メタは2014年に220億ドルで買収したWhatsAppの収益化を急いでいる。
Facebook/Meta
メタ(Meta)の社内には切迫感が漂っている。
成長率が鈍化するなか、マーク・ザッカーバーグCEOはメタバースへの危険な賭けを続けている。それに向けられた批判に対処するべく、同社はいま、WhatsAppの収益化を図っている。
メタがWhatsAppを220億ドルで買収したのは、まだメタがフェイスブック(Facebook)と名乗っていた2014年のことだ。当時WhatsAppのユーザー数は5年間で4億人にまで拡大していたとはいえ、何の変哲もない無料チャットアプリの買収額としては驚異的な数字だ。これはいまだにメタ史上最高の買収額だが、その投資分は現時点で直接的には回収できていない。
メタの収益の大半はいまだ広告事業。WhatsAppマネタイズまでの道は遠い。
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メタ傘下の各種チャットアプリから上がる広告以外の収益は「その他収入」の項目に計上される。その収益の大半はWhatsAppが占めており、2022年第3四半期は1億9200万ドルと控えめな数字だった。同四半期の総収益は約280億ドルであり、そのほとんどをデジタル広告が占めている。この収益額は前年前期比マイナス5%であり、2四半期連続で減収となっている。
収益とユーザー数の伸びが鈍化し、株価も低迷する今のメタにとって、長らく実現できていないWhatsAppの収益化は懸案事項だ。2021年からメタのビジネス・メッセージング担当副社長を務めるマット・アイデマは、Insiderの取材に対しこう語る。
「すでにあるこのチャットアプリ上でどうビジネス展開していくか。非常に大きなチャレンジです」
メタのビジネス・メッセージング事業を統括するマット・アイデマ副社長。
Facebook/Meta
この課題に対するアイデマの今現在の答えは、「ビジネス・メッセージング」戦略の構築である。つまり、企業がWhatsAppを使ってチャットをしたり、広告を掲載したり、顧客対応を行ったりするというものだ。
世界中の人々が外出自粛を余儀なくされたコロナ禍の初期、WhatsAppを使って企業と連絡をとる人が増えたのを見て、アイデマはこのアプリがいかに頻繁に使用されているか、そしていかにマネタイズが不十分であるかを再確認したという。
現在のWhatsAppの最大の収益源は、メッセージ誘導広告またはWhatsApp誘導広告と呼ばれるものだ。これは、広告主がお金を払ってユーザーにメッセージを送り、WhatsAppを介してコミュニケーションをとるというものだ。
いまだ収益化を模索
WhatsAppの買収以来、メタはどうやって収益化を図るかを試行錯誤してきた、とWhatsApp関係の業務を担っていたメタの元従業員2人は明かす。今になって同社がこの取り組みを再開したのは、収益の成長に向けた方向性を示すことが「切迫した」課題となったからだ。
取材に応じたその元従業員は、本当なら何年も前にWhatsAppは完全に統合された決済機能を持てていたはずで、「すでにそれなりの利益を上げていてしかるべきだったのに、かなり後れをとってしまった」と話す。
メンローパークにあるメタ本社の会議室で取材に応じたアイデマは、WhatsAppがメタの収益の柱になるまでに時間がかかり過ぎているのではという懸念を否定はせず、WhatsAppの事業を軌道に乗せることは至上命題となった、と話す。
「当時(アイデマが事業責任者となった2017年)のWhatsAppは、10億人のユーザーがいながら、ビジネスについてまったく考えられていませんでした」(アイデマ)
WhatsAppのユーザーは現在20億人を数えるが、どういうビジネスモデルなら成功できるのか、いまだに模索が続いている。
WhatsAppと広告は相容れない
アイデマは当初、Facebookの巨大な“デジタル広告マシン”内でWhatsAppを使うことを「何度か試みた」というが、この試みは2020年の段階で頓挫している。おそらく初めから失敗する運命だったのだろう。というのも、広告はそもそもWhatsAppの設計思想の対極にあるものだからだ。WhatsAppは長らく広告を掲載しないというポリシーを貫いてきており、その姿勢はフェイスブックに買収されて以降も変わらなかった。
では、フェイスブックを世界屈指の企業に押し上げたデジタル広告戦略を使う代わりにWhatsAppはどこで収益を得ているのかというと、アプリ内での行動分析だ。具体的には中小規模の企業が、WhatsAppを通じて顧客にテキストメッセージを送り、注文を履行し、事業を回すといった行動を分析している。WhatsAppの重点市場はインド、ブラジル、インドネシア、メキシコなどだ。
