撮影:山﨑拓実
「今年中に1台作り切って、販売まで持っていきたい」
こう語るのは、完全自動運転の実現を目指すスタートアップ・TURINGの共同代表兼、CTOを務める青木俊介さん。TURINGは、将棋AI「Ponanza」を開発したエンジニア・山本一成さんが共同代表を務めていることでも知られている、千葉県柏市に拠点を置くスタートアップだ。
2021年夏に創業したばかりの同社だが、この7月にはシードラウンドで10億の資金調達を実現。着々とプロトタイプの自動運転車の研究開発を進めている。
11月某日、TURINGが開発する自動運転車の公道での試乗を体験してきた。青木さんに自動運転車の実現への思いを聞いた。
※自動運転車の試乗の様子は動画を御覧ください。
カメラで見た景色をAIが認識。走行ルートを決定する
TURINGが自動運転の実証走行に使用している車。
撮影:山﨑拓実
TURINGのオフィスは、つくばエクスプレス(TX)柏の葉キャンパス駅から歩いて数分の場所にある。オフィスのほど近くには、自動運転車を開発するガレージや試乗用のコースもあった。
開発中の車両の見かけは、普通の自動車となんら変わらない。強いていうなら、フロントガラス付近にカメラやパソコンとつながっている配線が伸びていたくらいだ。これは開発段階ならではの姿で、実際に販売する段階ではこういった配線はきれいに収納されることになると青木さんは話す。
TURINGは千葉県柏市から許可を得て公道での実証試験を実施している。ただ、自動運転モードで走行できるのは限られた道だけ。その前後の運転は手動だ。
実証試験が可能な道まで来ると、ボタンを押して自動運転モードがスタートした。運転する主体が人からAIに切り替わる際に、「ラグ」のようなものが生じることはなかったように思う。
自動運転中に手を離すと、小刻みに自動でハンドルが調整されていた。
撮影:山﨑拓実
自動運転モードでは、自動車に前方に搭載したカメラで周囲の様子を撮影。人工知能(AI)がその画像データを読み込むことで、「状況を認識」する。AIは、白線や前方車両との距離や速度といった状況を把握して車の進路を決定。それに沿って走行するようにハンドルを制御する。
試乗で走行した道は緩やかなS字カーブの一本道。交差点や信号などの複雑な制御が必要な場所はなかったが、小刻みにハンドルを切りながら走っていく様子は新鮮だった。
距離にしてわずか数百メートルではあったものの「車道を道なりに走る」という事自体は、自然に実現していたように思う。
自動運転中のディスプレイ。青い線がAIによって決められた走行ルート。
撮影:山﨑拓実
年内に1台完成へ。日本を再びものづくり大国に
——TURINGが開発する自動運転のAIは、どうやって作られているのでしょうか?
青木俊介さん(以下、青木): 我々は基本的に人間の走行データを元にしてAIを作り、完全自動運転を目指すスタンスを取っています。走行データを取るために走行パートナーさんを雇っており、その方達が人力で車両を運転してデータを集めているんです。
この走行データには、例えば画像データや動画データがありますが、さらに車両の中に搭載されたネットワークから車両の基礎的なデータも取っています。速度や加速度、さらに操作に関わるデータも取れる。今年は500時間分の走行データを集めることができました。来年以降は、5万時間ほど頑張ってデータを集めたいと思っています。
——車両の基礎的なデータというと「アクセルをどういうタイミングで踏んで加速がどの程度だったか」とか。そういう細かいデータということでしょうか。
青木:まさにそのとおりです。走行パートナーさんをたくさん見つけて、さまざまな環境で走行してもらい、そのデータをフィードバックすることで、AIがバージョンアップしていくわけです。
また今後は、走行パートナーさんに限らず、データを集めるいいスキームを作っていければとも思っています。
TURINGの共同代表/CTOの青木俊介さん。青木さんはもともと、カーネギーメロン大学で自動運転車の研究をしていた。
撮影:山﨑拓実
——実際に試乗してみるとスムーズな運転だと感じました。現状ではどういった課題があるのでしょうか?
青木:周りの白線を検知したり、車両の状態(速度など)や位置を把握したりすることはできています。そういう技術を結集して、北海道や千葉県内の公道を走ってきました。
ただ、やっぱり難しいのは「交差点」や「信号機」を検知したり、歩行者とやりとりしたりする部分です。「この歩行者は信号を渡るんだろうか、渡らないんだろうか」というような状況を見ることはまだできていません。
ですので、現状は自動運転車を走らせているものの、交差点や人がいる環境では人力でオーバーライドする形で運転をしています。
最初にルートを決めておいて、「後はこのルート通りに走行して」というような自動運転の実現はまだ先です。
——途中で右に曲がるにしても、信号の色や周囲の歩行者・自転車の動きなどを判断するには、もう一つブレイクスルーが必要なんですね。
青木:そうですね。例えば自転車に乗ってる人でも、すごく慣れてる人なのか、おばあちゃんなのか子供なのかとか、おそらく人間って色々と判断しながら運転しているんです。
もしかしたら追い抜いちゃいけないかもしれないし、もう少し横にずれてくるかもしれない。そういったことを判断するAIを作る上では、データがまだ足りていないと思っています。
—— TURINGは、自動運転のソフトウェアだけではなく、自動運転車そのものを開発しようとしていると伺いました。今後の開発計画を教えて下さい。
青木:我々は基本的に自動車を作る会社(自動車メーカー)として立ち上がっています。
計画としては、2022年中、つまり今年中に1台自動車を作り切って、今年度中に販売まで持っていきたいと考えています。その次は100台。それをおそらく3〜4年かけて進めていくことになる計画です。その次のフェイズとして、年間1万台を製造できる工場を建てる。1台、100台、1万台と3つのステップで考えています。
量産では自動運転のレベルでいうと「レベル5」※の車両の販売を目指していますが、12月までにお見せしようと思っている自動運転車では「レベル2相当」になると思っています。今は、法規制等も含めていろいろと詰めているところです。
※自動運転は、自動化の程度に応じてレベル1〜レベル5までの5段階に分けて考えられている。レベル5が完全自動運転。
——TURINGは創業からスピーディーに開発を展開しているように感じます。その熱意の源泉はどこにあるのでしょうか?
青木:我々は、「We Overtake Tesla」と、テスラに追いつけ、追い越せということを合言葉に日々研究・開発活動を進めています。
やっぱり日本ってものづくりの国だったと思うんですよね。ただ、今や電機産業が廃れて、情報産業もアメリカや中国に全然勝てない。やっぱり新しい技術や製品が日本から出てこないことは非常に悔しいんです。
iPhoneが登場したり、テスラが電気自動車を販売したり、人類を一歩前に進めるような技術開発の多くは、アメリカや中国が中心になっています。その現状を打破したい、ねじまげたいという熱い気持ちを持った人たちが集まってきたのがTURINGという会社なんです。
(取材・三ツ村崇志)