パタゴニアの定番アイテム「ダウン・セーター」。2022年の新作から、表面素材を100%リサイクルナイロンへとアップデートした。
世界的なアウトドアブランド・パタゴニアの定番製品「ダウン・セーター」が、より暖かく、よりソフトで、より丈夫にバージョンアップし、2022年秋冬シーズンにお披露目された。
今回アップデートがされた一番の特徴は、廃漁網をリサイクルして作られた、ネットプラス・ポストコンシューマーリサイクル・ナイロン100%素材のリップストップを採用したことにある。この製品は、地球環境へ配慮した製品作りが、ビジネスとしても成り立つことをわたしたちに教えてくれるケーススタディになっている。
進化し続けてきた「ダウン・セーター」
ここでパタゴニアの「ダウン・セーター」の歴史を振り返っておこう。
1989年に発売されて人気製品となってから、幾度もの進化を遂げてきた。マイナーチェンジだけでなく、特徴的なのはリサイクル素材を導入したことにある。実は、パタゴニアは1993年にペットボトルからリサイクル・ポリエステルの製造を始め、製品化させた初めてのアウトドア・アパレル企業なのだ。
「ダウン・セーター」でも、2007年には表面素材にリサイクルポリエステルを50%使用、2008年からは100%使用に切り替えた。直近の現行モデルはそれに加え、詰める羽毛も強制的な給餌や生きたままの羽毛採取がないことを第三者機関が証明したものを使った「トレーサブルダウン」になった。
パタゴニアは、気候変動など地球環境への意識が高い企業としても知られる。アメリカ直営店やオフィス、配送センターにおいては100%の再生可能エネルギーを達成しているが、アパレル企業としてのさらなる責任を担うべく、パートナーやベンダーと協力して節水や有害物の除去に努め、原料製造においても炭素の排出を削減してきた。
素材においても、オーガニック・コットンのほか、リサイクルしたポリエステルやナイロンなどの利用にも積極的だ。環境に望ましいとされるそれらの素材を、2016年は全製品ラインの43%で利用していたが、2022年には88%にまで増やしている。
そして、新作の「ダウン・セーター」の際立った進化として挙げられるのが、表面素材を廃棄された漁網をリサイクルして作られた「NetPlus®」を紡いだ繊維に切り替えたこと。パタゴニアの環境保護意識を反映した一例ともいえるだろう。
NetPlus®を生み出した「Breo Inc(ブレオ社)」は、3人のサーファーが立ち上げたベンチャー企業だ。そのリサイクル素材を今日のようなビジネスとして成立させるにあたっては、パタゴニアのベンチャー投資基金であり、環境保護に貢献するベンチャーをバックアップする「ティンシェッドベンチャーズ」の支援があった。
首元のタグにもNetPlus®のネームが刺繍されている。この生地は、アジアの工場で漁網から糸にされ、その糸を日本の工場で織り、パタゴニアの工場へと運ばれているのだという。
サーファーが見出した、廃漁網リサイクルビジネス
「クレイジーだ、と言われたし、最初は理解もされなかった」
チリの漁業コミュニティと恊働しながら持続可能なビジネスモデルを開発している再生素材メーカー・ブレオ社のCTO、ケビン・エーハーン氏は、自らが手掛けるビジネスの始まりをそう振り返った。彼らが手掛けるのは浜辺に打ち捨てられていた漁網を回収、100%分解して再形成した「NetPlus®」ペレットだ。ペレットとは粒子状の工業原料のことで、さまざまな用途に利用されるが、その一つは紡糸されて衣類へ使われている。
インタビューに応じるケビン・エーハーンCTO。
NetPlus®は、3人のサーファー仲間が海に通うなかで見出した事業だった。ブレオ社の創業者たちはエンジニアや金融業のキャリアを歩んできたが、20歳代前半で新しいビジネスを考えようとしていた。彼らは海にさまざまなゴミが流れ、特にプラスチック類が多いことに着目する。
というのも、全世界で毎年880万トンもの廃プラスチックが海へ流出し、その大部分が使い捨てのプラスチックなのだ。中でも、使い古され、ずさんに廃棄された漁網は海洋生物にとって有害であり、生命を奪われたり、大きなケガをしたりする原因となっていた。この問題を知ったデイヴィッド・ストーヴァー氏、ケビン・エーハーン氏、ベン・ネッパーズ氏の3名は、2013年にブレオ社を設立。廃漁網の回収と再生に乗り出した。
