イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日も読者の方から投稿いただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
大学1年生です。自身の身の振り方に悩んでいる時、この相談室を知り質問することにしました。
私は都内の中高一貫校に入学してすぐに数学、英語の成績が振るわなくなりました。数学に関しては中学受験の算数から苦手意識があります。ここから勉強へのやる気を無くし、中学時代はゲームに逃避、高校に入ってからは部活動ばかりしていました。
その部活動で幸い実績があったのでAOを受け、有名私大に滑り込むことができました。正直「親に勉強してこなかった言い訳ができる」とホッとしました。
そして入学して1学期と夏休みが過ぎたのですが、遊びにバイトと全く勉強せず過ごしてしまいました。せっかく履修したインドネシア語も身に付いてはいません。このままだと就活に失敗するとしか思えません。
英語、インドネシア語、資格勉強、インターン、思いつくのはこれくらいですが私は何をすればいいでしょうか。するべき勉強、勉強以外でするべきこと、私に対してのおすすめの本など教えていただきたいです。
(三田ジョージ、10代後半、大学生、男性)
「深海魚」にならないように注意せよ
シマオ:三田ジョージさん、お便りありがとうございます! 僕が大学受験した頃には、一般入試で熾烈な偏差値競争がありましたが、最近は大学入学者の半数以上がAOや推薦入試で入学しているそうですね。ただ、その分、勉強への苦手意識が残ったままの人もいるようです。佐藤さん、いかがでしょうか?
佐藤さん:まず三田ジョージさんにお伝えしたいのは、あなたは悪くないんだということです。この方は受験勉強をせずにAO入試で受かったことに自責の念を強く感じているように見えます。でも、三田さんが置かれている状況は、あなた自身のせいというよりも、社会構造が生み出しているものだということを理解しておくことが大切です。
シマオ:社会構造とは、どういうことでしょうか?
佐藤さん:いわゆる学歴社会の弊害です。シマオ君が親だとして、子どもが中学受験で偏差値60の学校と55の学校に受かったら、どちらに通わせますか?
シマオ:それはもちろん偏差値60のほうですよ!
佐藤さん:それが社会構造による弊害です。実はそう簡単には決められないのです。仮に、小学校ではトップクラスの成績を取っていたとしても、難関中学に入れば同じような学力の子ばかり。半数はクラスで下から数えたほうが早くなるわけです。すると、そうなった子どもはどう感じるでしょう?
シマオ:……自分が「出来の悪い生徒」だと感じたら、やる気を失ってしまう子もいるでしょうね。
佐藤さん:その通りです。これまで優秀な生徒扱いされてきた子たちは、特にやる気を失いやすい。その中でモチベーションを維持していくのは大変です。一方で、少しランクを下げた学校に入れば、変わらずトップクラスでいられます。
シマオ:それなら、やる気を維持したまま大学受験を迎えられそうですね。
佐藤さん:はい。結果的にはそちらのほうがいい大学に行ける可能性は高い。もちろん、教育環境や校風もありますから、どちらがいいと一概に言えるものではありません。ただ、注意しておかなければいけないのは、やる気を失った「深海魚」にならないようにすることなのです。一度深海魚になると、なかなか上がってくることができなくなってしまうからです。
シマオ:三田さんもそういう状況にあったということでしょうか?
佐藤さん:いえ。三田さんはむしろ部活動に注力して、AO入試で有名私大に合格しています。これは非常に賢い選択です。彼は深海魚にならず、自分の得意分野を見つけたということですから。
シマオ:なるほど。
佐藤さん:三田さんのように他の選択肢を見つけられず、単にやる気を失ってすべてを放り投げてしまうような子どもが、難関校には一定数います。小学校の段階で子どもが自分で判断するのは難しいですし、学習塾は実績を上げようと能力ギリギリのところを受験させようとしがちです。だから、本来そこは親が見ておかなければいけないのです。
就活の「武器」を身につけるには?
シマオ:三田さんからは、就活のために何を勉強しなければいけないかという質問をいただいていますが、いかがでしょうか?
佐藤さん:三田さんが最も力を入れるべきは、インドネシア語の習得です。これはとても目の付け所が良いと思います。
シマオ:なぜですか?
佐藤さん:実は、インドネシア語は日本人にとって履修しやすい言語の一つなんです。そしてインドネシアの人口は2.7億人、さらに非常によく似た言語であるマレー語も合わせれば使用人口が非常に多いのです。
シマオ:日本語よりも話者が多いんですね!
