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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
YouTubeやTikTokなど短尺のコンテンツを見慣れてくると、集中力が以前ほど続かなくなってきたと感じる人も少なくないのではないでしょうか。「人類はいま、新たな情報伝達革命のさなかにいる」と喝破する入山先生が、倍速視聴によって変わるコンテンツ消費のあり方を展望します。
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長時間の集中が苦痛
こんにちは、入山章栄です。
僕も大好きな『ONE PIECE』の劇場版『ONE PIECE FILM RED』が公開になりました。僕はまだ観ていないのですが、BIJ編集部の野田さんは観ましたか?
BIJ編集部・野田
僕もまだですが、先日、友人たちとその話になりました。そのとき興味深かったのが、「映画館で観てよかった」という意見が多かったことです。
つまり、途中はちょっと退屈したけれど、最後は本当に感動した。もしこれが家で観ていたら、途中でスマホを見てしまって集中力が削がれ、結末まで観なかったに違いない。でも映画館で観たおかげで、終盤の深い感動を味わえたのだと。
僕自身も近ごろは長いコンテンツに耐えられなくなった自覚があるのですが、これって僕らの世代に特有の現象なのでしょうか?
なるほど。ちなみにBusiness Insider Japan編集部の常盤さんやライターの長山さんはどうでしょうか?
BIJ編集部・常盤
私は耐えられますよ。旧世代だからかも(笑)。でも「中だるみだな」と思うと早送りしたい衝動に駆られるし、そうすることもあるので、野田くんの言うことにも共感します。
ライター・長山
私は映画を観ていて「つまらないな」と思っても、「ここを耐えるといいことがあるかもしれない」と思って我慢する癖がついてますね。
野田さんの質問は、人間が長いコンテンツに耐えられなくなってきているのではないかということですね。
これは発達心理学か神経科学の問題でもありますよね。僕は門外漢ですから本当はちゃんと調べないといけないことですが、僕の聞きかじりの知識と経験で言うと、「そもそも人間は年齢が低いほど長いコンテンツに耐えられない」という理解なんです。
僕がアメリカの大学の学部生相手に教えていたとき、当時の指導教官(=すなわち大学教育の先輩)からアドバイスされたことがあります。
「アキエ、MBAをとりにきている大学院生と違って学部生は“キッズ”(=子ども)だから、『セサミストリート』のような授業をしないと飽きられるよ」
みんな大好き「セサミストリート」。番組は子どもたちを飽きさせない工夫が凝らされている。
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「セサミストリート」はご存知の方がほとんどかと思います。エルモとかビッグバードとかが出てくる、あれですね。このような幼児番組は一つひとつのコーナーがとても短い。一つのコンテンツは1分ぐらいで終わって、次々と別のコンテンツに移ります。指導教官は、あれを見習えというわけです。
僕はそのアドバイスを受け入れて、それからの授業では、ちょっとビジネスの話を短くしたら、今後はみんなでディスカッションをし、さらに今度は動画を見たらケーススタディを解説し、また動画を見て、今度は理論的な解説をする、というように授業のスタイルに細かく変化をつけるようにしました。
つまり人間は大人になればなるほど、「長いコンテンツに耐えることで何かプラスがあるかもしれない」と考えられるようになる。だから2時間の映画も観られる。でも子どもは違う、ということです。そういう意味では、大学の学部生はまだ大人になりかけでキッズなのだから、子どもの部分を意識して、細かくコンテンツを変えないとすぐに飽きられる、ということなわけです。
だからたぶん常盤さんも、若いときは野田さんと同じように長いものに耐えられなかったはずです。ただ我々はもう大人になっているから、長いものを見たり、楽しんだりする価値が分かっている。野田さんの世代ももっと大人になれば、それが分かるのかもしれません。
短尺動画に慣れてしまった人たち
ところがここで大きな問題が出てきました。
それは、YouTubeやTikTokなどで短いコンテンツを小刻みに視聴する習慣が、大人にもつき始めたことです。
