけて、Voice Up Japan ICU支部の共同代表を務めた。
提供:服部翼さん
服部さんが署名活動に取り組むきっかけになったのは、2021年夏。当時付き合っていた川上さんから「HPVワクチンを打ってほしい」と言われたことだったという。
「僕自身、最初は『HPVって何』という気持ちで、正直何も知りませんでした」と、服部さんは当時の印象を話す。
HPVワクチンは、女性の子宮頸がんのほぼ全ての原因だとされているHPV(ヒトパピローマウイルス)への感染を予防できるワクチン。原因となるウイルスの感染を予防することで、子宮頸がんの発症リスクを下げることができる。
世界的にもワクチンの接種が進んでおり、日本でも2021年11月に開かれた厚生労働省での審議を経て、小学校6年生〜高校1年生の女性を対象にHPVワクチンの無料接種を積極的に勧める「積極勧奨」を「再開」している※。
※厚生労働省は、ワクチン接種の積極的勧奨を差し控えていた時期(2013年〜2021年)に本来接種対象となっていた1997~2005年度生まれの女性を対象に、無料での接種(キャッチアップ接種)も実施している
「子宮頸がんを防ぐ」と聞くと、男性がワクチンを接種する必要性をあまり感じられないかもしれないが、HPVは性的な接触によって感染が広がっていくタイプのウイルスだ。つまり、男性がワクチンを接種することで、そのパートナーへの感染を防ぎ、ひいては社会全体の中でのHPVの感染率が低下していくことが期待されている。
10代という若いうちにワクチン接種が推奨されているのも、性的な接触を経験する前にワクチンを接種するためだ(20代以降にワクチンを接種しても一定の効果はある)。
加えて、HPVワクチンを接種することで、肛門がんや中咽頭がん、尖圭コンジローマなど、男性でも発症するほかの病気を予防することができる。実際、アメリカやイギリス、オーストラリアなどでは政府が男性への接種も推奨しており、オーストラリアでは88%、アメリカでは64%の男性がHPVワクチンを接種しているという。
服部さんが川上さんからHPVワクチンを接種してほしいと言われた当初は、厚生労働省の積極的勧奨も再開される前。情報も少なく、「調べても『ネガティブな情報が多かった』」という。それでも、服部さんはさまざまな情報を集める中で、「HPVのワクチンは大切なワクチンだなと感じるようになりました」。
ただ、問題があった。日本でも、2020年12月に男性へのHPVワクチン接種が承認されたものの、基本は自費。接種するには全3回の接種で少なくとも5〜6万円のお金がかかる。
そう簡単に出せる金額ではなかった。
そうこうしているうちに、2021年の夏、2人は別れることになった。
若者に知ってほしい、HPVワクチンの価値
「科学的に安全だと言われているのに、それが広まらない。その結果、ワクチンを接種していれば子宮頸がんにならなかったかもしれない女性たちが子宮頸がんになり、亡くなる人も右肩上がりに少しずつ増えている。それが衝撃的でした」(川上さん)
川上さんは、日本が2013年〜2021年までの間にHPVワクチンの接種に対して消極的な立場(積極的勧奨の差し控え)を取り続けてきたことに対する問題意識を語る。
「政策に対して声を上げたい気持ちもありましたが、やはり第一に若者に情報を伝えたかった。そのためにいろいろな活動をしたいと考えていました」(川上さん)
川上詩子さん。自身も、HPVワクチンの本来の接種時期に接種することができなかった。コロナ禍でワクチンに関するさまざまな情報に触れる中で、改めてHPVワクチンを接種した。
提供:川上詩子さん
2021年秋、川上さんは女性のHPVワクチン接種に関する活動を始めようと、ジェンダーや人権問題をはじめさまざまな社会問題の啓発活動に取り組む一般社団法人、Voice Up JapanのICU支部に加入。当時、Voice Up Japan ICU支部の共同代表を務めていた服部さんも「それはいい取り組みだと思い、一緒に進めていくことになりました」という。
