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アレクサ(Alexa)は存続の危機にある。
アマゾンの音声アシスタント「アレクサ」が2014年11月に初めて発売されたとき、メディアは「未来のコンピューター」と称した。CNETはSFシリーズ『スタートレック』に登場する機器が現実化したと表現し、Computerworldはこの製品が「すべての家庭の未来」だと述べていた。
それから10年近く、アレクサはアマゾンの期待通りには進捗していない。
Insiderが入手した内部データによると、アレクサやスマートスピーカー「エコー(Echo)」の音声技術から、プライムビデオのストリーミングサービスまで、多くの事業を管轄するアマゾンのワールドワイド・デジタル部門は、2022年第1四半期に30億ドル(約4200億円、1ドル=140円換算)以上の営業損失を出した。
ワールドワイド・デジタル部門の損失の大部分は、アレクサをはじめとするハードデバイス関連だと、この部門に詳しい人物はInsiderに明かす。当該損失は、アマゾンの全事業部門の中でも群を抜いて大きく、まだ始まったばかりの実店舗事業及び食料品事業の損失の2倍強になる。
アマゾンのビジネスモデルは従来、ハードウェアビジネスのこの種の業績不振を許容してきたが、もはやそうも言っていられない。報道発表資料やInsiderが確認した内部メールによると、アレクサなどのデバイスを担当する部門全体が、アマゾン史上最大のリストラ対象となっている。
Insiderは、同社のハードウェアチームの現職および元従業員12人以上に取材したところ、危機に瀕している同部門の現状を匿名を条件に明かしてくれた。アレクサはかつて社内屈指の急成長プロジェクトだったが、直近では損失が膨れ、大規模な人員削減の対象になるなど、アレクサやハードウェア部門の凋落が顕著だ。
また、デバイスを原価で販売した後、追加の購入を促して収益を回収するという、アマゾンおなじみのビジネスモデルの失敗を際立たせるものでもある。ある元従業員は言う。
「アレクサは想像力の壮大な失敗ですよ。チャンスが無駄になってしまった」
Insiderはアマゾンに対し、同社のデバイスと音声アシスタントの事業の健全性に関する質問を送ったが、回答は得られなかった。しかし同社のデバイスおよびサービス担当のデイビッド・リンプ上級副社長は、Insiderに次のように語っている。
「エコーとアレクサへのコミットは変わりませんし、今後も多額の投資をしていくつもりです」
かつてはスーパーボウルのCMにも
初代のエコーは売れ行きも好調で順調な滑り出しだったが……。
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2014年にローンチした初代アレクサは、同社の新しいビジネスモデルの先駆けだった。ハードウェア会社は従来、より多くのユニットを売ることを目的にしていたが、アマゾンの狙いは別にあった。エコーの音声アシスタントを介して買い物客に注文してもらうことで、より多くの商品を買ってもらおうという目論見だ。ある内部文書には、「我々は、デバイスを購入してもらうことによってではなく、デバイスを使ってもらうことによって収益を生み出したい」と記載されている。
コンシューマー・インテリジェンス・リサーチ・パートナーズによると、初代のエコーは最初の2年で500万台以上という驚異のヒットとなった(アマゾンはアレクサまたはその関連デバイスの売上高を開示していない)。
アマゾンは2016年のスーパーボウルでエコーのCMも流した。その2年後には、アレクサの担当部門は人員がほぼ倍増して1万人を超えた。
アレクサは創業者であるジェフ・ベゾス自身の発案でもあり、それゆえにアマゾンでもとりわけ人気のある部門だった。ベゾスはアレクサの開発に入れ揚げており、アレクサのマーケティングキャンペーン用のメール文面を個人的に添削したこともあった、と関係者の1人は語る。
ベゾスは同部門最大のサポーターであり、アレクサの応答時間を業界標準より大幅に短縮するようチームに働きかけたり、アレクサ搭載の電子レンジなど、単発ではあるが独創的なアイデアを思いついたりもしていた。
それに比べてアレクサ担当副社長のリンプは、第1世代のエコーにはそれほど熱心ではなかった。元従業員2名によると、リンプはベータテスト期間中はほとんどエコーを使用しなかったという。
アレクサはベゾス肝煎りのプロジェクトだったという。
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しかし、幸福な期間は長くは続かなかった。
発売から4年後、アレクサは論争を巻き起こした。アレクサが音声録音を間違った相手に誤送信したり、アマゾンの従業員がプライベートな会話をこっそり聞いたりしているという報告が寄せられ、プライバシーに関する懸念が高まったのだ。
同製品のビジネスモデルにも亀裂が生じ始めた。部門内ではユーザーエンゲージメントの質に関しての懸念が出るようになった。
当時、アレクサは1週間に10億回の会話をユーザーと行っていたが、それらの会話のほとんどは、音楽を再生したり、天気について尋ねたりといった些細なものだった。エコーが音楽を再生してもアマゾンに入ってくる収益は雀の涙だし、アレクサがいくら天気を教えてもアマゾンの収益にはならない。つまり、収益化の機会が少なかったということだ。
2018年の時点で同部門はすでに赤字であり、ニューヨーク・タイムズは同部門が約50億ドル(約7000億円)の損失を出したと報じた。ハードウェア部門に詳しい従業員の話では、2022年はアレクサやハード機器関連での損失が約100億ドル(約1兆4000億円)に達する勢いだという。
Insiderが入手した記録によると、2019年の全社会議でリンプはこれらの懸念を認めている。アレクサが「次のレベル」に至るためには、ユーザーエンゲージメントとセキュリティの両方を改善する必要があるとリンプはこのとき語っている。
