3万3000人のフォロワーに「トラッド・ワイフ」としての自身の暮らしを紹介するエスティ・C・ウィリアムズさん。
TikTok
- TikTokで「トラッド・ワイフ」たちが伝統的価値への回帰を促している。「トラッド・ワイフ」は「トラディショナル・ワイフ(伝統的な妻)」を略した言葉だ。
- こうした女性たちの多くは1950年代の価値観または聖書に書かれているイデオロギー、もしくはその両方を信奉している。
- 多くの女性が仕事と家庭生活のバランスに悩む中、アメリカでは「トラッド・ワイフ」がトレンドになっている。
夫のコナーさんとアメリカのバージニア州に住んでいるエスティ・C・ウィリアムズさん(24)は、自分なりに家事を楽しくする方法をいくつか持っている。2022年6月に「Forever romanticizing my life #housewife #tradwife」というキャプションを付けてTikTokに投稿した動画で、ウィリアムズさんは専業主婦としての暮らしをもっと楽しくするために自身がやっているちょっとした工夫 —— 毎日メイクをする、音楽を聴きながら掃除をする、かわいい服を着る、照明の代わりにキャンドルをつけてお風呂に入るなど —— をシェアした。
ウィリアムズさんは自らを「トラッド・ワイフ」と呼んでいる。TikTokの動画でも説明しているように、ウィリアムズさんはトラッド・ワイフを「より伝統的な暮らしと超伝統的な性別役割分担を選んだ女性」と定義している。こうしたライフスタイルは、1950年代に一般的だった家庭モデル —— 夫が外に働きに出て、妻は家事をやるために家にとどまる —— への回帰だ。ウィリアムズさんは、トラッド・ワイフは女性の働く権利を奪おうとするものではないが、妻の役目は専業主婦になることだと信じている女性ひとりひとりの選択だと話している。
「わたしがこのライフスタイルを選んだのは、女性が自分たちのルーツからあまりに遠くへ流されていると考えているからです」とウィリアムズさんはInsiderに語った。
「わたしにとって、ハッスルカルチャー(仕事至上主義)は魅力的ではありませんでした。妻になり、母になり、家族のために美味しい食事を作って、温かい家庭、居心地の良い家を維持することの方がわたしにとっては魅力的なんです」
アメリカの女性たちの間で「トラッド・ワイフ」のコンテンツが人気となっている背景には、ウィリアムズさんのように自らが選択したライフスタイルとそれをソーシャルメディアで見せたいと望む強い気持ちがある。自分たちの暮らしを穏やかで見た目にも魅力的な、報酬を伴う仕事に縛られないものとして描くことで、トラッド・ワイフたちは自らをハッスルカルチャーやバーンアウト(燃え尽き)の反対の存在に位置づけ、女性の働き過ぎに対する解決策として伝統的な性別役割分担への回帰を提案している。ハッシュタグ「#tradwife」は9600万回以上視聴されていて、数千人の利用者が自身のユーザーネームにこの言葉を取り入れている。
「多くの女性にとって働くことは良いことですが、(家の外で働くことは)母親たちのバーンアウトの原因でもあると思っています」とウィリアムズさんは話している。
「このライフスタイルが与えてくれる満足感を紹介するために、わたしはこのライフスタイルを推し進めることにしたんです」
ただ、トラッド・ワイフというトレンドは「彼女たちは昔はそうだったと言うものの、実は存在しないアメリカを懐かしんだり、美化すること」を促しているとの批判もある。トレンドを批判する人たちは、現代のトラッド・ワイフたちに1950年代の既婚女性に実際はどうだったのか話を聞いてみるようアドバイスしている。
怒りと不満が二極化を後押し
統計上、男性よりも女性の方がバーンアウトしやすいことが分かっている。これは主に報酬を伴う仕事に加えて、女性は無給の家事も担っているからだ。この格差は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックでさらに明確になった。2020年9月にアメリカで仕事を辞めた人の数は、男性が20万人ちょっとだった一方で女性は86万人だった。専門家は当時、その理由を育児や子どもの自宅学習、家族の世話をするために仕事を辞めた女性が多かったからだと指摘していた。
こうしたことから、女性の"働き過ぎ"に対するウィリアムズさんの見方には真実が含まれている。研究によると、家庭の外と中で二重の負担を負うことが働く女性の全般的なメンタルヘルスを悪化させる一因となっている。