創業メンバーであり、ブレオ社のCEOを務めるデイヴィッド・ストーヴァー。
3名はチリ政府の助成金を受けながら、ビジネスを立ち上げていく。集めた漁網は手作業で洗浄と裁断を行い、契約したリサイクル業者で溶解処理後、ペレット化する。NetPlus®と名付けたその再生素材を利用し、まずはスケートボードやサングラスを作った。実製品を目にすると、漁師たちも廃漁網が具体的に利用されることに納得し、ブレオ社と共にゴミ問題に注目。組合を立ち上げると、口コミでプロジェクトが広がっていった。何百トンもの廃漁網が海へ流出することを防ぐだけでなく、漁師たちへの副収入をもたらすこともできた。
ただ、チリ国内に店舗を設け、いくら作っても売っても、回収される漁網の量は減っていかない。さばききれないほどの原料を抱え込んだブレオ社は、定評のあるブランドとパートナーを求める方針へ転換。2016年に、パタゴニアと手を組むことにした。パタゴニアが環境問題に取り組むベンチャー企業を支援するVCである、ティンシェッド・ベンチャーズの投資をうけ、トラッカー・ハットの「つば」に使うバージン・プラスチックを、全てNetPlus®生まれの素材に替えることからスタート。同時にさらなる発展も目指して、開発を続けていった。
それが、衣類に利用できる高品質な糸へのリサイクルだ。初期からサプライチェーン作りに注力し、信頼できるパートナーと取り組みを続けた。品質を安定させるため、そもそも漁網自体の取り扱いを良くしてもらうために漁師と連携したり、海洋投棄されないように意識づけをしたりと、さまざまな努力を積み上げ、ついに5年がかりで素材化に成功。2022年秋冬シーズンでは、344トンもの漁網がパタゴニアの衣類へと生まれ変わった。
チリの漁師たちとの対話を重ね、彼らの協力をあおぐとともに、漁網のリサイクルによって得られた利益を金銭的にも還元する仕組みを作り上げた。(Coliumo, Chile - "A fisher in Southern Chile prepares their net for a day on the water" Credit: Alfred Westermeyer)
「10年前、プロジェクトを開始した時に、NetPlus®がパタゴニアの代表的な製品に使われるようになるなんて信じられなかった。あり得ないと思っていたことの実現に意味がある」と、ブレオ社の面々は完成品を前に喜びを口にする。
ビジネスを手段として、環境問題の解決に貢献する
パタゴニア創業者のイヴォン・シュイナード氏は「自然を使い尽くすのではなく、自然と連動すること」という言葉を記している。自社製品において革新をやめないだけでなく、環境問題を解決する起業家への投資基金の運営など、環境保護とビジネスを両輪で回すことに注力しているのだ。
ただ、今日のようなブランドを作り上げたパタゴニアも、常に順風満帆で成功を収めてきたわけではなく、現在までの過程ではいくつもの選択を迫られてきた。たとえば1970年、クライミング用品メーカーとしての前身時代には、主力製品であった鋼鉄製ピトンの事業を辞める決断をした。登頂のためにピトンをハンマーで打ち込む動作で岩壁が傷んでしまうことに配慮したのだ。「岩を守りながら登る」ための方法を提案し、新たな道具を用いる「クリーンクライミング」を提唱したことが、その後のパタゴニアとしての意思決定にもつながっていく。
1970年当時のイヴォン氏。ロッククライミング中に人気ルートにクライマーが殺到し、岩が削れてしまっている様子を見て、クリーンクライミングを提唱する。
写真:トム・フロスト
また、1988年に設けた直営店では、オープン数カ月後にスタッフの体調不良が相次いだ。原因は、地下室に保管してあったコットンのTシャツから、ホルムアルデヒドなど化学薬品が空気中に放出されていたことだった。店舗の換気扇が故障していたせいで、これらの成分が悪影響を及ぼしていたのだ。
コットンは自然素材であり、地球や人体にも良いものだとパタゴニアでも思っていたが、当時の実態は大量の殺虫剤や枯葉剤が使われ、農家は毒ガスマスクをして栽培に当たっていたという。この事実を前に、全製品の5分の1ほどのコットン製品の原材料を全てオーガニック・コットンへ切り替える決断をして、サプライチェーンを築き直していった。
