中国共産党第20回党大会閉幕の翌10月23日、新体制のお披露目記者会見に姿を現した習近平総書記。
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10月中旬に開かれた中国共産党第20回党大会では習近平総書記の3期目入りが決まり、習一強体制がスタートした。
メディアが予測した「党主席制の復活」「習思想」など個人崇拝の強化を示す文言は党規約には入らず、国家発展戦略も鄧小平氏の改革開放路線の延長線上にあり、習氏は鄧氏を超えなかった。
中国政治を権力闘争の角度のみから観ると判断を誤る。
胡錦涛氏「病状悪化」に説得力
党大会で最も注目されたのは、閉幕式で胡錦涛前総書記が途中退場したシーンだろう。
胡錦濤氏の閉幕式途中退場前後に撮影された動画。英BBC報道(10月22日付)より。
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胡氏はパーキンソン病と認知症が進行しているとされ、国営新華社通信はツイッター(英語版)に投稿して「体調が優れなかった」と説明した。
閉幕式で撮影された動画では、習氏が嫌がる胡氏を無理やり退場させたように見えたことから、胡氏の出身母体「共産主義青年団」出身幹部への冷遇人事に不満を抱いた胡氏が「習近平独裁への抗議の意思を表示」し、習氏が「反対派への見せしめとして退場させた」とする識者の憶測が広まった。
また一連の動画では、胡氏は挙手採決の直前に手元の赤いファイルに手を伸ばし、隣に座る栗戦書・全国人民代表大会常務委員長がそれを制して取り上げると、さらに習氏のファイルにも手を伸ばしているように見える。その様子から、胡氏はファイルに入っていた人事情報を見ようとしたとの見方も流布している。
しかし胡氏は、退場前に中央委員名簿を見た上で投票を済ませていることが確認されており、上記のような「読み」の根拠は薄弱だ。
いずれも主観的な期待に基づく心象風景を習、胡両氏に投影した物語と言うべきだろう。また、そうした見方は、いわゆる密室政治を権力闘争の視点から観測する伝統的な分析方法でもある。
退場前の胡氏の表情や挙動から判断して、体調不良が原因との見方に説得力があると、筆者は考える。
党規約で何が変化したか
日本の新聞やテレビの報道では、「習氏に権力集中、加速」「異質な価値観、終身支配も」など、習氏の独裁権力をデフォルメした見出しが並んだ。
ここで、習氏は中国共産党ひいては国家の運営において何を目指しているのか、党の憲法である「党規約」の改定内容から考えてみたい。
現在の党規約は、1982年の第12回党大会で決まった内容がベースになっている。毛沢東個人崇拝下で進められた文化大革命を否定し、鄧小平氏による改革開放路線の正統性を強調したのが最大の特徴だ。
その後、党のトップは胡耀邦氏から趙紫陽、江沢民、胡錦涛各氏へとバトンが渡ったものの、1982年に決まった党規約の基本路線に変更はなく、各時代に特徴的な運営政策・方針が盛り込まれていった。
今回の大会に特徴的な政策としては、「中国式現代化」を強調し、今世紀半ば(2049年)を区切りとした「社会主義現代化大国」と「中華民族の偉大な復興」という長期戦略を打ち出したことが挙げられる。
また、今の中国社会が直面する「主要矛盾」については、従来の「人民の日増しに増大する物質・文化面の必要と、立ち遅れた社会的生産との間の矛盾」という記述が「より良い生活への要求の高まりと、不均衡な発展の矛盾」に変化した点も挙げたい。
貧困から脱皮し「小康社会(いくらかゆとりのある社会)」が実現しつつある中、単に経済成長を追い求めるだけでなく「より良い生活への要求」という質の高い目標を設定し、格差解消にも目配りした。
さらに、格差是正を目指す「共同富裕(ともに豊かになる)」が盛り込まれ、経済発展方式では国内循環と国際循環をリンクさせる「双循環」も書き込まれた。激化する米中対立の長期化を見据え、グローバル経済の「米中分断」に備えた新発展方式だ。
「一帯一路」「人類運命共同体」「強力な軍隊建設」も明記された。あらゆる領域で「安全」が強調されているが、安定を揺るがす内外環境への危機意識の反映だろう。
冒頭で触れた「党主席制の復活」や「個人崇拝禁止の削除」は盛り込まれず、「習近平思想」や「人民領袖」などを打ち出して「習独裁」が強化されることもなく、メディアの予想はいずれも外れた。
習氏への権力集中については、習氏の「党の核心」としての地位と、習氏を柱とする党中央の権威を守る「二つの擁護」が規約に明記された。その一方、習氏への忠誠を求める性格が強い「二つの確立」は見送られた。
「老人パワーの勝利」ではない