「エンゲージメントを高めること、アレクサに対する顧客の信頼を得ること。我々はこの双方を実現できる。我々の行く手には非常に明るい未来が待っている」(リンプ)
ベゾスの関心も薄れる
だが従業員の証言によれば、アレクサはいまも財政的に苦労している。このプロダクトはアマゾンのベストセラー商品にランクインしたものの、ほとんどのデバイスは原価で販売されたからだ。
同部門では2019年後半までに採用が事実上凍結されたと、元従業員3名は語る。彼らは人員が足りない分をカバーしていたものの、会社は新しく採用して部門を拡大しようとはしなかった。かつて有望だったプロジェクトの失速は誰の目にも明らかで、従業員の士気も低下し始めた。
担当部門はさまざまな指標を駆使して、アレクサの財務的な影響が実際どの程度あるのかを測定しようとした。専門家チームを雇ってアレクサとエコーのユーザーの行動を追跡し、アマゾンサイト内でより多く買い物をしたり、プライム会員に新規登録したりする可能性がどれくらい高いかを調査した。しかしその効果はほとんどのケースで期待を下回っていると、Insiderが取材した従業員の半数以上が話す。
2020年になると、アレクサに対するベゾスの関心は薄れ始めた。マーケティングキャンペーン用のメール文面もチェックしなくなり、いつしか担当部門も最新の関連情報を幹部に報告しなくなったと、あるマーケティング担当者は明かす。
デバイスを収益化する機会は他にもあったが、それも失敗に終わった。アマゾンは第1世代のエコー発売直後、Skills(スキルズ)というアプリをリリースした。これはタクシーを呼んだりピザを注文したりする音声起動ショートカットを作成するツールだ。
ウーバー、ディズニー、ドミノピザといった企業がいち早くこのツールに飛びついたが、顧客の獲得にはつながらなかった。使用頻度の少なさから、2020年までには社内で販売目標が示されることはなくなったとある従業員は述べる。
Skillsを中心に開発者コミュニティをつくる試みも頓挫した。例えば、開発者向けのカンファレンス「アレクサ・ライブ(Alexa Live)」に詳しい従業員によれば、同カンファレンスの登録者数は年々減少傾向だという。
高所得層へのターゲット変更
競合であるグーグルやアップルが技術を強化するなか、アレクサ自体も競争力を保つことができなかった。Insider Intelligenceによると、アメリカ国内ではGoogleアシスタントが現在ユーザー数8150万人で首位に立ち、アップルのシリ(Siri)の7760万人がそれに続く。アレクサのユーザー数は現在7160万人で3番手である。
収益と市場シェアを減らし、従業員のリストラも進むなかで、近頃では部門の戦略も混乱していると複数の従業員が話す。
内部文書によると、アマゾンのハードウェア部門ではワイヤレスヘッドセットの最新モデルと新しいタイプのAR製品の展開を計画していたようだが、これらのうちコスト削減を乗り切って日の目を見る製品がどれだけあるかは不明だ。
アマゾンは長らく、より手頃な価格のデバイスをリリースすることで低所得の顧客をターゲットにしてきたが、現在は1000ドル(約14万円)のホームロボット「アストロ(Astro)」に投資しているようだ。
ある従業員によれば、アストロはベゾスの最新のお気に入りプロジェクトだというが、高所得層を狙うという意思決定は社内で論争と反発を招いたという。
「僕らは何をしようとしているのか」
アマゾンのCEOであるアンディ・ジャシーは、現在公開されているメモの中でアレクサへの投資にコミットしている。だが将来どうなるかは不透明だと、従業員はInsiderに語る。
デバイスの販売量を増やすという点に対して社としての関心が欠如していることを非難する向きもあった。
ある従業員は、消費者に本当に欲しいと思ってもらえる人気の製品を開発するためにもっと資金を投じようというインセンティブがほとんどないと言う。
「デバイスに関しては、明確な指示はありませんね。僕らは何をしようとしているのか。最高の製品を目指すのか? 一番安い製品を目指すのか? ここがはっきりしなければ足並みなんて揃いませんよ」
担当部門のリンプ副社長はエコーへの関心が薄いと言われている。
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Insiderが話を聞いた従業員の間では、従業員の士気の低さ、収益化の失敗、ユーザーと開発者のエンゲージメントの低さなどの要素が相まって、ここ数年は担当部門が行き詰まっているように感じていたとの声が上がった。
先ごろアレクサがリストラの対象になるとの情報が表面化した後も、同社の経営陣は沈黙を保っており、従業員たちはどの程度の影響を受けるか、事態の把握を急いでいる。
リストラに関する報道を認めるメールをリンプが社内に送ったのは、11月17日のことだ。そこにはこう書かれている。
「このニュースを知らせなければならないのは心苦しい。我々が築いてきたチームを非常に誇りに思っており、大切なメンバーが1人でも離れることは、私たちの誰も望んでいない」
同部門で顔の知れた幹部数名が離職したものの、状況は変わっていない。それどころか、部門内の混乱のせいで、カスタマーサポートの質も低下している。内部文書によると、2022年初め、ユーザーがモバイルアプリでカート内の商品を尋ねることのできる音声ショートカットが、インドとアメリカで機能していないことが社内で露見した。だが、この問題が修正されるまで、アメリカでは35日間、インドでは200日以上も放置されていた。
アレクサは、アマゾンの歴史上最大の変革の中で輝きを失ってしまった。同社ではこれに代わり、ヘルスケア領域の新規事業への期待が高まっていると複数の従業員は証言している。
(編集・常盤亜由子)