11月1日夜、デンマーク国会内では、与党・社会民主党の候補者や支持者らが歓喜の声を挙げながら総選挙の開票状況を見守った。
撮影:井上陽子
デンマークでは11月1日、4年に1度の総選挙が行われた。投票率は84.2%。世界的に見ても、投票しなかった人に罰金などのペナルティがない国の中では世界トップレベルだそうだ。ちなみに、日本の投票率は2022年の参院選が52%、2021年の衆院選でも56%だった。
投票率の高さは、民主主義がうまく機能しているかを測る重要な指標の一つである。北欧はなぜ「幸福の国」になれたのか、というのがこの連載のタイトルだが、デンマークの幸福度の高さを調べたシンクタンクのレポート「Happy Danes(幸せなデンマーク人)」でも、民主主義の質の高さが主な理由の一つに挙げられている。
逆に言えば、最近の日本でよく指摘されるように、投票したって意味がないという無力感や、いくら声を上げても社会は変わらないというフラストレーションは国民の幸福度を下げる、と言った方が分かりやすいかもしれない。
今回のデンマークの総選挙を通じて見えた光景は、デンマーク人がいかに政治を身近に感じ、普段の生活から「必要があれば自分が物事を変えられる」という実感を育んでいるのか、というヒントが盛りだくさんだった。というわけで、今回は「民主主義」をテーマに書いてみたい。
呼びかけなくても選挙に行く若者たち
デンマークの投票率の高さは、今回の選挙に限ったことではない。1970年からの平均投票率は、実に86%にのぼる。1918年に女性参政権が認められて以来、投票率が75%を下回ったことはないそうだ。ちなみに日本の参院選では、戦後「最高」の投票率が1980年の74.5%だった 。
投票率の高さを考えながら、ふと気づいたことがあった。選挙といえば、日本では芸能人を起用して若者に「投票しよう」と呼びかけるキャンペーンが定番だが、今回の総選挙の期間中、そういうのに全くお目にかからなかったのだ。
それもそのはずで、別に呼びかけなくても、若者はもともと選挙に行くのである。
以下のグラフをご覧いただきたい。左はデンマークの総選挙の年齢別の投票率、右が日本の衆院選での年齢別投票率グラフである。
(出所)次の資料をもとに編集部作成。左グラフ:Kasper Møller Hansen, "Valgdeltagelsen ved folketingsvalget 2019," Center for Valg og Partier Institut for Statskundskab, Københavns Universitet, 2020, Figur 2.2: Valgdeltagelsen fordelt på køn og alder (2019). 右グラフ:総務省自治行政局選挙部「第49回 衆議院議員総選挙年齢別投票者数調(抽出調査)」。
2つを比較してみると、そもそもの投票率の高さの違いはさておき、世代ごとの投票パターンに顕著な違いがあることがよく分かる。デンマークの若者の投票率は、他の年代と比べてそれほど違わず高いのだ。
若者の声が届くという実感
なぜそうなるのか。理由のひとつは、若い世代でも自分の声が政治に届く実感があるから、だと思う。その例として、まずは政党の「ユース団体」を取り上げてみたい。
デンマークの主要政党は、どこも若者による「ユース団体」を抱えている。驚くのは、その層の厚さと歴史の長さ、そして政治への実質的な影響力である。
デンマーク政治で、保守系ブロックの要である「自由党(Venstre)」のユース団体が全国組織になったのは、1912年にさかのぼる。過去の自由党ユース代表の中には、後にデンマーク首相となった人物も2人いる。
自由党のユース団体のメンバーは10〜20代の約2000人にのぼり、56代目の代表を務めているのが、28歳のマリア・レデゴーさんだ。
インタビューに答えるマリア・レデゴーさん。
撮影:井上陽子
ユース団体のメンバーは、選挙期間中、候補者たちの貴重な手足となる。全国各地でのポスター貼り、駅前でのビラ配布、住宅街でのビラのポスティングといったことから、選挙マネジャーとして候補者のスケジュール管理まで手がける。
デンマークでは、候補者のポスターは比較的自由に貼れるため陣取り合戦となっており、支援者が多ければ目立つ場所に数多く貼れるので断然有利である。そんなふうに、若者の動員力は選挙運動に直接的な影響があるので、候補者もユース団体をかなり重宝している。
