撮影:Business Insider Japan
フォルクスワーゲンの普及価格帯の新型EV「ID.4」が11月22日、日本上陸を発表した。
グレード展開は499万円(一充電走行距離388km※)の「Lite Launch Edition」と、636万5000円(同561km※)の「Pro Launch Edition」の2グレード。
エントリーモデルが500万円を切る価格で登場したことは、戦略的な価格と言っていい。販売は、全国246拠点のフォルクスワーゲンディーラーのうち158拠点(11月22日時点)で取り扱う。
公道での試乗や室内空間のレビューは動画でもチェック。
撮影:山﨑拓実
実車試乗から、ミドルサイズSUVの注目株の1つを見ていきたい。
※フル充電時からの連続走行距離。いずれも、実際の走行環境に近い条件で燃費を算定した国際基準の燃費試験法「WLTC」モードでの計測。
ついに上陸した世界戦略車の実力
都内でID.4を試乗。
撮影:山﨑拓実
試乗したのは「ID.4」の上位モデル「ID.4 Pro Launch Edition」(636万5000円)だ。
実車を初めて見た人は「意外と大きい」という印象を持つのではないだろうか。曲線を多用したデザインを採用しつつ、フロントのライト周辺やリアのテールランプからロゴ周辺などにボリューム感を感じさせる造形になっているためかもしれない。
ID.4の背面。力強さを感じさせるボディーラインで、後ろからみると存在感がある。
撮影:Business Insider Japan
ただし、ボディーサイズは全長4585×全幅1850×全高1640mmと、国産車としてはやや大柄な日産アリアとほぼ同サイズ。実際には、わずかに小さい。特に車幅は機械式駐車場などに収まりやすいサイズの目安とされる「1850mm」ピッタリで、日本でも扱いやすいサイズ感におさまっている。
記者向けのプレゼンテーションでは、自社のミドルクラスSUV「ティグアン」との比較を示し、ティグアンよりホイールベースが55mm拡大し、室内の自由度が広がっていることを強調する。
特徴的なブレーキランプ周辺と車名ロゴ。車名ロゴの「ID.4」は、一般的なシルバーではなく、あえてホワイト一色になっているのが目を引く。
撮影:Business Insider Japan
シンプルな印象のインパネまわり。装飾性を減らしていることもあって、ドライバー側から目の前に開ける風景は相当にスッキリしている。
撮影:山﨑拓実
ドライバーズシートに乗り込むと、左右に大きく広がるフロントガラスの見晴らしの良さを最初に感じる。ボンネットの鼻先はほぼ見えないので、左右幅が感じやすい(見切りが良い)とまでは言えないものの、不思議と「鼻先が見えなくて気を遣う」という感覚はない。SUVということで、前席の頭上空間などの広々感もある。
助手席側から撮影。展示車は2トーン仕様の内装で、なかなか上品だった。
撮影:Business Insider Japan
1時間に満たない短時間の試乗だったが、強く印象に残っているのは、最初にハンドルを握ってから、車両感覚がなじむまでの早さだ。「運転のしやすさ」と言ってもいいかもしれない。乗り始めて10分ほどで、まるで自分のクルマを運転しているような感覚になったのは、不思議な気分だった。
なぜそう感じるかの正体をさぐってみると、先ほどの「運転席からの見晴らしの良さ」は当然重要だが、「アクセルレスポンスの自然さ」、モーターで減速しながら充電する「回生ブレーキの穏やかさ」、細かいところでは「控えめでシンプルな内装」などにデザイン的な過剰さがまったくないところもポイントのようだ。
こういう「過剰にしない」ことの細かな積み重ねが、初めて乗ってもしっくりくる、肩肘をはらせないポイントのように感じる。
決して質素ではないが、一方で「EVっぽい先鋭感」を際立たせる装飾性は排除したインテリア。日常的に使う、実用的な電気自動車を狙ったという印象がある。
撮影:Business Insider Japan