パタゴニアは、公正労働協会、サスティナブル・アパレル・コーリション、B Labといった就労環境を整えるための取り組みにも、共同創設や、参加といった形で積極的に関わっている。
写真:ティム・デイビス
あるいは、会社として急成長を遂げた1991年、販売が行き詰まった際には全従業員の20%を解雇したこともある。「持続不可能な成長」に頼ってしまっていたことを内省し、創業者のイヴォン氏は経営幹部十数名を連れ、南米パタゴニア地方の原野で「自分たちは何のためにビジネスをするのか」「自分たちの理念や存在意義は何か」を徹底的に議論した。そして、ビジネスを手段として環境問題の解決に貢献することに行き着いたという。
他にもパタゴニアの経営的判断には、言わば「環境との天秤」にかけられた結果である事例が数多くある。その歩みを知ることは、昨今叫ばれるビジネスと地球環境保護の両立に対する示唆を与えてくれることだろう。
「環境保護も、ビジネスも」成り立たせる時代に
今回発売される「ダウン・セーター」は2022年秋冬シーズンの素材改良版である──というのは、事実だけ述べれば何ら間違いではない。しかし、それが漁網をもとにしたNetPlus®素材から作られていること、そしてNetPlus®を生むブレオ社の活動にまで注目すると、ただの「2022年の素材改良」という以上に語りかけてくるストーリーがあることに気づく。
チリにあるブレオ社の倉庫に集められた漁網。(Talcahuano, Chile - "Collected fishing nets prepared for recycling in Bureo's warehouse." Credit: Alfred Westermeyer)
ブレオ社がビジネスを始めた2013年、彼らは漁網を年10トン回収した。そして、2022年の回収量は、実に年1000トンにも及んだ。パタゴニアだけでなく、さまざまなパートナーともビジネスを広げていきたい考えだが、創業者たちは「ゴミとして扱っていたものが素材になる、という考え方に変化させるべく、家族やコミュニティをサポートすることも意識している。海洋投棄自体を減らせるようにも働きかけていきたい」と話す。
経済として「生産」は重要な活動の一つだが、現在はすでに、それだけでは語れない時代に差し掛かっている。「環境保護か、ビジネスか」ではなく、「環境保護も、ビジネスも」成り立たせる意識が求められてもいる。廃漁網を素材化し、定番製品へ採用するまでに至ったパタゴニアとブレオ社の取り組みは、まさにそれを示す好例だといえる。
パタゴニア創業者のイヴォン氏はインタビューで、80歳を迎えてなおパタゴニアで仕事をする意義をこう語っている。
「ウェアを売るためでも、金を稼ぐためでもない。私たちは地球を壊している、そして何かをしなければならないほど切迫した事態に陥っているからだ。会社で新しい社員と話をすると、彼らがなぜパタゴニアに来たかがわかる。彼らもまた地球を救うことに身を投じているからだ」
2022年現在で83歳になるシェイナード氏。所有するフランネルのシャツはどれも20年以上前に購入したものだという。
写真:ティム・デイビス
2022年9月、イヴォン氏は大きな決断をした。「自然から価値あるものを収奪して投資家の富に変えるのではなく、パタゴニアが生み出す富をすべての富の源を守るため」に、パタゴニアが持つ株式の100%を、環境保護を目的とするパタゴニア・パーパス・トラストと、NPO団体のホールドファスト・コレクティブに譲渡したのだ。さらに毎年、事業へ再投資した後の剰余利益は配当金として分配、「環境危機と闘うための資金」として提供するという。
2022年秋冬の新製品として生まれた「ダウン・セーター」が、彼の示した決意の後に発表され、私たちの手元に届く。人は店頭で、あるいは友人から、暖かで便利な服として、それを勧められるかもしれない。ただ、この新製品が生まれたストーリーをこうして知った今、それは単に機能が進化しただけでも、単に環境へ配慮しただけでもない、まさに意志と意義をまとえる確かな一枚として、私たちの目には映るのである。