ウィリアムズさんは外で働く女性に反対はしていないと話す一方で、トラッド・ワイフの中には女性が妻や母親としての役割に背を向けているのはフェミニズムのせいだと考える人たちもいる。トラッド・ワイフのトレンドをこの1年追跡してきた分析会社Brandwatchのデータアナリスト兼リサーチャーのデボラ・エティエンヌ(Deborah Etienne)氏は、「多くのトラッド・ワイフはフェミニズムが全てを破壊したと主張し、これを拒否しています」と話している。
ウィットマン・カレッジの社会学者ミシェル・ヤニング(Michelle Janning)氏によると、トラッド・ワイフのコンテンツはアメリカの政治的二極化に大きく影響されているという。
「若者が大人になり、怒りと不満に満ちたこの異常な状況の中で自分が何者か見極めようとする一方で、振り子が行ったり来たりして、政治的見解の違いが大きくなっているのが見て取れます」
ヤニング氏は、コロナ禍で社会が経験した集団的統制の喪失が一部の女性を家庭の中に押し戻したのではないかと考えている。
パンデミック時に社会が経験した集団的統制の喪失が、一部の女性を家庭内に押し戻したのではないかと考えている。「社会学者としてわたしが言いたいのは、人は集団としてこの世の中には自分の力でどうにかできるものはあまりないと感じると、身近なもの、具体的なものにすがりつこうとします。その方が安心できるからかもしれません」とヤニング氏はInsiderに語った。つまり、家の外で働くことが女性にとってあまりにきついなら、一部の人々にとっては女性が家の中だけで働いていた時代に戻ることが解決策に思えるということだ。
ただ、トラッド・ワイフの流行を1つの原因に結び付けるべきではないとヤニング氏は話している。トラッド・ワイフの中には、古風な価値観を推し進めたくてコンテンツを作る人もいれば、コンテンツを作ることで白人至上主義や保守的な考えを根付かせようとしている人もいる(ちなみに今回の取材で連絡を取ったあるトラッド・ワイフは「わたしたちがこのライフスタイルを選んだのは、それが神の命じることだからです。あなたが悔い改めて、イエス・キリストが永遠に主であると信じるよう祈ります。アーメン」と言っていた)。
これが地域社会にある種の亀裂を生んでいる。ハンドルネーム「@thereservedwife」でインスタグラムやTikTokに投稿しているマディソン・ダストラップさんは、最近まで自身をトラッド・ワイフだとしていた。ところが9月に入って、もうこの言葉とは自分を関連付けないとTikTokで説明した。
「今でも自分は古風な人間だと思っているし、伝統的な価値観を持っていますが、トラッド・ワイフのコミュニティとは関わっていません。どんなものでも、過激派はインターネットの隅々にまでいるものです」とダストラップさんは語った。
「トラッド・ワイフのコミュニティにいる過激派がこうしたムーブメントの全てを乗っ取り始めました」
ダストラップさんはこうした集団が白人至上主義や夫婦間のレイプ、「わたしが全くもって納得できないこと」を容認していると話している。
「働く」とは?
多くの人にとって、話題になるコンテンツを作ってソーシャルメディアのビューを稼ぐことは、きちんとした仕事だ。だからこそ、TikTokは「家庭の外で働くこと」にはならないのかという疑問につながる。おかげで「アンチワーク(働かない)」のトラッド・ワイフの立場は複雑だ。コンテンツを作ることは仕事のようなものだし、実際いいお金にもなるからだ。
「ソーシャルメディアの影響力はキャリアの1つです」とヤニング氏は言う。
「製品を売っているわけではないかもしれませんが、自分の一部を売っていて、彼女たちの夫はスポンサー契約を得ることになります。矛盾していますよね。彼女たちの仕事は、自分たちは仕事をしていないと人々に伝えることなんですから」
エティエンヌ氏は、こうしたやりとりは数カ月に一度オンラインで起きているものの、それはトラッド・ワイフについてメディアが報じ、大衆が信じているよりもはるかに小規模なものだと認識しておくことが重要だと話している。
「こうした特殊なやりとりの中での議論や言説は非常に偏っていますが、ネットの世界ではとても小さなものであることを忘れてはいけません」
それでもトラッド・ワイフとのやりとりは、2022年の女性にとって最も重要な問題 —— バーンアウト、家事、育児、伝統的な女らしさなど —— の核心を突いている。だからこそ、トラッド・ワイフとフェミニストのやりとりがタイムラインに定期的に戻ってくるのだろう。
母親や専業主婦といった女性の役割を決めるのは、女性の社会化だとヤニング氏は指摘する。
「わたしたちは皆、ジェンダーシステムに巻き込まれています。本当はそうでないのに、女性にこれはあなたの選択だと伝えるシステムです。わたしたちが思っているより、選択の余地はないのです」
(翻訳、編集:山口佳美)