佐藤さん:インドネシア語を物にすれば、それだけで食べていける強力な武器となります。大手商社だけでなく専門商社、さらに現地に進出しているメーカーも含めれば、ほぼ間違いなく就職できるはずです。ですから、まずはインドネシア語を実用レベルで使えるようになることを目指し、できれば現地に留学することをおすすめします。
シマオ:他に学んでおくべきことはありますか?
佐藤さん:それ以外には、英語と数学を一定以上のレベルにしておくことです。
シマオ:一定レベルというのはどのくらいでしょうか?
佐藤さん:英語については最終的に英検準1級(大学教養課程相当)、数学については数検の3級(中学3年相当)を目指してください。
シマオ:三田さんはその2つに特に苦手意識があるということですが……。中学レベルから始めると、結構時間がかかりそうです。
佐藤さん:三田さんの学力は分かりませんが、仮に中学1年生のレベルから復習したとしても、英検5級から2級くらいまでは、集中して勉強すれば1年くらいで到達できます。そこから準1級まで1年として、2年間みっちり勉強するとよいでしょう。
シマオ:数学は何を使って勉強するのがオススメですか?
佐藤さん:芳沢光雄さんの『新体系 中学数学の教科書(上・下)』をお薦めします。これでは歯が立たないということであれば、スタディサプリの山内恵介先生の授業「中学総復習 数学」がいいでしょう。これは、大学生や社会人の学び直し用に数学の本質的な考え方を解説したものになっています。
シマオ:数学は高校レベルまでいかなくてもいいんですか?
佐藤さん:高校レベルまでマスターしようとすると、時間が足りなくなるのでそこまでしなくてもいいでしょう。しかし、中学数学で欠損があると仕事に支障が出てしまいます。もし数検3級がとれて、まだ余裕があるならば、むしろ簿記を学ぶがよいと思います。
シマオ:決算書を読むのは、ビジネスパーソンに必須の能力だと言われますものね。
佐藤さん:簿記は経済の言語です。本来は日商簿記2級がとれると望ましいですが、工業簿記までやろうとすると時間がかかります。まずは商業簿記だけで済む3級を目指してください。
「ガクチカ」よりも勉強が大事
イラスト:iziz
シマオ:佐藤さんの話だと、とにかく勉強をしようということですが、就活ではよく「ガクチカ」なんて呼ばれる、学生時代に力を入れたことのエピソードが重視されると聞きますが。
佐藤さん:いえ、やっておくべきことは勉強に尽きます。体育会に入って本格的にスポーツに打ち込んでいるならいざ知らず、「サークルでまとめ役をしていました」「バイトでチーフをしていました」なんてエピソードは何のプラス要素にもなりません。
シマオ:そうなんですか?
佐藤さん:そんなことよりも、インドネシア語でエッセイを書いて雑誌に掲載された、などといった勉学の成果の方がよほど効果的だと思います。
シマオ:では、大学時代にバイトなどにあまり時間を使わない方がいいのですか?
佐藤さん:はい。今1000円ちょっとの時給を稼ぐために勉強時間を失ってしまうことは、将来の時給5000円を失うことになるかもしれないからです。もちろん、家庭の事情でバイトせざるを得ないという場合は別です。親が学費とある程度の生活費を出してくれるなら、就活のための経験や遊興費を稼ぐためという理由で、バイトに時間を過度に費やすことは避けるべきだと考えます。
シマオ:勉強は自分への投資でもあるんですね。
佐藤さん:ただ、私も学生に対して一度は働いてみることを勧めています。その場合は、例えば3カ月といったように期間を区切るとよいでしょう。
シマオ:それはなぜですか?
佐藤さん:学費や生活費を稼ぐことが、どれほど大変なのかを理解するためです。そうすれば、大学で学ぶ機会を得られることのありがたさを皮膚感覚で実感できます。それから、バイトをするならできるだけ塾講師や家庭教師などは避けてください。
シマオ:でも、それらは割のいいバイトですよね?
佐藤さん:だからこそです。一流大学の学生の家庭教師代は非常に高い。しかし、それは彼らの教師としての能力というよりも、単に大学名というブランドに支払われている料金です。若いうちにそれを経験してしまうと、労働の価値を見誤ることになります。
シマオ:そこで稼ぐことは、必ずしも自分のためにならない、と。
佐藤さん:確かに、働くことで学べることもたくさんあります。私も学生時代に喫茶店でバイトをしたことで、カウンターの中と外で世界の見え方が変わるということを体感しました。世の中は立場によって見え方が異なる。それは仕事においても役に立ちます。ですが、学生の本分はあくまで勉学であるということを忘れてはいけません。
シマオ:なるほど。三田ジョージさんの中ではすでに課題として感じられているようですから、しっかりと計画を立てて勉強していけば問題ないということですね。三田さん、焦らずにがんばってください!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は11月23日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)