BYDは今月、車両価格1000万円を超える高級車ブランド「仰望」のローンチを発表した。
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2022年の終盤に入っても中国EV大手「BYD(比亜迪)」の勢いに陰りが見えない。7月の乗用車EVの日本進出発表後は欧州や新興国にも布陣を広げ、11月は1000万円を超える高級ブランド「仰望」のローンチを正式発表した。低中価格帯ブランドのイメージが強いBYDのハイエンド進出は順調に行かないとの声も多いが、中国市場で販売台数を急激に伸ばし世界で注目が高まっている今が勝負に出るタイミングと判断したようだ。
EV販売台数、テスラを引き離す
BYDは11月8日、新EVブランド「仰望」のローンチを発表した。車両価格は80~150万元(約1600万~3000万円、1元=20円換算)、トヨタのレクサスのように独立した販売・経営チームを立ち上げ、中国高級自動車ブランドの代表的なポジションを目指すと宣言した。
創業者の王伝福董事長は同社の新エネルギー車が出荷300万台を達成した16日、「2023年1~3月に『仰望』の最初の車種を発表する」と明言した。第一弾の車種は1000万元(約2000万円)を超えると予想されている。
テスラは10月、中国での生産開始以来初めて値下げに踏み切った。
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BYDの勢いは、年後半に入っても持続、いや加速している。新エネルギー車出荷100万台まで13年を要したが、それから1年で200万台を突破。300万台達成には4カ月もかからなかった。
同社の1~10月の納車台数が前年同期比2.4倍の140万台だったのに対し、テスラは91万台と差を広げている。BYDの人気に火をつけた王朝シリーズの旗艦モデルでもあるセダン「漢(Han)」や、2023年に日本に投入されるセダン「海豹(Seal)」は納車まで3カ月待ちの人気ぶりだ。
販売台数が増えたことで経営効率が上がり、稼ぐ力も高まっている。10月28日発表した2022年の9カ月通算(1~9月)では、売上高が前年同期比84%増の2676億元(約5兆3000億円)、純利益が同3.8倍の93億元(約1900億円)と、大幅な増益になった。
BYDは11月15日、半導体事業を手掛ける子会社「比亜迪半導体」について、深圳証券取引所の新興企業向け市場「創業板」に上場する計画を中止したと発表した。同社は子会社の上場によってブランドの知名度を高め、半導体の外販を進める青写真を描いていたが、BYDのEV販売の急増を受け、自社向けの半導体生産に集中する方針に転じたようだ。急成長はグループ戦略の見直しにも及んでいる。
欧州、ASEANでも進出加速
BYDは小型SUVのATTO 3を欧州と新興国で次々と発売している。写真はBYDインド乗用車EV部門のシニアバイスプレジデントを務めるサンジャイ・ゴパラクリシュナン氏。
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EV業界リーダーのテスラは、中国市場でEVの3分の1を売っている。一方、10月に中国で売れた新エネ車の3分の1はBYDのブランドだ。中国市場で一人勝ちできなくなったテスラは10月下旬、中国での生産開始以来初めて値下げに踏み切った。
中国市場の好調を追い風に、海外進出も加速する。BYDは7月に乗用車の日本進出を発表したのに続き、8月に欧州への本格参入も宣言した。小型SUV「ATTO 3」(中国名:元PLUS)を含む3モデルを今年秋以降ドイツ、オランダ、スウェーデン、デンマーク、ノルウェーなどで発売し、年内にイギリスとフランスにも進出する。
10月上旬にはドイツのレンタカー市場で4割のシェアを占める最大手シクスト(Sixt)と、EVの供給で連携した。シクストは二酸化炭素の排出削減に向け、欧州で保有する車両に占めるEVの割合を2030年までに7~9割に高める目標を掲げている。まず今年10~12月にBYDから数千台の「ATTO 3」を調達し、2018年までにさらに10万台のEVを購入する計画だ。
今後の成長が期待できる新興国でも足場を築いており、10月にタイ、ネパール、モンゴルで「ATTO 3」を発売。ラオス、インド、コロンビアでも同車種を順次投入している。9月にはタイで中国以外で初めてとなるEV工場を着工した。2024年に稼働予定で、ATTO 3を生産する同工場は、タイだけでなくASEANと欧州市場への輸出拠点と位置づけている。
BYDの今年10月の海外での新エネ乗用車販売台数はわずか9529台で、今年下半期以降に一気に乗用車の海外進出を進めていることが分かる。ガソリン車と日本メーカーが強く、テスラもシェアが広げられていない日本、世界で最もEVシフトが進み群雄割拠の欧州、日本メーカーが強いものの市場の拡大余地が大きい東南アジアと、それぞれの地域で旋風を起こそうとしている。
アウェイでの戦い続く2023年
中国でのさらなる成長、そして海外市場開拓のためにも、BYDが高級ブランドを立ち上げるのは自然な流れではある。
中国の消費マーケットはブランド力の高いハイエンド企業がミドルエンドに延伸するのが常で、高級でも激安でもないブランドは市場の成熟とともに淘汰されるリスクが高くなる。今の中国のEV市場はテスラがハイエンド、100万円前後の格安EV「宏光MINI」がローエンドを牽引し、BYDはボリュームゾーンである10~30万元(約200~600万円)のミドルエンドで躍進しているが、テスラのイーロン・マスクCEOはコストをモデル3、モデルYの半分に落とした廉価版モデルを投入する計画を明かしている。利幅の低いミドルエンド市場での消耗戦を避けるためにも、BYDはハイエンドにシフトするタイミングを図ってきただろう。
一方でハイエンドへのシフトが簡単ではないことは、多くの実例が示している。ハイエンドEV「蔚来汽車(NIO)」が巨額の開発費やマーケティング費を投じて一次は経営危機に陥りながらもハイエンドからのスタートにこだわったのは、一旦「安物」「コスパ」というイメージが定着すると、消費者の意識を払拭するのが簡単でないと考えたからだ。
EVの販売台数でテスラを抜いたとは言え、ユニクロとルイ・ヴィトンが比較されることがないように、BYDとテスラ(そして宏光MINI)は、今のところ違う土俵で違う顧客にEVを売っている。BYDの現在の顧客は日本円にして1000万円超の高級車を検討しないし、BYDがハイエンドにシフトするならデザインだけでなく自動運転やスマート化の技術も重要な競争軸になる。
来年1~3月は日本や欧州でもBYDの乗用車販売が本格化する。高級車ブランドも発表するとなれば、BYDの話題は今年以上に自動車業界をにぎわすだろう。ただ、同社にとってはどれもアウェイでのチャレンジであり、成功のハードルは一層高くなる。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。