金融機関は、何年も前から取り組んできた仮想通貨に関するプロジェクトについて、次に何をすればいいのかを模索している。
Anna Kim/Insider
ブラックロック(BlackRock)の機関投資家の中には、コインベース(Coinbase)を通じてビットコインにアクセスする者もいる。JPモルガン(JPMorgan)や、モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)、ウェルズ・ファーゴ(Wells Fargo)の富裕層顧客は、仮想通貨エクスポージャーを提供するファンドを購入できる。インベスコ(Invesco)とギャラクシーデジタル(Galaxy Digital)は共同で仮想通貨ファンドを立ち上げた。フィデリティ(Fidelity)はまもなく顧客の仮想通貨取引や、退職後貯蓄者向けにビットコインを投資対象に含めた401kプランへの投資を可能にする予定だ。
金融業界と仮想通貨(暗号資産)の結びつきが、これほど緊密になったことはかつてない。仮想通貨取引所大手のFTXが突然破産申請したことは、すでに低迷していた仮想通貨の価格の重しとなり、また同社が業界全体にわたって保持していた多くの関係性にも疑念が生じていることから、既存の銀行や資産運用機関による取り組みは、正念場を迎えるだろう。
ウォール街の内部関係者によれば、各企業はこれまで取り組んできた計画の破棄は考えていないという。結局のところ、仮想通貨戦略は経営陣が、時には何年もかけて策定した長期的な組織戦略の一部だからだ。彼らは伝統的な金融機関が仮想通貨ベンチャーに対して、これまで以上に厳格に精査するよう期待している。
2022年にプライベートエクイティ大手KKRのヘルスケア・ファンドの一部をアバランチ(Avalanche)ブロックチェーンプラットフォーム上でトークン化したデジタル資産企業、セキュリタイズ(Securitize)の創業者兼CEOのカルロス・ドミンゴ(Carlos Domingo)は、銀行各社が「ブランドのイメージダウンへの懸念から、さまざまなプロジェクト、つまり仮想通貨業界全般との連携を先延ばしにするだろう」とInsiderに語っている。
ドミンゴはKKRとの提携に変更はないと述べている。KKRは直接的に仮想通貨に関わってはおらず、仮想通貨事業専門の従業員もいないと、ある情報筋は語っている。
FTXの破綻によって「仮想通貨業界のイメージは悪化している」が、長期的には「規制に従う事業者の重要性を浮き彫りにする」だろうとドミンゴは述べた。
規制当局や投資家は、創業者で前CEOのサム・バンクマン-フリード(Sam Bankman-Fried)時代のFTXで何が問題だったのか、従来の事業者が事をどう進めるべきなのかを見極めようと躍起になっており、ドミンゴの意見は銀行や資産運用業界の一部の意見を代弁している。
エグゼクティブ人材紹介会社オジャーズ・ベルンソン(Odgers Berndtson)のパートナーで、ブロックチェーン関連業務を専門とするリチャード・プーリー(Richard Pooley)は「この件のポジティブな結果として期待されるのは、規則の厳格化とその実施だろう」と語った。
十数名の専門家へのインタビューからは、今後は仮想通貨取引に対する監視が厳しくなって規制強化への要請が高まり、仮想通貨を主要な業務とするチームの採用計画が見直される可能性があるということが見てとれる。
「今回のケースは、仮想通貨の発展過程での教訓になるだろう」と、マイクロソフト(Microsoft)の銀行・資本市場コンサルタントで大手銀行の戦略アドバイザー、ファルグニ・デサイ(Falguni Desai)はInsiderに語る。
「しかし、この教訓は決して目新しいものではない。透明性の確保、リスク管理、自己勘定取引とエージェンシー取引の分離など、他の資産にも適用される規範を守るべきだった」
仮想通貨の提携に厳格な監視
リー・スモールウッド(Lee Smallwood)は、シティグループ(Citigroup)のデジタル資産レーティング責任者として10年以上勤めた後、現在は仮想通貨ベンチャーキャピタルのハイブマインド(Hivemind)のマネージングパートナー兼最高執行責任者(COO)という立場にあり、業界の両端で仮想通貨取引に携わってきた人物だ。
スモールウッドは、FTXの破綻によってウォール街の企業が仮想通貨スタートアップ企業と結んだ提携に影響は出るだろうが、「対象を絞って明確に定義されたロードマップ」を持つ銀行の長期計画は、おそらく変更されないだろうと述べている。
