「人と組織」は事業に先行する——人的資本時代の新しい人づくり

「日本の大組織は硬直的」といわれて久しいが、危機感を持った各社でさまざまな改革が実施された結果、現在は規模の大きさを強みとしながら多様な人材が協創し、世の中に新たな価値を生みだしている企業も少なくない。

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今回はそんな一社であるグローバルな自動車部品メーカーのデンソーで新たな時代の人づくりと組織づくりに取り組む原雄介氏と、日本マクドナルドやメルカリ等で組織変革に取り組み、現在はデジタル庁でも人事・組織開発を担当するAlmoha LLC共同創業者COOの唐澤俊輔氏に、多様な人材の活かし方などをテーマに語っていただいた。

変革の出発点はミッション・ビジョン・バリュー

――それぞれの組織における課題と、現在推進している主な施策を教えてください。

唐澤氏の写真

唐澤俊輔(からさわ・しゅんすけ)氏/Almoha LLC 共同創業者COO、デジタル庁 人事・組織開発。新卒で日本マクドナルド入社後、28歳にして史上最年少で部長職に就任、マーケティング部長や社長室長としてV字回復に貢献。メルカリに身を移し人事責任者・社長室長を務めた後、SHOWROOMでCOOとして事業と組織の成長を推進。現在は、Almohaを共同創業し、組織開発のためのコンサルティングやシステム開発に取り組む傍ら、デジタル庁での人事・組織開発を担当。グロービス経営大学院 客員准教授。『カルチャーモデル 最高の組織文化のつくり方』著者。

唐澤 デジタル庁の設立趣旨は各々で役割が決まり縦割りになっている日本の省庁をデジタル化を軸に横串でつなぐこと。さらに、省庁全体のDX化を推進するハブとしての位置づけや、行政にとどまらず社会でデジタル化を推進できる人材を増やす役割も持っています。

このためデジタル庁には各省庁や自治体から人材が派遣されているほか、民間からもデジタルの専門人材を採用していて、多種多様な人たちが集まっています。持っている背景や考え、経験が異なる多様な人材がどう混ざり合い、いかに大胆な改革を進めていくか。ここが一番の難所であり、デジタル庁の組織的な課題と言えます。

この課題を乗り越えるため、我々は「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を。」というミッションのもと、目指すべき姿としてのビジョンと、判断を迷ったときに立ち返る価値基準としてのバリューを常に意識し、メンバーの判断軸を揃える取り組みを各現場で行っています。

原氏の写真

原雄介(はら・ゆうすけ)氏

 私たちデンソーは、自動車産業が100年に一度の変革期にある中で、モビリティ社会へ移行しても社会に価値を届けられる企業になろうと努めてきました。しかし、そんな矢先、2020年に大きな品質問題を引き起こし、社会に多大なご迷惑をお掛けしました。

このままでは会社は生き残れない。今こそ、変わらないといけない」。そんな危機感を背景に、私たちは「質の高いデンソー」に生まれ変わり再出発するための変革プラン「Reborn21」(2020年発表)を策定。唐澤さんがデジタル庁で取り組まれていることと同様に、デンソーは何のために存在し、どこを目指すのかというミッション、ビジョンを再定義するとともに、デンソースピリットと呼んでいる「先進、信頼、総智・総力」のバリュー(価値観)を引き続き大切にしていくことを再確認しました。

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提供:デンソー

 ミッション、ビジョンが変われば当然、カルチャーも変わっていく必要があります。そこで人と組織のビジョンを言語化した「PROGRESS」を策定しました。そこには、「新しい“できる”を実現するために、実現力のプロフェッショナル集団(professional)となって、進化・挑戦(progress)し続けよう」という想いが込められています。

ここで言う実現力とは何かというと、デンソーが従来から強みとしてきた高い品質や供給力で世界中のお客様によい製品をお届けする量産実現力と、さまざまなパートナーと課題形成し素早く学びながら価値を創造していく事業実現力を指しています。この二つが両輪で動いていく組織カルチャーにしていくことが、現在の我々の目標です。

