イーロン・マスクによるツイッター買収以来、「デジタル公共広場」の風景が一変した。
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10月27日にイーロン・マスクがツイッター(Twitter)の買収を敢行して以来、私のスクリーンを通して見える風景がずいぶん変わった。
ヘイトスピーチやミスインフォメーションを理由に凍結されていたアカウントが復活し、これまでアルゴリズムが機能していたのだろうか、自分のタイムラインに現れなかったタイプの言論が目に入ってくる頻度が増えた。
もっとも買収以前から、英語だったらアウトなはずのヘイト表現が日本語では放置される、ということはままあったので、英語で見える世界が日本のそれに寄ってきたような感覚を覚える。
大手の広告主が続々と出稿停止
マスクがオーナーになった瞬間から、ツイッターには黒人やユダヤ人、LGBTQに対するヘイト/蔑視表現が堰を切ったように氾濫し始めた。
マスクは買収を完了した際、広告主に対し「モデレーション委員会」を立ち上げる意向を示し、「地獄のような光景(hellscape)」にはならないと保障する姿勢を見せた。
だが、安全、人権、法務の担当役員を含む前体制の役員を解雇し、コンテンツ・モデレーションに関わる数百人のスタッフを数十人に縮小したため、有害なポストや画像/映像が長時間放置される事態が頻発している。
11月28日には、ニュージーランドのクライストチャーチで2019年に51人の死者を出した、白人至上主義者によるモスク銃撃事件の映像がツイッターにアップロードされ、ニュージーランド政府がツイッターに通告したことによってようやく削除される、という事態も起きた。
クライストチャーチのモスクで起きた銃撃事件は白人至上主義者による犯行だった(2019年3月撮影)。
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人権団体や反差別運動のリーダーたちは、買収直後から、マスクに規約の遵守と安全性の確保を求めながら、ツイッターに広告を出稿する企業に差し止めを求めてきた。
大手代理店のインターパブリックが顧客に対してツイッターへの出稿の一時停止を勧告したほか、オムニコムも今後の出稿を見直していることを明らかにしていた。
これまで、ツイッターの収入の90%を広告の出稿料が占めてきた。非営利の調査機関メディア・マターズ・フォー・アメリカによると、AT&T、シティグループ、ジープ、ヒルトン・ワールドワイド、メルクをはじめとする大企業は、2020年以来、総額20億ドル近くをツイッターに支払ってきたという。
だが11月22日までに、ツイッター最大の出稿主100社のうちおよそ半数が出稿の差し止めを発表したり、静かに出稿を取りやめたりしている。
企業の株価が急落する事態も
資産額では世界一と言われる大富豪イーロン・マスクがツイッターの買収に関心を示したのは、2022年3月、「自由な言論は機能する民主主義にとって不可欠である。ツイッターはその原則を遵守しているだろうか?」とのサーベイを行い、ノーの答えが70%を超えた時だった。
以前から、ツイッターのコンテンツ・モデレーションによって投稿が削除されたり、アカウントが禁止されたりする事態を「リベラルへの偏重」として不満を表明しながら、マスクが「表現の自由」を支持する発信をしてきたことは広く知られている。だがその裏で、自分が経営/所有する企業の資金調達について、不正確な情報をツイッター上で発信したことをSEC(米証券取引委員会)から咎められていたことは意外に報道されていない。
2022年3月にツイッター社の株式の購入を始め、4月には買収を提案したが、テスラ株価の下落などに伴って資産が縮小したため、サウジアラビアのクラウン王子やオラクル創業者のラリー・エリソンから投資を受けたり、個人資産を担保に借り入れすることで買収資金を調達した。
利払いがすでに迫っているため、ツイッターの財務状態の改善が急務であることは間違いない。人件費削減のために大規模なレイオフを敢行したほか、アイデンティティが本物であることを示すために付けてきたブルーの認証バッジに8ドルを課金する案を思いついたり、認証バッジを購入できるオプションを導入したりもしたが、このことがさらなる混乱を招いた。
任天堂のなりすましアカウントが中指を立てるマリオの画像をアップしたり、イーライ・リリーのなりすましアカウントが糖尿病用のインシュリンの価格を無料にすると発表したりしたことで、いくつもの企業の株価が急落する事態となったのだ。
右傾化するツイッター
マスクは「表現の自由」を標榜する一方で、自分のアイコンを使ったコメディアン、キャシー・グリフィンやアクティビストのアカウントを凍結した(現在は解除済み)。
女優でコメディアンのキャシー・グリフィン。ツイッター上では200万以上のフォロワーがいたが、イーロン・マスクの写真をアイコン写真に使ったところアカウントを凍結された(写真は2014年1月、グラミー賞授賞式)。
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そうかと思えば、11月18日にはバイデン政権の保険社会福祉省の次官補レイチェル・レヴァインをミスジェンダリングして「マン・オブ・ザ・イヤー」に選んだ風刺アカウントのバビロン・ビーや、反ワクチンの誤情報を流布した医師やマージョリー・テイラー・グリーン下院議員、トランプ前大統領など、いくつものアカウントの凍結を解除した。