「大手銀行は風評リスクを警戒しており、大規模なデューデリジェンスと最上級役員の承認なしに提携の同意を得るのは非常に困難になるだろう」とスモールウッドは話す。
銀行や資産運用会社が仮想通貨企業と提携している分野の1つに、カストディアンとして顧客の資産を保護するという、重要だが地味なビジネスがある。
既存の金融企業の中には、仮想通貨のカストディアンを選んで、その業務を委託しているところもあれば、自らカストディ業務を提供しているところもある。
カストディ最大手のバンク・オブ・ニューヨーク・メロン (BNY Mellon)は今秋、ビットコインとイーサリアムの仮想通貨カストディ・プラットフォームを立ち上げた。フィデリティは、独自のデジタル資産カストディサービスを提供しており、10月下旬まではデジタル資産チームの構築を継続する複数の計画があったと報じられた。
業界関係者によると、こうした提携関係を維持する上で規制はすでに厄介な存在で、FTXの破綻後、この状況は厳しさを増すことが予想されるという。
仮想通貨をめぐるアメリカ証券取引委員会(SEC)の監視体制によって、すでに「カストディの取り扱いはかなり難しくなっている」と、ヨーロッパのある銀行の幹部はInsiderに語る。多くの銀行は、ほぼすべてのSEC登録企業に保管されているデジタル資産の公正価値を負債として計上するよう要求する、通称「デジタル資産の保全義務に関するガイダンス(Staff Accounting Bulletin第121号)」に反対するロビー活動を展開している。
FTXの破綻を受けて、さらに監視体制が強化されれば、銀行が仮想通貨のカストディアンと提携する意義はなくなるかもしれない。
一方、「サブカストディ」とも呼ばれる、資産を外部のカストディアンに預ける方法を検討していた投資家たちは現在「取引先(カウンターパーティー)リスクを評価し直している」との情報もある。この情報を寄せてくれたのは、スイスを拠点とするデジタル資産スタートアップ向けセルフカストディ、タウルス(Taurus)の共同創業者であるラミン・ブラヒミ(Lamine Brahimi)だ。同社はクレディ・スイス(Credit Suisse)やクレディ・アグリコル(Credit Agricole)を顧客に持つ。ブラヒミはInsiderに対するメールの中で、FTXの破綻以来、保管上の懸念から、タウラスのサービスに対する問い合わせが増えていると語った。
JPモルガン初の分散型金融取引(DeFi)の実行を支援するブロックチェーンスケーリングのスタートアップ企業を立ち上げ、またポリゴン(Polygon)の共同設立者でもあるミハイロ・ビジェリック(Mihailo Bjelic)は、市場の低迷にもかかわらず、仮想通貨に関するJPモルガンとの「将来の協力を目指して複数の事業機会を模索中だ」と述べている。JPモルガンの広報担当者に対してコメントを求めたが、回答は得られてない。
一方、アポロ(Apollo)はプロベナンス(Provenance)ブロックチェーンに加える予定のファンドの立ち上げを計画中だと、ブルームバーグ(Bloomberg)は11月22日に報じた。プライベート エクイティ大手アポロ・グローバル・マネジメント(Apollo Global Management)のデジタル資産責任者クリスティン・モイ(Christine Moy)は、発表に先立ちInsiderに対して、アポロのデジタル資産戦略には「何の変更もない」と述べた。
モイは先週、ツイッター(Twitter)のダイレクトメッセージで、自分のチームは「嵐の中を航行している」と語っている。
「流血の事態になるだろう」
既存の銀行の採用ニーズも変化し、採用を控える企業も出てきている。仮想通貨に特化した人材紹介会社によると、採用を一時停止している銀行もあれば、採用を計画通りに進めている銀行もあるとのことだ。
長年採用担当者として活躍し、DeFi人材紹介会社アップ・トップ・サーチ(Up Top Search)の創業者でもあるダン・エスコウ(Dan Eskow)は、FTXの元社員の転職先を斡旋している。彼が関わった元FTXのスタッフは、引き続き仮想通貨関連の仕事に従事したいと考えているそうだ。しかし、権力が数人の経営陣に集中しているような会社は再び経営破綻の憂き目に遭う恐れもあるため、多くの人が敬遠しているとエスコウは付け加えた。
