【WOTA CEO・前田瑶介1】排水の98%以上をクリーンに再利用。「持ち運べる水インフラ」実現した水業界の革命児

WOTA CEO 前田瑶介

撮影:伊藤圭

2022年9月末、静岡県では台風15号の接近で記録的大雨が観測された。清水区は大規模な断水が発生し、約6万3000戸が影響を受けた。完全復旧までに2週間近くを要した。

自宅で風呂にも入れず、トイレの汲み水もあっという間に尽きて、不衛生になる。そんな緊迫した現場に、いち早く足を運んだ経営者がいる。新しい「水インフラ」を作る東大発スタートアップ「WOTA(ウォータ)」代表取締役CEOの前田瑶介(30)だ。

断水の発生後すぐに現場に入り、住人にも直接会って困りごとに耳を傾けた。その後、被災地の住民や顧客、協力会社との連携により、同社ではその4日後から新静岡駅や清水駅など、市内各所での入浴支援活動に対する後方支援を開始した。

災害時の入浴支援で利用者2万人超

WOTA BOX

WOTAが開発する「WOTA BOX」を使えば、排水の98%以上を再生・循環利用できる。シャワーキット(写真左)と連結すれば、100リットルの水で100人がシャワーを浴びることが可能だ。せっけんやシャンプーを使っても問題ない。

撮影:伊藤圭

災害現場で水が使えない状態が続けば、衛生的に劣悪となり、精神的にも辛い生活を余儀なくされる。今回の入浴支援活動は、被災地域の住民が自ら行った自助的な活動である。

そこで、同社が開発したポータブルな水再生プラント「WOTA BOX」5台が利用された。排水の98%以上を再生・循環利用できる。コンパクトな装置でこのクオリティは、世界に類を見ない。

通常、シャワー利用時に水が100リットルあれば2人の利用となるが、WOTA BOXで再利用すれば、同じ水の量でも100人が浴びることができる計算だ。9月28日から一週間で約300人が利用した。

この装置は、テント型のシャワーキットと連結すれば、個室状態でシャワーが浴びられる。これまでに2016年の熊本地震や2018年の西日本豪雨、北海道胆振東部地震などの避難所で、延べ2万人以上に入浴等の災害時の水利用を実現してきた。

WOTAの営業担当の清水宏帥は、非常時の前田の機動力には驚かされると証言する。

「静岡で災害が発生して、朝始発で現地に向かったかと思ったら、昼には帰京して業務をこなした後、また翌日には現場入りしていました。動き回る距離もスピードもすごいんですが、体力も半端ではないですよ」

会社のトップ自ら、なぜ災害現場に赴くのか? 前田は、こう答える。

「場所によって、水源も水の使われ方も異なり、全ての現場の課題は違う。刻々と変化もする。私は、自分が見たこともない場所の水問題を根本的に解決するなんて、土台無理だと思っているんです」

小学生時代から、生物学を入り口に学問的探求を深めてきた前田は、「すべては観察から」というマインドで行動する。2022年の静岡の現場は、これまでの山地災害とは大きく異なり、「都市型」の災害というところに関心があったという。

都市なら少し車を走らせれば、断水がない地域の公衆浴場を利用することはできる。ただし、生理中の女性などは公衆浴場の利用が難しく、自宅の浴槽を利用できない状態が続くと、非常に困るといった「生活の声」も聞こえてきた。これも、現場に赴いたからこその洞察と言える。

「支援が必要はなさそうだと思って現場の避難所へ行くと、とても困られている方がいたりして。今回の現場でも、ニュースではほとんど取り上げられなかった小島地域というエリアで、最後の最後まで断水が長引いていました。公式に発表されている情報って、本当の現場の課題を拾えていないことが多いんですよ」

水処理システムを「家電」にしていく

干ばつの影響を受けるタイ。

WOTAは水を通じて、地球規模の環境問題にアプローチしている(写真はイメージです)。

sarote pruksachat / Getty Images

世界気象機関は、地球温暖化や人口増などにより、2050年には世界で50億人が水不足の状態に陥るとの試算を発表している。現時点でも、世界では安全な飲み水を確保できていない人は20億人以上、下水設備を利用できない人は40億人もいると言われている。地球規模で、持続可能な水利用のあり方が求められている。

WOTAは水や水インフラに関心を持つ東京大学出身の仲間が集って設立されたスタートアップだ。設立以後、水処理を用いたさまざまなプロトタイプの開発が進められてきた。

高校時代から水処理の研究に取り組み、東大で建築設備や都市インフラを学んでいた前田は、興味関心を共にする仲間と出会い、在学中からWOTAの開発をリードし、現在は代表取締役CEOを務める。

前田の同社入りとWOTA BOXの開発開始は、軌を一にする。技術開発のための利用データの収集や実証試験の目的も兼ねてプロトタイプ段階から災害支援活動を続け、2019年には製品化に漕ぎ着けた。