ポスターは街路樹や駅の鉄柵など、かなり自由に貼られている。政党にはアルファベット一文字の略称があり、「Ø」は政党「赤緑連合」のもの。
撮影:井上陽子
今回の選挙戦では、保守系とリベラル系の勢いが事前の世論調査で50%対50%と伯仲し、保守系が勝利した場合の首相候補とされていた自由党のヤコブ・エレマン・イエンセン党首の動向には常にメディアの注目が注がれていた。
選挙期間中、候補者が果物やパンと一緒にビラを配るのはデンマークでは一般的。ユース団体のメンバーは、袋にビラと果物を詰める作業を行うこともある。
撮影:井上陽子
そんな中で発表されたのが、初めて不動産を購入する若い世代への支援措置だった。不動産価格が高騰し、若者が家を買うのが極度に難しくなっているための政策だが、これはレデゴーさん率いるユース団体の提案を政党が取り入れたもので、記者会見には党首と並んでレデゴーさんも出席した。
これはほんの一例で、ユースのメンバーは週に1回のミーティングを重ねながら、若い世代の声を政治に反映させるための政策を常に模索している。それを政党側が実際に取り入れるので、レデゴーさんの意見も注目され、日常的にテレビやラジオから出演の声がかかる。
そんな風に若者の声を重宝してもらえるなら、若い世代でも自分の意見が物事を変えられる、政治に届くという感覚を持つよね、と聞いたら、当たり前という感じで「もちろん」と答えた。
中学生が政党に投票する本格的模擬選挙
私がレデゴーさんのことを知ったのは、主要8政党のユース団体代表が集まった討論イベントだった。若い人たちの討論会、とあまり期待せずに行ったら、見事に裏切られた。
シンクタンクが主催し、各政党のユース団体代表が集まって行われた討論会。
撮影:井上陽子
その雄弁さ、迫力の声量、互いの意見に皮肉で返したりするのもプロ顔負けで、質問への答えも立て板に水である。この日は、若者のメンタルヘルスが選挙戦の争点として急浮上したこともあり、代表の何人かは主要テレビ局からのインタビューも受けていた。
テレビ取材にも慣れた様子で答えるユース団体代表の2人。
撮影:井上陽子
取材しながらよく分かったが、政党のユース団体は、未来の政治家養成の場にもなっていて、社会民主党党首のフレデリクセン首相をはじめ、ユース団体出身のメンバーが政治家になることはよくあるそうだ。ユース団体といっても、党のスタンスをきっちり押さえた上でコメントするので、選挙中は彼らが若い有権者に党の支持を広げるための立派な戦力でもあるのだ。
これほど層の厚い政治家候補がいたら、候補者のレベルも高くなるし安泰だな、と感心していたら、「逆にユース団体なしで、日本ではどうやって政治家を育てるの?」と聞かれて困った。討論イベントを主催したシンクタンクの代表は「それぞれの党のユース団体が、数百人、数千人というメンバーを抱えている。この国の規模からすれば大した数だよ」と話していた。
そんな政党のユース団体が活躍する場の一つが、日本の中学生にあたる8、9、10年生を対象にした全国規模の「模擬選挙」である。民主主義を実践的に学び、18歳からの投票に備える準備の場として、2年に1回開かれている。
中学生を対象に行われる模擬選挙の様子。
DUF提供
生徒は3週間の選挙期間中、新聞やテレビなどで何が政治課題となっているのかを学び、本物の投票箱を使って実際の政党に投票する。この時、学校を回ってディベートをし、選挙活動を繰り広げるのが、各党のユース団体のメンバーである。
選挙権のない中学生が相手とはいえ、この模擬選挙にはどの党も力を入れて取り組んでいる。というのも、模擬選挙で投票した党には、18歳になってからも投票する可能性が高い、と踏んでいるからだ。模擬選挙の結果は一般ニュースでも取り上げられるので、レデゴーさんは「模擬選挙は、かなり本気で勝ちに行ってます」と話していた。
“小さな民主主義”を重ねる
政党のユース団体のほかにも、若者の声を政治に反映させている強力な存在が「デンマーク若者連盟(DUF)」である。DUF傘下には、政党のユース団体を含め、地方組織も入れると5000もの団体が加盟しているといい、30歳以下のメンバー数は合わせて60万人にのぼるというから、かなり裾野が広いことが分かる。
