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ゴーファンドミー(GoFundMe)の従業員たちは不安に駆られていた。ここ数カ月、会社が指標として追いかけている目標を達成できていなかったからだ。
そしてその日はやってきた。10月下旬の朝、唐突に全社集会が開かれ、そこでCEOのティム・カドガンが大規模なレイオフ(一時解雇)を発表したのだ。
従業員の多くは、薄々分かってはいたがやはりその知らせにショックを受けた。人員削減は全体の12%に当たる94人。影響を受ける部署は全社に及んだ。最古参の従業員の一部、勤続5年以上の従業員の多数も解雇対象となった。この知らせを受け取った従業員の中には、休暇中の者もいた。GoFundMeのある従業員は次のように振り返る。
「短い休暇のつもりで家族と一緒にテーブルについていたら、テキストメッセージが殺到し始めたんです。メッセージの中の慌てた様子やメッセージの差出人から、何か一大事が起きたんだなと分かりました」
メタも11月、ついに創業以来最大規模のレイオフに踏み切った。
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これはGoFundMeの従業員に限ったことではない。経済の不確実性が増すなか、ここのところテック業界は上場企業からスタートアップまでレイオフのニュースが増えており、ここ1、2週間は特に顕著だ。
ツイッター(Twitter)ではイーロン・マスクが従業員の約半数を解雇した。11月9日にはメタ(Meta)のマーク・ザッカーバーグが全従業員の13%に当たる1万1000人にレイオフを言い渡した。ライドシェアのリフト(Lyft)は700人、フィンテック大手のストライプ(Stripe)は約1000人の解雇に踏み切った。話題のフィンテック企業のチャイム(Chime)も、OpenDoorも、ジロー(Zillow)も、ダッパーラボ(Dapper Labs)も……と、レイオフに踏み切った企業のリストはまだまだ続く。
長引くインフレ、資金調達環境の鈍化、囁かれる景気後退といった状況のなか、かつてない数のテック企業が大規模な人員削減を余儀なくされている。
テック系スタートアップに投資するベンチャーキャピタル、インタープレイ(Interplay)のマネージング・パートナーを務めるマーク・ピーター・デイビスは、Insiderの取材に対し次のように語る。
「マクロレベルでは、2008年のような壊滅的な状況になるとは思いません。しかし、痛みがないという意味ではありません」
20年に及んだ急成長期の終焉
アップルやアマゾン、メタなどを巨大企業へと成長させたテック業界の20年に及ぶ急成長期は、新型コロナのパンデミックによって引き延ばされた。近年では、レディット(Reddit)、コインベース(Coinbase)、アファーム(Affirm)といった新顔のスタートアップにもVCマネーが流入していた。
しかし2022年に入ると雲行きが怪しくなった。
2022年初旬は多くのテック企業がまだ好調を保っていたが、2月にロシアがウクライナに侵攻すると、世界経済の混乱に拍車がかかった。春が終わる頃には株価が急落し、レイオフによってコスト削減を図る企業が目立ち始めた。
レイオフ追跡のウェブサイト「Layoffs.fyi」によると、5~6月で1万7000人以上の技術職が失職し、7~8月にはさらに2万9000人が解雇に遭った。その後一時期レイオフは収まっていたが、再び増えている。同サイトの集計では、テック企業88社が10月に1万2000人を解雇し、11月に入ってからは現時点で少なくとも3500人が解雇されている。ここには、先ごろ解雇を発表したツイッター社の推定3700人は含まれていない。
米連邦準備理事会(FRB)は、予想以上に長引く高インフレに対応して積極的な利上げを続けているが、コスト上昇から資本へのアクセス減少まで、高インフレに伴う経済的逆風が吹き荒れ、あらゆる企業を苦しめている。
メンロ・ベンチャーズのパートナーであるマット・マーフィーは、次のように話す。
「このような景気循環では、企業は大量解雇をしない代わりに採用のペースを落とし、正常な範囲内での業績の増減によって社員数の適正化を図るという、おなじみのことが起こっています。
各社の第3四半期決算が出揃い、第2四半期よりはるかに厳しい逆風が吹いていたことが明らかになったことで、スタートアップは、現在の人員ではこの苦境から脱出できない、解雇に踏み切らなければと悟ったのです」
コスト削減やレイオフを余儀なくされているのはテック業界に限ったことではなく、どの業界も同じだ。しかし、テック系の上場企業やアーリーステージ以上のグロース段階にあるスタートアップは、さらなる課題に直面するだろうとインタープレイのデイビスは言う。
「市場は依然として制御された減速状態にあります。この背景にはFRBの意図があり、いわば起こるべくして起きたことなのです。レイオフは意図的に行った結果です。金利は上がっていますが、インフレはまだ収まっていません」(デイビス)
上場企業が成長を犠牲にして最終利益を確保しない限り、臆病になっている新たな投資家の気持ちを和らげることはできないが、グロースステージにあるスタートアップはダウンラウンドによってバリュエーションが大幅に下がることになる。
スウェーデン発の「BNPL」型フィンテック企業のクラーナはその成長性が一時期注目されていたが、直近の資金調達ではダウンラウンドとなった。
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クラーナ(Klarna)、ストライプ、ブロックファイ(BlockFi)はいずれも2022年にダウンラウンドを実施しており、仮想通貨企業のブロックチェーン・ドットコム(Blockchain.com)もダウンラウンドの準備を進めていると報じられている。
「ハーバード・ビジネス・レビュー」によると、投資家は神経質になって資金を引き揚げているとのことだが、そもそもVCからの資金調達も難しく、2022年第3四半期は前年同期比で50%減少している。
VCの多くは、長期的な成長のために短期的な犠牲を払うようファウンダーに助言している。セブンワイヤ・べンチャーズ(7wireVentures)のパートナーであるアリッサ・ジャフィーは次のように話す。
「このような時代の(スタートアップの)経営者は、将来の不確実性に備えてキャッシュを確保しながら短期的な成長も実現するようなやり方で経営する必要があります。そのためには、何度も難しい決定を下さなければいけません。特に、ランウェイを延ばすためには従業員の削減が必要です」
さらなるレイオフの可能性は?
