HARUMI FLAGのタワー棟は、2025年秋に竣工予定だ。
提供:HARUMI FLAG
東京駅から約3.3kmという好立地でありながら、三方向を海に囲まれた開放感あふれる街・HARUMI FLAG(東京都中央区晴海)。約13ヘクタールの広大な敷地内に分譲・賃貸住宅、商業施設を含めた24棟が建ち、都心生活の新たなフラッグシップとして注目されるビッグプロジェクトだ。
地上15〜18階程度の板状棟がメインとなるHARUMI FLAGの中で、ひときわ目を引くのが一対のタワー棟。デザインを担当したのは、これまでに数々のタワーマンションなどを手掛けてきた光井純&アソシエーツ建築設計事務所の緒方裕久氏だ。彼はHARUMI FLAGの骨格であるこのタワー棟に、どのような個性を加えたのか。その意図を紐解くと、緒方氏のデザイン哲学が見えてきた。
理想のタワー棟のデザインとは?
光井純&アソシエーツ建築設計事務所の緒方裕久(おがた・ひろひさ)氏。2003年に光井純&アソシエーツ建築設計事務所に入社し、オフィス、ホテル、学校、劇場、空港など多岐に渡る建築物を手掛け、タワーマンションの実績も多数。主な実績にSKYZ TOWER & GARDEN、九州大学新キャンパス、東京国際空港(羽田)第3旅客ターミナルビルなどがある。
「タワー棟のデザインの醍醐味は、いかに“個性を出せるか”ということです。遠く離れたところからでも見えて、目印になる存在であるべき。そのため、デザインする際はそこに住む方々が誇りに思えるような“特別感”を出せるようにしたいと常日頃から考えています」(緒方氏)
緒方氏が考える理想のタワー棟デザインは、“子どもでも描ける”こと。例えば先端が尖っている、特徴的なモチーフがあるなど、誰もが印象に残るようなシンプルで強いデザインでなければシンボルになり得ないと考える。広い範囲から見えるからこそ、埋没しない個性が必要なのだ。
「HARUMI FLAGは、光と風が入り開放感のある立地。
湾岸の夜景を率いる美しい光景もさることながら、大きな晴海の空に映える日中の美しさも大事にしたいという思いで、デザインに落とし込んでいきました」(緒方氏)
提供:HARUMI FLAG
2棟のタワー棟に秘められた、デザイン哲学
緒方氏はまず「HARUMI FLAGにとって、タワー棟はどうあるべきか」を広範囲で考えるところから始めたと言う。HARUMI FLAGは晴海埠頭の南端に位置し、東京湾に向けていわば複数のタワー群を背後に率いる形になる。そういう意味でも、タワー群を牽引するにふさわしい、力強いシルエットが必要だと感じた。
そこで、タワーそのものの形をアシンメトリー(左右非対称)にデザインし、2棟を並べることではじめてシンメトリー(左右対称)が成立するよう構成。2棟で一体となるデザインを施し、海方向に広がっていく力強い流れを作り出した。
地上50階、最高高さ179.60mのタワー棟が誕生する。
提供:HARUMI FLAG
「遠景のダイナミックさに対して、少し近づいてタワーの全貌が見えるくらいの中景、そしてタワーの足元まで来たときの近景は、人に寄り添ったスケール感であるべき」との哲学のもと、それぞれの見え方についても試行錯誤しながらデザインした。
「空に伸びるタワーの高さを強調するために、縦ラインを意識したファサードを採用しました。
また建物に近づくと、横基調のデザインもしっかり見ることができます。そこでは日本古来の瓦の曲線や、着物・和紙が折り重なったような陰影を三次元曲線を描いたバルコニーデザインに施し、東京湾方向への横の流れをつくり上げていきました」(緒方氏)
遠景からはシンプルで力強い印象を与え、近景では和のエッセンスを取り入れた繊細なあしらいを採用。周辺の板状棟とも違和感なく馴染むよう配慮がなされている。
特に意識したのが、外観の色彩だ。もともとHARUMI FLAGの街全体で、各棟の個性を生み出すアクセントカラーとして日本の伝統色を意識することが推奨されていた。
そこで今回、白を基調にしたタワー棟に施したのは、タワー棟としては珍しい紫色。『二人静(ふたりしずか)』と名のついた色をモチーフにしたものだ。
「古典芸能の能に二人静という演目があり、足利義政がこれを舞ったとき、紫地の衣装をまとっていたことからこの名がついたと言われています。また、2本の花穂が咲く『二人静』という名前の花もあるのですが、これが“ふたつでひとつ”というタワーのコンセプトと合致したことからも、この色をモチーフとして採用するに至りました」(緒方氏)
二人静は東京湾への流れを生み出す横方向にグラデーションがかかるように計画。また、『埴色(はにいろ)』と呼ばれる色をモチーフとした茶色をタワー棟の下層から上層に向かってグラデーションになるよう施した。タワーの上昇感を演出しながら、周囲にある茶系の板状棟群との調和を図る色彩計画となっている。
この埴色は古代の土器の色で、日本書紀では素戔嗚尊(すさのおのみこと)が埴土の船に乗って出雲国に渡ったとされている。大地にしっかりと根を張るタワーのイメージをこの色に投影するとともに、湾に面したタワーに、当時の出航を重ねた。タワー棟を遠景で見ると、花の二人静のように白色が基調となっているが、近づくに連れて美しいグラデーションが繊細な表情を生み出していることに気がつくだろう。
加えて、頂部のデザインには昼も夜も美しく見える工夫を取り入れた。タワーの屋上の突き出た部分(塔屋)は、流れを汲んだファサードに呼応したR形状。昼は扇型のガラス面が光を受けて輝き、夜は行燈(あんどん)のように慎ましいライトが浮かび上がる美しい光景をつくり出している。
提供:HARUMI FLAG
HARUMI FLAGを多くの人にとっての「故郷」に
緒方氏はタワー棟を含め、居住者にHARUMI FLAGをどう楽しんでもらいたいと考えているのだろうか。
「タワー棟は、HARUMI FLAGのシンボルのような存在ですから、まずはその醍醐味を楽しんでほしい。タワーならではの圧巻の眺望に加えて、HARUMI FLAG全体の広大な敷地にある共用部の相互利用もできるので、街を丸ごと楽しめる感覚を手に入れられると思います」(緒方氏)
またHARUMI FLAGに対して、今後何十年と発展していくところに可能性を感じている、と緒方氏。
「例えばタワー棟に住んでいた方がライフステージの変化に合わせて板状棟に住み替えてもいいし、子ども世代と同じ街の中で暮らすこともできる。その時々にあわせた多様な暮らしを実現する包容力のある街だと思っています。
この先、HARUMI FLAGがいろいろな人の故郷になることを考えると、このプロジェクトに関わることができたことを誇りに思います。
都心でこれだけ広大な敷地と自然がある空間は大変稀有。街全体としても成長を続け、街の価値が深まっていくことを期待しています」(緒方氏)