エスコウはまた、既存の金融機関はこれまでの計画に沿って雇用を継続すると予想している。「短期的には、仮想通貨関連の人材を用いて積極的に動くことはないだろうが、今は戦力を整えている最中で、次の攻勢の時には」準備万端になっているだろうとも述べている。
仮想通貨とブロックチェーン業務が専門の別の採用担当者は、業務相手のヘッジファンドや取引会社は今のところデジタル資産分野から手を引いておらず、「依然として採用は活発だ」と述べた。その人物の話では、取引会社の顧客はこの不安定な状況から利益を得ており、社内でブロックチェーン技術を利用している銀行は、市場の下落を問題視していないとのことだ。
やや悲観的な見方もある。
仮想通貨や暗号資産分野に特化した幹部社員を既存の金融機関に紹介している別の採用担当者は、「仮想通貨への取り組みを考えていた金融機関は、確かに現在は休止状態にある」と言う。その人物は、仮想通貨チームの構築に関心を持つ既存の金融会社と話を進めていたが、「先週あたりから、『話をしよう』から『どうなるか、様子を見よう』へと変わった」と話している。この人物は、どの企業が採用計画を保留としたかについては言及を避けた。
すでに暗号資産戦略を策定済みの企業の中には、今後とも事業の多角化やブロックチェーン技術に価値を見出す企業もあれば、それを見直す企業もあり、市場に仮想通貨関連の人材が溢れる可能性があるとその人物は語っている。
「今後、傷が広がると思う」「この状況ではチームごと路頭に迷うケースが出てきてもおかしくない」と採用担当者たちは言う。
銀行のロビー団体の見解は?
FTXの破綻について日々新たな事実が明らかになっているため、現時点では、大手金融機関は暗号戦略の全面的な変更に躊躇しているかもしれない。専門家によると、顧客がどのように反応するか、つまり、より広範な仮想通貨業界において、どの程度の悪影響が生じるかは、厳密には不透明な状況にある。
大手業界団体である米国銀行協会(American Bankers Association)のイノベーション室長であるブルック・イバラ(Brooke Ybarra)はInsiderに、「まだFTX破綻から間もないため、この問題の行く末は不明で、銀行側も顧客の受け止め方を見極めることができていない」と述べた。
「銀行が何かを新しく立ち上げるプロセスには時間が必要で、直面する規制要件もあって、何カ月もかかる」(イバラ)
イバラによれば、FTXの破綻を受けて、銀行側の判断は2つに割れているという。仮想通貨懐疑論者たちがこれまで以上に警戒を強めている銀行もあれば、銀行には金庫や保管サービスを提供してきた長い歴史があり、消費者にデジタル資産市場への代替アクセスを提供していれば、被害をある程度防げたかもしれないと考える人もいる。
登録投資顧問大手エデルマン・ファイナンシャル・サービス(Edelman Financial Services)の創業者リック・エデルマン(Ric Edelman)は、銀行が仮想通貨の提供や保管プラットフォームを縮小することに懐疑的だ。
「過去1カ月または数年にわたって顧客に仮想通貨への投資を勧めていた場合、その行動の背後にはそれなりの投資理論があったはずだ」とファイナンシャル・プロフェッショナル・デジタル資産協議会(Digital Assets Council of Financial Professionals)を運営しているエデルマンは語る。「犯罪行為でその投資理論が変わるものではない」
しかしエデルマンは、FTXの破綻が仮想通貨業界の規制強化に拍車をかける可能性は高く、それが「仮想通貨業界の成長を阻害する」かもしれないと警告している。しかしそれでも、銀行側はこの結果を打開する方法を見つけ出すだろうとエデルマンは言う。「どんな環境下でも利益を上げる方法があることを、他ならぬウォール街が証明している」と彼は述べた。
さまざまな基金や、財団、企業、組合の年金基金などを代表してロビー活動を行う非営利団体、米国機関投資家評議会(Council of Institutional Investors)の広報担当者、エイミー・ボーラス(Amy Borrus)は、同団体は仮想通貨に対して賛否を表明するものではないと述べた。しかし業界は注視している。
「混乱が落ち着けば、FTXの崩壊からおそらく多くの教訓が得られるだろう」とボーラスは述べた。
「しかし、カリスマ的な創業者に監視が不十分な状態で会社を経営させることの危険性は、すでに明らかになっている」
※KKRは、米Insiderを運営するInsider Incを所有するアクセル・シュプリンガー(Axel Springer)社の大株主。