同製品は、2020年度のグッドデザイン大賞に輝いた。また、2021年には英国王立財団が創設した環境賞の最終候補に日本企業で唯一選ばれ「ウィリアム王子特別賞」を受賞、前田は英国・グラスゴーで開催された第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)にも招待された。

WOTA BOX

WOTA BOXの内部構造。複雑に見えるが、チューブとコンセントを挿し、電源スイッチをオンにすれば使用できる。

撮影:伊藤圭

完成したWOTA BOXは、幅も高さも1メートルに満たないコンパクトな大きさながら、水を生活用水にする処理と排水処理とを一気通貫に行える。既存の水道から断絶した場所でも使える、いわば「持ち運べる水処理施設」だ。

センシングで得られたデータを用いて、人工知能で制御。水再生処理技術と自律制御技術をかけあわせて小型のシステムを実現した。

詳しくは第4回で伝えるが、2021年から2022年にかけて軽井沢で行った実証実験では、住宅一棟が上下水道につながっていない「水のオフグリッド」状態で、台所、風呂、手洗い、トイレという全ての生活排水を再生・循環できる水の利用モデルを実現している。

既存の上下水道の延長線上ではなく全く新しいコンセプトで、水処理、水利用のあり方を変えうるイノベーションを生み出したところが、WOTAが「水業界のテスラ」と呼ばれるゆえんだ。

「私たちが手がけてきたのは、言ってみれば、長い時間をかけて人類が築いてきた水処理場の運用管理の方法を、アナログで属人的なものからデジタル技術を使った自律制御に置き換えるという取り組みです。

それによって、どこでも簡単に高度な水処理を行うことができるようになる。とどのつまり、水処理システムを家電みたいに民主化したいと思っているんです」

「水との関係はもっと自由になれる」

スマートフォンを持つ男性の画像。

通信や移動など、ライフラインがどんどん分散化・小型化していく流れの中、水道は不自由なままだと前田は指摘する(写真はイメージです)。

Kentaroo Tryman / Getty Images

現代社会においてもなお、水を浄化するインフラには上下水道という大規模な設備を必要とするのが常である。だが、「私たちの生活の場がいつも水道がある場所に限られるのでは不自由だ」というのが前田の見方だ。

もともと文理の壁がなく、科学、文化、歴史、環境、都市、建築、哲学……とあらゆる学問の造詣が深い彼だけに、常に人類のあり方を文明レベルで捉え「引いた目」でものを見る。

「フォードの発明で100年のうちに車が全世界で走るようになり、携帯電話もわずか20年ほどでスマホに置き換わった。

今では電気も各家庭で発電できる時代ですから、水以外のライフラインはどんどん分散化・小型化されていく流れです。なのに水だけはインフラが固定されたまま、何百年というレベルで不自由さが解決されない状態が続いてしまった」

水の清潔さを維持しつつ、水道設備に依存することなく水が使えるようになれば、「私たちと水との関係性は、もっと自由になれる」と前田は話す。

「本来、水は場所ごとに使われ方も異なるし、自然の条件で水源自体が偏在している。地球上に果てしなく長いパイプをまんべんなく張り巡らせて遠くから水を運んでこなくても、その場所に既にある水を活用して、その場で使った水はその場でキレイにしていけばいいんじゃないかというのが私たちの提案です。

再利用していけば、地球環境への負荷も下げられ水不足の問題の解消にもつながるはずだと考えています」

大量のインプットで思考を更新する「沼タイプ」

WOTA CEO 前田瑶介 経歴

撮影:伊藤圭

今では「水業界の革命児」と呼ばれる前田だが、実際に話してみると、いかにも経営者然としたところはなくむしろ禅僧のように落ち着いた立ち居振る舞いが印象的だ。哲学者のような深いまなざしでビジョンを語る。それでいて、いざ災害が起これば現場を動き回って抜群の行動力を発揮する。

その静と動のイメージのギャップが面白く、経営者として大きなスケールでものを考えるのに、どんな思考スタイルで行動しているのかと問うてみた。すると前田はニコリと笑って、こう返した。

「ある人が、アイデアを生み出す方法を『泉タイプ』『沼タイプ』という類型で分けていたのが面白かったのですが、前者は動かなくても、ひとりでに発想が湧き出すタイプということですよね。

私の場合はそうではなく、『沼タイプ』。とにかくインプットをしまくって、動き回りながら世界と応答することからものを発想し、思考をどんどん更新させていくスタイルです」

そんな前田が、「水の制約」に気付き、課題だと考えた理由は何だったのか? 次回以降、彼の生い立ちや人との出会いから紐解いていく。

(敬称略・明日に続く)

(文・古川雅子、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)

古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に、『「気づき」のがん患者学』(NHK出版新書)がある。

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