NHKを代表する番組の一つ「あさイチ」の「●●推し特集」が話題だ。
この10月には「声推し」を取り上げ、事前アンケートには8000件を超える回答が寄せられたほか、Twitterでは4万件以上のメンション、NHKの番組が見られる公式アプリ「NHKプラス」では9万5000アクセスを記録した。
番組が初めて「推し」を取り上げたのは、2020年10月。第一回の「推しのいる生活のススメ」に寄せられたエピソードは4万5000件にのぼり、これは「あさイチ」史上最高の数。企画を継続するきっかけにもなったという。
「あさイチ」は12年続くNHK朝の顔だ。
画像提供:NHK
それ以前にも、Eテレでは2018年10月に「沼にハマってきいてみた」(「沼ハマ」)をスタート。10代の若者が大好きでドハマりしてしまった趣味=「沼」の世界を深堀りするバラエティー番組は、若者を中心に支持され、2022年で5年目に入った。
世界初のゲーム教養番組「ゲームゲノム」は毎回大きな反響を呼んでいる。
画像提供:NHK
さらに、10月からはNHK総合で「ゲームゲノム」という“ゲーム教養番組”がスタート。毎回作品の魅力を深掘りした内容がネットニュースになり、トレンド入りするなど、20~40代を中心に大きな話題を呼んでいる。
こうした“お硬い公共放送”のイメージを覆すような番組作りの背景には何があるのか。これら3番組全てに関わっている石塚利恵チーフプロデューサーに話を聞いた。
「好きという気持ち」は世代をこえて共感できる
撮影:今村拓馬
——「ゲームゲノム」「沼ハマ」「推し特集」など、NHKの「サブカルシフト」が進んでいるようにみえます。NHKにとって、いわゆる「サブカルコンテンツ」に取り組むことはどんな意図があるのでしょうか。
まず前提として「いかに若者にNHKを見てもらうか」という意識がありました。だいたい小学校低学年くらいまではEテレを観てくれるのですが、その後離れてしまうという傾向があるのです。
私がプロデューサーとして2018年に「沼ハマ」を立ち上げたときには、今の10代に何が刺さるだろうかということを制作チームで真剣に議論しました。
これだけインターネットやSNSが普及してライフスタイルが多様化し、趣味嗜好も細分化している時代です。だからそれぞれの「好きなモノ・ヒト・コト」に光を当てるのが良いのではないかと。「好きの対象」は違っても「好きという気持ち」には共感してもらえますし、知らないジャンルでも興味をもって見てもらえると思ったんです。
NHKの石塚利恵チーフプロデューサー。入局以来、若者世代向け番組を手がけてきた。
撮影:杉本健太郎
——「沼ハマ」は実際、狙った世代の視聴者に刺さった?
刺さりましたね。例えばネットとの親和性が高い「ボカロ沼」は第3弾まで放送していますが、毎回Twitterの世界トレンド上位に入るくらい盛り上がります。さらに大人であるMCやゲストも毎回共感してくれます。若者から知らない世界の魅力を教えてもらうこともあれば、共通して“好きなもの”は、世代を超えて分かり合えますよね。視聴者も想定していた10代だけでなく、20~30代や、お母さん世代が子供と一緒に観ているというデータが出ていて、若い人たちが「好きなこと」に向かって一生懸命取り組む姿は上の世代にも響くのだとわかりました。
「サブカル」を意識しているつもりはあまりなくて、むしろいまの若者が情熱を注ぐ多種多様な世界に寄り添っているという認識です。その中にたまたまマンガやアニメやゲームも入ってくるというだけですね。作り手としてはサブカルを狙っているつもりはありません。
マンガやアニメ、ゲームは今や「メインカルチャー」だ
—— サブカルと括ること自体が古い、と。
マンガもアニメもゲームも、もう立派なメインカルチャーですよね。世界中の人を熱狂させているじゃないですか。ゲームシーンでいうと、eスポーツでプロゲーマーが注目されていますし、“なりたい職業”の一つにも入ってくる。ゲーム実況動画は、ゲームを遊ばない人も楽しんでいる。捉え方は時代とともに変わってきていると感じます。
—— ゲームがもはやメインカルチャーであるとすれば、逆にNHKがそれを扱わない方が不自然と考えた。
これまでもNHKでは映画や音楽、文学やアートを文化としてとして取り上げてきました。そこにゲームが加わっただけなんです。逆に言うと、「ゲームゲノム」のようにゲームを“文化”として捉え、作品として真正面から扱えるのはNHKにしかできないと思いました。さらに私たちには教育番組や教養番組のノウハウの蓄積があります。
古典をわかりやすく解説する「100分de名著」という人気番組がありますが、このゲーム版が「ゲームゲノム」だと思ってもらえれば理解しやすいのではないでしょうか。
年長者が古典を自分の人生を形作ったものと親しむように、ゲームが当たり前に身の回りにあった40代以下の人にとっては、ゲームのプレイ体験から大切な感情や価値観を受け取っている。自分を形成する文化の一部だと考えています。
——「ゲームゲノム」の反響は大きかったのでしょうか?
「やっとゲームの本当の素晴らしさを理解してもらえた」という声がたくさん寄せられました。SNSの反応のなかに「2億年ぶりにテレビを観ました」というものがあり、嬉しかったですね。テレビから離れてしまった世代が戻ってきてくれたという手応えがあります。教養番組らしく、内容はもちろん、出演者やセット、音楽にもこだわりました。毎回制作チームで心血を注いで作っているのですが、テレビ離れの時代と言われても、魅力的なコンテンツがあれば観てもらえるんだと、テレビの可能性を改めて感じでいます。
SNSの反響で「短期間でレギュラー化」
「ゲームゲノム」では、毎回そのゲームの生みの親とゲームが好きなゲストを招いている。
出典:NHK「ゲームゲノム」公式サイトより
—— SNSの反応は毎回チェックしていますか?
もちろんです。私はずっと若者向け番組を作ってきたので、SNSの力は本当に大きい。ネットで話題になることの爆発力は大きいと実感しています。
NHKでは「NHKプラス」というインターネットで視聴できるサービスを提供しているのですが、番組が話題になるたびにアクセス数が上昇します。若い人ほど「SNSで話題になっていたから、アプリで見てみよう」という動線ができていますね。
「ゲームゲノム」がレギュラー化できたのもSNSの後押しは大きいです。2021年10月に放送したパイロット版が大変好評だったからです。ネットでトレンドに入ったことも含め、20~30代に見ていただけたという事実が大きな力になりました。
—— NHKでゲームを取り上げることに反対はなかったのでしょうか?
まずはパイロット版で「ゲーム教養番組とはどういうものか」しっかり示す必要があると思いました。作品に向き合い、その文化的な価値を掘り起こす内容がメインであると。
作品として選んだのは、分断された社会をプレイヤーが物資を運ぶ配達人となって繋ぐ小島秀夫監督作品「デス・ストランディング」です。コロナ禍だからこそ、この内容は多くの人に響くと考えました。
視聴者からも「現代社会と未来を考えさせられる内容だった」「ゲームを社会と繋がった文化として捉える視点を得た」「ゲームのイメージが良い方へ変わった」といった声が多数寄せられたんです。そしてやはり「普段はあまりNHKを見ない層が見てくれた」というファクトがあったので認められました。
そのおかげで今回は10本という放送枠をもらうことができたのですが、短期間でレギュラー化が実現したのは異例だったと思います。
後編「『若者のテレビ離れ』にNHKも向き合っている。NHK敏腕プロデューサーの挑戦」へ続く。
(文・杉本健太郎)