「習独裁」が実現しなかった理由を、胡錦涛氏を含めた長老による「老人パワーの勝利」とみる分析もあるが、事前の見通しが外れたことへの弁解ではないか。
実際は、中国共産党が世論動向を探るため、微信(ウェイボー)などを通じてアドバルーン(観測気球)を上げ、国内世論の反応を見ながら、落としどころを探った結果だと筆者は考える。
党内外に習体制強化を疑問視する声は当然あるにしても、それが「反」習グループとして組織化される可能性は皆無に近い。
建国以来の政策変化を大掴みにしてみれば、今回の党規約は1982年以来の改革開放路線を継承したとみていい。
習氏の権力は人事を含め格段に強化されたが、習時代に打ち出された一連の方針は、改革開放路線の延長線上に位置づけられるものが多く、鄧小平氏を「超えた」とはまだ言えない。
そのことを人事からみるとどうか。
最高指導部を構成する党政治局常務委員7名のうち、習氏以外の顔触れは次の通りだ。
習氏に続くナンバー2、次期首相候補の李強・上海市党委員会書記(63)は、習氏の浙江省トップ時代の秘書長。
趙楽際・党中央規律検査委員会書記(65)、蔡奇・北京市党委員会書記(66)、李希・広東省党委員会書記(66)、丁薛祥・党中央弁公庁主任(60)はいずれも習氏の腹心だ。
江沢民氏以来三代の総書記に仕え、「三代帝師」と呼ばれる王滬寧・党中央書記局書記(67)を除く上記の5人は習派で占められた。
現首相の李克強氏、汪洋・人民政治協商会議主席ら、かつて強い影響力を誇った「共産主義青年団」出身で、習氏と一定の距離をとってきた常務委員の引退が決まった。
指導部を構成する24人の政治局員も約7割が習派で固められた。王毅外相(69)が政治局員に昇格し外交トップになる。
これらの人事の特徴は次の3点にまとめられる。
- 有力後継者が不在
- 腹心中心だが(常務委員による)集団指導制は形式上残った
- 68歳定年を意味する「七上八下」の慣行は破られたが、人事基準として残る
習氏がさらに4期目を目指すかどうかは、自身の健康と高齢との闘いになるだろう。
権力は必ず腐敗する。中国式の民主の内容を初めて詳述した「中国の民主」白書(中国政府が2021年12月に発表)は「国家指導者は正しく交代」と書き、終身制を否定しているのだが。
日本の中国観を映す「鏡」としての報道
中国に関する報道を振り返るたびに、我々自身の中国観があぶり出されることに気付かされる。
ある記事は「異質な価値観で『社会主義強国』へと突き進む習氏に、日米欧など国際社会はさらに長期的な対峙を迫られる」と書いた。
中国政治を「異質」とみなし、日米欧を意味する「国際社会」と対立させる視点から分析する報道がいかに多いか。中国批判の縮図のような記事であり、世界秩序の矛盾を「民主」対「専制」からみる二元論でもある。
明治維新以降の日本人の中国観は、日本や西洋の国家モデルを中国やアジアの政治・社会に投影し、国民国家の基準から対比・判断してきた傾向が強い。
文学者・思想家の魯迅の研究で知られる竹内好は、「近代化の過程は日本型が唯一のモデルではなく多様」と見抜いた。
習氏はよく「中華民族共同体意識」という言葉を使う。その目的は統一国家を維持することにある。分裂の契機が常にある中国にとって、統一国家の維持は至上命題であり、共産党の一党独裁の正統性もそこから説明できる。
皇帝をトップにした伝統的な「中華帝国」は、多民族、多言語、多宗教など多元文化を共存させてきた。異質な文化の共存には「一強」の皇帝がいないと安定しない。
清朝を倒し中華民国を建国した孫文は、単一の国民意識(ナショナリズム)によって国民を束ねる国民国家の形成を目指したが、伝統的秩序との衝突・矛盾に苦しんだ。
それに対し中国共産党は、皇帝型秩序と親和性がある、権力集中型のマルクス・レーニン主義を内在化することによって、中華の伝統秩序と国民国家の衝突の「出口」を見出そうとしたというのが筆者の解釈だ。
一党独裁の中国をこの(伝統秩序、国民国家、マルクス・レーニン主義という)「三層」から観察すれば、統一国家維持という至上命題のため「習一強」や、「中華民族共同体意識」というイデオロギー強化の意味は理解できる。
西欧の国民国家の論理から生み出された「民主」というイデオロギーだけから、中国政治・社会を切り取ると本質を見誤る。
(文・岡田充)
岡田充(おかだ・たかし):1972年共同通信社に入社。香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て、2008年から22年まで共同通信客員論説委員。著書に『中国と台湾対立と共存の両岸関係』『米中新冷戦の落とし穴』など。「21世紀中国総研」で『海峡両岸論』を連載中。