アイデマは、カスタマーサービス・ソフトウェアやWhatsAppのAPIを販売し、他のアプリと連携がとれるようにしていきたいとも考えている。WhatsAppの無料版APIは2019年時点で5000万社が利用しており、コロナ禍によってその数は激増したと言われている(アイデマは現時点での数字を明かさなかった)。
WhatsAppは、特に北米圏における有料のカスタマーサービス機能の利用企業数を増やしたいと考えている。フェイスブック(現メタ)が2020年に10億ドルとも言われる額で顧客管理システムのKustomer(カスタマー)を買収したのもそのためだ。単純な問い合わせのためにフリーダイヤルに電話をかけて長時間待つ時代はもう終わった、WhatsAppを使えばいい、というわけだ。
アイデマは1つの成功例として、2021年にゼネラル・モータース(GM)がブラジルにおけるキャンペーンでWhatsAppを利用した例を挙げた。このキャンペーンでGMはFacebookとInstagramでメッセージ誘導広告を打ち、新車の購入を検討している人々をWhatsAppを介して同社のディーラーへと誘導した。GMは1カ月で3000台の車を販売し、その取引はすべてWhatsApp上で行われたという。
WeChatに学べ
中国のテンセントはWeChatの機能を広げ、「スーパーアプリ」と呼ばれるまでに成長させた。
Siphiwe Sibeko / Reuters
WhatsAppに新機能が追加されれば、コミュニケーション、買い物、注文、支払いをすべてアプリ内で完結できるスーパーアプリに生まれ変わる可能性もある。
スーパーアプリと言われてすぐに思いつくのはWeChatだ。テンセントが2011年にローンチしたWeChatはいまや絶大な人気を誇るSNSプラットフォームであり、ビデオ通話、テキスト送信からゲーム、タクシーの配車、ショッピングがこのアプリ内で行える。WeChatの決済機能も中国の至るところで利用されており、服を買うにも食事をするにも、決済手段はWeChatだけというところも多い。
メタ傘下のすべてのSNSアプリのデイリーアクティブユーザー数(DAU)を足し合わせた数は2022年6月時点で28億人だが、WeChatのDAUは2019年時点で10億人を突破している。「WeChatから学べることはたくさんある」とアイデマは言う。
WhatsAppは2022年8月、5億人のユーザーを誇る最大市場のインドでウーバー(Uber)との提携を発表した。現在インドでは、WhatsAppからウーバーの配車を依頼することができる。同月にはインドの小売業者ジオマート(JioMart)との提携も発表した。サービス開発に2年を要したもので、これにより同アプリで初めて「エンド・ツー・エンド」の買い物が可能になるという。
WhatsAppのプロダクト責任者、アジット・ヴァルマ。
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WhatsAppのプロダクト責任者、アジット・ヴァルマはInsiderの取材に対し、「いかに事業拡大を加速させるか。これが目下のわれわれにとっての課題です」と語る。
一方で、こうした成長加速のための取り組みはユーザーの苛立ちを招いてもいる。SNS上で多くのユーザーが、WhatsApp経由で企業からスパムメッセージが届くと不満の声を上げているのだ。
それでもWhatsAppは大胆な展開を目論んでいる。ヴァルマは自動車メーカーから航空会社、ケーブルテレビ局に至るまで、「世界中のあらゆる企業」がWhatsAppを利用することを望んでいる。この野心を現実のものとするには、やはり決済機能が必要だ。現在のWhatsAppでは個人間の送金しかできない。
1つのメッセージ戦略
メタは今、WhatsAppに多くの労力とリソースを投じている——それが成功を約束するわけでは必ずしもないが。
2022年5月、メタは初めてメッセージ事業に特化したカンファレンスを開催した。ザッカーバーグが基調講演を行い、企業に対してWhatsAppのAPIを利用するよう訴えた。
WhatsAppは現在、大々的なマーケティング・キャンペーンを実施中だ。直近2回の決算発表では、メタの役員たちは必ずメッセージ事業について言及している。
2022年の第1四半期中にザッカーバーグは、アップルのプライバシー規定変更に伴ってターゲティング広告の精度が下がることへの対処方法のひとつとしてWhatsAppを引き合いに出した。ザッカーバーグは最近、iMessageよりWhatsAppのほうが安全だと宣伝している。
WhatsAppの利用企業数は「まだまだ踊り場には至っていない」と考えるアイデマは、今こそWhatsApp、Facebook Messenger、Instagramを束ねた「1つのメッセージ戦略」として扱う時が来たと話す。
現在、毎週10億人がFacebookを通じて企業とコミュニケーションをしている。アイデマは具体的な成長イメージこそ明かさなかったものの、WhatsAppは向こう3年で今より多くの機能を備えることになるだろうと自信をのぞかせた。