AWSが製作した「ディザスター・レスポンス」(災害対応)車両。ベースはJeepのグラディエーター。
撮影:西田宗千佳
クラウドインフラの最大手AWS(Amazon Web Services)が、11月28日から12月2日まで、年次開発者会議「AWS re:invent 2022」を、アメリカ・ネバダ州ラスベガスで開催している。
現地に同社は、少し変わった自動車を持ち込んだ。ベース車種はJeepの「Gladiator(グラディエーター)」。相当な悪路でも走破できるモデルだ。
ドアには「Disaster Response」のロゴ。
撮影:西田宗千佳
この車両は、通信が途絶した被災地に「クラウド」を届けるために作られた。実はウクライナの戦災対応にも使われた技術を搭載しており、災害国日本でも注目しておくべき技術でもある。
悪路も走るハイブリット車、衛星通信も搭載
前述のように、AWSが展示したJeep「グラディエーター」は、かなりカスタムが施されたもので、現状、世界に1台しか存在しない。
ガソリン+バッテリーで動作するハイブリッドカーであり、どこでも数日の行動を可能にする。
ハイブリッドカーであり、巨大なバッテリーを搭載しているのもポイント。ボンネット下に搭載しているバッテリーは、車体の駆動とサーバーの駆動の両方に使われるという。
撮影:西田宗千佳
クラウドを使うAWSらしく、自動車の天井には、グローバル規模で通信を可能とする中軌道衛星コンステレーションサービス「O3b mPOWER」のアンテナも搭載される予定だ。その他、LTEや5G、Wi-Fiなどでのネットワーク接続機能も備え、ドローンなども積んで利用する。
中軌道衛星コンスタレーションサービス「O3b mPOWER」を搭載予定。
撮影:西田宗千佳
担当者によると「このアンテナはモックアップで、衛星コンスタレーションのサービス開始後に正式なものを搭載する予定」だという。
では、この自動車自体がまだ意味がないものか……というとそうではない。デモ的な価値が強い車なのだが、通信ができることは価値の一部でしかない。
むしろ「通信が寸断された場所」に持ち込むことが、最大の価値なのだ。
通信がない場所へクラウドを持ち込む「Snowball」
車両には、ボンネット上などにAWSロゴが入っている。
撮影:西田宗千佳
この車両はAWSの「ディザスター(災害)・レスポンス」チームが作っている。
ディザスター・レスポンスチームは3年ほど前から活動しており、この車は1年半ほど前に作ったものだという。
同チームの仕事は、災害で通信が寸断され、高度なコンピュータ処理が行えなくなった場所に「クラウドの力」を運ぶことにある。
ウクライナでは、ロシア侵攻以降、オンラインのサービスをどう維持するかが課題になった。
周囲の状況を把握して分析するにも、人々の生活を支えるにも、計算能力やデータ保存といったクラウドの力を活用する必要がある。
そのためにAWSが作ったのが「Snowシリーズ」と呼ばれる技術だ。
これは簡単に言えば、AWSのサーバーの一部を小さなボックスに入れてしまい、必要な場所へと持ち込めるようにするものだ。PCなどをつなげば、そのまま「AWSのクラウドの一部がその場にあるように」動作する。
サイズによっても名称は異なるが、最もコンパクトなシリーズは「Snowball」と名付けられており、「飛行機に荷物として持ち込めるサイズで作られている」(AWS担当者)という。
重量は約22kg。コンパクトなサイズだが、80TBのハードディスクと40コア分のCPU、80GBのメモリーを搭載した強力なものだ。
Snowballの側面。ミリタリー風の雰囲気があるが、災害地向け機材として設計されている。大きさはスーツケースくらいのイメージだ。
撮影:西田宗千佳
重量は約22kg。80TBのハードディスクと40コア分のCPU、80GBのメモリーを搭載した強力なシステムになっている。
撮影:西田宗千佳
本来Snowballは、工場や企業の移転などに使うことを想定して作られた。しかし、その可搬性はそのまま災害対策にも役立つ。建物やテントの中などに持ち込み、時には衛星や携帯電話網用のアンテナを立て、被災地に「ローカルでコンパクトなAWS」を短時間で設置し、災害復旧などに使われている。
実際この車はすでに、2021年にケンタッキー州・メイフィールドで起こった竜巻災害の際に出動し、使われた。前述のように現在は1台しか存在しないのだが、AWS担当者は「台数を増やしていく計画はある」と話す。
ウクライナでも使われたAWSの災害地向けサーバー
Snowballはウクライナでも使われている。
ロシアの侵攻が始まった2月24日からAWSとウクライナ側が協力し、6月までに省庁や大学などのデータを、合計10ペタバイト(約1万テラバイト)以上、AWSに移行させるために使われたという。
詳細について尋ねたが、AWS担当者は「ウクライナの件はまだ進行中であり、詳しく話せる段階にはない」とだけコメントしている。
この車両には、Snowballと安定化電源が搭載されている。高い走破性を活かして被災地に直接乗り込み、車が搭載している巨大なバッテリーを使って長時間活動することを目指して作られているのだ。
後部を開けると2段構成になっている。上段にはディスプレイがある。
撮影:西田宗千佳
車の後部にはSnowballと、バッテリーで長時間駆動する安定化電源(下のシルバーの箱)、コントロールやモニタリングに使うディスプレイが搭載されている。
撮影:西田宗千佳
安定稼働のためにしっかりとした電源も同時に搭載。
撮影:西田宗千佳
さまざまな通信手段は、使えればもちろん活用する。だが、この車両の主要な目的は「通信が使えなくなった場所へ必要な計算資源とストレージを持ち込むこと」だ。Snowballは現地で必要になったデータのバックアップだけでなく、被災地の状況をその場で画像解析するなどの処理にも使われる。
被災地の人々と協力して活動、飛行機の手荷物として現地に持ち込むことも
AWSはなぜ、Snowシリーズやディザスター・レスポンスチームを作ったのだろうか?
このような車を作ったことから、「AWSの中にあるチームが被災地などに出かけていくのではないか」と思われがちだが、実際にはそうではないという。
AWSによると、「被災地で本当に活動するのは現地のNGOの人々などで、AWSはそれを技術で支援する立場」(AWS担当者)だからだと説明する。被災地での活動は専門性の高い領域であり、地域の事情に合った対応が必要になる。
AWSの中にあるディザスター・レスポンスチームも、実際には複数のレイヤーに担当が分かれているという。ディザスター・レスポンスチームはアメリカにあるが、災害はアメリカだけで起こるわけではない。
各地にいるNGOなどの要請を受け、必要なシステムや人員を考えた上で、彼らと共同で設備を提供する形をとる。だから、被災地域に複数のSnowballを飛行機で持ち込むことが多いのだという。自動車を作ったのは象徴としての部分と、特にアメリカ国内での活動などを考えてのことではあるようだ。