編集部撮影
11月17日、ベースフード株式会社(以下、ベースフード)が上場を果たしました。
ベースフードは、パン、パスタ、クッキーといった完全栄養食(※1)をECやコンビニで展開しているスタートアップです。
公募価格は800円、これに対して初値は710円といわゆる「公募割れ」にはなったものの、時価総額は350億円を超えています。グロース市場の上場時の時価総額の中央値は80億円前後(※2)ですから、今回のベースフードの時価総額はかなり大きいことが分かります。
なぜベースフードの時価総額はこれほど高く評価されているのでしょうか? それを実現している同社のビジネスモデルにはどんな秘密があるのでしょうか? 前後編の2回にわたり、会計とファイナンスの観点から考察していきましょう。
ありそうでなかった完全栄養の「主食」
まずはベースフードのアウトラインを把握しておきましょう。
ベースフードは2016年4月に設立され、翌2017年2月には完全栄養のパスタ「BASE PASTA」の販売を自社ECにてスタートさせています。
その後、2019年3月には完全栄養のパン「BASE BREAD」を発売開始。ここまではECのみの販売でしたが、2020年11月からは店頭販売も始め、2021年3月には関東のコンビニにも置かれるようになっています。ベースフードのパンやクッキーをコンビニで見かけたことがある方も多いのではないでしょうか。
(出所)ベースフード株式会社「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」よりキャプチャ。
ベースフードの創業者である橋本舜氏は、新卒でDeNAに入社し、ゲームプロデューサーや新規事業の立ち上げを経験しています。その際には仕事に没頭しすぎ、居酒屋やファーストフードで食事を済ませることが多かったそうです。
忙しいとどうしても外食やコンビニに頼りがちになります。こうなると栄養や健康面が気になるところですが、素人が栄養をバランスよくとろうと思っても簡単なことではありません。そこで橋本氏は「誰でも簡単に健康的な食生活を実現できないか」と考えたのです。
橋本氏が起業を考えた当時から「完全栄養食」と呼ばれるものはすでに存在していましたが、これらの多くは効率的な食事を目的にしたもので、必ずしも健康寿命について考慮されているわけではありませんでした。そこで橋本氏は「完全栄養の『主食』」というコンセプトを思いつき、これが現在のベースフードの誕生へとつながりました(※3)。
売上高は伸びているがまだ赤字
そんなベースフードを分析するにあたり、まずは売上高と利益を時系列で確認しておきましょう(図表2)。
(出所)ベースフード株式会社「新規上場申請のための有価証券報告書」(Ⅰの部)をもとに筆者作成。
2020年から2022年の2年間で売上高は13倍以上と、まさにスタートアップらしい急成長を遂げています。一方の利益はというと、実は創業以来赤字続きです。
赤字の要因を突き止めるため、次にベースフードの利益構造がどうなっているのかを見てみることにします(図表3)。
(出所)ベースフード株式会社「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」をもとに筆者作成。
ベースフードは商品の製造を外部業者に委託しています。そのため、売上高の41%を原価が占めています。加えてECでの販売が中心であることから、荷造運賃にも売上高の18%がかかっています。この「原価」と「荷造運賃」が実質的な原価だとすると、実質的な粗利は次のように計算できます。
実質的な粗利=1−(41%+18%)=41%
これに加え、売上高の29%に相当する広告宣伝費と、給料手当(4%)とその他販管費(16%)を引くと営業損益はマイナスとなり、営業損失は売上高に対して−8%の4.5億円となっています。
売上の中心はECサブスク
2022年2月時点で、ベースフードは売上の69.2%をECでのサブスクリプションから挙げています。そのため、サブスクを解約されない限り、売上の多くは安定的に確保できます。