凍結以来、自分が所有するプラットフォーム、トゥルース・ソーシャル(Truth Social)を使用しているトランプはツイッターに戻ってきていないが、多くのリベラルがアカウントを削除したり、マストドン(Mastodon)やトライベル(Tribel)といった他のプラットフォームに移行したりしている。
ワシントン・ポストの分析によると、マスクの買収以降、アダム・シフ下院議員やエリザベス・ウォーレン上院議員など、民主党の政治家はそれぞれ10万人ほどフォロワーを減らす一方、共和党のジム・ジョーダン下院議員やグリーン下院議員は30万人ほどフォロワーを増やしている。
11月27日のマスクのツイートによると、その前1週間の1日あたりの新規利用者は前年同時期比で66%増えたという。左派の大移動と、右派からのトラフィック増加による現象だろう。
ちなみに、マスクは広告の新機能を発表するツイートの中で「ヘイト・スピーチのインプレッションの下落」を示すグラフを使っていたが、これはヘイト・スピーチの定義を変更したからだと指摘されている。
「レッドピル」を飲んだ大富豪
リベラルのアクティビストたちの中には、ツイッターをボイコットする代わりに言論での抵抗を呼びかけている人もいるが、自分自身、ツイッターを開くときの心理的安全性がずいぶん低下していることに気がつき、離脱を検討した。
そんなときに目に入ってきたのが、モナ・エルタハウィのツイートである。エジプト出身のフェミニストのジャーナリストで、2011年に抗議活動のさなかにエジプト当局に拘束され、暴行を受けた。その際に他者の電話を借りて投稿したツイートがトレンド入りし、アメリカ国務省と連絡がついて解放された経験について語っていた。
ここ数日、タイムラインに流れてくるイランや中国での抗議活動の動画に釘付けになっている。ツイッターというものが民主化運動を後押しすることが、過去にも、そして今も、ありうるのだと思い出した。
もうひとつ、ツイッター離脱を踏みとどまった理由は、マスクが形成しようとしている世論の風景に恐ろしさを感じるからだ。過去に凍結された右派や保守のアカウントが次々と復帰する一方で、公にマスクを批判したツイッター社員は解雇され、極右活動を監視し、発信する反ファシズム系のアカウントが凍結される例が続いている。
中間選挙の直前に、共和党に投票することを呼びかけたマスクが、ツイッターを使って形成しようとしている世論の方向性を考えると、ツイッター離脱は得策でない気がする。
最近、「レッドピルを飲んだ(redpilled)」という表現を耳にするようになった。2010年代から主に白人男性の間で広まった「メンズ・ライツ」(男の権利)ムーブメントを題材にした2016年のドキュメンタリー『ザ・レッド・ピル』のタイトルから来ているが、民主党やリベラルに対する態度を硬化させ、ついには極右化していく人の変貌を表現するのに使われるようにもなっている。
かつては民主党支持者だったマスクが、銃の写真をツイートするまでに右傾化した理由は定かではないが、この現象が、世界一の大富豪に起きたことによるダメージは小さくない。
マスクのツイートから、アップルがApp Storeからツイッターを締め出すことを検討していることが明らかになった。
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11月28日、マスクは、アップルが出稿を「大方停止した」こと、また同社のアプリストア「App Store」からツイッターを外すことを検討していると投稿した。
これまでツイッターの大手広告主のひとつだったアップルからのコメントはこの原稿を書いている時点で出ていないが、アップルは以前、別のSNSプラットフォーム、ランブル(Rumble)に対し、コンテンツ・モデレーションをしなければ販売を停止すると脅し、ランブルが応じたという前例もある。
思い返してみると、前体制のツイッターだって進んでコンテンツ・モデレーションに踏み切ったわけではない。
ヘイト発信やパンデミックや政治についての誤情報が現実社会に甚大な影響を及ぼす実害が出て、世論からプレッシャーを受けたこともあるが、広告を出すことでブランド安全性が低下することを危惧した出稿企業の意向や、プラットフォームとしての責任を問われる訴訟リスクの可能性も後押しとなったのだ。
アップルがブランドの安全性などの観点からツイッターをApp Storeから外すとなると、言論を右方向に動かしつつ、新規ユーザーの獲得に可能性を見ていたマスクにとっては痛手だろう。
しかし、もともとApp Storeの手数料を快く思わず、独自のスマートフォンの開発に色気を見せているマスクがアップルからの警告に折れたりするだろうか。ツイッターとアップルの間で勃発したように見える闘いは、どちらに軍配が上がるのだろうか。
いずれにしても、マスクがかつて表現したような「デジタル公共広場」としてのツイッターは、すでに大きく変容してしまったように思える。日々、ヘイト発信やミスインフォメーションに触れるのがしんどくなるときもあるが、この狂想曲を最後まで目撃したいような気もしている。
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や『SakumagZine』の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。