ゴッホの『ひまわり』にトマトスープをかけた環境保護団体Just Stop Oilのメンバーたち。
Just Stop Oil/Handout via REUTERS
「なぜこんなことをするのだろう?」
思わずそう首をかしげてしまうようなニュースを、最近たびたび見聞きします。
例えば環境団体の過激な行動。今年に入って目立ったものだけでも以下のような行動が報じられています。
筆者・編集部作成
彼らの行動を見て、みなさんはどう感じたでしょうか。
環境を重視しなければならないという主張は理解できます。彼らが「取り扱うべきでない」と考える牛乳を販売しているスーパーマーケットに嫌がらせをしたかった気持ちも、百歩譲って理解はする。しかし、なぜサッカーや美術館の名画にその矛先を?と、彼らの行き過ぎた行動に唖然とする人が多いのではないでしょうか。
こうした理解に苦しむ行動は、なにも環境問題に限ったことではありません。日本で2022年7月8日に発生した安倍元首相銃撃事件もそうです。
この事件の実行犯は、旧統一教会への積年の恨みが犯行の動機になった報じられています。
被疑者の家庭が旧統一教会への多額の献金により崩壊した。大変痛ましい話です。しかしその恨みの矛先を、旧統一教会と接点があったという理由で安倍元首相に向け、ましてや殺害計画を実行に移すとなるともはや理解が及びません。
このように、「理由は分かったが、だからといってどうしてこんな行動をとったのだろう?」という事件や事象に接したとき、私たちはどう解釈すればいいのでしょうか。
突飛な行動をとらざるをえない「構造」
これを理解する際にヒントになるかもしれないキーワードが「ランク」と「ダブルシグナル」です。これは心理学者のアーノルド・ミンデル氏が著書『紛争の心理学』で提唱しているコンセプトです。
ミンデル氏は、民族紛争、人種差別などあらゆるレベルの人間関係の対立をどう解決するかについて世界中でワークを実践している人物です。つまり理論家であると同時に実践者でもあるのです。
ミンデル氏が言う「ランク」とは、個人の持つ力のこと。同氏のコンセプトでは、すべての人はランクが違うという前提に立っています。つまり、人は平等ではなく、ランクがあるというのです。
そして、自分のランクが高くなると、自分の態度が他者(特に自分よりもランクが低い人)に否定的に影響することに気づきにくくなる、と指摘しています。
例えば、経営者と従業員とでは、経営者のほうがランクが高い。だから、従業員が不満を言い出すまで経営者は従業員たちの不満に気づきにくいのです。(ランクが高いという)自分の権力に気づかないので、従業員に対してさまざまな施策を打っている経営者にしてみれば、「従業員のためにここまでやってあげているのに、なぜ不平を言うのだろう」と、従業員の気持ちが分からないのです。
同様に、高学歴者(高ランク)は、低学歴者(低ランク)がなぜ冷静さを失って感情的に話をするのか理由が分かりません。しかし低学歴者にしてみれば、こうでもしないかぎり高学歴者に耳を傾けてもらえないわけです。
強い国家(高ランク)と小さな発展途上国(低ランク)の関係もそうですね。強国は、自らの力が発展途上国に与える影響に思い至りません。そんな状態では、小さな発展途上国が通常のトーンで意見を言ったとしても、なかなか聞く耳を持ってはもらえません。
つまり、ランクの低い立場がランクの高い立場に話を聞いてもらうためには、感情的になるか突飛な行動をとるしかないのです。
そう考えると、冒頭に例として挙げた環境団体やイギリスの若者、安倍氏襲撃事件の容疑者がなぜあのような行動に出てしまったのか、理由の一端が見えてきます。誤解してほしくないのですが、私は決して彼らの行動を肯定しているのではありません。彼らはこうすることでしか自分の声を届ける術がないという、「構造」の問題に目を向けていただきたいということです。
主流派が無意識に発しているシグナル
さて、ミンデル氏の主張にはもう1つ重要なポイントがあります。それが「ダブルシグナル」と呼ばれるものです。
ダブルシグナルとは要するに、「ランクの高い」人の発言には、表に出ているシグナルと、その裏に隠れている(本人が自覚していないケースも多い)別のシグナルという2つのシグナルが含まれている、というものです。
例えば、ミーティングで黒人が『感情的に』意見を述べ、それに対して白人女性が「感情的に意見を言うのではなく、論理的に話をするように」と諭したとします。
「感情的に意見を言わない」「論理的に話をする」、両方とも正しく聞こえますね。これが1つめのシグナルです。
ところが、白人女性のこの言葉には、彼女自身が気づいていない2つめのシグナルが隠されています。それは、黒人に対して言外に「あなたの状況など伝えなくていい」、なぜなら「私が正しいのだから、私の意見に従いなさい」というメッセージを発しているのです。
これでは、ランクの高い白人女性はランクの低い黒人に対して(自覚しているか否かはさておき)発言そのものをしないように伝えているに等しく、ランクの低い黒人男性に「発言を封じられた」と受け取られかねません。
このように、ランクの低い人に対して無意識にダブルシグナルを発信している人たちは、そのコミュニティの主流派であることが多いものです。会社でいうと、本社勤務の人、役職が高い人、大企業に勤めている人、人気職種の人などです。
逆に、例えば地方の支社で働いている人、派遣社員や契約社員、低学歴の人たちなどは主流派に属さず周辺部に追いやられてしまいがちです。
また、肩書などの目に見える形ではなくとも、心の中で周辺部に追いやられている人もいます。ランクの低い人は、ランクの高い主流派に対して感情的に訴えないかぎり、ランクの高い人に存在すら無視されてしまうのです。
このランクとダブルシグナルの概念は物事をシンプルに捉えすぎているきらいはあるものの、みなさんも多かれ少なかれこれに類する事象に出くわしたことはないでしょうか?