サブスク以外の売上としては、Amazon、楽天市場およびYahoo!ショッピングなど他のECプラットフォームでの販売や、卸業者を経由したコンビニエンスストアやドラッグストア、スポーツジム等での販売の売上があります。
(出所)ベースフード株式会社「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」をもとに筆者作成。
加えて図表3で見たように、ベースフードはたしかに赤字とはいえ、その要因の多くは広告宣伝費によるものです。仮に広告宣伝費を半分の8億円に減らせば、それだけで4億円の利益を確保できます。そうせずに売上高の30%近くを広告宣伝費に回している理由は、顧客を獲得することで将来的な収益を得ようと考えているからです。
また日清食品や森永製菓や大手企業が完全栄養食の市場に近年参入していることから、先行者利益という意味でも早い成長が求められているということも考えられます。
では以降で、ベースフードのビジネスモデルがどれだけ「稼ぐ力」を持っているのかを検証していきます。
ベースフードでも、SaaS系のビジネスを行う企業の間で広く使われている「LTV」や「CPA」を重要指標として捉えています。
この連載をお読みいただいている読者のみなさんにはおさらいになりますが、LTVとはLife Time Value(生涯顧客価値)のことで、顧客1人(あるいは1社)あたりから生涯にわたって得られる収益のことを言います。例えば、月額1000円のサブスクサービスを1年間使ってもらえる場合は、LTVは1000円×12=1万2000円ということですね。
もうひとつの指標であるCPAとは、Cost per Action(もしくはAcquisition)、つまり顧客獲得単価のことです。CAC(Costumer Acquisition Cost)と呼ばれることもあります(※4)。例えば、広告宣伝費を1万円かけて10人の顧客を獲得できたとすると、CPAは1万円÷10人=1000円となります。つまり、顧客1人の獲得につき1000円のコストがかかったということです。
一般的にサブスクリプションモデルでは、「LTV>CPA」の達成が勝利の方程式と言われています。顧客の獲得にかかるコスト(CPA)を上回るLTVを得られれば、事業の継続性が見込めるからです。
では、ベースフードのLTVとCPAはどの程度なのかを確認してみましょう。同社の有価証券報告書によれば、2022年2月期は以下のとおりです。
- LTV:2万0012円
- CPA:1万0253円
LTV>CPAは達成できていますね。ただしSaaSビジネスについて詳しい方なら、ここでちょっと立ち止まるかもしれません。というのも、SaaSビジネスでは一般的に、LTVはCPAの3倍以上あることが理想とされるからです(※5)。この基準に照らすと、ベースフードのケースでは2倍程度と少々物足りない印象です。
そこでベースフードにおけるLTVの定義をよく確認してみると、有価証券報告書には次のように書かれています。
LTV=定期注文平均単価×定期注文の限界利益率÷解約率
※定期注文の限界利益率=(定期注文の売上−定期注文のコスト)÷定期注文の売上
限界利益率とは、売上高から、商品の製造から顧客の元に届けるまでにかかる費用を引き、その金額を売上高で割った数字。実質的には「粗利」と同義です。
つまりベースフードが有価証券報告書に記載しているLTVには、「定期注文の限界利益率」(=原価や輸送費を控除した粗利率)が掛けられているということです。
そこで仮に、限界利益ベースではなく販売価格ベースで見たときのLTVがどのくらいになるかを計算してみましょう。有価証券報告書によるとベースフードの2022年2月期の限界利益率は40.3%とのことですから——
販売価格ベースのLTV=2万0212円÷40.3%=4万9658円
となります。このように、販売価格ベースで見れば「LTVはCPAの3倍以上が理想」という基準も満たしていることが分かります。粗利ベースのLTVが2万円で、販売価格ベースのLTV約5万円ということは、換言すると、顧客から約5万円のLTVを得て、そこから約60%の約3万円が原価や輸送費として使われ、残った約2万円がベースフードの手元に残る、ということになります。
顧客単価と平均利用期間は?
