投資家からは米国株の底打ちを期待する声が高まるが……。
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米資産運用大手アリアンツ・グローバル・インベスターズのアナリストを経て、ブルアンドベアプロフィッツ・ドットコムを立ち上げたジョン・ウォルフェンバーガー氏は、間もなくあるいは近い将来に弱気相場は底を打つと期待を寄せる株式投資家たちを目の当たりにし、楽観的すぎると感じている。
金融市場と30年以上向き合ってきたウォルフェンバーガー氏からすれば、株価が遠くない将来に底打ちするなどという見方は、歴史を知らない素人の楽観主義でしかない。彼は2021年の段階から、株式市場の大幅下落が近いと警鐘を鳴らし続けてきた。
ウォルフェンバーガー氏はさらに最近の顧客向けコメンタリーで、過去100年間の景気後退に向かう時期を対象に、弱気相場の継続(下落)期間を検証している。
S&P500種株価指数は1月3日を高値として、6月13日に下落率が20%を超えて弱気相場入り。下落期間は10カ月強で、ウォルフェンバーガー氏は株式市場の不調がまだしばらく続くとみる。
1920年代以降、景気後退と絡んで弱気相場入りした局面で下落期間がどれくらい続いたかを以下に列挙する。
- 1929年9月:33カ月
- 1932年9月:5カ月
- 1937年3月:12カ月
- 1948年6月:12ヵ月
- 1956年8月:14カ月
- 1968年12月:17カ月
- 1973年1月:21カ月
- 1980年11月:22カ月
- 1990年7月:3カ月
- 2000年3月:31カ月
- 2007年10月:17カ月
- 2020年2月:1カ月
11回の弱気相場の平均下落期間は15カ月強。ただし、バリュエーション(企業価値評価)を考慮に入れると、風景は違って見えてくる。
バリュエーションが相対的に高い(=割高な)時期に弱気相場入りした場合、下落期間は長期化する傾向にある。ウォルフェンバーガー氏によれば、上記11回の弱気相場のうち、高バリュエーション期の下落期間の中央値は17カ月、一方の低バリュエーション(割安)期は13カ月だった。
(注:2020年の弱気相場は高バリュエーション期に含まない。コロナ危機対応のため、前例のない財政・金融刺激策が導入され、株価が急激に強気相場に引き戻されたからだ)
ウォルフェンバーガー氏は、現在の弱気相場が史上最高水準の割高状態で始まったことを踏まえ、下落期間が17カ月以上続くと予測する。S&P500種指数の下落率については、10月末段階のコメンタリーで、年始の高値から少なくとも37%下落するとしている。
もちろん、ウォルフェンバーガー氏の予想は景気後退入りがあるかどうか次第で結果も変わってくるが、総合的判断に基づいて景気後退入りを宣言する非営利民間研究組織の全米経済研究所(NBER)によれば、まだ公式の宣言には至っていない。
なお、ウォルフェンバーガー氏は11月中にまとめた別の顧客向けコメンタリーで、景気後退入りを確実視する理由を複数説明している。
その一つは、償還期間の短い債券(普通は2年物米国債)の利回りが長い債券(同10年物)のそれを上回る「イールドカーブの逆転」。1950年代以降のすべての景気後退に先行して起きてきた現象だ。
イールドカーブの逆転は、投資家が経済環境の短期見通しを嫌気(もしくは悲観)していることを示す。
【図表1】10年物(長期)米国債と2年物(短期)米国債の利回り格差(スプレッド)の推移。0%(黒の太線)を下回るとイールドカーブが反転する。グレーゾーンは景気後退期を示す。
Federal Reserve Bank of St. Louis
ウォルフェンバーガー氏が景気後退入りを判断する際に用いる指標として、他にも以下のようなものが挙げられる。
例えば「企業の資金需要」。
【図表2】米銀に対する商工業向け融資需要の推移。赤線が小・零細企業、青線が大・中企業。足元の資金需要の落ち込みは景気後退期(グレーゾーン)の水準(赤い太線)に達する。
Federal Reserve Bank of St. Louis
次に「銀行の融資基準」の変化。
【図表3】米商業銀行の融資基準の推移。米連邦準備制度理事会(FRB)による融資担当への聞き取り調査で、融資基準を「厳格化」と回答した比率から「緩和」と回答した比率の差を示す。赤線が大・中企業、青線が小・零細企業。こちらも足元では景気後退期の水準に達している。