――両者に共通しているのはミッション、ビジョン、バリューの策定もしくは見直しによる、人と組織づくりですね。

唐澤 「組織」と「事業」はビジネスを推進する上で両輪となるものですが、先行すべきなのは前者です。エンプロイー・エクスペリエンス(従業員体験)が向上して従業員満足度が高まるとカスタマー・エクスペリエンス(顧客体験)に好影響をもたらし、顧客満足度が高まります。すると業績がよくなり、収益にも反映され、従業員に還元できるようになり、従業員がさらに活性化するといった好循環を生み出せます。人や組織に注力するのは、このサービス・プロフィット・チェーン(※)を回す第一歩だからで、最近の人的資本経営の議論もここに核心があります。

従来の人的“資源”という見方に立つと人材は消費される対象ですが、人的“資本”ととらえると投資の対象になります。人材にしっかり投資し、彼ら彼女らが成長した結果、顧客からリターンが得られ、再び人材に投資するサイクルを回し、事業目標の達成につなげていくのが人的資本経営の本質です。

※サービス・プロフィット・チェーン:従業員満足度を高めることがサービス水準を高め、顧客満足度の上昇、企業利益の向上につながるという考え方。

ダイバーシティとキャリア自律で人と組織を強化

――デンソーの「PROGRESS」について、もう少し詳しく解説をお願いします。

 「実現力のプロフェッショナル集団を目指す」というビジョンをもう少しかみ砕くと、「情熱で自己新記録に挑むプロフェッショナルであってほしい」とのメッセージになります。つまり、内発的動機に基づき、「今日の自分より明日の自分」という自己新記録を積み重ねるプロフェッショナルになろうと。社員一人ひとりのキャリア自律が、結果としてデンソーをよりよくしていきます。

一方、組織は多彩なプロフェッショナルたちが出会い、共創するための “舞台”としていきたい。そんな人と組織がかけ合わさることで、新しい「できる」を実現し、人と社会にインパクトのある価値を提供していける会社になっていけると思っています。

QRコードをはじめ、これまでにデンソーは100を超える世界初となるプロダクトを世の中にお届けしてきました。つまり、世の中の100の「できない」を100の「できる」に変えてきた。この実現力の蓄積が我々の強みです。

PROGRESSでは、①キャリアの自律、②真剣勝負の実践による人財育成、③透明性のある評価・処遇、④ダイバーシティとデジタルでインパクトを生む働き方・カルチャー、という4つの観点で見直しを進めています。 会社と社員の関係を、いわゆる与え・与えられるから、選び・選ばれる、大義で結びつくような関係に変えていくことを狙いとしています。

唐澤氏の写真

唐澤 お話を聞いて改めて感じるのは、ダイバーシティの話がここで入ってきた、ということです。日本企業はこれまで新卒採用した人材をローテーションしながら自社のカルチャーを体現するよう育成し、そうした凝集性による擦り合わせ力を組織的な強みとしてきました。しかし、カイゼンよりもイノベーションが求められ、さらにデジタルの要素が入ると、急に社内で高度なエンジニアが育つわけではないので、外部から採用せざるを得ません。

中途入社した人たちは他社の経験から「ここがおかしい」、「他はこうなっている」と指摘するので、自社の状況が相対的に把握され、組織課題への解像度が上がってきます。それにより、新卒入社した社員たちが「こんな技術や経験を身に付けたい」などと考え始めるきっかけになって組織が活性化し、会社もさらに外部採用を積極的に行うようになります。つまり、ダイバーシティを進めることが、硬直化した日本の組織が変わるきっかけを作る重要な要素であると考えています。

デンソーではダイバーシティをしっかり進めながら社内の人材に自律したキャリアを考えてもらうのと並行して、人が活躍する基盤となる評価・処遇制度や人材開発の仕組みを整備し、多様な人材が専門性を身に付けながら組織を強くするモデルを構築しようとしているのだと思いました。

巨大組織の変革に挑戦する苦労とやりがいは?