この数字をもとに、ベースフードの顧客は何カ月くらいサービスを使い続けているのかも計算してみましょう(※6)。
2022年2月期の売上高55.5億円に対し、サブスクでの売上が占める割合は前述のとおり69%ですから、サブスク売上は38億円となります。これを同時点の購買者数約10万人で割ると、
38億円÷10万人=3万8000円
これを1カ月当たりに直すと、
3万8000円÷12カ月=約3100円
こうして計算される約3100円が、1人あたりの月額購入金額(ARPU:Average Revenue Per User。顧客単価のこと)となります。ちなみにベースフードのサイトを見ると、月額サブスクのスターターセットである「パン16袋セット」は初回約3200円とあります。これは上で計算したARPUと見比べても違和感のない数字です。
先ほど計算したようにCPA(顧客獲得単価)は1万0253円でしたから、これをARPU3100円で割ると回収期間は3カ月強になります。
ここまでで計算できた次の2つ、
- 販売価格ベースのLTV:4万9658円
- ARPU:3100円
から、顧客の平均利用期間も計算できます。
顧客の平均利用期間=4万9658円÷3100円=16カ月
本文では触れていないが、ARPU(ネット)=ARPU(グロス)×限界利益率(40.3%)、CPA回収期間(ネット)=CPA÷ARPU(ネット)で求められる。
筆者作成
関連で、同社の有価証券報告書によれば2022年8月時点で顧客継続率は93.2%と高い値になっている点も注目に値します(※7)。
ここまでの考察をまとめると、ベースフードの状況は次のとおりです。
「売上の約7割をECでのサブスクから挙げており、購買者数は10万人強。購買者の平均購入単価(ARPU)は3100円であり、平均で1年4カ月利用し(LTVは約5万円)、継続率は93%強。一方、ベースフードは顧客1人の獲得に1万円強をかけており、顧客獲得に要した広告宣伝費を3.3カ月で回収している」
このことを踏まえると、現時点でベースフードはたしかに赤字とはいえ、広告宣伝費を投下することで高い売上高成長率を実現できており、サブスクビジネスは効果的に回っていると判断できます(図表6)。今後は、いかにARPUを高めて利用期間を延ばしてもらうかが鍵になるでしょう。
(出所)ベースフード株式会社「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)」をもとに筆者作成。
後編では、ベースフードの資金繰り事情と、今回の上場に際して株式市場から調達する資金をどのように使う予定なのかについて、詳しく見ていくことにします。
※後編はこちら。
※1 完全栄養食とは、一般的に、公的機関が策定した食事摂取基準に基づき、1食に必要な栄養素がすべて必要量以上含まれる食品のことを言います。BASE FOOD 「『完全栄養食(完全食)』とは、どのような食品ですか?」を参照。
※2 一橋大学 鈴木健嗣教授、グロース・キャピタル株式会社「上場後の成長の谷に関する共同研究レポート」を参照。
※3 ここでの内容は以下のインタビューを記事を参考にしています。「『BASE FOOD』開発秘話『働きながら健康的な食生活って無理じゃない?』」type、2019年11月25日。「『目指すのは、健康のインフラです』。BASE FOOD代表橋本舜インタビュー」TABI LABO、2021年3月31日。
※4 CACとCPAについて、使い分けて定義されている場合もあります。例えばCACは、主に自社サービス全体の顧客獲得単価を指すため、営業とマーケティングにかかる費用の数字をもって算出する場合があります。他方、CPAは主にWebなどでの広告運用をする時に、コンバージョンを獲得するためにかかった単価(クリック単価)を意味することがあります。次の文献を参照。「顧客獲得単価とは|CAC・CPAの違いや改善方法を紹介」NEXLINK、2022年1月25日。
※5 一般的にLTVがCPAの3倍あることが望ましいと言われる根拠は次のとおりです。
一般的に、研究開発費、販売費及び一般管理費、原価はそれぞれ売上の30%ずつとなっています。このような状況において、サブスクリプションのビジネスのリターンは30%を求められていると考えているため、LTVはCPAの3倍が望ましいとされています。そうでないと、投資家は、他のスタートアップ企業や伝統的にリターンが14−18%得られるビジネスに目を向けるようになるためです。なお、ここでの議論は次の文献を参考にしています。BSAIKRISHNA, “The importance of LTV to CAC Ratio and why should it atleast be 3X?,” Brandalyzer, March 18, 2019. Anupam Rastogi, “Focus on Sales Efficiency as you plan strategy and budget for your growth-stage SaaS company,” Medium, December 2,2016.
※6 ベースフードが開示しているLTVとCPAは2022年8月時点のものですが、ここでは単純化して、2022年2月時点のP/Lの数字をもとに計算をしています。
※7 利用期間が16カ月ということは、チャーンレートは1÷16カ月=6.3%ということが分かります。ここから1−6.3%=93.7%が継続率と計算できます。この数字は、ベースフードが開示している継続率93.2%と近しい水準になっています。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。