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興収62.6億円突破『すずめの戸締まり』大ヒットから見る「新海誠の変化」とシネコン苦境

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先着300万人に配布された入場特典の「新海誠本」。

撮影:伊藤有

新海誠監督の新作『すずめの戸締まり』の好調な興行が続いている。公開から11月27日までの累計動員は460万人、累計興収は62.6億円。ちなみに前々作『君の名は。』の同期間の興収は62.9億円。前作『天気の子』の同期間の興収は59.1億円。つまり、最終興収141.9億円を記録した『天気の子』を上回るペース、最終興収250.3億円を記録した『君の名は。』とほぼ肩を並べるペースで興収をあげていることになる。

「大ヒット作に集中」せざるをえないシネコンの現状

『すずめの戸締まり』が公開された最初の週末には、日本全国のシネコンのスクリーンの大半が同作によって占拠され、大型のシネコンでは1日数十回も上映されるという異常事態に。さすがに場所や時間帯によっては「空席が目立つ」という報告もソーシャルメディアには上がっていたが、同時期に公開された他の作品との興収差からも、各興行会社の判断は見当外れではなかったことが証明されたかたちだ。

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時刻表のように分刻みで上映されている『すずめの戸締まり』。11月13日撮影。

撮影:伊藤有

『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』、『劇場版 呪術廻戦 0』、『トップガン マーヴェリック』、『ONE PIECE FILM RED』。新型コロナウイルスのパンデミック以降、ごく一部のメガヒット作に集客が極端に偏るという傾向が加速している(興味深いことに、当たる作品は異なるもののそれは世界的に起こっている現象でもある)。逆に言うと、そうしたメガヒット作がない時期、あるいはメガヒット作が公開から数カ月を経て息切れしている時期は、パンデミック以前には年に数週間しかなかったような「閑古鳥が鳴いているシネコンの風景」が常態化している。特に都市部以外では、今やいつ廃業してもおかしくないようなシネコンがたくさんある。その現実を踏まえずに、興行サイドだけを批判しても仕方がない。

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ポスト宮崎駿を探していた東宝の思惑

それに加えて、『すずめの戸締まり』に関しては配給サイド、つまり東宝の「新海誠監督を国民的作家として定着させる」という総意が大きく働いているという視点も欠かせない。2014年にスタジオジブリが映画制作からの撤退(2017年に再開)を発表した際、『千と千尋の神隠し』(2001年)以降独占的にジブリスタジオ作品の配給を手がけてきた東宝にとって、宮崎駿監督に変わる存在を抜擢(ばってき)、あるいは発掘して育成することは急務だった。その後、庵野秀明を筆頭に多くの有名アニメーション作家が東宝と仕事をしてきたが、どちらかといば「抜擢」の対象ではなく「発掘して育成」する対象だった新海誠が、長編としては初の東宝配給作品『君の名は。』で突然ヒットメイカーに大化けしたのは、まさに渡りに船の出来事だった。

ヒット作の連発で「国民的作家」となった新海誠

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3作続けてヒットを飛ばしたことで名実ともに国民的作家となった新海誠。

REUTERS

『天気の子』公開前の時点で、新海誠監督には「『君の名は。』の一発屋」となってしまう可能性もあった。興収100億円を超えるような作品は、長年にわたって定期的にヒット作を生み出してきたスタジオジブリ作品とかでもない限り、そもそも狙って作れるようなものではない。テーマにおいても描写においても作品としてかなり「攻め」の姿勢を打ち出していた『天気の子』が、それでも興収141.9億円をあげる大ヒット作となったことで、新海誠監督は名実ともに「国民的作家」の仲間入りを果たしたわけだ。

つまり、『すずめの戸締まり』は新海誠監督が初めて「国民的作家」としての自覚を持って臨んだ新作ということになる。そう考えると、今作における作家としての責任感の表出、過剰なまでにポップソングに頼った演出手法の後退、異性に対するフェティシズム的描写の減少などの過去作との変化にも納得させられるだろう。さらに、『すずめの戸締まり』を特徴づけているのは、これまでの作品でも見え隠れしていた宮崎駿作品へのオマージュが、もはや隠そうという意志さえ感じられないほど全編にわたって散りばめられていることだ。これは、10代の男女の恋愛感情を主要なモチーフにしてきた新海誠監督が、そこから脱却して(大半のスタジオジブリ作品がそうであるような)全世代を対象とした作品の送り手になりつつあることも意味していると言えるのではないだろうか。

夏休みではなく「11月11日公開」にした理由

映画・音楽ジャーナリストの宇野維正さん

映画・音楽ジャーナリストの宇野維正さん。

宇野維正さん提供

『すずめの戸締まり』の公開が発表された際、自分が何よりも注目したのは11月11日というその公開タイミングだった。中高生の夏休みの終わりに公開された『君の名は。』。夏休みの始まりに公開された『天気の子』。過去2作では作品のメインターゲットである10代の生活サイクルに周到に寄せた、夏休み期間中に公開日が設定されていたが、今回は11月公開という時点で、正月興行までを見据えていること、そして伝統的に正月興行に強いファミリームービーとしての位置付けを予測することができた。そして、いざ蓋を開けてみると、確かに『すずめの戸締まり』はそれに相応しい作品となっていた。

現在(11月28日)のところ、『すずめの戸締まり』は上映スクリーン数こそ公開当初の異常な状態から正常に戻りつつあるが、ウィークデイも大きく数字を落とすことなく、異例の高い推移での興行を続けている。来る正月興行では東映配給の『THE FIRST SLAM DUNK』、ディズニー配給の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』あたりが強力な対抗馬となってくるだろうが、公開から2カ月近く経過することになるその時点でも十分に「戦える」状況、場合によってはそこでも他作品を「引き離せる」だけの状況にあると言っていい。「突然注目を浴びたヒットメイカー」から「国民的作家」へ。「夏休み映画」から「正月映画」へ。『すずめの戸締まり』の半ば約束されていた快進撃の裏には、そのような大きなシフトがあったのだ。

(文・宇野維正)

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