やや交通量のある一般道のみでの試乗だったため、全開加速までは試していないが、普通に街乗りに使う限りではアクセルレスポンスは穏便でよくしつけられている。
モーターのパワーについては、Proで204馬力、Liteで170馬力(ともにトルクは310N・m)の数値を見ても、仕様として過激さを狙っていないことが分かる。要するに「車格としてきわめて普通」の領域におさまっている。
また穏やかな効き具合の回生ブレーキは説明員によれば減速G(減速時の加速度)で0.25G程度とのことだ。これは走行モードを「コンフォート」「スポーツ」と切り替えても、大きく変わる印象はなかった。イメージ的にはエンジン車のエンジンブレーキ風の効き方で、要するにクルマを日常的に運転する人なら慣れ親しんだ感覚に近い。
「過剰さをなくす」ことの○と×
後席は3人乗り仕様。
撮影:Business Insider Japan
自分のドライビングポジションに合わせた状態で後席に座ると、膝前には拳2個半分程度の空間があった。車両サイズなりの居住空間がある。Proモデルでは、開放感を狙ったガラスルーフが標準装備される。
撮影:Business Insider Japan
控えめで質実剛健な内装は、中級ハッチバックのベンチマーク車種と表現されることの多い「ゴルフ」シリーズなどに共通する、フォルクスワーゲンの特徴でもある。
もちろんパッと見は、大きなセンターディスプレイ、ボタン類は基本的にタッチ式、メーターパネルも液晶と「EVっぽさ」全開だ。ただ、ハイテクさを感じさせる意匠にあえてしていない印象がある。液晶が大きめとはいっても、一部のEVのように「横長すぎるディスプレイ」ではなく自己主張しないところは、きっと狙った設計であるはずだ(もちろん、コストの問題かもしれないが)。
シンプルな印象のインパネまわり。装飾性を減らしていることもあって、ドライバー側から目の前に開ける風景は相当にスッキリしている。
撮影:山﨑拓実
ボンネットを開けたところ。モーターは後部に搭載して、後輪を駆動するRRレイアウト。そのため、フロントはインバーターなどの補記類程度とのこと。実際、カバーの下はスカスカで、ハンドリングを左右する重量配分にも好影響がありそうだ。
撮影:山﨑拓実
自己主張しすぎないことは、前出のように手になじむのが早い一方、人によっては「新しいクルマを手に入れた」というワクワク感がやや物足りないと感じる人もいるかもしれない。
安価なモデルのLiteの499万円という価格は、「このクラスのEVとしては手ごろ」ではあるものの、金額は決して安くはない。
価格と所有欲を満たすかどうかのバランスは、特に試乗を終えたあとで、人によって評価が分かれるかもしれないと感じた部分ではある。
フォルクスワーゲンのSUV「ティグアン」との比較。ホイール間の距離が55mm広がったことで、室内空間の自由度が広がったことをアピールしている。こうした改良は、EV専用プラットフォームを採用していることのメリットの1つだ。
撮影:Business Insider Japan
ライバル車種はという視点で考えると、価格帯・サイズという点で、やはり日産アリアを意識せざるをえない。アリアは前輪駆動のエントリーモデル「B6」で539万円。ただし、一充電走行距離は、ID.4のLiteが388kmなのに対し、アリア B6は470kmをうたう。
記者向けのプレゼンテーションの中で、フォルクスワーゲンは「EVをすべての人に」というメッセージを盛り込んだ。
ID.4がクルマを日常生活で必要とする人が、EVを日常の実用車として使うならどんなクルマであるべきか?を考えた結果の価格とパッケージングだとすれば、その狙いは納得できる。
なお、フォルクスワーゲンはEVならではの保証として、バッテリーの「8年間または16万キロまでの無償修理」を公表している。
グループ内のブランドとしては比較的後発の日本上陸となったフル電動の世界戦略車が、この価格を武器に日本でどう戦うのか興味深いところだ。
(文・伊藤有)