DUFの代表を務める27歳のクリスティーナ・ルンドさんは、「60万人という数の力があるから、政党やメディア、大学などにもよく呼ばれるし、意見を重視してもらえる」と話す。
DUFの代表を務めるルンドさん。背景に見えるのは、DUFの傘下団体のロゴ。
撮影:井上陽子
DUFは、第二次世界大戦中の欧州にファシズムの嵐が吹き荒れたのを背景に、若い世代からデンマークの民主主義をより強固にすることを目的に創設された。ルンドさんは、
「民主主義は当たり前のものではない。4年に1度の選挙という“大きな民主主義”で投票率が高いのは、身近な組織の活動などを通じて、日常的に対話に参加する“小さな民主主義”を重ねているから。小さな民主主義なしに、大きな民主主義は成り立たない」
と力を込める。
DUFの2021年の調査によると、政治について家族や友人と話したり、オンラインで政治的な意見を書き込んだり、環境問題を意識して商品を選ぶ、といった政治的な行動を過去1年の間に1度でも行った若者の割合は77%にのぼり、上の世代よりも高いのだそうだ。
今や自由党のユース代表として活躍するレデゴーさんにとっても、始まりは小さな不満だった。小学校4年生の時の担任が、授業をせずに代理に任せてばかりだったのだ。こんなのおかしい、と親にぼやいていたら、不満があるなら行動すれば、と促され、学年代表として学校運営の「役員」になったのである。
デンマークの学校は、生徒も役員となって意見を伝えながら、学校運営に関わる仕組みになっている。レデゴーさんはこの時の経験から、参加することで自分の思う変化を起こせる実感を学んだそうだ。
デンマークには「nærdemokrati」という言葉がある。nær(近い)とdemokrati(民主主義)をつなげた言葉で、日常生活や地域に密着した課題に関する民主主義、といった意味だ。こういう言葉があることが象徴的だと思うが、デンマークでは、幼稚園からサッカークラブといった地元のスポーツチームまで、参加者が主体的に関わることを前提とした組織運営があちこちで見られる。
卑近な例で言うと、最近、娘が通う小学校で、教師全員が参加して金曜日にドイツへ研修旅行に行くことがあった。そのお知らせが1週間前になって届いたので、同級生の保護者で慌てて連絡を取り合い、仕事の合間に誰が何時間目を担当するかを急いで割り振った。親はみんな仕事をしていて忙しいから、調整が大変なのである。持ち時間は何をしてもいいということで、私も急きょ教室に入り、白板にピアノの鍵盤の絵を書いて、ハーモニーの練習をさせることにした。
平日に職員全員が学校を離れるなんて、日本だったら親から抗議が来そうなものだが、学校教育は親も含むみんなで作るものという意識があるから、こういうこともすんなり受け入れられるのだと思う(もうちょっと早く言ってよ、っていう不満の声はあったけれど)。親は学校のお客さんじゃないのだ。
日本で暮らしたこともあるデンマーク人の夫は、日本では大多数の人にとって都合の悪い現状があっても、現状の方に自分を合わせる傾向があるよね、とよく話す。一方、デンマーク人は、都合の悪い現状は自分に都合がよくなるよう、現状の方を変えようとする。
例えば、自分の子どもが通う幼稚園で、給食にもっとオーガニック食材を取り入れたいと思うなら、自分が役員になり、給食が変わるように園長や保護者らと対話をしながら実現を目指す。そういうことだ。
最近、息子の幼稚園で行われた保護者会。園の保育方針などを決めていく役員に、数人の親が立候補した。
撮影:井上陽子
市民参加、というと堅苦しいが、意思決定のプロセスに参加することで変化を起こすことに慣れていることは、投票率の高さにもつながっているように感じる。今回の取材中、20歳前後の学生らに、なぜ若い人たちは投票するのか聞いてみたが、「投票しないと友達に言ったら、かなり引かれると思う」という答えだった。「投票しないと、次の4年間は政治に不満を言う権利はなくなる」という感覚なのだそうだ。
デンマークの高い投票率について解説するハンセン教授。
撮影:井上陽子
デンマークの選挙事情に詳しいコペンハーゲン大学のキャスパー・モラー・ハンセン教授によると、デンマーク人に「あなたには投票する義務があるか」と聞くと、95%近い人がYesと答えるといい、これが高い投票率を支えているという。
