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こんにちは。パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。
今回は、大量解雇のニュースが続くアメリカの巨大IT企業の2022年7〜9月期の決算を俯瞰しつつ、いわゆるGAFA企業と比較したテック界の巨人マイクロソフトの立ち位置を改めて考察したいと思います。
米国企業を襲うマーケットの株安は巨大テック企業も直撃しています。
Business Insider Japan10月28日掲載記事「巨大テック企業決算が出揃う」より
出典:Business Insider Japan
まず、グーグルの持ち株会社であるアルファベットの決算ですが、景気後退の懸念等から企業が広告宣伝費を抑制したことなどを受け、収益の伸びは前年同期の41%増から6%増へと鈍化。売上高は市場予想を下回る約690億ドル(約10兆円)にとどまりました。
11月3日には一時84ドル前後まで株価が下がり、11月18日時点でも98ドルほど。この水準は、約1年前の146ドル前後の水準から3割以上下がった水準です。
アマゾンでは、第3四半期決算における売上高が1271億ドル(約18.5兆円)と、前年比15%の2桁増となり、四半期ベースとしては過去最高売り上げを記録したものの、営業利益は前年比48%減の25億ドル(約3500億円)にまで落ち込みました。また、先日1万人の従業員の解雇を発表し、話題となっています。
1年前は179ドル前後だった株価は、同18日時点で94ドルほどとほぼ半値にまで落ち込みました。
好調だったアップルでは、第4四半期決算における売上高が8.1%増の約901億ドル(約12.6兆円)でした。その後iPhone14の出荷が当初予想を下回るという発表があり売りが優勢となったことで、11月7日の時間外取引では一時株価が1.8%下落しました。
同18日時点の株価151ドルは、1年前の161ドルから6%減で、他の巨大IT企業と比較すると急激な株価変動には至っていません。
時価総額が100兆円低下したFacebook(メタ)
Arnd Wiegmann/Reuters
このように、前述のグラフのとおり、巨大IT企業ですら、売上高10%成長が難しいという、成長の鈍化が感じられる状況です。中でも特にメタ(旧Facabook)の苦境は顕著です。この状況を見かねた株主がCEOのザッカーバーグに雇用と資本支出の削減を迫ったとの報道まで出るほどです。
メタが10月27日に発表した1〜9月期決算発表後、株価は前日比で24%も下落。97.94ドルとなり、100ドルの大台を割りました。これは、1年前の株価341ドル前後の7割減という水準です。
時価総額では、年初に1兆ドル(140兆円以上)近くと言われていたところから2900億ドル(約41兆円)となり、わずか1年間で時価総額が円換算で100兆円近くが消失。このことで、世界時価総額ランキングトップ20の座から滑り落ちました。
メタのマーク・ザッカーバーグ氏はメタ従業員の1万人以上の解雇を発表しています。私の周りでもメタ従業員の知り合いは多く、従業員の8人に1人が解雇という状況におどろきを隠せません。
一方、堅調が伝えられるマイクロソフトも、ただ好調というわけではありません。
例えば、直近の第4四半期決算では売上高が前年同期比11%増の501億ドルであり、市場予想を上回る数字であったものの、伸び率は過去5年間で最も低い水準にとどまっています。これは、PC、ゲーム機(Xboxシリーズ)の販売落ち込みや、ドル高による海外部門の利益減少などに起因しています。
その一方で、クラウドコンピューティング基盤「Azure(アジュール)」などの売上高が前年比35%増と好調である点は注目に値します。
ガートナーの予測によると、クラウドサービス(パブリッククラウド)全般に対するユーザーの支出は、2023年には過去最高の5920億ドルに達し、2022年の4900億ドルと比較して21%増加すると試算しています。成長が見込まれるクラウド事業はマイクロソフトにとっても今後より主力事業に置かれることが考えられます。
クラウドの下剋上。業界2位マイクロソフトAzureが1位のAWSに営業利益で勝る
Anshuman Poyrekar/Hindustan Times via Getty Images
ここで改めてクラウド大手3社(AWS、マイクロソフト、グーグル)それぞれの売上を比較してみると、AWSは 205億ドル、マイクロソフトは 203億ドル、Googleクラウドは 69億ドルとなっており、クラウド事業単体では、改めてAWSが業界トップであることが分かります。市場シェアで見ると、2022年の第3四半期でのシェアトップはAWSで、全体の34%を占めており、マイクロソフトの21%、グーグルの11 %と続きます。
現在の売上高やシェアは明確にAWSがトップです。しかし、営業利益で比較すると、興味深いことがわかります。
マイクロソフトのインテリジェント・クラウド部門の営業利益は、2023年第1四半期に約90億ドル(約1兆2600億円)に達しており、2022年第1四半期の77億ドルから順調に増加していることがわかります。
AWSは同四半期において54億ドル(約7550億円)の営業利益を計上し、2021年第3四半期の49億ドルから増収しているものの、営業利益単体で見るとマイクロソフトのインテリジェント・クラウド部門がAWSよりも利益を出しています。
一方で、Google Cloudは実績を開示しはじめた2018年以降、まだ利益を生み出せておらず、今四半期の営業利益は6億9900万ドル(約980億円)の損失を出しています。
AWSが2021年のアマゾン全体の利益の74%を生み出していることからも、巨大IT企業におけるクラウド事業の収益化が、会社全体の戦略において重要であることが読み取れます。
マイクロソフトCEOのナデラ氏は、
