会員に大人気となった『イカゲーム』だが、その暴力的な内容から、敬遠する広告主もいる。
Netflix
会員数の伸びが失速するなか、会員獲得と売上アップを狙ってネットフリックス(Netflix)は2022年11月から、ディズニープラス(Disney+)は同12月から広告付きのサービスを順次スタートさせる。
広告業界にとっては魅力的な動きだが、特定の視聴者層や数字をターゲットにする広告主の要望を汲んで、プロジェクトや番組制作の方針が今後徐々に変わっていく可能性があると専門家たちは言う。
いまやストリーミングサービス企業はエンターテインメント業界で支配的な地位を築いている。ハリウッドは番組や映画を売り込む際にこのことがどう影響してくるのかをよく見ておくべきだ。
「これまでなかった広告収入という複雑な概念が入ってくるわけですから、それがプロダクト、つまりコンテンツに影響しないとは考えづらいです」
そう話すのは、シラキュース大学ニューハウススクールの教授であり、ブライラー・テレビション・アンド・ポピュラー・カルチャー・センター(Bleier Center for Television and Popular Culture)のディレクターでもあるロバート・トンプソンだ。
メディア企業を専門にしているトップクラスのエクイティアナリストも、広告付きサービスを始めることでコンテンツにどのような影響があるのかをネットフリックスに何度も尋ねているという。
そこでInsiderは、アナリストからメディア企業の役員までメディア関係者と専門家10人に対し、ストリーミング各社が広告を流し始めるとハリウッドのクリエイターやプロデューサーにはどのような影響があると思うかを聞いた。
突然劇的な変化が起こるわけではないものの、広告付きプランを成功させようとすることでコンテンツ制作上の意思決定にも徐々に影響が及ぶようになるだろう、というのが彼らの一致した見解だ。それに対する懸念の声も聞かれた。
視聴数がすべて
広告主はインプレッションを確保するために幅広い視聴者にアピールできる番組を制作するようプレッシャーをかけてくるのではないか、と話すのは、ニューヨーク大学スターン経営学部のポール・ハーダート教授だ。
ネットフリックスの内部関係者によれば、業界の競争激化と会員数の伸び悩みから、経営陣はかねてより、あまりとがったコンテンツを制作しないよう社内で圧力をかけていたという。そもそもそうした状況があったからこそ、ネットフリックスは低価格の広告付きプランを始めたのであり、最近はもっと軽めの番組やリアリティ・ショーを検討していた。
一方のディズニープラスは、子ども向け番組以外の一般向けエンタメコンテンツを増やしている。今回広告付きプランをスタートするにあたり、子どものためだけのプラットフォームではないのだと広告主に対してアピールしているわけだ。
ネットフリックスは長らく広告を入れないポリシーを堅持していたが、ここへ来ての方針転換とあって、さまざまな調査分析がなされている。
ネットフリックスは広告プランを導入することで2023年第3四半期までに世界で4000万人(うち3分の2はアメリカ以外)の新規会員獲得を見込んでいる、とウォール・ストリート・ジャーナルが報じている。
この数は全会員数2億2000万人に比べれば少ないものの、広告主としては魅力的な数だ。独立系調査会社モフェットネイサンソンのエクイティ調査アナリストであるマイケル・ネイサンソンは、ネットフリックスの広告プランによる売り上げは2027年までに約35億ドル(約5000億円、1ドル=145円換算)になると予想している。
今回取材をした専門家らは、ネットフリックスもディズニープラスも、既存会員への配慮からコンテンツ戦略をすぐに変えることはないだろうが、おそらくハリウッドの制作関係者には真っ先に影響が及ぶだろう、と予測する。
ペンシルベニア大学アネンバーグ・コミュニケーション学部でメディア業界に詳しいジョセフ・トゥロー教授は次のように話す。
「マネジャー、エージェント、ライターたちは今後、広告主が製作スタジオや配給会社と交わすやりとりの内容に注意を払うことになるでしょう」
広告主が影響力を取り戻す
ここ数年は従来のテレビ業界が衰退し、広告のないストリーミングサービスが台頭していたため、広告主にとっては一定の視聴者層にリーチすることが難しくなっていた。広告付きのストリーミングサービスが始まれば、広告業界は間接的にでも、エンタメ業界で制作される番組や映画といったコンテンツに対する影響力をある程度取り戻せるかもしれない。
ストリーミングサービス企業は今後、「特定の層にリーチしたい」「自社のブランドに合わないコンテンツを避けたい」という広告主の意向を汲む必要が出てくる。
「広告枠が導入されれば、特定の視聴者層やライフスタイルをターゲットにしたものを広告主に売ることができる、もしくは売りやすくなります。そうなれば、ストリーミング企業はまず最初に特定のタイプの番組の制作を検討する、となっていくかもしれません」(トゥロー)
テレビ関連のデータ・分析を行うEDOのケビン・クリムCEOは、ネットフリックスが今のように長期にわたり差別化できるコンテンツをつくり続けることは、広告モデルでは難しいだろうと言う。
「インプレッションやジャンルによって価格が決まるとなると、大衆受けするコンテンツを制作しなければというプレッシャーをだんだん感じるようになるはずです」(クリム)
デジタル広告は視聴後に商品を検索したかなど、行動を基に評価されることが多いため、特定のタイプのコンテンツ制作へと誘導される可能性がある、とクリムは言う。
EDOでは、広告を流した後の検索件数やウェブサイトへのアクセス数の増加で顧客の広告のパフォーマンスを評価している。そのEDOの分析によれば、幅広く人気を集める番組以外に、スポーツ番組やリアリティ・ショーなど、誰かと一緒に見たいと思うようなコンテンツほど広告エンゲージメントが高くなるという。
広告も創造的破壊型アプローチで
制作環境の変化をすでに感じているネットフリックスのプロデューサーやライターは、広告の導入によって生じうるコンテンツ制作上の制約や変化にもアンテナを張っておいたほうがいいかもしれない。
ディズニーのコンテンツ部門と営業部門はすでに何十年にもわたる広告ビジネスの経験があるため、ディズニープラスは広告を追加してもコンテンツが大きく変化することはないかもしれない。ディズニープラスの人気番組はすでに、マーベルやスターウォーズなどディズニーの人気フランチャイズで構成されている。
ただしディズニープラスもネットフリックスも、コンテンツの方向性に及ぶ影響の全貌を把握するより先に、広告プランの収益性を見極める必要がある。
ネットフリックスに詳しい専門家の中には、同社がこれまでに起こしてきたイノベーションの数々やデータ志向という特徴を考えると、コンテンツ制作と相反しないような広告主向けの新しい視聴者評価方法を編み出せるのではないか、という見方もある。
また、ネットフリックスはこれまでコンテンツに関して創造的破壊型のアプローチをとってきたのだから、広告に関しても同様のアプローチをとるのではないか、と見る専門家もいる。視聴者自身が次の展開を選ぶ双方向型の広告などがそうだ。商品を番組内に登場させる広告手法に関しても、ネットフリックスなら新しいやり方を生み出すかもしれない。
最終的に、コンテンツのラインナップに広告主の影響が感じられるようになるには少なくとも1~2年かかるだろう、と専門家たちは予測する。
ニューヨーク大学でマーケティングを教える、ハーダート教授は言う。
「おそらく両社は、少しずつ広告の世界へ入っていくことになるでしょう。本当に影響を及ぼし始めるのは2023年か2024年、もしくはさらに先かもしれません」
(翻訳・田原真梨子、編集・大門小百合)