複数の人が集えば、そこには自ずと「ランク」と「ダブルシグナル」が生じる。
sanjeri/Getty Images
私自身、こんな経験があります。リクルート在職時代にある国際会議の事務局に参加したときのことです。
その事務局のメンバーは、私以外はみな欧米人で、かつ事務局を何年も経験したことのある人たちでした。つまり彼らが主流派で、私は周辺部の、ランクの低いポジションだったわけです(これは後知恵ですが)。
その国際会議で話し合われるテーマの先進事例を彼らから学びたいと思い、私は事前に事務局に伝えて、日本からコンサルタントに同行してもらうことにしました。
ところが会議当日になって、主催者が「事務局に部外者を入れるのは認められない」と言い出したのです。他のメンバーも、たしかに例外は作らないほうがいいと同調します。コンサルタントを同行させますと私が事前に伝えた事務局メンバーは、何の助け舟も出してくれません。
私はやむなく「今回の議題は決議事項がなく報告事項だけであるうえ、なにより日本から連れてきたコンサルタントにNoと言うのは、まるで新人いじめだ」と感情的に声を上げたところ、あきれた表情をしながらも、最終的にはそれならばと周囲が矛を収めてくれました。おそらくあのとき、私が感情的になって声を上げなければ、彼らは話を聞いてくれなかったでしょう。
会議終了後、主催者からは「このような国際会議では、感情的に話をするのはよくない」と言われました。この言葉から、「(アジア人で経験が少ないあなたは、フランス人で経験が多い)私の意見に従いなさい」という、ダブルシグナルを感じ取ったことを覚えています。
もし感情的な反応をされたら?
冒頭でお話しした環境団体の話もイギリスの若者の話も、突飛な行動をしなければランクの高い人たちに意見を聞いてもらえなかったという点ではあの国際会議での私と同じです。世間を騒がすニュースでなくても、このランクとダブルシグナルは、職場はもちろん、ジェンダー問題や親子関係など、私たちの日常生活にも潜んでいるのです。
ランクはあくまで相対的なものです。ある組織でランクが低い人も、他のコミュニティではランクが高いこともあります。ランクとダブルシグナルは、日常的にみなさんがしたり、されたりしていることなのです。あなた自身も、知らず知らずのうちにランクが高い立場となってダブルシグナルを発しているかもしれません。
もし不幸にもあなた自身が高ランクの立場として、ランクの低い人から感情的な反応をされたらどう反応すればよいのでしょうか?
例えば、(ランクの低い)部下から激しい突き上げに遭った場合などです。その場合、自分の状況を説明しようとするのではなく、感情的になっている部下を「理解しよう」とする姿勢が重要です。
「私の発言が、あなたを見下しているように感じさせてしまったのでしょうか?」「あなたの気分を害すような言い方をしてしまったでしょうか?」
当事者同士で解決できればそれに越したことはありませんが、それが難しい場合は、第三者にファシリテーターとして介入してもらうのもひとつの方法でしょう。
その際は、ファシリテーションを学んでいる方がいれば最適任ですし、いない場合は、人の話を根気よく聞くことのできる「傾聴力」が高い人に依頼するとよいでしょう。
「あの人はすぐに感情的になる」「あの人はちっともこちらの話に耳を傾けてくれない」とお互いがいがみ合っているのは不幸です。相手によって自分のランクが高くなることもあれば低くなることもある、という認識を常に頭の片隅に置いて、相手を理解しようとする姿勢を忘れずにいたいものですね。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。株式会社「旅工房」社外取締役、株式会社「LIFULL」社外取締役、「LiNKX」株式会社非常勤監査役、株式会社博報堂DYホールディングス フェローも兼任。新著に『1000人のエリートを育てた爆伸びマネジメント』がある。