アニメーションと女性ファンの“推し活”文化、変革の20年を振り返る

中山さんと渡辺さん

写真左からエンタメ社会学者の中山淳雄さん、アニメ文化ジャーナリストの渡辺由美子さん。

撮影:小林優多郎

業界のビジネスに大きなパラダイムシフトを起こした『鬼滅の刃』を始め、アニメーションやゲームの世界では、数々の名作が生まれてきました。

こうしたコンテンツの中から「推し」という存在を見つけ、日常の支えとしている人もいます。日本ではファンが「推し」を応援し、その良さを布教していく「推し活」文化が根付いています。

ファンのパフォーマンスの高さが日本のエンタメ産業の強みだと指摘するエンタメ社会学者の中山淳雄さんとアニメ作品と女性ファンへの造詣が深いアニメ文化ジャーナリストの渡辺由美子さんに「推し活」文化がどのように変化してきたのかを伺いました。

11月7日に配信したBeyondの全編は、YouTubeで視聴可能です。

撮影:Business Insider Japan

アニメのパラダイムシフトを起こした『鬼滅の刃』

──中山さんは以前、『鬼滅の刃』でアニメ流通のパラダイムシフトが起きたと指摘されました。まずはそのことを改めて説明いただけますか。

中山淳雄さん(以下、中山):『鬼滅の刃』はインフラが革新的で全国21局に加え、14もの配信プラットフォームで無料配信されました。

その結果、多くの方が『鬼滅の刃』を見ることができ、話題を継続しながらファンを広げていきました。

──加えて、デジタルゲームの世界では「Fate/Grand Order」や「ウマ娘」等を例に「運営型」のコンテンツが始まったことや「推し活」が日本の文化の象徴であると指摘されていました。

中山:はい。デジタルゲームにおいては、ソフトを購入したら完結する「買い切り型」から、ユーザーと対話し、新しいシナリオやキャラクターを適期的に供給し、運営し続ける「運営型」にシフトしつつあります。

また、「推し活」によって、最近はユーザー同士でコミュニティをつくりながら、キャラクターをどう成長させるかを考えていると思います。

マイナーなキャラクターほど、むしろ自分たちの力でファンクラブを盛り上げていくという喜びもあったります。

海外で大きく伸び、市場も急成長

──「鬼滅の刃」のパラダイムシフトを始め、日本のアニメ業界ではこれまでどのようなことが起きていたのでしょうか。

中山:2つの資料を用意しています。まずはアニメ制作市場のトレンドを追ったグラフです。

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アニメ制作市場のトレンド。

画像:番組よりキャプチャ

中山:子ども向け、玩具アニメ、委員会と日本のアニメーションは15年単位でトレンドが遷移してきました。

特徴的なのは2007年辺り。一度数値が落ちていることです。 制作本数も280本から200本未満まで落ちました。

しかし、ここから海外向けが大きく伸びた時代でもあり、市場も急成長をしていきます。

アニメ消費市場のトレンド

アニメ消費市場のトレンド。

画像:番組よりキャプチャ

──アニメの立ち位置が変わるに連れて、市場も動くということですね。もう一つの資料、アニメの消費市場のトレンドを記したグラフを見ると、確かに海外収益の伸びが目立ちます。

中山:2020年に海外の売り上げが国内の収益を抜きましたね。

──海外のテレビ局や配信サイトでアニメを流した際に発生した権利料が収益につながるのでしょうか。

中山:そうですね。細かく言うと、2014〜2017年は配信権料がメインでした。

徐々にオールライツで商品化するものも出始めたため、2018〜2022年頃になると商品化部分の戻りも大きくなっています。海外でもインフラが整いつつあると見ています。

──エンタメ業界全体で見ると、このアニメ市場はどの程度の規模になりますか?

中山:12兆円が日本のエンタメコンテンツ全体の規模です。

その中で音楽やドラマ、書籍など全て足し合わせた海外展開の規模が1500億円の中、アニメのみの海外展開で1兆円規模です。

家庭用ゲーム機もソフト・ハードで1〜2兆円規模のため、この2大コンテンツがかなり稼いでいるということになります。

──特に伸びている国はあるのでしょうか。

中山:「Crunchyroll(クランチロール)」のある北米や、「bilibili(ビリビリ)」リリース以降の中国などインフラが整っている地域が多くの割合を占めています。

女性向けのアニメはどのように進化していったか

──ここからは、2000年以降を中心の女性ファンの“推し活”とアニメの歴史を渡辺さんに解説いただきます。

プラットフォームの普及

2000〜2005年 プラットフォーム の普及。(※編集注:画像は2000〜2004年表記ですが、正しくは2000〜2005年となります)。

画像:番組よりキャプチャ

渡辺由美子さん(以下、渡辺):90年代後半までは(DVDを気軽に楽しめる)インフラが整っていなかったのですが、2000年に「PlayStation 2(以下、PS2)」が登場したことで革命が起きました。

──PS2のどのような点がよかったのでしょうか。

渡辺:PS2でDVDが手軽に見られるようになったことが大きいです。PS2はハードの普及率が高く、女性でも持っている方が多かったと思います。

(アニメーション作品の)運営側も、女性をターゲットとした作品のDVDを出し始めた頃です。

特に購入の3割が女性と言われる『ガンダムSEED』や、リアルイベント参加者の6割以上が女性だった『鋼の錬金術師』は目立っていました。

他には、攻略対象が男性キャラという完全に女性向けの『ときめきメモリアル Girl's Side』の登場や『B's-LOG』(2002年)などの女性向けゲーム・アニメ専門誌の創刊もエポックメイキングでした。

