2022年末で“法人向け”遠隔医療サービス「アマゾン・ケア(Amazon Care)」の撤退を表明したアマゾンが、間髪いれずに“個人向け”遠隔医療サービスを開始した。
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アマゾン(Amazon)は大量解雇に着手するなど経営環境の変化への対応に追われる中、アレルギーや脱け毛などの一般的な症状に対処するバーチャル医療サービス「アマゾン・クリニック(Amazon Clinic)」をローンチさせると発表した。当初は全米32州でサービスを展開する。
ユーザーはサービスサイトでヘルスケアプロバイダーを選んでメッセージを送り、対応するプロバイダーは「治療計画」を作成・提供する。処方せんが必要な場合は、オンライン薬局「アマゾン・ファーマシー(Amazon Pharmacy)経由で患者の自宅に郵送する。
Insiderが過去記事で報じたように、開発段階ではコードネーム「カタラ(Katara)」の名で呼ばれていた。
ヘルスケア業界の「ディスラプター(破壊的創造者)」になると宣言しながら、ここ数年は失敗と挫折を繰り返してきたアマゾンが、プライマリ・ケア(初期診療)という限定された分野から巻き返しを図る一手と言えるだろう。
アマゾン・クリニックは、法人会員向けオンライン医療サービス「アマゾン・ケア(Amazon Care)」の年末終了を発表してからわずか数カ月でのローンチとなったが、両者のアプローチはまったく異なる。
仲介者(アマゾン・ケアの場合は雇用主)を通じて必要とする人を探すサービスではなく、オンラインで料金を支払った人に医療サービスを提供する「ダイレクト・ツー・コンシューマー(D2C)」のビジネスモデルを採用したのがアマゾン・クリニックだ。
アマゾンが最も得意とするのは周知のように「Eコマース」で、2021年第4四半期(10〜12月)だけでもオンラインストアの売上高は660億8000万ドル(約12兆7700億円)に達する。
ヘルスケア業界向けのニュースレター「ホスピタロジー(Hospitalogy)」の創業者、ブレイク・マッデンはInsiderのメール取材に次のように応じた。
「ヘルスケア業界には、アマゾンのような消費者ファーストの企業はほとんど存在しません。だからこそ、アマゾンはそこを狙っているのです。近い将来、低価格で医療サービスを提供するアマゾン・クリニックがプライムの会員特典に組み込まれるのは自然な流れだと思います」
「アマゾン・ケア」挫折の教訓
この年末で終了するアマゾン・ケアは、法人会員獲得の勢いに弾みをつけ、展開エリアなど「完全なサービス」に持っていくまでに悪戦苦闘した。
同社のヘルスケア事業を率いるシニアバイスプレジデントのニール・リンゼイはアマゾン・ケア撤退の理由について、資金投下を正当化できるだけの十分な大企業顧客を獲得できなかったと、従業員向けのメールで明らかにしている。
一方、アマゾン・クリニックは同社が最も得意とする分野で戦えば、とりわけプライム会員の興味関心を獲得できれば、今度こそ成功の可能性がある。
そしてその場合、薄毛や勃起不全(ED)など男性の悩みに応える治療プランや処方せんをオンラインで提供するヒムズ・アンド・ハーズ(Hims & Hers)やロー(Ro)のようなD2Cスタートアップとの競合が予想される。
アマゾン・クリニックは、上記のヒムズやロー、あるいは慢性疾患を対象とする同じD2C型ヘルスケア企業のサーティ・マディソン(Thirty Madison)の歩んできた軌跡を忠実にトレースし、薄毛や勃起不全をはじめ、ニキビ、乗り物酔いなどそれほど深刻ではない疾患の診療からサービスをスタートさせ、カバー範囲を徐々に広げていく戦略。
そのあたりを定番の診療項目とする先行スタートアップとは、当然バッティングすることになる。
なお、アマゾン・クリニックは、法人向けのヘルスケア人材紹介を手がけるステディ・エムディ(SteadyMD)など他のヘルスケアプロバイダーと患者を結びつける仕組みを採用する。
したがって、アマゾン・ケアが苦しめられた(ただでさえオンライン医療の普及でひっ迫が深刻化する)医療従事者の確保コストを無視できる。
サービスの流れとしては、例えば、ノースカロライナ州で避妊手術を受ける場合、サイトの案内に従って問診票や写真付き身分証明書など必要書類を提出する。ユーザーはその後、ステディ・エムディあるいはヘルスタップ(HealthTap)に所属する臨床医らのオンライン診療を受けることができる。料金はそれぞれ30ドル、42ドル。
ヘルスケア分野の他事業との関連性
プレスリリースによれば、アマゾン・クリニックは「まだ」医療保険制度と連携していないものの、オンライン薬局のアマゾン・ファーマシーとはすでに接続済みで、ユーザーにとって治療代を削減できるメリットがある。
例えば、医療保険に加入していなくても、プライム会員はジェネリック医薬品なら最大80%、ブランド(先発)医薬品でも最大40%の割引価格で購入できる。
一方、アマゾンが7月中旬に39億ドル(約5300億円、合意時のレート)という巨額を投じて買収した(規制当局の承認待ち)プライマリ・ケア企業ワン・メディカル(One Medical)との連携については、現時点では不明だ。
同社は188のクリニックと80万人弱の個人会員、8500社の法人会員を抱え、その顧客基盤と医療インフラとオンライン医療とを接続する展開は、アマゾンの宿願と言っても過言ではない。
Insiderの過去記事(6月29日付)で、米銀シティグループ(Citi Group)のシニアアナリスト、ダニエル・グロスライトはこう語っている。
「次のステップは、バーチャルケアと対面診療をいかに効率的に組み合わせるかということです」
また、同記事で米投資銀行ジェフリーズ(Jefferies)のアナリスト、ブライアン・タンキルトは次のように指摘している。
「ワン・メディカルのクリニックでは、アマゾン・ファーマシー経由で患者に医薬品を届けられます。小売り事業においてアマゾンはデジタルからフィジカルへとビジネスの領域を広げましたが、ヘルスケアサービスでも今後同じことが起きると考えています」
前出の(ホスピタロジー創業者)マッデンは、アマゾン・クリニックとワン・メディカルを組み合わせた新たなサービスを提供するのも自然な流れと指摘する。
「今回のサービスローンチは、2023年あるいはそれ以降に、アマゾンがヘルスケア分野で複数のサービスを連携させたより統合的な戦略を打ち出すシグナルだと考えています」
(翻訳・編集・情報補足:川村力)