今がレイオフのピークなのか、それとももっと残酷な人員削減の始まりなのか? すべては経済にかかっている、と業界ウォッチャーたちは口をそろえる。
先にも触れた「Layoffs.fyi」を立ち上げたのは、フィンテックのスタートアップ、ヒューマン・インタレスト(Human Interest)の創業者であるロジャー・リーだ。リーは企業が解雇に踏み切り始めたパンデミックの初期にこのサイトを立ち上げ、以降ここ2年、テック業界のダウンサイジングを記録している。
「(このサイトで)レイオフを追跡するつもりです。インフレの終わりが見えてきたと感じられるまで混乱は続くでしょうから。
要するにすべて、インフレとFRBに関係しているんですよ。インフレがいつ終わるのかがもっとはっきりしてくれば、そこで初めてレイオフも減り始めるでしょうね」(リー)
スリム化した企業がどうなるかについて、結論は出ている。職場から不要な人材が抜ければ、従業員の作業効率がアップする可能性があるとインタープレイのデイビスは言う。
「チームの再編成は大変ですが、うまくいけばマクロソーシャルな観点からはメリットがあります。優秀な人材は新しい組織にジョインしますし、人員削減によって新たに起業する人も出てきますから」(デイビス)
一方、グーグルの元幹部で検索のスタートアップ、ニーヴァ(Neeva)を運営するスリダール・ラマスワミは、人員削減の余波で、それまでやりたい放題にやっていた企業がイノベーションや新製品の開発で予想外の苦戦を強いられるおそれもあると話す。
「これはソフトウェアならでは問題ですね。ソフトウェアというものは、どんどん複雑になって連結が進んでいくんです。あるプロダクトを開発している100人のチームが突然40人に減らされて、40%のペースで作業を進めることができるのか……私には分かりません。人員削減によって、私たちがよく知るプロダクトや使っていたプロダクトがアップデートされなくなってしまうかもしれません」(ラマスワミ)
一方で、終わることのない景気循環の波がまた訪れたとして、長期的な視野で捉える人もいる。VCでライターのオム・マリクはこんなツイートをしている。
「いま世界中でテック業界のレイオフや切迫した混乱状況についてのニュースがあふれている。20年前もこんな感じだったよ。当時の私は、そんな状況に身を置きながらクラウドとアプリの夢を見ていたもんだ。暗黒の日々が訪れても、いずれ終わりは訪れる。テクノロジーはより偉大に、そして、より重要になる」
レイオフの憂き目に遭った人にとっての希望の兆しは、アマゾンやアップルクラスの大企業が採用ペースを抑えたり凍結したりしても、まだかなりの数の求人が存在することだ。11月4日に発表されたアメリカの雇用統計では、10月の雇用者数は26万1000人増加し、失業率は予想を上回る3.7%に上昇したにもかかわらず、労働市場は堅調に推移している。
人材スカウト会社のベッツ・リクルーティング(Betts Recruiting)の最高執行責任者であるパトリック・ケレンバーガーは、次のように話す。
「テック業界には、解雇数を上回る数の求人があり、不況になってもこの状態は続くと見ています。シードラウンドとシリーズAラウンドで資金調達した企業向けの資金は第3四半期に増えていますから、この景気減速の影響は受けていないようですね。数千社が資金を調達できているということは、アーリーステージ以上のスタートアップの間で、数万件もの求人が生まれることになります」
(編集・常盤亜由子)