クラウドが金融業界にとってもトランスフォーメーションのカギになりつつある。
Rachel Mendelson/Insider
ウォール街のクラウド化の取り組みは単に技術の更新をしているに過ぎないと思っている人がいるなら、その考えを改めるべきかもしれない。
企業各社のクラウド戦略は成熟しつつあるため、個別のソフトウェアやアプリケーションの問題よりも戦略とアドバイスの重要度が増していると、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)のCEO、アダム・セリプスキー(Adam Selipsky)は言う。
「さまざまな企業のCEOやCIOは、技術ではなくトランスフォーメーションについてのアドバイスを求めている。これが過去1年半で分かった最大のポイントです」と、セリプスキーはテック系ビジネス専門メディア、シリコン・アングル(SiliconANGLE)のインタビューで語っている。
「クラウドの世界にもデジタルトランスフォーメーションの波が来ています。それにより組織再編が進み、『我が社はどのような組織にすればよいか』『カルチャーの変化は感じているが、どうやってそれを積極的に推し進めていけばいいのか』という疑問を企業が抱くようになっています。
しかしクラウドには、組織を高速化して大きな賭けに出やすくし、より革新的にすることで、ビジネストランスフォーメーションを進めやすくするポテンシャルがあります」(セリプスキー)
経営幹部向けのコンサルチームを新設
クラウド化に舵を切っている金融各社は、クラウド化をIT部門だけの問題とは捉えていない。ウォール街の大手企業は、クラウド化を機に事業のあり方そのものの見直しを行っているのだ。
クラウド企業の間では、ウォール街でのシェア獲得争いが過熱している。そんな中、この波に乗って経営コンサルチームを新設し、クライアント企業の経営幹部に対して全面的な変革支援に乗り出すクラウド大手も出てきている。
グーグル・クラウド(Google Cloud)は、CTO経験者で構成されるチームを結成し、クライアント企業のビジネスに大きな影響を与える技術的問題の解決をサポートしている。メンバーの大半は、エンジニア出身で経営幹部にまで上り詰めたバックグラウンドを持つ。そのため、CEOともソフトウェア開発者とも話ができるのだと、同チームの技術責任者を務めるジョン・エイベルは以前Insiderの取材に語っている。
また、ウェルズ・ファーゴ(Wells Fargo)やUBSと契約を結んでいるマイクロソフト アジュール(Microsoft Azure)も同様のチームを持っている。マイクロソフトで全世界金融サービス担当本社副社長を務めるビル・ボーデンが2022年10月のバーチャルメディアイベントで語ったところによると、このチームは金融業界出身者によって構成され、戦略パートナーと共に技術を共同開発する中でどのような製品・サービスを開発すべきかを考えるのだという。
クラウド各社は数千億円規模の事業を大企業の開発者ニーズに合わせる形で作り上げてきたが、現在は、エンジニアとは優先順位も使う言葉も違う経営幹部とのコミュニケーションの仕方を学んでいるようだ。
あるクラウド企業の幹部はInsiderにこう語る。
「当社が成功したのは、開発者界隈に価値を認めてもらえたからで、多くの開発者がその後昇進を遂げたこともあります。しかしこれからは、話す相手を変えていかなければなりません」
社内では、経営幹部と話ができるようにするための取り組みにさらに注力しているという。
クラウドはウォール街のリセットボタン
ウォール街の動向を見ていると、セリプスキーのコメントも一理ある。ウォール街では、クラウド化プロジェクトの影響が全社に波及する例も出ているのだ。
スティーブ・コーエン(Steve Cohen)が率いるヘッジファンドであるポイント72(Point72)では、クラウド化の取り組みの一環として、約2年かけて社内で使用している全てのアプリケーション、それらの相互接続関係、そして全ての間で共有されているデータを分析したと、同社のCTOマーク・ブルベイカー(Mark Brubaker)は以前Insiderに語っていた。その結果を元に全体の青写真と予定表を作り、Point72の技術のどの部分をいつクラウド化するのかを決めた。
ブルベイカーはPoint72でのクラウド化に関して、「目的は事業運営のあり方、そして社内でのDevOps機能(開発担当者と運用担当者が連携して行うソフトウェア開発手法)の構築と向上のあり方を、根本から変えること」と語っている。クラウド化に際しては、「当社のカルチャーをクラウドファーストの開発カルチャーに移行させることが必要」だという。
また、モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)は、マイクロソフト アジュールのパブリッククラウドを基盤として、新たな研究ポータルをゼロから構築している。完成すれば、法人顧客および個人顧客とのデータ共有の仕方が大きく変わることになる。
世界屈指の商業用不動産保有数を誇るプライベートエクイティ大手のブラックストーン(Blackstone)は、今後行われる不動産取引および既存の物件の管理方法を改革すべく、AWS上で自社のクラウドベースのデータツールを構築した。このツール以外にも、同社では全社的な取り組みとして幅広くクラウド化が進められており、その変革の波は採用から投資判断にも及んでいると、CTOのジョン・ステッチャー(John Stecher)は語る。
クラウドは企業文化の変革のきっかけにもなっている。例えばゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)では、AWS出身のマルコ・アルジェンティ(Marco Argenti)が共同CIO(Chief Information Officer) に就任し、153年の歴史を持つ同社の内部から、よりAWSに近い企業文化へと変革を遂げべく働きかけている。