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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
特に用事はないけれど「最近どう?」と連絡をとる。実はこのちょっとした声かけが人間関係のメンテナンスに効果を発揮するのだそうです。SNS全盛の時代、つながること自体は容易になりましたが、それを長く続く人脈にしていくには工夫が必要です。入山先生はどんなことを心がけているのでしょうか?
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人間にとって孤独は死よりも恐ろしい
こんにちは、入山章栄です。
みなさんは、知り合いとマメに連絡をとるほうですか? 今回は「人間関係のメンテナンス」って大事だよね、という話です。
BIJ編集部・常盤
今回は『ニューヨーク・タイムズ』で見かけた記事の話をしたいと思います。この記事で紹介されているのは、約6000人が参加した実験です。しばらく会っていない友人知人に「特に用事はないけど、最近どう? 元気?」などと軽い声かけをするのは、連絡した側が思っている以上に相手に感謝されている、という内容なんですね。
確かに私の知り合いにも、こういう軽い声かけが得意な人がいます。特に用事があるわけでもないけれど、数カ月に1回くらい連絡をくれる。そして連絡をもらうと、とてもうれしいんですよね。
入山先生は顔が広いですが、こういう人間関係のメンテナンスは意識されていますか?
僕は無意識にやっていますね。たまたま数週間前にも、アメリカ時代のお師匠さんや、当時の同僚にメールを出したばかりです。元同僚は有名な学術誌のエディターに選ばれたので、「おめでとう」と言いました。向こうもすぐに返事をくれましたが、僕のよくないのは、忙しさにまぎれて、そのあと返信をしないこと。おかげで各所に迷惑をかけているかもしれません。
さて、僕はこの『ニューヨーク・タイムズ』の記事で言っていることは大いにありうると思います。
この連載にも何度か出てきていますが、経営学には「弱いつながりの強さ」という理論があります。親友や家族などの強いつながりよりも、知り合い程度の弱いつながりのほうが、情報伝達がうまくいくという理論ですね。
あるいは「エンベデッドネス(埋め込み)理論」というものもあります。すごく疎遠な関係でもなく、ガチガチの上下関係でもなく、人脈や社会的ネットワークに埋め込まれた関係では、人々は信頼に基づいて行動するようになるという理論です。
結局、人間は社会的関係性の中で生きている。「人は死より孤独を恐れる」とも言われます。なおかつ、周囲にいる人たちの影響から無縁ではいられない。周囲にどんな人がいるかは、その人が社会的にどれくらい成功するかにも影響します。体格すら変わります。これは公衆衛生学の研究で示されていることですが、太った人に囲まれていれば自分も太りやすいし、やせた人ばかり周りにいると自分もやせやすい。
それくらい影響が大きいのに、経営学において人間関係の「メンテナンス」についての研究は、実はほとんどなかったというのが僕の理解です。
僕がアメリカを離れてもう10年経つので、もしかしたらそのあと研究が進んでいるかもしれませんが、少なくとも10年前までは、つながりのメンテナンスに関する研究はほとんどなかったはず。ソーシャルネットワークと呼ばれるつながりの研究が世界中でたくさんあるのとは対照的です。
なぜ研究がなかったかというと、今までの経営学では、こんなふうに考えられていたからでしょう。人は誰かと一回知り合ったら、関係がずっと続く。一度つながった関係は切れない。仮に切れても一回つながっているのだから、すぐに復活するし、ある意味つながっているのと一緒だと。
でも現実には、そんなことはありませんよね。定期的にメンテナンスをしないと、やはり疎遠になっていくものだと思います。僕がこの前、お師匠さんや同僚に急にメールをしたのも、「そういえば最近、彼らに連絡していなかったな。でも彼らとはこれからももっと仲良くしたい。とりあえずメールを打っておこう」となんとなく思ったからです。
特に今はバーチャルでいろんな人と同時につながれる時代になっています。Facebookで「いいね!」を押すなどしてメンテをしていかないと、大量のつながりを維持できなくなっているのかもしれませんね。
連絡をとる口実は何でもいい
BIJ編集部・野田
でも1年以上連絡をとっていない友達にいきなり連絡すると、宗教やマルチ商法の勧誘かと思われそうで(笑)、怖くて連絡をためらってしまいます。そういうとき、どんなふうに連絡すればいいでしょうか。入山先生が工夫していることがあれば教えてください。
工夫というほどではありませんが、やっぱり「ネタ」というか、何でもいいから連絡をとる口実があったほうがいいですよね。不義理をしている人に急に声をかけると、驚かせてしまうかもしれないから。
僕が「この人に声をかけておこう」と思うのは、何かのきっかけでその人を思い出して連絡しようと思ったときが多いので、それをそのまま伝えますね。
例えば誰かとサッカーの話をしたことがきっかけで、「そういえば昔、あの人とよくサッカーを見ていたな」と思い出すと、「じゃあ連絡しよう」となる。そんなときは、「たまたま知り合いとサッカーの話をしてて、きみとよく一緒に〇〇の試合を見ていたのを思い出したよ。最近、あのチーム調子悪いよね」というようなメッセージを送ったりします。
BIJ編集部・野田
なるほど。議題というか、「こういうことを話したくて連絡したんだよ」と言ってもらうと確かに安心しますね。
ライター・長山
それでいうと、年賀状っていいシステムだと思います。本当は12月が1月になったからといって別にめでたくもないですが、新年にかこつけて、日ごろ不義理をしている人たちに挨拶をすることができる。私も最近はサボり気味ですけど、年賀状がきっかけで仕事につながることもよくあります。
年賀状は確かにいいですね。僕も自分からはほとんど出しませんが、それで思い出したのが、ある超大物経営者から聞いた話です。
その方はは企業買収のとても上手な方です。その方ががすごいのは、先方が手放したがっているような会社ではなく、優れた業績を挙げている将来性のある会社を手に入れるところです。でも当然、そういう会社を手に入れるのは難しい。そこでその方は、毎年、年賀状を出すそうなのです。
「あけましておめでとうございます。会社を売ってください」
当然、けんもほろろだけれど、翌年もその翌年も同じようにする。それを10年くらい続ける。
すると、どんなにいい会社でもいいときと悪いときがあるから、「本当に苦しいな」というとき、その方から年賀状が来ていたことを思い出す。それが実を結んでM&Aが成立するんだそうです。これもまさに関係性のメンテナンスがなせる技ですよね。
BIJ編集部・常盤
なるほど。どうせ会社を売るなら、いきなり先月「売って」と言ってきたところよりも、10年もの間忘れずに年賀状をくれるほうに売りたいですよね。
紙の年賀状の需要は縮小傾向ですが、年に一度のご挨拶にかこつけて、つながりメンテナンスをするにはいいチャンスかも。年の瀬も迫ってきましたし、みなさんも年賀状について考えてみてはどうでしょうか。
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小林優多郎、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。