アップルも今月6日、鄭州工場の生産力低下によって出荷台数が減少する見通しを発表した。
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日本では新型コロナウイルスの流行「第8波」入りが取りざたされているが、ゼロコロナ政策を続ける中国でも、今月に入って感染者が急増し、今春の上海ロックダウン時以来の高水準で推移している。
世界で生産されるiPhoneの半分近くの組み立てを受託する鴻海精密工業(フォックスコン)の鄭州工場は、沿岸部の都市より2週間ほど早い10月中旬から感染が拡大しマネジメントが混乱。鴻海、アップルの10~12月決算への影響は回避できない情勢だ。
「iPhone工場で2万人感染」SNSで拡散
中国では10月に入って内モンゴル自治区や新疆ウイグル自治区など国境付近で感染が拡大、ゼロコロナ政策でも封じ込められず、11月は広州市や重慶市など大都市でも毎日4ケタの感染者が確認されるようになった。10月31日には上海ディズニーリゾートが臨時封鎖され、現時点で2~3億人が行動制限を受けている。
中国のゼロコロナ政策は政治と経済の中心地である北京、上海にウイルスを流入させないことに重点が置かれているため、それ以外の地域の状況はあまり全国ニュースにならない。ミャンマーなど東南アジア複数国と国境を接する雲南省には、1年の半分以上封鎖され人口の半分が流出したエリアもある。
内陸部である河南省鄭州市にある鴻海の工場の混乱も、10月下旬に「工場内で2万人が感染した」というデマがSNSで流れたことで、突然水面に浮上した。
鴻海はデマを否定し「操業は通常通り」と説明したが、その直後から鴻海の従業員と見られる大勢の労働者が工場周辺に現れ、「脱走か」と騒然となった。
彼らは感染を恐れたり、あるいは封鎖生活に耐えられなくなり、離職して徒歩で半日~1日かけて自宅に戻ろうとしていたのだ。住民たちが路上で食べ物や飲料を提供する様子がSNSで拡散すると、鴻海や地元政府への批判が高まり、内部で起こっていることも徐々に明らかになった。
会社や元従業員の説明によると、工場は感染者が出始めた10月13日にバブル方式を導入し、従業員に寮、ホテルなど決められた場所と工場以外への立ち寄りを禁止した。その後、建物ごとにPCR検査場が設置され、食堂も閉鎖された。従業員は食事のたびに自室に戻って1人で弁当を食べることとなり、不安やストレスからさまざまなデマが飛び交うようになったという。
20万人がiPhone生産に従事、河南省の経済支える鄭州工場
鴻海は河南省の経済安定に多大な貢献をしている。写真は2010年、鴻海の鄭州工場の面接に訪れた求職者。
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工場の状況が明らかになると、従業員の待遇改善を求める世論が高まり、会社は離職する従業員が故郷に戻れるようバスを出したり、工場で仕事を続ける従業員のボーナスを大幅に引き上げた。
10月30日に鴻海トップの劉揚偉董事長が事態収拾の指揮をとると表明し、「従業員の保護を第一の原則とする」と発表した。また、河南省長の王凱氏も11月1日に鄭州入りし、感染対策と従業員保護の両立に全力を挙げる姿勢を協調した。
鴻海と地方政府は難局に立たされている。鴻海の工場はバブル方式で感染を食い止めているが、市内は感染者が増え2日から工場のあるエリアがロックダウンした。ゼロコロナ政策は継続しており、感染を封じ込めることが最優先だ。
一方で、iPhoneはこれから需要のピークを迎える。中国最大のネットセールである「独身の日セール」は11月11日に終了したが、息つく間もなくブラックフライデー、クリスマス商戦がやってくる。鴻海の鄭州工場は9月の新機種発表とその後の需要拡大に合わせ、毎年8月ごろから従業員募集を始め、最盛期には30万人以上が働く。10月時点でも工場で働く労働者は20万人に達していた。
従業員の多くは河南省各地から集まった出稼ぎ労働者で、鴻海の鄭州工場は雇用のみならず省の税収や輸出指標にも多大な貢献をしている。従業員の離脱と生産力の低下は鴻海、河南省双方に大きな痛手となる。
かと言って習近平政権が「共同富裕」を打ち出し、行き過ぎた資本主義の是正に動いているご時世では、離職して故郷に帰りたい従業員を引き留めることはできず、むしろ手厚い支援を求められる。大勢の従業員が離職して移動すると、感染対策上の脅威にもなる。
政府は「ゼロコロナ」「生産の正常化」の両立という難しいかじ取りを迫られている。
インドへの生産移転加速
頭を痛めているのは、アップルも同じだ。
同社は6日、「(鄭州工場は)現在、能力を大幅に削減して稼働している」「顧客は新商品を受け取るまでの待ち時間が長くなる」と声明を出し、iPhone 14とiPhone 14 Pro Maxの出荷台数が、想定を下回るとの声明を発表した。ロイター通信は11月のiPhone生産が当初計画より3割減少する可能性を報じた。
翌7日に2022年7~9月決算を発表した鴻海は、10月の売上高が前年同月比40.97%増加し、10月として過去最高を記録したと公表したが、10~12月については鄭州工場の麻痺を理由に見通しを「下方修正する」と明らかにした。
鴻海は11月下旬をめどに鄭州工場の生産を完全回復することを目標に掲げ、従業員を新規募集しつつ、10月10日から11月5日に離職した元従業員が職場復帰する際には、500元(約1万円)のボーナスを支給する。
出勤を続ける従業員には1日あたり400元(約8000円)の出勤手当を支給、11月にフル出勤した場合給料以外に受け取れる手当は1万5000元(約30万円)に達し、コスト度外視で人をかき集めようとしている。周辺集落にも労働者の派遣を求め、深セン工場では代替生産に向けて人材募集を始めた。
中国リスクが高まる中、インドへの生産移転も加速させる。鴻海は2019年にインド工場を開設しiPhoneの生産能力を引き上げてきたが、今月11日には鴻海が今後2年でインドのiPhone工場の作業員を現在の4倍である7万人に増やす計画だと報じられた。
今回の感染拡大局面では、ゼロコロナ政策の継続についてどちらとも取れる動きが目立つ。当局の幹部が「ゼロコロナの方針に変わりはない」と強調する一方で、濃厚接触者の隔離期間は最近2日間短縮された。上海ロックダウンの二の舞のようなことは何としても避けたいはずだが、「ここまではやらないだろう」という強硬策を打ってくるのが最近の中国でもある。北京や上海はこれから感染が一層拡大することが予想され、週内には大きな方針が見えるのではないだろうか。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。