Federal Reserve Bank of St. Louis
さらに、米コンファレンスボード(全米産業審議委員会)が株価や建設許可件数、マネーサプライなど10項目の経済指標から算出する「景気先行指数」の変化。
【図表4】米コンファレンスボードが毎月発表する景気先行指数(LEI)の伸び率(年換算、前年比)の推移。マイナス転落は景気後退入りが差し迫る兆候(黒太線の期間)、大幅マイナスは景気後退期(赤線の期間)を示す指標とされる
The Conference Board
ウォルフェンバーガー氏によれば、株価が底打ちに至るにはさらに3つの条件が揃う必要があるという。
第1に、「FRBが利上げサイクルを終了する」こと。しかし、それが間もなく実現する可能性は薄い。FRBは(名目金利から期待インフレ率を引いた)実質金利をプラスにする目標を掲げており、利上げは2023年まで続きそうだ。
第2に、景気後退期の終了には通常「ある程度の時間が経過する必要がある」こと。
第3に、「投資家センチメントがより弱気になる必要がある」こと。米銀大手バンク・オブ・アメリカが提供する「ブル・ベア指標」など投資家のリスク選好度を示す数字はすでに極端な弱気水準で推移しているが、ウォルフェンバーガー氏はもっと底は深いと考える。
【図表5】バンク・オブ・アメリカの「ブル・ベア指標」。足元の数字は0.4で極端な弱気、逆張り指標として考えれば強い「買いシグナル」。
Bank of America
ウォルフェンバーガー氏は次のように分析する。
「投資家たちは2023年の早い段階、年明け数カ月以内にFRBが利上げサイクルを終了するのではとの期待を抱いて株式市場に関心を向けていますが、そのこと自体、投資家センチメントの冷え込み度合いが弱気相場の底打ちを示すのに十分でないことを物語っています」
他の金融関係者の見解
仏銀大手ソシエテ・ジェネラルは6月、ウォルフェンバーガー氏と同様の分析を行い、過去150年間の弱気相場を検証している。
同銀は、2020年の弱気相場はコロナ対策としての景気刺激策が奏功し、過去の株式市場の暴落時に比べて回復がはるかに早く、はるかに高い水準まで株価が上昇していることに注目。S&P500種指数は過去の回復パターンと合致する3020までの下落を予測する。
【図表6】S&P500種指数の回復軌道について、今回のパンデミックと過去150年間の弱気相場を比較。中央のゼロ目盛りが弱気相場の底に相当し、すべての弱気相場の平均(グレー)に比べて、2020年の回復は突出している(赤太線)。
Societe Generale
ソシエテ・ジェネラルのチーフ米国株ストラテジスト、ソロモン・タデッセ氏は6月時点の顧客向けレポートで次のように指摘している。
「当行の分析によると、今回のパンデミック後の値動きが過去の危機後の回復トレンドラインに収束すると前提すれば、弱気相場の底(2020年3月)から今日(27カ月後)までの累積リターンは約35%、S&P500種指数で言えば3020程度に落ち着くはずです。
2022年1月に記録した(累積リターンの)最高値からの減少率は約37%、次の底値に着地するまでにはさらに15%程度の減少が想定されます」
タデッセ氏はパンデミック後にこうした過去に類例のない回復軌道をたどった理由を以下のように説明する。
「S&P500種指数は2020年3月23日に記録した安値2237.50から2年間で113%という急上昇を見せました。これは、コロナ危機対策として導入された当時の金融・財政刺激策によって過剰流動性相場(必要以上の通貨量が市場に流れ込んだ状態)が生まれ、それが未曾有の資産バブルにつながったことを示しています」
一方、バンク・オブ・アメリカのチーフグローバル株式ストラテジスト、マイケル・ハートネット氏は11月24日、2023年上半期は株価のパフォーマンスが低迷を続けるものの、下半期にはFRBがハト派転換して株式市場でも反発が始まるとの予測を明らかにした。ウォルフェンバーガー氏の予測と合致する見方だ。
ハートネット氏は顧客向けメールでこう指摘する。
「当行としては、2023年上半期の投資先は債券、下半期は株式と考えています」
(翻訳・編集:川村力)