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ゴールドマン・サックスの新卒アナリストが社内の過酷な労働条件を暴露して世間の耳目を引いたのは2021年3月のことだった。同社のデービッド・ソロモンCEOは職場環境の改善を約束したが、どうやら社員たちはその後もあいかわらず週100時間労働を続けているようだ。
人材紹介会社オデッセイ・サーチ・パートナーズ(Odyssey Search Partners)が金融業界に勤務する2500人以上の新卒社員を対象に行った最新調査によると、ゴールドマンの新人アナリストは平均で週98時間勤務していることが明らかになった。
これは調査結果の週平均80時間より18時間多い。要するに、2021年に若手社員が告発したときの労働環境と同じままである。
Insiderは、ゴールドマン・サックスの若手人材が得ている報酬を推計してみた。その結果、2週間の休暇、ボーナスを含まない前提で時給に換算すると22ドルだった。M&AやIPOの分野で輝かしい業績を挙げている銀行の若手人材が手にする報酬は、スターバックスの店長とほぼ同じという計算になる。
Insiderがこの調査結果をゴールドマンの広報担当者にメールで伝えたところ、「私どもが把握しているデータとは一致しません」との回答だった。ジュニアバンカーの労働時間に関する社内調査結果は明かしてもらえなかった。
オデッセイ社はこの調査を毎年実施しており、2022年は9月から11月にかけてアメリカ国内50社以上の投資銀行業務に就く新卒アナリスト約2500人を対象に実施された。調査では、給料はいくらなのか、仕事のどんなところが好きか(嫌いか)、どんな従業員特典があるのか、などを尋ねている。
もちろん、同じ会社であっても所属するチームによって得られる経験が大きく異なるため、この調査結果は決定的なものではない。とはいえ、ウォール街の現場で働く22歳の若者の生活を垣間見られる貴重な資料には違いない。
以降では、Insiderが入手した調査結果から特に興味深いスライドを抜粋して紹介する。M&AやIPOが盛り上がっていないのになぜ労働環境が過酷なままなのか、アナリストたちは仕事のどのあたりに魅力(あるいは不満)を感じており、どの会社の社員がどのくらい報酬に満足しているのかが垣間見える。
調査対象はさまざまな投資銀行のアナリスト
Odyssey Search Partners
オデッセイの調査では、投資銀行を3つのカテゴリーに分類している(上図)。今回の調査対象は、2021年の夏に企業でのインターンシップを終え、2022年に大学を卒業して夏から正社員として働き始めたアナリストが中心だ。
上の円グラフは、新人アナリスト2500人の勤務先を示したものである。約44%が「バルジブラケット」(巨大投資銀行の意)に勤務し、18%が「トップブティック」(ブティック型投資銀行の上位クラス)、38%が「その他」(ミドルマーケットや小規模のブティックを含む)となっている。
バルジブラケットの中で労働時間最長はゴールドマン
Odyssey Search Partners
上の棒グラフは、バルジブラケット9社を対象に、アナリストたちが1週間に平均何時間働いているかを調べた結果だ。ゴールドマン・サックスがトップで、新人アナリストの平均労働時間は週98時間だった。
2021年にゴールドマン・サックスの若手社員が過酷な労働環境をメディアにリークしたことを受け、同社のソロモンCEOは社内カルチャーを厳格に見直し、従業員が土曜日はしっかり休めるよう措置を強化することを誓った。
しかし今回の調査を見るかぎり、少なくとも一部の従業員は相変わらず週98時間働いているようだ。ソロモン氏の約束がまだ実現していないのか、はたまた経費削減の傾向が強まるこの折に若手たちが職を失うことを恐れて残業しているからなのだろうか。
この調査を担当するオデッセイ社のアンソニー・ケイズナーは、ウォール街の悪しきカルチャーを変えるのは難しい、と言う。
「彼らは『このやり方を改革する』と言うんですが、改革の旗振り役である張本人がこのシステムの中で育ち、職場のデスクの下で眠っていたわけですからね」(ケイズナー)
ケイズナー氏によれば、大半の銀行にとっての最大の経費は従業員への報酬だ。そのため、特に現在のような環境では、労働時間を減らそうという機運が損なわれるのは当然のことだろう。
「ディールの数が減り収益が減れば、真っ先に目が行くのは従業員の人件費です。それに企業は、人を増やすよりも今いる人材からできるだけしぼり取ろうとするものです」(ケイズナー)
労働時間がゴールドマンより短い企業でさえ、平均して週に80時間、つまり標準的なフルタイム勤務の2倍の時間を費やしている。
もちろん、バンカーたちは長時間労働を引き受ける対価として6桁の給料とさまざまな役得、そして給料の2倍相当のボーナスを手にしている。ワークライフバランスを云々する人などほぼ皆無どころか、眉をひそめられかねない。
なお、クレディ・スイス(Credit Suisse)の労働時間は週平均65時間にとどまっているが、これは企業の混乱によるディールフローの減少が原因ではないか、とオデッセイの調査は指摘している。同社は最近、業績不振から投資銀行部門を分社化すると発表している。