「民主主義は、幼いころからほぼすべての社会生活の中に息づいている。投票することは、政党を選ぶという直接的な意味にとどまらず、民主主義に基づく政治制度への積極的な支持表明でもある」と説明する。
また、投票が家族イベントとして定着していることも、投票率が高い大きな要因となっているという。デンマークでは、約8%の期日前投票を除く大多数が、投票日に投票所まで足を運んでいる。投票日は火曜日に設定されるので、朝の仕事前か、仕事後に投票する人がほとんどだが、投票所には子どもを含む家族単位で行く人が多く、投票後は外食する、といったようにイベント化している家族も多いそうだ。
選挙当日、午前8時の投票開始から15分後には、投票に並ぶ人の列が投票会場の学校の敷地外まで伸びていた。子ども連れの姿も多い。地面には「気候(変動問題)に投票しよう」の文字も。
撮影:井上陽子
一票の重みをより感じられる選挙制度
もうひとつ、根本的な要因として、デンマークを含む北欧の選挙制度と政治運営の方法は、国民の意思がより直接的に反映されやすい仕組みになっていることも指摘しておきたい。
まず、デンマークの国会は二院制でなく一院制である。さらに、選挙では比例制をとっている。
するとどうなるかというと、小選挙区制に見られるような死に票が少なく、有権者の意思がより単純化された形で、明快に伝わる。
デンマークの場合は、国会で議席を獲得するための最低限の得票率(阻止条項)が2%と低く設定されていることもあり、「世界でも最も比例的な選挙制度」(ハンセン教授)とも呼ばれる。
「全国のどこで投票しても自分の票はカウントされる。特に、保守系とリベラル系が五分五分だった今回の選挙では、本当に自分の一票が情勢を変えると感じた人が多いんじゃないか」(ハンセン教授)
数多くの小政党が生まれるのも、比例制の特徴だ。今回の選挙では、179の議席に対し、議員を出した政党は12にのぼった。そうなると、与党が連立を組むにも、法案を通すにも、他党との交渉が欠かせない。北欧の政治では、交渉と妥協は日常茶飯事である。
これに対して日本では、小選挙区と比例代表の並立制を取っているので、一つの党で「絶対安定多数」を取る事態が起こりやすい。与党は野党と交渉する必要がなく、野党に投票した人の声が政治に反映されづらくなる。
アメリカでいうと、2016年の大統領選挙では、民主党候補のヒラリー・クリントン氏の方が総得票数では290万票も上回っていたにもかかわらず、選挙人の獲得数ではトランプ氏のほうが多かったため、クリントン氏は敗北した。アメリカでは、特定の議員に有利になるように選挙区を恣意的に変えて地理的にいびつな形にする「ゲリマンダー」も横行しており、これも政治不信につながっている。そういった複雑さがデンマークにはないのだ。
政治への距離の近さと分かりやすさ
勤務先から3週間の休暇をもらい、ある候補者の選挙マネジャーとして駅前でビラ配りをしていたビクター・スタンペ氏と話していた時も、日本やアメリカの選挙制度の話になった。「せっかく投票しても自分の意見が政治に反映されないなら、そりゃ不満を感じるよね」と同情する。
立候補者のビラ配りを手伝うスタンペ氏。
撮影:井上陽子
スタンペ氏が語るデンマーク人の選挙との関わりは、典型的で分かりやすいので、少し紹介してみたい。
スタンペ氏にとって、投票は幼い頃からの家族行事の一環だった。授業の後に、仕事を終えた両親が学校に自分と弟を迎えにくる。自分の学校が投票所だったので、そのまま投票会場に家族4人で足を運ぶ。仕切りカーテンの中に親と一緒に入って、どうやって投票するのかを観察し、投票用紙は自分が投票箱に入れていたそうだ。そうやって毎回選挙を見てきたから、18歳で投票に行くのはごく自然のことだったという。
スタンペ氏はPR会社に勤める会社員だが、ある時、地元紙が取り上げた歴史的建造物の改造計画が目に留まった。そこに載っていた市議の主張が気に食わなかったので、ネットで電話番号を調べて、電話で抗議した。ちなみに今回の選挙戦でも、ほとんどの候補者は携帯電話番号をネットで公開していたが、政治家は市民からアクセスしやすい存在であろうと努めているように見える。
電話した時、市議は自分の話にしっかり耳を傾けてくれた。この時の市議の意見がもっともだなと感じたスタンペ氏は、地方選ではボランティアとしてこの市議の選挙戦を応援。そして、今回の総選挙に出馬すると聞いて、フルタイムで選挙マネジャーを担うことにしたそうだ。
