アリババグループは大々的に実施してきた独身の日セールのカウントダウンイベントを昨年実施しなかった(写真は2020年撮影)。
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IT産業に対する締め付けや不動産危機、ゼロコロナ政策で中国経済の先行きが怪しくなり、世界経済の爆弾としてくすぶり続けているが、そうなる以前に「爆発的に成長する中国消費」の象徴的存在だったのが、アリババグループの11月11日のECセール「独身の日(ダブルイレブン)」だ。
倍々ゲームでGMV(流通総額)を増やし世界中の注目を集めてきたが、アリババは今年、現地でのカウントダウンイベントを行わず、GMVを発表しない方針を早々に表明している。何が起きているのだろうか。
10月下旬に開始、セールは既に終盤
「独身の日セール」はここ数年日本でも大々的に報道されてきたイベントではあるが、普通の日本人消費者が参加するものではなく、日本では1年に1度だけで疾風のように情報が飛び交うイベントなので、ほとんどの人にとって「名前は聞いたことあるけど、内容はよく知らない」存在なのではないだろうか。
筆者も毎年のようにこの季節になるとラジオやテレビの番組から出演依頼があり、「そもそも独身の日とは」と同じことを説明してきた。聞かれることもほぼ同じで、「規模感」と「今年の傾向」だ。「1時間で楽天市場の〇日分の売り上げを超える」「ユニクロの〇日分の売り上げに匹敵する」などなど、日本人に親しみのある企業になぞらえて頑張って説明してきた。
2009年に始まったセールは、当たり前ではあるが規模拡大とともに期間や手法が変化している。例えば日本では「11月11日」に怒涛のように「GMV」「販売額」が報道されるが、実際にはその日は「数字を最終集計する日」の意味合いが強く、セールは10月下旬に始まっているので、中国ではセール開始前後に報道や情報配信のピークがやってくる。日本の全国旅行支援を想像してもらえれば分かりやすいかもしれない。
今年のセールは10月24日に始まり、既に「第一期」の決済・配送期間(10月31日午後8時~11月3日)は終了している(「第一期、第二期」の詳細は昨年の記事を参照してほしい)。
第一期はTHE NORTH FACE、カルバン・クラインなど多くのグローバルブランドのGMVが1時間前後で昨年の開始1日目の総額を超えた。また、開始1時間の人気商品トップ10に資生堂のバイタルパーフェクション化粧水・乳液キットが入るなど、今年も化粧品が人気上位を独占している。
小売業界の破壊と創造の震源地
独身の日セールは10月24日に始まっている(上海で撮影)。
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独身の日は、年々変化している。アリババの手法もそうだが、それ以上に中国でのセールの位置づけが変わっている。
2010年代前半にセールに人が殺到するようになると物流がパンクした。「注文したものが届かない」と猛批判を浴び、アリババは物流子会社「菜鳥網絡」を設立した。大量の注文や配送を処理するため、EC企業が人工知能(AI)やビッグデータ分野に力を入れるようになったのもこの頃だ。
2010年代半ばは、ネットセールに実店舗が売り上げを吸い取られる問題が顕在化した。セールが始まる前に店舗で商品を試着して、ECサイトで商品をカートに取り置き、セール開始で値引きされたタイミングで購入するのがセールの攻略法となり、百貨店など既存小売り企業が打撃を受けた。アリババ創業者のジャック・マー氏はオンラインとオフラインを融合させる「新小売り」を提唱、EC企業による小売業界のM&Aや無人店舗、ドローン配送など新しい動きが加速した。
2010年代後半の独身の日セールは、ECチャネルを持つほぼ全ての企業が参加する国民的イベントとなった。アメリカのブラックフライデーを超える規模になり、日本でも11月11日にマスメディアがGMVを一斉に報じるようになった。
ただ開始から10年が経ち、アリババのプレッシャーが増大していたのも事実だろう。恒例イベントとして定着するにつれ、「マンネリ」と揶揄される。中国の消費力を誇示するイベントとして、毎年「今年の目玉」「過去最高のGMV」が求められてきた。足元では新興ECの拼多多(Pingduoduo)など競合の猛追を受け、「アリババ包囲網」がクローズアップされるようにもなった。