これは若い世代に顕著でしょうけれど、僕たち大人世代もその影響から逃れられなくなっている。折れ線グラフでいえば、年齢とともに長いコンテンツに対する忍耐度が上がる曲線が、SNSや動画の台頭で、全体的に下がってきているイメージですね。
BIJ編集部・野田
まさしくそれはあると思います。とあるメディアの編集長を務めている僕の元上司が、若者の動向を知るためにTikTokを見ていたら、長い記事をつくることがだんだんつらくなってきたと言っていました。
僕自身もTikTokにハマったときは、気づくと3時間くらい見ていました。「これはやばい」と思ってアプリをアンインストールしたことがあります。
BIJ編集部・常盤
短いコンテンツは飽きずに見られるかもしれませんが、そればかりでは深い思考ができなくなりそうですね……。
そう思います。いま、僕の『世界標準の経営理論』を含め、「鈍器本」とか「枕本」と呼ばれるような極端に分厚い本が売れているでしょう。これは短いコンテンツが主流になった、その反動かもしれませんね。
僕は『日経テレ東BIZ』というYouTubeチャンネルで、豊島晋作さんというテレ東の看板キャスターと一緒に番組をやっているのですが、あるとき「ガンダムの経営学」というテーマで話したことがあります。
最初はその60分のコンテンツを20分×3本に分けて公開していました。そのときもそこそこ見てもらえてはいたんですが、それを豊島君が「年末スペシャル」と称して、3本を全部くっつけて1時間以上のコンテンツに再編集して発表したら、40万再生くらい記録したんです。そのとき、「なるほど、Youtubeでも長いほうがいいコンテンツもあるんだな」と思いましたね。
BIJ編集部・常盤
ガンダムを愛している熱量の高い人にとっては、10分20分では物足りないんでしょうね。自分もその熱いトークに擬似参加している感覚を味わいたいのかも。
Youtubeでもそういうガチトーク系は、意外と長いほうが喜ばれるなというのが僕の感覚です。でもやはり、全般には人は長いコンテンツはつらくなっていますよね。その棲み分けが重要になってきた。僕も試行錯誤なのですが、このように今後は明らかにコンテンツの作り方が変わると思います。
情報伝達革命が進行中?
大胆に言えば、今は人類にとって「何度目かの情報伝達革命」が進行中なのかもしれませんよ。まず、15世紀に情報伝達の最初の大きな革命があった。活版印刷技術ができたことです。
BIJ編集部・常盤
グーテンベルクが、現在の印刷のもとになる技術を発明したわけですね。
そうです。人間はそれまで基本的に情報を口伝、もしくは手書き文字に頼っていたわけですよね。そこへ活版印刷ができたことで印刷物を大量生産できるようになり、目から入る文字情報が飛躍的に増大したんです。
聴覚より視覚のほうが、短時間で大量の情報を得ることができます。要するに、同じ内容でも、耳で聴くより文字を読んだほうが圧倒的に速い。例えばアマゾンのAudibleでは1冊聴くのに10時間くらいかかる本でも、目で読めば1時間半とか2時間くらいでしょう。これは革命だったと思います。
そして次に、人類はテレビなどで映像を流せるようになった。しかし映像の情報には意外と無駄が多い。今は映像の世界でもデジタル化が進み、あらゆるコンテンツを倍速で観るとか、細切れで観ることが可能になっている。そのため人々は映画のような芸術ジャンルの映像まで、早送りして視聴時間を圧縮するようになってきた。
それが常態化してしまうと、もう元には戻れない。これが今、われわれが情報を受け取るときに起きていることなのではないでしょうか。
BIJ編集部・常盤
テクノロジーはスピードアップしていますけど、人間の脳の情報処理速度は変わりませんよね。私なんか、もうついていけない(笑)。
いずれにせよ、これからBusiness Insider Japanはどういう方向に行くべきなのか、考えさせられました。一記事あたりの文字数をもっと減らしてできるだけ読了してもらったほうがいいのか、長い記事をじっくり読んでもらったほうがいいのか……。
これからも試行錯誤が続くと思いますが、とにかく読者の方に読んでよかったと言ってもらえるコンテンツを目指します!
【音声フルバージョンの試聴はこちら】(再生時間:24分14秒)※クリックすると音声が流れます
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小林優多郎、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。