──2006年以降、また動きがあったようですね。

 「女性向け○○」の普及

2006〜2010年 「女性向け○○」の普及。

画像:番組よりキャプチャ

渡辺:乙女ゲームというジャンルが形成され、2.5次元ミュージカル、男性声優のライブが生まれるなど、大きく動く時代ですね。

──「2.5次元」という言葉、最近よく耳にしますが、どのように捉えればよいでしょうか。

渡辺:2次元はキャラクターで3次元は実在の人物ですが、2.5次元はキャラクターを演じる実在の人物と言われています。

この時代に、2003年から始まっていた『テニスの王子様ミュージカル』がシリーズ化されました。

──この頃の「乙女ゲーム」ではどのような動きがありましたか。

渡辺:乙女ゲームのプロモーションで男性声優が登壇するようになり、それ目当てで通うファンが生まれました。そして、男性声優もユニット化しようという流れも出ています。

中山:この時代はアニメーション市場の勢いが落ちた時期なので、それも大きかったのかもしれません。男性向けを出しすぎてインフレを起こし、初めて女性向けへもシフトした感じもしますよね。

──2010年代に入ると、また動きがありました。ファンは自分の「部屋」から外に出て「現場」へ向かうようになると。

アイドル・2.5次元舞台の普及

2011〜2015年 アイドル・2.5次元舞台の普及。

画像:番組よりキャプチャ

渡辺:特に2011年は大きな年でした。まずは『うたの☆プリンスさまっ♪』の放映です。

オープニング『マジLOVE1000%』で男性アイドルのダンスをさせたことが非常に大きかったです。

しかも、本当のコンサートのようにアイドルが踊り、女性の歓声も入るんですよね。

中山:自分もそのコンサート会場にいるファンのように投影できるということですよね。

渡辺:その通りです。他には、地上波でCMを初めて流した『弱虫ペダル』などの影響もあり、2.5次元の舞台にライト層の女性が来るようにもなりました。

──何が起きたのでしょうか。

渡辺:『魔法少女まどか☆マギカ』『TIGER & BUNNY』など、ビッグタイトルが続き、これまでアニメを見ていなかった層が見るようになったと考えています。

盛り上がった背景には、ツイッターが普及し視聴者同士で実況ができるようになったこともあったと思います。

同時に、クリエイターやプロデューサーが消費者が何を求めているかリサーチしやすくなった時代でした。

──そして、2016〜2022年には「周回できる現場」の普及がされると。

周回できる現場

2016〜2022年 「周回できる現場」の普及。

画像:番組よりキャプチャ

渡辺:はい。ライブや2.5次元舞台は1年に数回の頻度だったと思いますが、この機会が増えました。

映画館での応援上映も定着して、「同じ映画に何回も通う」という発想が生まれました。

それから企業イベントが増えました。「ジャンプフェスタ」や「アニメイトガールズフェスティバル」が代表例です。

こうしたイベントでは、作品展示、声優トークイベント、そして物販を開催します。企業としては、物販でマネタイズをする狙いもあります。

ですが重要なのは、ファンに缶バッジなどの作品グッズを身につけてもらうことで、過去作品であっても忘れないでいてもらうという狙いがあります。

これも作品を継続させるという「運営型」と同じ考え方に行き着いていると思います。

性差や世代を超えて愛されるコンテンツが生まれる時代へ

──この先、アニメーションのファンと作品の関係性は、どう変化していくと思いますか。

渡辺:これからは「男性向け」「女性向け」という言い方そのものが変化していくと思っています。

最近は男性アイドルのファンに女性だけではなく男性もいるなど、割とクロスしていますよね。

──ファンの性差がなくなってきているということですよね。

渡辺:「女性向け」という言い方は残るかもしれないですが、女性向けだから男性はダメといった声は少なくなると思います。

中山: 元々アニメは男性向けセクシャリティを包含しながら作られてきました。作品によっては女性が手に取りにくいと感じる内容が入ることがあったと思います。

しかし、例えばボーカロイド界隈においては、アプリゲーム「プロジェクトセカイ(プロセカ)」が2020年秋で成功してから再び盛り上がってきてますが、この作品からも私はジェンダーの変化を感じています。それまでのアイドル系コンテンツと大きく違うんですよね。

──どのように違うのでしょうか。

中山:男性8割、女性2割のようなコンテンツが多かったですが、プロセカは半々くらいでしょうか。

プロセカ以降、同じような男女比の作品が増えた気がしています。このようなことからも、今後は、性差にとらわれない作品が主流になっていくと思います。

渡辺:あわせて、世代(年齢差)もあまり意味をなさないと感じています。年齢差よりも何が好きかによってクラスターが分かれますよね。

ジェンターや世代を超えて愛されるコンテンツが、今後もますます出てくると思いますね。

(聞き手・吉川慧、構成・文:紅野一鶴


Beyond 24

2022年11月24日(木)19時からは、日本科学振興協会(JAAS) 代表理事の北原秀治さんをゲストに迎え「日本の科学、再生への道のりは?」をお送りします。

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