日米のセールとは異なる「社会的使命」
楽天スーパーセールやアマゾンのサイバーマンデーなど、他のEC企業のセールでは「今年のトレンド」が経済ニュースとして取り上げられることはあまりない。しかし独身の日については、セールが中国経済の羅針盤のようになっている。
GMVの記録を更新し続けるめに、セールの期間はどんどん長くなり、今では楽天スーパーセールよりも随分長くなった(1年に1度というのもあるが)。
「右肩上がりの演出」はいずれ限界を迎えることは指摘され続けてきたし、ジャック・マー氏からアリババの舵取りを引き継いだ張勇(ダニエル・チャン)会長も、3~4年前から「数字だけを追うものではない」と予防線を張るようになっていた。
だが、2020年に始まったコロナ禍によってEC企業は「経済回復の起爆剤」という社会的使命を与えられ、さらに「成果」を求められるようになった。アリババは11月の独身の日セールだけでなく、JD.comの創業日にちなんだ6月の「618セール」でも、同社のお株を奪う勢いで大々的にプロモーションを実施し、とんでもないGMVをたたき出した。
その一方で、これまでIT企業を支援してきた中国政府は、IT企業叩きに動いた。ジャック・マー氏らが当局に呼び出され、「指導」を受けたのは、独身の日セールの真っただ中の2020年11月初め。その直後、アリババの金融子会社「アント・グループ」は上場を延期した。翌2021年、アリババは独占法禁止違反で182億2800万元(約3700億円、1元=20.5円換算)の罰金を科された。IT産業に逆風が吹きすさぶ中、アリババもグループの巨大な力を誇示するような従来のお祭り騒ぎを封印せざるを得なくなった。
日本での関心低下も重要性変わらず
重慶大学の構内を走行するアリババの無人配送車。
アリババグループ提供
昨年、2021年の独身の日セールで、アリババはECモール天猫(Tmall)の期間中のGMVが5403億元(約11兆円)だったと発表した。同年も過去最高を更新したわけだが、カウントダウンイベントは行わず、11日はほとんどプレスリリースも出さなかった。
アリババを直接取材してきた記者は、筆者も含め、事前に「今年は具体的な数字を発表しないかもしれない」と聞いていたので「やはり」と思ったが、中国の報道やアリババ関係者の話によると、同社幹部は11日夕方になっても「GMVを発表するか」喧々諤々の議論を続けていたという。中国メディアに対しては相当根回しをしていたものの、海外メディアから「数字がないと困る」との声が多く、最終的に12日になってGMVを「そっと」発表したそうだ。
中国でも国営メディアは「静かで理性的なダブルイレブン」と肯定的に評価したが、11日深夜になって「異常な静けさ」「一時代の終わり」という記事を公開するメディアが出てきた。それまでのお祭り騒ぎを考えれば、昨年は明らかに異常事態だったわけだ。
情報発信が混乱した昨年の反省からか、アリババグループは早い段階で、「今年は数字を出しません」とメディアに説明している。昨年に続き、現地でカウントイベントも実施しない。
これまで11月11日のGMVにフォーカスしてきたメディアは「タイトル要素」を失って困惑している。おそらく日本でこのセールの報道は急激に減っていくだろう。
だからといって、同セールの重要性が低下しているわけではない。日本企業の商品への需要は拡大を続け、日本では無名なのにアリババのECモール「Tmall」で爆売れしている商品は少なくない。アリババ・ジャパンによると、円安で日本企業の商品の売れ行きはさらに伸びている。
ゼロコロナ政策の産物として、今年のセールでは全国の数百の大学に無人配送車が投入されている。無人車が学生寮に到着すると、自動で電話したりSMSを送信し受取人に知らせるほか、一定時刻を経過したら配送ステーションに戻り、混乱を防いでいる。2016年まで中国の大学で働いていた筆者は、テクノロジーの進化に驚くばかりだ。
アリババ関係者は「独身の日セールは日本や米国のECセールのようになっていくのでは」と予測する。異常に膨張したショッピングの祭典は、ハードランディング気味にあるべき姿を模索していくのだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。