「当社のクラウド戦略は、企業がより少ないコストでより多くのことを行うのに役立つものになります。
例えば、需要に合わせて支出を調整し、エネルギーコストの増加やサプライチェーンの制約に関するリスクを軽減するためにも役立てていただけることでしょう。
より多くのお客様が、すでに持っているインフラを活用してイノベーションを起こすために、私たちのクラウドに目を向けるようになってきています。」
と、クラウド事業への期待と意気込みを語っています。
実際に、今後10年かけてアメリカのノースキャロライナ州で10億ドルを投資して巨大なデータセンターを設立するというニュースもあり、今後もマイクロソフトがクラウド事業とインフラ構築に力を入れることが予想されます。
マイクロソフトの「手賢い」メタバース戦略
Pro向けVRゴーグル「Quest Pro」を正式発表したMeta Connect Keynote 2022には、マイクロソフトのサティア・ナデラ会長兼CEOも登壇した。
出典:Meta Connect Keynote 2022より
もう一つ、マイクロソフトに期待されるのがメタバースです。
10月にはメタ社との提携を発表し、メタが注力するVRデバイス「Meta Quest」シリーズと、その中で体験できるプラットフォーム上で、マイクロソフトTeamsを使ってVR会議ができるようになるなどの新機能が公表されました。
マイクロソフトの公式ブログによると、「Mesh for Microsoft Teams」という、ビジネスチャットの「Microsoft Teams」をメタバースに拡張するツールをMeta Questデバイスに導入。一般的なスマートフォン、ノート PC、Mixed Reality ヘッドセットなど、ユーザーがあらゆるデバイスからバーチャルなワークスペースへ集めていく方針です。
また、VR上でのセキュリティの面でもぬかりなく収益化の構造ができ上がっています。
例えば、マイクロソフトがクラウド上で提供するセキュリティソリューションである「Microsoft Intune」と、ID管理サービスである「Azure Active Directory」は、Meta Quest Pro及びQuest 2に対応するようになっています。
定番のビジネスコミュニケーションツールの1つ、Microsoft TeamsのVR版。基調講演で披露された。
出典:Meta Connect Keynote 2022より
メタのQuest for Businessを契約しているユーザーに対して、IT管理者が「PCやモバイルデバイスに期待されるのと同等」のセキュリティや管理オプションを、VR上でも変わらずに準備できる体制が構築されています。
このように、マイクロソフトはメタバースを通して元から持っているB2Bの強み(マイクロソフトオフィス関連、TeamsなどのB2Bアプリケーションや営業販路)を強化していくことが考察できます。例えば、2020年にはオフィス関連のアプリ(Power Automate)でのRPA機能を拡充させるため、RPAアプリ大手のSoftmotiveを買収しています。
Microsoft 365(旧称「Office 365」。Office製品のサブスクリプション)をはじめとしたマイクロソフトの法人関連ツールの浸透度は圧倒的なポジションにあります。例えば2022年2月時点では、全世界の市場シェアの48%とほぼ半数を占めます。
そのため、メタバース市場でもそこにレバレッジをかけるのが狙いだと言えます。同時に、マイクロソフトが持つ法人関連のサポート体制や営業体制の強さも示しており、他の会社との差別化要因になることが考えられます。
もう一つ手堅い打ち手がゲーム領域です。前述のマイクロソフトとメタの提携発表の中でも、両社がXboxクラウドゲーミングをMeta Quest Storeに導入する方法を検討していると書かれています。もしこれが実現すれば、ゲーマーは何百もの高品質なXboxゲームを、Meta Quest上でもストリーミング(クラウドゲーミング)でプレイできるようになります。
マイクロソフトにとっては既に存在するクラウドゲーミングを横展開する形であるため、開発負荷はそれほど高くないと考えられます。
さらに、メタとのパートナーシップ発表にあたっては、マイクロソフトが開発してきたMRデバイス(Hololensなど)戦略の延長線上にあることを強調しています。
今後メタバースの主力プラットフォームになるであろうMeta Questに早い段階でTeamsやセキュリティ、オフィスアプリ、クラウドゲームという形で入り込むことで、特にメタバースのビジネス領域に最小限のコストで先鞭を付け、他社の参入障壁をあげる狙いが読み取れます。
なお、ゲーム領域については、ゲーム開発大手のActivision Blizzard の買収によりマイクロソフトのゲームポートフォリオはより充実することが見込まれます(もっとも、この買収に関してはEUの規制当局が問題視しており、来年まではどうなるか分かりません)。
ただ、2014年に買収済みの「マインクラフト」(Mojang)はメタバース領域で非常に大事な位置にいます。今後の発展の可能性も大いに秘めていると言えます。
不況時代に巨大IT企業の「コア事業」
不安定な世界情勢やマクロ経済の要因の影響もあり、メタやツイッターをはじめとするSNS企業を中心とした広告収入に頼るビジネスモデルの脆弱性が改めて浮き彫りになっています。
同時に、サプライチェーンの混沌によるリスクも改めて問題視される中、今後の大手IT企業のコア事業がどのようにシフトしていくのか、どのように多角化されていくのかは多くの投資家の関心どころであると言えます。
ほぼ確実に需要が見込めるクラウド事業やインテリジェンス事業、その他サービス事業などで収益化する構造を会社として持つことが強さの源泉になるでしょう。
その上で、常に次なる市場を開拓し、研究開発や企業買収を続ける「余力」を残し、イノベーションを起こし続ける本質的な強さが、2023年以降はさらに問われることになりそうです。
(文・石角友愛)