一方、スタンペ氏のガールフレンドはそれほど政治に関心はない。なので、投票先を決めるため、主要メディアが掲載している「候補者テスト」を何度もやっている。
どの候補の主張と何パーセントマッチするかが表示される候補者テスト。これは主要テレビ局「TV2」のものだが、メディアによって設問も異なるので、複数のテストを受けてみる人が多い。
「TV2」のサイトより筆者キャプチャ。
「ロシアからのエネルギー依存から一刻も早く脱却するため、一時的であっても石油や石炭の利用を増やすべき」「タバコの値段は20DKK(約400円)上げるべき」といった30問ほどの質問に「強く賛成」「賛成」「反対」「強く反対」と答えていくと、自分の主張に最も合う候補者が“マッチング率”とともに数人出てくる。それを手がかりに、どの候補者、もしくはどの政党に投票すべきか決めていくのである。
私の周りでも、候補者テストを使っている人は多い。ただ、そうでなくても、政党の立場や政治家のことをよく把握していることに感心する。選挙期間でなくても、ラジオなどでよくいろいろな人が政党を代表して社会問題について討論していて、それをまた、みんなよく聴いているのだ。
選挙を前に高校で開かれた討論会を取材した時も、高校生の質問の質の高さに驚いた。デンマークでは、高校に入る前に1年間の全寮制の学校に行ったり、高校在学中に途中休学したりする生徒もいるので、高校生といっても上は20歳くらいまでおり、18歳以上の有権者も多い。
主要5政党から候補者が顔を揃えて討論をしたのだが、自己紹介は1分のみ。質問にはYes、Noで端的に答えないと、聴衆の反応が容赦ない。質問から逃げるような答えにはブーイングも起きるし、下手な答えはソーシャルメディアでも拡散されそうなので、緊張感が漂っている。
主要政党の立候補者を招いて行われた高校での討論会。生徒の多くが初めて国政選挙に投票することもあり、候補者たちは若い世代に訴える政策を懸命にPRした。
撮影:井上陽子
前出のスタンペ氏によれば、デンマークの選挙活動では他党の候補者と調整して、討論会を開くことが多いということだった。デンマークでは選挙運動に時間制限がないので、仕事後の有権者を対象に、夕方から夜にかけて討論イベントを開くことも多いという。連載第1回でも書いたように、デンマークの人たちは午後4時には仕事を終える働き方をしているので、一日のうち仕事以外の活動に使える時間が長いのだ。
これに比べると、日本の選挙活動は、候補者が日中に自分の支持母体に行って実績や主張を話すとか、街頭演説でも決まったフレーズを一方的に言って終わり、ということになりがちじゃないだろうか。日本で投票に行かない若者に理由を聞くと、「誰に入れていいのか分からない」という声も上がるが、デンマークでの選挙戦を見た後では、そんな若者の意見も分からなくはない気がする。
ずいぶん長い原稿になってしまったが、投票率に30%ポイントもの違いが出る日本とデンマークの選挙への向き合い方の違い、その根底にあるものがお伝えできただろうか。
若い人が投票に行くから、候補者は若い層向けに討論会も行うし、若い人の意見も政策に反映される。普段からメディアでしょっちゅう政党間のディベートを聴いていて、候補者テストといったツールや実際に足を運べる討論会もあるので、有権者が投票先を選びやすい。一票の重さを感じやすい選挙制度があり、何と言っても、普段から身近な社会活動に参加する文化と、時間的な余裕がある。
そんなデンマークの民主主義の盤石ぶりを感じさせる取材だった。
(文・井上陽子、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
井上陽子(いのうえ・ようこ):北欧デンマーク在住のジャーナリスト、コミュニケーション・アドバイザー。筑波大学国際関係学類卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。読売新聞で国土交通省、環境省などを担当したのち、ワシントン支局特派員。2015年、妊娠を機に首都コペンハーゲンに移住し、現在、デンマーク人の夫と長女、長男の4人暮らし。メディアへの執筆のほか、テレビ出演やイベントでの講演、デンマーク企業のサポートなども行なっている。Twitterは @yokoinoue2019 。noteでも発信している(@yokodk)。