――組織変革を担う苦労ややりがいはどんなところに感じますか。

 大変ですが、苦労はありません。

唐澤 組織変革には様々な意見があり難しさも伴いますが、当然必要な苦労なので、自然と受け入れているのだと思います。

原氏の写真

 やりがいについていうと、キャリア自律を私たちは「社員の幸せと会社の大義の実現の両立を目指す」と定義しています。この二つが重なり合っている部分を見いだし、育てることが大企業のよさを活かした組織のアップデートにつながるので、とてもワクワクします。

ただし、これは言うは易く行うは難しで、個人が自分の実現したい事(Will)やなりたい自分(Can)を描く一方、組織も会社のミッション、ビジョン、バリューと重なり合う部分を可視化して、個人とすり合わせる作業が必要です。その役割を担うのは部門長ですが、当社には本社だけで200人の部長、1000人の室長・工場長、2500人の課長がいてマネジメントを行っています。これらの部門長たちを支援をするために、上司が部下と実践的なキャリアデザイン面談を行うための研修などをはじめています。

こうした地道な取り組みを20年、30年と積み重ねていくうちに、いまとはまったく異なる景色が見えてくるのだと思います。

唐澤 私は「自分でキャリアを切り開きたいからここにいる」と主体的に言える人を増やすことで、継続的に成長できる組織をつくりたいという思いがあります。日本は人口が減少し市場が縮小していくので、意識的に成長領域をつくらないと、日本全体が成長しません。

成長する組織には絶対に押さえなければならないポイントがあります。それは個の自律で、急激に成長する産業では環境が日々変化するため、自律して働けないと耐えられません。

そして公務員は日本全体で300万人以上が働いている巨大組織で、影響力が大きい。行政組織が変われば大企業も変わり、中小企業も変わっていく。私がデジタル庁の仕事でやりがいを感じているのはこの波及する影響力の大きさで、その分難易度は明らかに高いしたくさん仲間がいないとできない挑戦ですが、やりがいしかありません。

「変化の差分が大きいところ」に身を置くべし

――若手ビジネスパーソンやこれから就職を控えている学生へ向けて、キャリアを考える際に必要な視点についてアドバイスをお願いします。

唐澤 まさにいまお話した通り、成長できる環境に身を置きましょう。成長できる環境とは、なるべくいままでやったことがない、変化の差分が大きいところです。私も日本マクドナルドに12年在籍した後、ITスタートアップのメルカリに入社したときはゼロリセットで年下の社員に教わりながら仕事をさせてもらいましたが、成長幅は大きかったと思います。

いまはデジタル庁という役所でまた経験のない環境でゼロから学ばせてもらっていますが、そういう挑戦を繰り返すと自分の強みや心地よい領域もわかってきます。いまできることだけにとらわれずやりたい仕事へ挑戦し、それを積み重ね成長していくのが大事です。

 変化が激しい社会の中で、理想とする働き方やキャリアを実現していくには「どんな自分になりたいか?」という”ありたい姿”を描いているか、そして、「ありたい姿の実現に向けて、どう行動していくか?」が大切だと思っています。

厳しい言い方かもしれませんが、年功序列に代表されるような「待っていれば、平等にチャンスが訪れる」時代は終わりました。しかし逆に言えば、周りから「あの人に任せたい」と思ってもらえる、ありたい自分の姿に向けて行動を積み重ねることで、チャンスはこの手で掴み取れるということです。

そのために、「自分が圧倒的に成長できる場所はどこか?」という軸で、踏み出す一歩を考えてみてください。

皆さんの一歩に対して私たち企業ができることは、「社員が”むちゃくちゃ成長できる”舞台の提供」に尽きると思っています。デンソーは、モビリティだけではない幅広い事業を35の国と地域で展開し、そこには共に挑戦する仲間が集う、多彩な”職場”があります。

さらには、公募で若手から海外勤務できる制度や、異業種やベンチャーに出向できる制度など、一つの会社に所属しながら、多彩な経験ができる環境も整えています。

こうした成長・活躍の舞台を我々は用意するので、自分は何がやりたいのか?どんな貢献をしていきたいか?を考え抜き、挑戦し、成長していくサイクルを繰り返していってほしいと思います。


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