ケイズナーは、ディールが停滞しているにもかかわらず長時間労働となっている要因として、(1)2021年の採用難の影響、(2)今あるわずかな案件を獲得するための努力、の2点を指摘する。
「かなりの人材を集めたとはいえ、シニアレベルが期待する仕事量を勘案すると若手の人数はまだ足りません。それが今なお続くこの過酷な労働環境につながっているのです」(ケイズナー)
報酬満足度トップはクレディ・スイス
Odyssey Search Partners
景気後退に入る以前、人材不足だったウォール街ではジュニアバンカーの給与を引き上げていた。オデッセイの調査によれば、新卒1年目のアナリストの平均年収はわずか2年で8万5000ドルから11万5000ドルへと15%上昇したという。
しかしだからといって、若手アナリスト全員が自分の報酬に満足しているわけではない。
同調査によると、最も満足度が高いのは労働時間が週平均65時間のクレディ・スイス(報酬満足度は100点満点中73点)、2位がゴールドマン・サックス(同69点)だった。
オデッセイの2021年の調査によると、ゴールドマン・サックスの新卒アナリストの基本給は11万ドル。週平均の労働時間が98時間だから、ボーナスや税金を考慮しないとすると時給換算で約22ドルと、スターバックスの店長並みの賃金(Indeed調べ)となる。ちなみに、クレディ・スイスのバンカーは年収11万ドルなので、休暇2週間、ボーナスを考慮しないとすると時給は34ドル近くになる。
仕事の満足度の高さでもブティック型が勝利
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この調査では、入社時の期待と現在の職場で得られる経験とを比較したときの満足度をアナリストたちに10段階で評価してもらっている。高評価だった上位5社は大半がトップブティックという結果だった。
ゴールドマン・サックスは20社中8位で、JPモルガンやバンク・オブ・アメリカをわずかに上回った。2021年調査では下から5番目だったので、それと比べれば評価は大きく改善した。
この変動要因は、真の意味で労働環境が改善したからなのか、転職機会が減っている影響なのか、はたまた単に回答者が違うからなのかは不明だ。
調査に協力したアナリストの中には、自分の役割と責任に満足していると答えた人もいる。ゴールドマン・サックスのあるアナリストは、「いろいろなディールに触れることができ、とても素晴らしい経験をした。また、自分の担当業務に対して大きな責任を持たせてもらっている」と答えている。
一方、平凡な業務や社風に不満を漏らすアナリストもいる。「技術的なコンセプトを学ぶ機会はなく、管理的な業務ばかり」と、ゴールドマン・サックスの別のアナリストは述べている。
福利厚生はゴールドマン・サックスが突出
(注)オデッセイが調査の回答ベースで把握しているかぎり、実際の手当はこれと異なる場合がある。
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今回の調査では、ゴールドマン・サックスの福利厚生の充実ぶりは際立っており、バークレイズとシティがこれに続いている。福利厚生には、ケータリングランチ、ハッピーアワー、無料送迎サービスなどがある。
ゴールドマン・サックスは、今回の調査実施時点では従業員に無料のジム会員権や「健康手当」を支給していたが、2022年4月にジム会員権の無料提供をやめたと報じられている。同社はコメントを控えた。
クレディ・スイスとUBSを除くすべての銀行が401kマッチング拠出制度を提供し、ほとんどの銀行がメンタルヘルス手当を提供している。
各社の食事手当
(注)オデッセイが調査の回答ベースで把握しているかぎり、実際の食事手当はこれと異なる場合がある。
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食事手当は夕方の一定時間以降か週末のみ支給という企業が多いなか、ゴールドマン・サックスでは4時間ごとに30ドルが支給(ただしオフィス勤務中であることが条件)されるという。
シティとドイツ銀行では、食事手当が25ドルと最も低く、しかも午後7時以降にしか支給されないという(ドイツ銀行ではこれに加え、午後9時までオフィスにいることが条件)。
週に少なくとも1日は自宅で仕事
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コロナのパンデミック時には金融業界でも在宅勤務が広がった。パンデミック発生から3年近くが経過したいま、ほとんどの銀行がオフィス文化の一部として、ある程度のリモートワークを維持しているようだ。今回の調査によると、少なくとも上図に含まれる53行のうち、アナリストたちは1週間平均4.1日をオフィスで過ごしている。
在宅勤務時間が最も多いのはブティック型で、逆に最も少ないのがバルジ・ブラケットだ。JPモルガンなどは対面での仕事にこだわり、ラザード(Lazard)などは高い柔軟性を持っており、シティはその中間に位置する。