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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
「その企画いいですね、やりたいです!」と言っていたのに、いざ実行となると動いてくれない——マネジャーが出くわす“仕事あるある”です。やると言ったのになぜやらないんだ!と部下を責める前に、そもそもこの事象を2つに切り分けて考える必要がある、と入山先生は指摘します。今回の話は、かなり皆さんの仕事の進め方の参考になると思いますよ。
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「やりたいです」と言っていたのは何だったのか
こんにちは、入山章栄です。
今回は、Business Insider Japan編集部の野田翔さんのお悩みについて考えてみましょう。
BIJ編集部・野田
以前、ある組織でマネジャーをしていたときの悩みです。部下が「自分は仕事でこんなことをやりたい」と言ってくれますよね。ところがいざ「じゃあ、それやろうよ」となっても、そこからなかなか動いてくれないことが多かったんです。
動いてくれないということは何か問題があるのかと思って、スケジュールを一緒に立ててみたり、タスクを調整して仕事量を減らしたりしても、なかなか前に進まない。本当に頭を抱えて、ついに解決しないまま終わってしまいました。
僕はどう支援したらよかったのでしょうか?
なるほど。つまり、野田さんが部下と一緒に企画を考えると、部下が「こういう企画をやりたいです」とは言ってくれるんですね?
BIJ編集部・野田
そうです。会議で「次はどんな企画をやってみたいですか?」という話になって、「最近こういうことに興味あります」と部下が言ってくれて。そこで僕が「こうふうにしたら面白い企画になるんじゃない?」と返したところ、「やってみたいです!」「じゃあさっそく進めて」と。
ところがいざとなると進まない。こういうことが男性の部下でも女性の部下でも起きました。
野田さんの部下ということは、29歳の野田さんよりさらに若い方なのでしょう。野田さんよりキャリアのある常盤亜由子さんは、こういう経験はありますか?
BIJ編集部・常盤
ありますよ。これはけっこう「マネジャーあるある」じゃないですか? 先生の周りにもこういう事例はあるのでは?
結論から言うと、僕はそのあるあるの部下みたいなことやっているかも(笑)。つまり、やると言ってやらないタイプかもしれません。
BIJ編集部・常盤
まさかの(笑)。
それにしても、これは面白い問題ですね。
まず、この議論の根本のポイントは、「企画」と「プロジェクトマネジメント」は別物だ、ということだと思います。
つまり人というのは、新しいアイデアを思いついた瞬間は「やりたい!」と思っても、いざ実行段階になったらすでにテンションが下がっていることは珍しくないのです。
もちろん、企画したことはすべて実行する人もいるでしょう。でもそういう方はごく稀で、実際にはそうではないケースのほうが多いのではないかと思います。
ですから、この企画段階では「やりたい」といった部下が、実際には「やらない」というのは、かなりの人が共有する人間の根本の性格に根ざしているとも言えます。
実は、これを説明する心理学の理論があります。
僕の『世界標準の経営理論』でも紹介していますが、ノーベル経済学賞をとったダニエル・カーネマン教授らの「システム1、システム2」がまさにこれに当たりますね。
人はものごとを考えたり決めるときに、まずは衝動的に、論理的ではなくとも、直感で判断して決めるものです。脳がそうなっているんですよ。これがシステム1です。
ただそのあとで、しばらく時間が経つと、冷静に論理的にものごとを考えて評価するようになる。これがシステム2です。
BIJ編集部・常盤
まさに、企画フェーズがシステム1で、実行フェーズがシステム2ですね。
そうなんです。ですから、人はこのようにそもそも企画段階は論理性を無視して直感で考えて、でも実行フェーズでは冷静に慎重になるものなのですよ。脳がそうなっているんです。
したがってプロジェクトにおいては、(1)企画を立てるということと、(2)その企画を現実化するプロジェクトマネジメントを一直線上に考えないほうがいい、両者は別物だということなのです。
実際、僕もいろいろなプロデューサーとかクリエイターとか出版社の人と「今度ああいうことやりましょうか」「こういうことをやりませんか」という企画会議を、しょっちゅうします。
学者の研究プロジェクトも同じです。国際学会で久しぶりに顔を合わせた他国の同業の研究者とお茶を飲みながら、「最近どういう研究やってるの?」「実はこういうことやっててさ」「それって、こういうこともできそうだよね」「じゃあ一緒にやる?」と意気投合する。
でも普段はお互い別の国に住んでいるから、「じゃあ、また来週ぐらいにメールで連絡とり合おう」「オッケー!」と言って別れる。システム1状態ですね。
ところが1週間ぐらいして帰国して冷静になると、「これ、本当にやるとなると大変だよな……」と気づくわけです(笑)。システム2ですね。