しかし、2021年11月に厚生労働省が「安全性について特段の懸念が認められないことが確認された」として、積極的勧奨を差し控えていた状態を終了した。
これを受けて、川上さんと服部さんは、方針を「男性の無料接種」に転換して署名をスタートさせた。
「過去にワクチンを接種してほしいと言われ、男性が接種するメリットがあることは分かっていました。また、積極的勧奨再開のニュースの中でも、いろいろな方が『次は男性接種だ』と発言していました。海外でも男性に接種していることを耳にしていたので、その意義が大きいはずだと思いました」(服部さん)
知ってほしい、HPVワクチン接種の今
11月2日の段階で、署名数は1万2000人まで増えた。
撮影:三ツ村崇志
川上さんと服部さんが署名を立ち上げると、1〜2週間ほどの間に8000人近くから署名が集まった。出だしは好調かのように思えたが、1万人を超えたのは、約1年経過した11月1日。署名開始当初のスピードと比べると、明らかに署名の伸びは鈍くなった。
服部さんも、
「活動を初めて、自分の周りでは多くの方が男性接種の重要性に気づいてくれたと思います。『無料だったら絶対打つ』と言われたこともあります。ただ、果たして日本全体、社会全体でどうかというと、もっともっと必要だと思います」
となかなか活動が広がらない現状の課題を語る。
命を守ることができるはずのワクチン。なぜその重要性が伝わらないのか。川上さんは、HPVワクチンの啓発をしている界隈の『外』に共感してもらえる人が少ないのが現状だと指摘する。
「『がん』や『病気』と言われても、自分事として捉えにくいのだと思います。あまりピンとこないワクチンの名前を出されて、『制度改革をしたい』と言われても、強い思いを持てません。当事者意識も広まらない」(川上さん)
かつて「子宮頸がんワクチン」と呼ばれていたことで、男性とは無縁なものであるという印象が残ってしまっているのではないかとも服部さんは語る。
「HPVの感染経路を知らない人が多いことも、一つの原因だと思います。普通のがんは、生活習慣など、自分の行動が原因となるイメージがあると思うのですが、HPVは多くの人が感染します。その身近さや、HPVに関連する病気の身近さに気づきにくい」(服部さん)
また「9年前の報道が、多くの人の頭の中に根強く残っているということは活動を通して日々感じています」(服部さん)とも。
HPVワクチンの接種率の推定値。積極的勧奨を差し控えた2013年(平成25年)に接種対象年齢を迎える世代付近から、ガクッと落ちている。
画像:第47回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会 予防接種基本方針部会 資料
2013年、日本ではHPVワクチンの定期接種を開始した直後、ワクチンの接種後に体調不良を訴える声が続発。
厚生労働省は、積極的勧奨を2021年11月まで差し控えることになった。当時、メディアによるセンセーショナルな報道も続いたことで、公費で接種できるワクチンであるにも関わらず、その後のHPVワクチンの接種率は推定で1%以下にまで低迷した。
「HPVワクチンに関する署名をやっていると話すと、『ああ、あのやばいワクチン』とか、『親から打ってはいけないと言われたワクチンだ』などと言われることがありました」(服部さん)
日本も含めた世界中で実施された調査によって、当時「ワクチンの影響」だとして報じられたさまざまな症状は、HPVワクチンの接種と因果関係があるとは言えないということがコンセンサスとなっている。
「過去に騒動があったことは紛れもない事実です。ただ、そこから多くの方の努力によって状況が変わっています。科学的なエビデンスに基づいて、安全性が認識され、今がある。単に過去を忘れたから、今ワクチンの接種をやり直しているのではなく、しっかりとした経緯があってワクチンの接種が再開しているんだということを知ってほしいです」(服部さん)
(文・三ツ村崇志)
●参考
・厚生労働省:HPVワクチンに関するQ&A