プロジェクトというのは、自分のなけなしのリソースの中からそれなりの時間を割いて、コミットする作業です。それを思うと、口で言ってはみたものの、現実には絶対にできそうもない。でも向こうが乗り気だったことを思い出すと悪くてやめようとも言えない……。ちょっと様子を見るか、ということで放置して時間がどんどん経っていく。こうして自然に消滅していった企画は、実現した企画の何十倍もあるはずです。僕もそうです。
たとえはよくないかもしれませんが、お互いに盛り上がった一夜のアバンチュールの相手と、その後、真剣に交際するかどうかはまた別だ、ということですよ(笑)。
BIJ編集部・野田
なるほど。そう言われると分かる気がします。
企画の9割5分は日の目を見ずに死んでいく
僕にも「やろうやろう」と盛り上がったものの、実現に至らなかった企画はそれはもうゴマンとあります。僕の経験則で言うと、企画の9割5分は日の目を見ずに死にます。いいクリエイターほど、死んだ企画を大量に持っているのではないでしょうか。
でも僕は、これが悪いことだとは思いません。僕が思うに、とにかく企画は破天荒でぶっ飛んでるほうがいい。企画は可能な限り楽観的に前向きに考えて、その代わり実行フェーズは可能な限り地味にやるのが、いい仕事のコツだと思っています。
だから「企画を考えたときは心がときめいたけれど、今はときめかない」のであれば、無理してやらないほうがいいんですよ。企画フェーズと実行フェーズは違うんです。
だから野田さんのご相談に関しての僕の回答は、それは野田さんのマネジメントが悪いわけでもないし、その部下が飽きっぽくて責任感に欠けるわけでもない。そもそも人間とはそういうものだ、ということなのです。
特に野田さんのやっているのはクリエイティブな仕事ですから、そもそも企画を妄想するのが楽しい人たちが集まっているわけですよ。システム1が大好きなんです。
野田さんより上の世代は、与えられた仕事はつべこべ言わずにやるのが当然でしたが、これからはみんな自分のやりたい仕事しかしない時代です。そこへ「なんでやるって言ったのにやらないんだ」と上から目線で責めたりしたら、それはある意味正論だけに、部下を追い詰めることになりますよ。
BIJ編集部・野田
うわー、やっちゃってましたね。「時間がないならスケジュールを調整しようよ」みたいに食い下がってました。部下にしてみれば、面倒くさかったでしょうね。反省です。
冷却期間をおいてから真意を確認する
では問題は、「どうやってその面白そうな企画と、それを実行に結びつけるかもしれないプロセスをうまく対処していくか」ですよね。僕の経験則から言うと、方法は3種類しかありません。
1つめの方法は、まず盛り上がった企画をしばらく放っておいて、2~3週間経ってから「あれどうなった?」と聞く。システム2状態になってから現実性を問う、ということですね。「そういえば、進んでません」と言われても「やらなきゃダメじゃん」とは言わない。
「この企画さ、あのときは本当に面白いと思ったけど、本当に君はこれやりたい? やるなら応援するよ。でもやらないなら無理しなくてもいい。本音はどう?」と確認する。
ここで「野田さん、ごめんなさい。あれは一夜のアバンチュールでした」と言われたら「そうか」とサラッと流しておしまい。「やるって言ったじゃないか」と問い詰めるのは野暮というものです。繰り返しですが、企画と実行は違うので、この場合は諦めた方が賢明です。
2つめの方法は、リーダーである野田さんがその企画を本当にいいと思ったら、もうその企画ができた瞬間に部下に実行をコミットさせてしまうこと。例えば、その場でスケジュールを立てて関係者に連絡させてしまうんです。システム1状態のときに、勢いで実行まで強くコミットさせちゃうわけですね。
ただしこのやり方の条件は、野田さん自身もいい企画だと思っていることです。部下がシステム2状態になって冷静になっても、野田さん自身がコミットして別の人をアサインしてでも実行を進められるからです。逆に、野田さんはあまり乗り気ではないけれど、部下だけが熱くなっている企画であれば、1番目の方法がおすすめです。
3つめのやり方は、とにかく実行を重視するやり方です。この場合は、例えばあまり関係ない部下なども担当者に任命したりして、半ば“寝技”で部下や関係者を巻き込みながら、無理矢理プロジェクトを遂行してしまう、というアプローチですね。
実は僕もこのパターンに巻き込まれたことが何度かありますが、このパターンはだいたい途中で揉めます(笑)。なぜなら、参加者の熱が冷めていて、ただ惰性で「とにかく実現する」ことだけが目的になっているからです。
BIJ編集部・野田
それは僕もやったことがありますが、揉めましたね。「なんで僕がこれをやらないといけないんですか」と言われました。
僕の知っているある編集者にこの“寝技”がとても上手な人がいます。企画を次々と形にしていくので、刊行点数のノルマの達成率は素晴らしく高い。つまり実行の達人ですね。
ただ結局やる参加者のテンションが下がっても続けているプロジェクトなので、あまりいいコンテンツは作れていないように見えます。実現した成果の数だけを数えるなら優秀な方なのですが、いい質のものはやはり作れていないと思います。
BIJ編集部・常盤
企画を立てた本人が面白がっていないと、面白いものはまずできない。これはもう本当にもう、骨の髄まで実感しています。
「楽観的に発想して地味に実行する」という入山先生の仕事術、たいへん勉強になりました!
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。